『絵本』


第九話 茶会ーティパーティーー

 「どう、ヴォルフ?」

 私は期待と不安の入り混じった気持ちで、ハーブティーの味を賞味している
 ヴォルフに尋ねた。

  結構、今度のは自信があるんだけど・・・・・。

 「うん。なかなか良くなったわよユーゴー。」

 「本当?」

 「でもまだまだね。」

 「まだ駄目?ヴォルフ先生はなかなか手厳しいわ。」
 
 おどけて言いながら、私も自分の注いだハーブティを口にする。

 こんなにのんびりとした時を過ごすのは何日ぶりの事だろう。

 ここ数週間は絶え間ない作戦活動続いたから。

 反乱部隊鎮圧、敵対組織ーブルーメンーとの対戦、第三国に対する政治工作、
 破壊活動、そしてエグリゴリ上層部に対するパフォーマンス的活動・・・・。

 クリフ兄さんはそれらの作戦に精力的に動いていた。

 その為にクリフ兄さんと会話らしい会話もしていない。

 普段は、作戦などの打ち合わせに多忙で、作戦活動中も作戦に関する打ち合
 わせで話すぐらい・・・・・。

 最後に兄さんと話をしたのは何時の事になるのだろう・・・・・。

 多分、ゴルゴンお姉ちゃんが死んだあの日。

 あの晩、クリフ兄さんは悲しむ私にこうも言ってくれた。

 「ユーゴー。もう悲しむのはよせ。今、僕達がやらなければならない事は
  ゴルゴンたちの事を悲しむ事じゃない。ゴルゴンたちのような犠牲者を
  これ以上出さない為、そして生き残った者とこれから生きる者たちの為
  に生き抜き、なすべき事を果たす事だ。」

 今思えば、クリフ兄さんが変わったのはその日からだった。

 それからの兄さんはあらゆる作戦に志願し、あらゆる戦場を求め、敵を求め、
 破壊を求めた。

 その姿は、時には私ですら恐怖を抱く事もあった。

 そんな私の救いは、時折現れるクリフ兄さんの思考・・・、私の知っている
 優しい兄さんの破片を読み取る事が出来た時。

 でもそれも日に日に兄さんから読み取れなくなっていく・・・・・。

 昔、兄さんが好きだった潜水艦の出てくる小説で、その潜水艦のネモ船長
 がある海に来る度に、ある巨大な貝の中に眠る巨大な真珠を見る事を毎回
 楽しみにしていると言う描写があった。

 私もそれに似ている。

 私もクリフ兄さんの思考を深く潜って、かってのクリフ兄さんを見つけ出す
 事に喜びを感じるから。

 尤もネモ船長の真珠は見る度に大きくなるけど、私のはだんだんと見え無く
 なっていくだけ・・・・・。

 「ユーゴー。」

 呼ばれて私は、我に返った。

 「何ボーッとしているのよ。折角、あなたが注いだ紅茶が冷めちゃうわよ。」

 「ご免なさい!私、ちょっと考え事・・・・・。」

 「クリフの事?」

 思っている事をヴォルフに指摘された私は、しばらくためらって、そして
 頷いた。

 「ヴォルフ。最近・・・クリフ兄さん変わったと思わない?」

 「そりゃ変わるわよ。歳月が経てば私のこの鍛え抜かれた美しい体すら衰え
  ちゃうもの!」

 茶化しても私が深刻な表情を変えないのを見てとったか、ヴォルフは口調を
 真面目なものに変えた。

 「まあね。ちょっとここ最近のクリフの様子はただ事じゃ無いわよね。」

 髭を指でくねらせながらヴォルフは続けた。

 「だけど人は皆変わっていくものよ。クリフだって例外じゃないわ。それに
  今はX-ARMYにとって大切な時期でしょ。気が立ってるて事もあるんじゃ
  ない。それに・・・・。」

