『絵本』



第三話 離別ーリスタートー


 
 私の小さなストライキが終わって、いつもの日課が何事もなかったかのように始まった。

 以前と少しだけ違うのは、実験の終わった後まず自分の部屋に帰って絵本をもってから
 メアリーおばあちゃんの部屋に行くようになったぐらい。

 私が意識を集中すれば人の心が読める、ただそれぐらい・・・・・・・。

 私のストライキ期間中、メアリーおばあちゃんは一度も私の部屋に来る事は無かった。

 後になってクリフ兄さんに聞いた話だと、おばあちゃんは今回の事は私があまりにも
 おばあちゃんにくっ付いていた為、兄妹のコミュニケーションがうまくいってない事
 が原因だと思ったらしい。
 
それで兄さんに絵本を渡して私に読むように助言して、自分は関わらず、兄さんと私で
 問題を解決するようにしたのだ。

 だけど事情を知らなかった私は、最初はおばあちゃんに会うのが不安だった。
 
 私が悪い子にしていたからメアリーおばあちゃんに嫌われたのではないか、そんな子
 にはもう本は読めないという事でクリフ兄さんに絵本を渡したのではないかと考えて
 いた。

 でも私の心配は杞憂に過ぎなかった。

いつもと変わらないメアリーおばあちゃんが私を待っててくれたから!




 私が5歳か6歳の時だったと思う。

 その日も私はいつものように朝早く起きて身だしなみを整えると、クリフ兄さんと
 一緒に食堂に向かっていた。

 食堂に向かう通路の途中のラウンジには掲示板が備え付けられていたけど、いつもは
 閑散としているその場所に今日は10人ぐらいの人たちが集まっていた。

 「ユーゴー。ちょっとここで待ってるんだよ。」

 そう言ってクリフ兄さんが掲示板の方に駆けて行った。

 しばらく兄さんは人だかりの外側を数回飛び跳ねたり、掲示板をよんでいるおじさん
 から話を聞いたりしていたが、最後にはあるおじさんに肩車されてようやく掲示板を
 読むと私のもとに戻って来た。

 「ねぇお兄ちゃん。何かあったの?」

 「なんでもないよユーゴー。」兄さんはその場ではそういう言い方をした。

 食事を終え部屋に戻り、やがて実験室に行かねばならない時間が来たとき、意を決した
 ように兄さんが私に話し始めた。

 「ユーゴー・・・。メアリーおばあちゃんなんだけどね。今日からもうこの研究室には
 居ないんだ・・・・。遠い遠い所に行ってしまったんだよ。そう言えば昨日メアリー
 おばあちゃんにお前が居ない時に会ったけど・・・、ユーゴーによろしくって言ってた。
 次にまた来る時まであの絵本を大切にしてって言ってたよ。」

 苦しそうな表情のクリフ兄さんの話しを聞きながら、私は何が起こったのかさっぱり
 分からず判断に苦しんでいた。

 メアリーおばあちゃんが居なくなった。昨日も絵本を読んでもらったばかりなのに。
 私には何も言わなかったのに・・・? 

 一瞬、私は兄さんの心を読もうかと思った。

 でもその時の兄さんの苦しそうな表情を見て私はそうするのを辞めた。

 なにかとても恐ろしい事を知るような気がして・・・・・。




 実験が終わった後、私はメアリーおばあちゃんの部屋に向かった。

 自分の目でおばあちゃんが居なくなった事を確かめたかったから。

 カードは無かったけれどドアーは開いた。

 そして部屋は誰も居なかったかの様に片付けられていた。

 私はベッドに座って待った。

 おばあちゃんが帰って来るのをひたすら待ち続けた。

 やがて・・・ドアーが音をたてた。

 私はベッドから弾かれるように立ち上がった。

 そしていつものようにおばあちゃんが優しい笑顔で入って・・・・・。

 でも入って来たのはサングラスをかけた男の人だった。

 一瞬驚いた表情で私を見て、部屋番号を確認する為か外に出て、再び
 部屋に入ってきた。

 《この娘は一体どこの子だ?》

 男の人の心を読んだ私は答えた。「私、ユーゴー=ギルバート。
 おじちゃんは?」

 再び彼は驚いた表情を見せたが、すぐに新たな思考を私に伝えた。

 《俺はキクロプスだ。お嬢ちゃんはテレパシストだな。こんな所で何を
 しているんだ。》

 「メアリーおばあちゃんを待ってるの。」

 キクロプスの思考が一瞬途絶え・・・、否、彼の聞いた声が彼の思考
 となって私の脳裏に響いた。

 「おめでとうキクロプス。君は素晴らしい力を手に入れたぞ。」
 「今日処分したあのばあさん、能力はあったが所詮コントロール不能
  だったからな。その点このキクロプスの光線の位相を揃えた放射に
  よる発火は正確だ。」
 「そう言えばあのばあさん、サンプルも採取したし研究も一通り終えた
  のに何で30年以上もここに居たんだ?」
 「知らないのか。あのばあさんオリジナルだったんだぜ。アサイラム
  を通さずにオリジナルのサンプルが入るから貴重だったわけだ。」
 「まぁ自分の能力のせいで娘夫婦と孫娘焼き殺してしまったんだ。
  人生の最後に俺達のボーナスを上げる事で人様の役に立ったんで悔いは
  無いだろうよ。」

 《すまない。》

 私は我に返った。

 《今日からここは俺の部屋なんだ。メアリーさんはもうこの部屋に
 来る事は無い。》
 
 部屋を出ようとする私にキクロプスが思考を伝えた。

 《俺は声を出す事が出来ないんだ。会話をしてくれてありがとう。》

 自分の部屋に戻ると心配した顔でクリフ兄さんとゴルゴンお姉ちゃんが
 私を迎えてくれた。

 私は何も言わずベッドにもぐり込んだ。

 シーツを頭から被って、兄さんやゴルゴンお姉ちゃんの言葉を聞こうと
 せず、私の小さな世界が更に小さくなったと言う損失感を涙と共にじっと
 味わっていた。 


                           −to be continued−

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