『絵本』
第六話 治療ーリハビリテーションー 医療室から、その部屋に入って3日目が過ぎようとしていた。 本来、独房か会議室、施設周辺に設けられている脳波を乱す特殊音波によって 食事を運んでくれる職員の心も私の脳裏を過ぎる事は無い。 でも私の能力は確実に存在していた。 自分の能力が昔のように戻っている事を祈るような気持ちで願いながら、ドアー の横の室内電話で部屋を出る許可を求め、許されてドアーを開けたとき、心の 奔流は待ち構えたかのように私に襲い掛かり、文字通り私は部屋に逃げ帰った。 そのような事を二度続けて、私は部屋に閉じ篭る事に決めたのだった。 クリフ兄さんが私を訪ねてきたのはその日の事だった。 「ユーゴー遅くなってごめん。手続きに時間が掛かってしまってね。」 そして痛々しげに私を見つめて言った。 「食事は・・・・ちゃんと摂ってるのかい?」 私はかすかに頷いた。 「こんな部屋に長く居ても頭がおかしくなっちゃうだけだよ。気分を落ち着けて 早く僕達の部屋に帰ろう。ゴルゴンもキャロル達も皆、ユーゴーが帰って来る のを待ってるよ。」 「嫌!私もうこの部屋を出るのは絶対嫌!」 私は悲しい表情をしているクリフ兄さんを背に寝返ると、ばらばらになる事を 恐れるかのように体を丸めた。 次の日からクリフ兄さんは毎日消灯時間が来るまで私に付き添うようになった。 話によると私の担当の研究所員が上層部に嘆願して、この特別措置が許された らしい。 やがてクリフ兄さんは、根気良く私を説得して、私のリハビリを行い始めた。 最初はドアーを出ただけで心が折れてしまった私だったが、2週間が過ぎると 部屋を出て研究室、実験場、仕事場を通り、私達の仲間の居住区間を回るほど になっていた。 その間中、クリフ兄さんは絶えず私に話しかけ、私の手を握り締めて少しでも 私の注意を絶えず流れてくる人の心から逸らそうとした。 でも兄さんの努力も私には大した影響を与えてはいなかった。 行動範囲も広がったとは言え、時間は短く、まるで走るように通り過ぎただけ だった。 それでも兄さんは根気良く私のリハビリを続けた。 そんなある日、いつものように私はクリフ兄さんと手をつないで、実験時間の 終わった居住区間を歩いていた。 自分の能力に疲労困憊していた私は、その時立ちくらみ床に手をついた。 「大丈夫かユーゴー。疲れたかい。でもちょっと熱っぽいな。」 兄さんは私を近くの椅子に座らせると、目を閉じた私の頭に手を差し伸べて、 額と額を合わせた。 しばらくすると、私の脳裏から人の心の輪郭が次第にぼやけ、やがてそれは 消えた。 「クリフ兄さん・・・。私・・治ったみたい。」 驚きと喜びを感じて目を開けた私に、苦悶の表情を浮かべたクリフ兄さんの顔 が映った。 「どうしたの兄さん!」 「ユーゴー・・・・、よかった。兄妹・・・だからかな? こうしたら・・・ お前を通さずに・・・僕に転送・・・させれる・・・ようだ。」 私は慌てて兄さんと額を離そうとした。 しかし兄さんは、私の頭に当てた手を離そうとはしなかった。 「やめて兄さん! もういいから・・・いいから離して!」 「ユーゴー・・・お前が受けた・・・苦しみ・・・分かる事が・・・出来た。 つらかったん・・・だな。 でも・・・これから・・・お前が・・・・・ 一人で背負い・・・込む・・・事は・・・無い。 僕が・・・その苦しみ ・・・・半分こうして背負う。」 「兄さん!」 「そして・・・例え・・・お前が・・・どんなに・・・忌み嫌・・・おうと、 これは・・・お前の・・・能力・・・だ。 それから・・・・逃げては・・ いけない。これは・・・・」 疲労したクリフ兄さんが、力尽き体を壁に預けた。 その瞬間、再び私の脳裏は人の心で溢れた。 でも兄さんの優しさが、その苦痛を以前より和らげていた。 to be continued |
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