『絵本』
第八話 姉妹ーゴルゴン&キャロルー X-ARMYは、エグリゴリ本部より正式に部隊と認められ、初代隊長に クリフ兄さんが任命された。 尤も扱いはあくまでも実験部隊であり、作戦活動に支障を来たさない 限りは研究所の管轄に置かれ、普段通り実験を受ける事とされた。 それでもクリフ兄さんの研究所内での発言力がとても強まった事は 事実だった。 X-ARMYのお陰で私達の生活環境も以前より遥かに良くなった。 以前はただ支給されるだけで余程の事でない限り手に入らなかった 生活用品も要望を出して許可が出れば手に入るようになった。 福祉施設も充実した。 作戦の為に外出する時には資金援助がされ、その時、好きな服も購入 する事が出来た。 でも私の気持ちは晴れなかった。 あの初陣以降もクリフ兄さんと数回の作戦に同行した。 そしてクリフ兄さん達と大勢の人々を殺めてきた。 自分の忌むべき能力が、こんな恐ろしい事にしか役立たないのが嫌 だった。 クリフ兄さんが、私の知らない兄さんになっていくのが辛かった・・・。 「はーいユーゴー。遊びに来たわよ。クリフは?」 いつものようにゴルゴンお姉ちゃんが部屋を訪ねてきた。 「クリフ兄さんなら次の作戦の打ち合わせでまだ帰って来ていないわ。」 「ふーん。あいつも大変ね。」 ベッドに腰掛けながら彼女が言う。 私はゴルゴンお姉ちゃんにハーブティーを入れた。 「ふわーおいしい。でも凄いわよね。今まであの不味い食堂のコーヒー 、ティーしか飲めなかったのに。クリフ様々ってとこね。」 「そうね。物心ついた時から飲んでいたから、あの食堂のコーヒーや ティーが普通の味かと思ってたけど・・・・。 でも本当にこれ美味しい? ヴォルフにはまだまだだって言われてるんだけど・・・・。」 「上を見たら限が無いわ・・・・。」 少し寂しそうにゴルゴンお姉ちゃんが呟き、そしてまたいつもの表情を 取り戻して言った。 「そう言えばテディ達は?最近見ないみたいだけど。」 「テディったらね。もう私が居なくても大丈夫だって、今は自分の部屋 でキャロル達集めて朗読しているのよ。もう、お兄さんぶっちゃって ・・・・。でもテディは本当に上手いのよ。メアリーおばあちゃん 並みの腕前になるかもね。」 「あいつ、ちょっと前までは、あんたにくっ付きっぱなしだったくせし てね。」 苦笑しながらゴルゴンお姉ちゃんが答えた。 「ユーゴーもメアリーおばさんにくっ付いてばかりだったわよね。 あの時、ちょっとおばさんが羨ましかったな・・・・。」 ゴルゴンお姉ちゃんが懐かしそうな表情を見せた。 「私ね。クリフとユーゴーがここに入って来た時、お人形さんみたいな 子達が入って来たなって思ったの。この子達と友達になれたら良いな って。何でかな? 多分セカンドネームを持ってるって事も影響した のかもね。」 「だからメアリーおばさんが居なくなって・・・、クリフと時には喧嘩 しながらユーゴーに競うように絵本を読んであげたとき・・・・・・ あの頃は・・・楽しかったな。」 ベッドに寝転がって、ゴルゴンお姉ちゃんは話を続けた。 「ねえユーゴー。「人魚姫」って覚えてる? あの悲しい話。最近思う んだけど人魚姫って何で自殺したのかな?」 「もう忘れたのゴルゴン。人魚姫は好きな王子様が他の王女様と結婚 したからそれを悲しんで・・・。」 「本当にそうなのかな。私だったら好きな人が幸せだったらそれでいい けどね。」 「・・・・・・。」 「私が大好きな奴はね。頭の中は妹を守る事で一杯なの。私が入る余地 なんて全然無いの・・・・・。 でもね私、妹想いのそんなあいつが 大好きだったの・・・・・。」 「ゴルゴン、あなた・・・・・。」 「だからね、今のあいつを見るの辛いの・・・・。あいつ・・・自分の 大切なもの・・・最近見失い勝ちだから・・・・・。」 「そんな事無いわ。兄さんは・・・・・。」 椅子から立ち上がった私を、素早くベッドから起き上がったゴルゴン お姉ちゃんが優しく抱き締めた。 「ユーゴー。私、あなたの事、本当の妹のように思ってたわ。クリフの 事お願いね。あいつ最近危なっかしいから・・・・。」 私はゴルゴンお姉ちゃんの腕を振り解いた。 「ゴルゴン何でそんな事言うの!変よ!それに・・・私だけじゃ兄さん は支えられないわ。」 私は不安と苛立ちに彩られた視線で彼女を見つめた。 「お願いゴルゴン。もうそんな事言わないで。これからも兄さんの事を 助けてあげて。」 ゴルゴンお姉ちゃんは寂しげに微笑み、聞き分けの無い子をなだめる様 な口調で私に話しかけた。 「ユーゴー、あんたはとっても優しい娘。そしてとっても強い娘。弱い と思ってるのは、それはあんたの思い込み。あなたなら大丈夫よ。 