 一息ついで彼は言った。

 「ユーゴーもこんな事は言わなくても分かってるんじゃないの?」

 私は黙って頷いた。

 そう頭の中では分かっている。

 仲間の為、X-ARMYはエグリゴリ上層部に認めさせる程の活躍をしなければ
 ならない事も。

 その為にはクリフ兄さんは、更なる作戦をこなさなければならない事も。

 魔王(セイタン)の如く振舞わねばならない事も。

 そしていつまでも私の傍にいる訳では無いという事も・・・・・。
 
 「でもやっぱり割りきれないってとこかしら。ユーゴーは。」

 ヴォルフが微笑んだ。

 「この事は・・・ユーゴーがどう思うかは分からないけど言っておくわ。
  ゴルゴン達が殺された時があったわよね。あの日、私とクリフでね、
  あの小憎らしいキースの奴に会いに行ったのよ。X-ARMYの直接の上司は
  あいつになるからね。
  凄かったわよ。 あの時のクリフは。 キースの奴を絞め殺さんばかりの
  勢いだったわ。 何で自分に何の相談も無くゴルゴン達を処分したのかっ
  てね。」

 そこでヴォルフは口惜しそうな顔をした。

 「まあそこで最初の規約を持ち出されて・・・・それで手も足もでなかった
  のよね。作戦期間中はX-ARMYとしてキースの指揮下にあるけど、それ以外
  は研究所の管轄下にあるって・・・あれね。 その場合、研究所の決定に
  口を挟む権利は無いってね・・・・・。」

 「クリフはショックだったんじゃないの。X-ARMYの設立と数回の作戦を成功
  のうちに終わらせて、エグリゴリ上層部に力をアピール出来たと思ってた
  ようだから。それからキースの奴と交渉して、これから処分予定の仲間の
  名は事前に通告してもらうようになったんだけどね。いきなり仲間を処理
  されたらX-ARMYの活動にも支障が生じるので、処理を通告された者を実戦
  に投入して、その働き具合を見てもらってから最終決定をしてもらいたい
  って理由をつけてね。」

 「そうなんだ・・・・・。」

 「ゴルゴンの事も悔やんでるんじゃないの。クリフは最後まで彼女を作戦に
  連れて行こうとしなかったでしょ。あれ・・・多分彼女を危険に晒したく
  無かったのよ。ユーゴーは妹だから、リーダーとして贔屓する訳にはいか
  ないけど・・・。それに彼女には自分が人を殺す姿見せたくなかったん
  じゃないの。 だから悔やんでると思うわよ。どうしてゴルゴンを作戦に
  参加させて彼女の能力をエグリゴリに認識させなかったのだろうって。
  尤もそれで彼女が助かったかどうかは分からないけどね。」

 そう言ってヴォルフはティーカップに残ったハーブテティーを飲み干した。

 「今、クリフを駆り立ててるのは炎の様な物。炎はいつか消えるわ。だから
  ユーゴーもクリフを信じてあげなさいよ。」

 私は微笑んで頷こうとすると、突然ドアーをノックする音が聞こえた。

 ドアーを開けるとキャロルがジェニーとイリスを連れて立っていた。

 「ユーゴーお姉ちゃん、遊びに来たの。」

 そして目ざとくテーブルのティーカップを見つけたのか、「ずるーい。私達
 に内緒でヴォルフと二人で紅茶なんか飲んじゃって!ずるい。ずるい。」

 「別に隠していた訳じゃないのよ。もし良かったら皆で紅茶でも飲む?」

 私の返事に3人は喜色に満ちた顔をして、部屋に入ると適当な場所に座り
 込んだ。

 「ちょうど良かったわ。ユーゴー早速また練習よ。」

 ヴォルフがふざけた口調で言う。

 《クリフも一からちゃんとユーゴーに説明すれば良いのよ。本っ当に妹に
  甘えっ放しなんだから。》

 一瞬、私にはヴォルフの心が聞こえていた。

 「はい、先生。」

 そう答えながら、私はヴォルフに心から感謝していた。

 でも・・・、ハーブティーの準備に掛かりながら私は思わざるを得ない。

 炎は確かに何時か消えるかも知れない。

 でも炎で最後まで燃え尽きる事を望んだ時はどうなるのだろう・・・・・・。


                           to be continued


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