『絵本』
第四話 絆字ーギルバートー 「・・・・・・そして二人は幸せにくらしましたとさ。お終い。」 パタンと絵本を閉じて、ゴルゴンお姉ちゃんは私を見た。 「ごめん。でもメアリーおばさんは特別だったんだもん。クリフの奴より はうまく読んでるとは思うんだけどね。」 「ゴルゴンまた私の思っていること読んだでしょ。」 ゴルゴンお姉ちゃんは私より3歳年上のテレパシスト。 超心理研究部門では優等生で、私にとっては絵本を読んでくれたり、遊んで くれたり何かと世話を焼いてくれるお姉さん的な存在だった。 「クリフお兄ちゃんが言ってたわ。人の考えてる事を読むのは良くない事 だって。」 「ふん。悔しかったらあいつもやってみなさいって言うのよ。」 そう言った途端、彼女は慌てて私に謝った。 「ごめん。その・・・。大丈夫よ。きっとクリフもすぐに私達のように なれるわよ。 つまらない事言ってごめんね。」 研究所に入ってからもう5年の歳月が経とうとしていた。 でもクリフ兄さんには能力の現れる気配はまるで無かった。 ゼナーカードすら満足に読めない状態だったと言う。 その事が当時の私の苦痛になっていた。 クリフ兄さんの心を脳裏に写すことが私には容易になっていたから。 兄さんがテレパシーを使える私に嫉妬を感じ、そう感じる自分自身を軽蔑 している事が分かっていたから。 それでも兄さんは私を悲しませない為に恨み言もなにも言わず、ただ私を 愛そうとしているのが分かっていたから。 そしてそんな兄さんを苦しめる能力を私が持っている事が辛かったから。 「ユーゴー。だけどねあんたがクリフの事で気に病む事は無いのよ。」 ゴルゴンお姉ちゃんが言葉を続けた。 「ここだけの話よ。よく聞いて。あんたは自分がクリフより能力があるから クリフは辛い目に遭ってるって思ってるようだけど違うの。 あんたがあいつを救ってるの!考えてみてよ。5年も何の実績も出してない 奴が処分されずに済むと思う。ボッブやジェニーの事考えてよ。」 私の脳裏にメアリーおばあちゃんと同じように消え去ってしまった仲間の姿 が浮かんだ。 「あんたの能力が優れているからクリフは助かってるの。クリフの担当の奴 はどうか知らないけど、あんたの担当の方はね、クリフがいなくなったら あんたの成績が落ちてしまうんじゃないかと気が気じゃないの。 だからユーゴーは気兼ねする事なんて全然無いの。分かったわね。」 その言葉がどれだけの影響を私に与えたかは分からない。 ただ・・・・・・嬉しかった。ゴルゴンお姉ちゃんの気遣いが。 「ふわー。今日もクリフ遅いわね。」 ゴルゴンお姉ちゃんがベッドに寝転がって大きな伸びをしながら言った。 「ユーゴーももう9歳か。何かクリフと一緒に絵本を読んであげてたのが 昨日の事みたいね。ところが今じゃテディー達に本を読んであげてるん だもんね。」 クリフ兄さんと私がここに入って7年の歳月が過ぎていた。 そして兄さんと私の苦しみは依然として変わっていなかった。 「うん。メアリーおばあちゃんのようにはいかないけど。」 「でもメアリーおばさんの絵本って良く見れば12冊しかなかったんだ。 もっとある気がしたけどね・・・・。ところでその絵本いつまで持って る気? テディー達にでもあげたら。」 「駄目。私の宝物だもの。それに本当は15冊あったでしょ。」 3冊は、クリフ兄さんとゴルゴンお姉ちゃんがどっちが私に朗読するかで 揉めて引っ張り合いになった時に破れてしまったのだ。 「そう言えばユーゴーのセカンドネームってギルバートだっけ。」 はぐらかすかのようにゴルゴンお姉ちゃんが話題を変えた。 「良いわよねー。 ユーゴーはセカンドネームがあって・・・。私なんか ゴルゴンだけだもんね。」 「前から聞こうと思ってたんだけどゴルゴンってどういう意味?」 「ゴルゴンってのわね、髪の毛が蛇の女怪物。妹のメデューサを殺されて その復讐の為に瞳を見た人間を石に変えたって話。」 大袈裟な仕草で彼女は顔を覆った。 「名前付けた奴のセンス疑うわね。こんな美人つかまえて。」 しばらく沈黙して、彼女はそっと私に話しかけた。 「ユーゴーってパパとママの記憶・・・ってある訳無いわよね。あんなに 小さかったもんね。」 「私は孤児だったって聞いたわ。だから両親もセカンドネームも、本名 さへも知らない。でもユーゴーは、両親は知らなくても自分の名前は 知ってる。 羨ましいな。」 「クリフ兄さんが良く言うの。ギルバートの名前は天国に居るパパとママ と私達を結ぶ唯一つの絆だって。だから大切にしろって。」 「そうね。クリフの言うとおり。大切にしなきゃ。」 そしてちょっと顔を心なしか紅潮させて彼女は言った。 「もし私がクリフと結婚したら・・・ギルバートの名前を名乗れるんだよね。 そうしたらユーゴーは私の妹になるんだよね。」 「ゴルゴン・・・・?」 「そして子供ができたら、私とクリフとユーゴーで絵本を読んであげるの。 メアリーおばさん仕込みの朗読でね。」 いきなりゴルゴンお姉ちゃんがベッドから跳ね起きた。 「なーんてね。じゃ私帰るわ。クリフの奴も帰って来ないようだし・・・。 まあ、また絞られてるんだろうけど・・・。 あっ、さっきの話はクリフにしたら駄目よ! じゃまた明日。」 結局、クリフ兄さんはその日消灯時間が過ぎても帰って来なかった。 私は不安で眠れなかった。 兄さんはどうしたのだろう。実験が長引いたとしてもこんなに遅い事は無い 筈だ。まさか・・・・・・。 私は最悪の事態を想像して怯えた。 クリフ兄さんが居なくなる。ずっと一緒だった兄さんが。優しい兄さんが。 私はこの世でたった一人ぼっちになる。 ベッドのシーツに包まって、心細くてすすり泣いていた私の前に兄さんが 姿を見せたのは消灯後かなりったてからだった。 ライトを灯してそっと部屋に入ってきた兄さんに私は声を掛けた。 「クリフ・・・兄さん?」 「ユーゴー。ごめんまだ起きてたのかい?」 私はベッドから飛び降りて兄さんに抱きついた。 今まで何してたの。ユーゴー心細かったんだから。もう兄さんが帰って来ない んじゃないかって心配だったんだから。 などと泣きながら言って。 クリフ兄さんは、「ごめん。」と言いながらライトを私の顔に向けて涙を拭いて くれた。 「心配をかけてしまったねユーゴー。でももう大丈夫。僕は今日、僕が望む力を 手に入れたんだから。これからはもう大丈夫だよ。」 暗闇で兄さんがどんな表情をしているのか私には分からなかった。 そしてこの日一人の魔王(セイタン)が誕生したのだという事も私にはしる由も 無かった。 to be continued |
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