そして・・・ご免ね。私にはもう時間が無いの・・・・・。」 瞬間、ゴルゴンお姉ちゃんの眼が光を放った様に私には思われた。 ゴルゴンお姉ちゃんの寂しげな顔が次第に歪み始めた。 ゴルゴンお姉ちゃんの名前の由来になった催眠術・・・と思いながら、 私は意識を失った。 私がクリフ兄さんに起こされて目覚めたのは、次の日の朝の事だった。 「ゴルゴン! 兄さん、ゴルゴンが何か変なの。」 起きて開口一番に私はそう喋っていた。 X-ARMYが設立されてから施されていた対テレパシスト訓練の為、ゴルゴン お姉ちゃんの心を読み取る事は出来なかったけれど、昨日の彼女は様子 が絶対おかしかった。 「ゴルゴンが?あいつは昔から変さ。昨日も・・・・いや何でも無い。」 クリフ兄さんは何故か顔を少し紅潮させた。 気持ちの乱れた兄さんから映像が私の脳裏に映ってきた。 ドアーを開けた兄さんの前に、今、部屋を出ようとするゴルゴンお姉ちゃん が居る。 驚き、戸惑い、思慕、寂しさの入り混じった表情をしたゴルゴンお姉ちゃん が瞬間悪戯する子供のような顔を見せ、兄さんに口付けをする。 そして走って去って行く。 「お仕事遅くまでご苦労様。今のはご褒美よ!」と笑いながら・・・・。 実験室の席に着いた私の感情は麻痺し、人の醜悪な憎悪、欲望の心、そして 最近私に向けられ始めた汚れた欲望もいつもより苦痛に感じず・・・・いや 何も感じたく無かったのだろう。 私の不安は・・・当たっていた。 掲示板には、いつものように無味乾燥した文章で、X-ARMY創立後初めて私達 の仲間が消えた事を告げていた。 「本日早朝、次の者の死亡が確認された。 フレイヤ、ゴルゴン、ジョナサン、シヴァ、テネドア=カーター、・・・。」 私はただ呆然と立っていた。 クリフ兄さんは顔を蒼白にして、「キースに会ってくる。」と言って足早に 実験室の方に歩いて行った。 私は泣かなかった。 いや実感が湧かなかったのだろうか・・・、姉と朗読の好きな弟の死を・・・・・。 目の前の私の担当の心が脳裏に浮かぶ。 《ククク・・・この子発育がいいな。胸のあたりなんか・・・いい感じだ。》 普段なら私が感じる苦痛も嫌悪感も今日は麻痺していた。 今日の実験は大掛かりな物になりそうだ・・・・・。 4,5人の研究員が機械を設置している。 それぞれの心を私の脳裏に響かせながら・・・・・。 私の脳裏に浮かぶ一つの心が反響した。 《今日処分したゴルゴンって女。勿体ねーよな。あと数年もすればいい女 に成ったんだろうが・・・・。まあテレパシストは天使(エンジェル) が居ればもう充分だからな。役立たずは経費削減の為に処分せんにゃ。 しかしせっかくオーストラリアのガキの予知の遺伝子干渉を行ったのに、 あんな成果しか出さねーとはな。あーあこれで今回の査定は厳しいな。》 私の感情を凍らせていた心の氷が、その声が反響するごとに溶け始め、涙が 後から後から瞳に溢れ、頬を流れた。 私は自分の能力を嫌悪してきた。 私を傷つけ、仲間の為とはいえ、人を傷つけ、殺してきた。 そして私の能力は・・・、私の愛する人達さへ・・・殺してしまうんだ・・・。 部屋に戻るとドアーの前に女の子が座っていた。 「キャロル。どうしたの?」 「ユーゴーお姉ちゃんお帰りなさい。」 「ただいま。どうしたの?こんな所に一人で。」 「テディお兄ちゃん探しているんだけど、部屋に行ってもドアーが開かないし ・・・。それでユーゴーの所に行ってるのかなと思ったから。」 キャロルは抱えていた本を前に出して、得意げに話し始めた。 「この本ね、研究室のおじちゃんにもらったんだ。でもひどいんだよ。これ 最初はキャロルじゃなくて、おじちゃんの娘にあげようと思ったんだって。 でもリコンしているから会えないんで私にくれたんだって。 失礼よね。 だけど嬉しいんだ。早速テディに読んでもらおうと思ったんだけど・・・。 ユーゴー泣いてるの? どっか痛いの?」 「ううん。何でも無いのよ。」 私は素早く涙を拭いて言った。 「あのね、キャロル。テディは今日からここには居ないのよ。」 「本当!昨日、本読んでもらったばかりだよ。」 「本当の事よ。ここから遠い所に行ってしまったの。キャロルにもよろしく って言ってたわ。」 「そうなんだ・・・。昨日だからテディを研究所の人が連れに来たんだ。」 「・・・こんな所で立ち話も何だから、部屋に入らない? テディの代わり に私がその本を読んであげるから。」 頷くキャロルと部屋に入り、「そこに座ってて。」と彼女に言って、私は ハーブティーを作る準備を始めた。 to be continued |
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