『絵本』
第五話 覚醒ーナイトメアビギンズー クリフ兄さんが魔王(セイタン)と呼ばれるようになって3年の歳月が流ても、 私達の日常生活は変わらなかった。 クリフ兄さんも傍から見る限り何も変化は見えなかった。 いや以前からの鬱屈を取り払い、快活になったのかも知れない。 兄さんが能力を目覚めさせた時、日頃からつらく当たっていた研究所の人達を 殺傷したと言う話も私は聞いていた。 クリフ兄さんはその事を語ろうとはしなかったし、私も知ろうとは思わなかった。 兄さんの精神状態が落ち着いた事が嬉しかったし、その喜びを兄さんの中に怪物 が生まれたのではないかと言う不安で消したくなかったから・・・・。 変化と言えば、クリフ兄さんが超物理学研究部門に移った。 そして私達の仲間が増えて、減っていった。 私もそれを直接経験した。 フロリダの宇宙基地での研究発表のお披露目での一人の少年の死を・・・・・・。 そして私に「天使(エンジェル)」のコードネームが付けられた。 それ以外、いつもと同じ日々が続いた。 あの日の来るまでは。 あの時その部屋だけが私の安息の場所だった。 ベッドとバスルームがある簡素で殺風景なその部屋が。 そこに居れば人の醜悪な欲望も憎悪も悪意もすべて脳裏に流れる事は無かった。 脳波を乱す特殊な音波が流れるその部屋が私を守り、そして孤独にしてくれた。 その変化が私に起こったのは、およそ6年ぶりに注射で薬剤を投与された日の 午後の事だった。 食堂で私はゴルゴンお姉ちゃんやフレイヤやクリスと昼食後の僅かな時間を談笑 してくつろいでいた。 食事の間中から私は、頭が霧に包まれた様な変な違和感を感じていた。 私の中で所々途絶えるゴルゴンお姉ちゃん達の会話に適当に相槌を打ちながら、 私は意識をはっきりさせようと努めていた。 そしてやがて鋭くしようとしていた感覚が「言葉」を掴んだ。 《ゴルゴンやユーゴーが居なかったら私が一番なのに。》 《次の実験担当のハゲ親父、いつか殺してやる。》 《ふん、ちょっと能力があるからって威張るんじゃないわよ。》 私は幼い時にクリフ兄さんの心を読んだ時の衝撃を再び感じていた。 別に意識を集中させた訳じゃないのに・・・・。いえそうよ。さっき感覚を鋭く しようとしたからだわ。 でなければ人の表層心理なんて私に読める筈が無い もの・・・・・・。 私は気持ちをリラックスさせようとした。 でも心の言葉の洪水は、ますますその形を明確にさせていく・・・・。 《でもクリフの奴、今頃何やってるのかな。》 《・・・・・俺このままだと処分されるのかな。》 《なによこの娘!さっきから人の話聞いてるのかしら?》 私は耐えかねて、手で頭を押さえた。 自分の顔が蒼白になっているのが分かる。 「どうしたの。大丈夫ユーゴー?」 心配そうな顔をしてゴルゴンお姉ちゃんが声をかける。 《大丈夫ユーゴー》と言う心の声と共に。 その言葉と心が同じだった事が私に錯覚と安心を与えた。 自分が少し元の状態に戻っているのではないかと言う幻想を・・・・。 「大丈夫。それより、もうそろそろ実験の時間になるわ。行かなくちゃ。」 私は何とか立ち上がり、不安そうなゴルゴンお姉ちゃん達と一緒に実験室 に戻った。 実験室の席についた時、私は人の心の奔流を容赦なく受け、座っているのが やっとの状態だった。 途中、研究所の職員が作業している仕事場を通った時も色々な声がさっきより はっきりと聞こえてきた。 《くそっ、あいつ殺してやる! 俺の女房に手をだしやがって!!》 《なによ、この男一回寝たぐらいでいい気になって。まぁいいわ、またせびり 倒してやる!!》 「どうしたかね天使(エンジェル)。調子がよくないようだが?」 席に着いた私を見て、担当の研究所員が尋ねる。 《実験動物(モルモット)め。早く遺伝子干渉の成果を見せろ! こっちの査定 にも影響があるんだからな。》と言う声と共に。 恐らくそのままでいたら、私は崩壊していただろう。 だから私の体は気を失うと言う選択を選んだ。 to be continued |
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