『絵本』
第十話 終焉ーカーテンコールー 「キャロル、もう準備は出来たの?明日にはもうここを出なきゃいけないん だから、ちゃんと準備しておかなければいけないわよ。」 私は荷物の整理の手を休めているキャロルに言った。 明日になれば、李さんに世話してもらったこの部屋を出て、私は高槻君達と アメリカへ行き、そしてキャロルは新宮家の家に養女としてお世話になる事 になる。 「明日になったら、ユーゴーもう行っちゃうんだね。」 キャロルは小さな背中をさらに小さくして寂しそうに言った。 無理も無いと思う。 彼女は両親に施設に預けられてから、仲間と言えるのは研究所内の人々−それ も限られた数のー居なかった。 最初に研究所に来た時の彼女は、両親に捨てられた悲しみと怒り、そして寂 しさから、何にでも噛み付く怯えた子犬のようだった。 だから最初に彼女に気さくに挨拶して手を差し出したゴルゴンお姉ちゃんは、 クリフ兄さんがその強大な力で、螺旋(ツイスター)と呼ばれるキャロルの 念動力(サイコキネシス)を押さえ込まなければ腕を折られていた事だろう。 それから次第に彼女は研究所内に慣れ、私達とも親しくなった。 尤もクリフ兄さんに対しては、親しみと共にその力に対する憧憬も含まれて いたようだけど・・・・・。 それがあのX-ARMYの終焉となった戦いでクリフ兄さん達は殺され、研究所に いた仲間達もそれ以前に皆殺されて、とうとう研究所からの仲間は私だけに なってしまった。 だから決して十三さんを信頼していない訳ではないけれど、両親に捨てられた と言う記憶が彼女を臆病にし、私との別れを不安にさせている。 私はそっと彼女の小さな背中を抱いて言った。 「そうね。そしてあなたにとっては十三さんの所での新しい生活が始まる日 よ。元気がないわよ? ほら、元気を出して。ね。」 「私・・・ユーゴーと離れたくない。ユーゴーも・・・ここに残って。それが 駄目なら・・・私も十三おじいちゃんの所に行かない。私もユーゴーと一緒 にアメリカに行く。」 キャロルの声が涙声に変わりかけている。 「キャロル。」 私は少し声を強めた。 「今日あなたが言った事をもう忘れたの? あなたは言ったわ。 日本に残る つもりだって。 十三さんが養子に引き取ってくれるって・・・。」 キャロルが涙を溜めた瞳で私を見た。 「そしてそれを決めたのはエグリゴリでも、クリフ兄さんでも、私でもない。 あなたが決めた事なのよ。 それとも、あなたの決意は私と離れ離れになる ならすぐ消えてしまう、そんなものだったの?」 私は彼女の髪を撫でた。 「あなたの決めた事に自信をもちなさい、キャロル。そして十三さんの所で 幸せに暮らすのよ。 キャロルなら大丈夫だから。 それにすぐにまた会え るわ。」 「・・・・・分かったわ、ユーゴー。 だから約束だよ。絶対、絶対に帰って きてね。」 「分かってるわ。もう何度も約束したでしょ。絶対に帰ってくるから。」 キャロルが再び荷物の整理を始めた。 私も出来る事なら、キャロルの傍に居てあげたい。 でも私はこれ以上クリフ兄さん達のような犠牲者を出さない為にも、高槻君 達がエグリゴリの中枢アリスに行く事をサポートする事を決めていた。 そしてキャロルを連れて行くには、この旅はあまりに危険すぎる・・・・・。 そんな事を考えながら荷物をトランクに入れていた私の手から本が滑り落ちた。 私はその本を拾うと、作業の手を休め、ただ眺めた。 「人魚姫」の絵本を・・・。 結局、クリフ兄さんを想い出す物はこの本だけになってしまった・・・・・。 ヴォルフとキクロプスが殺され、私達もレッドキャップスに囲まれた時に、 クリフ兄さんが私とキャロルを逃す為に念動力(サイコキシネス)で投げ 突けた車と共に私達の荷物は焼けてしまった。 ただ不思議な事にこの「人魚姫」と「銀河鉄道の夜」の二冊の絵本だけが、車 から放り出された様に兄さん達が死んだあの場所に転がっていた。 まるで兄さんが私を寂しがらせない為に置いて行ったかの様に・・・・・。 今も私の心には、メアリーおばあちゃんが死んだ後、一生懸命になって私に 絵本を読んでくれたクリフ兄さんの姿が鮮やかに浮かび上がる。 そして兄さんの記憶が次々と溢れるように浮かび上がる。 暗闇を怖がる私を勇気づける兄さん。 自分の分までお菓子を分けてくれた兄さん。 私が能力を完全に覚醒させた時、崩れそうな私を励まし、苦痛まで背負って くれた兄さん。 魔王(セイタン)となった兄さん。 そして私を守って・・・死んだ兄さん・・・・・。 クリフ兄さんが死んだのは、ジャバウオックに敗れ、そして高槻君達の心の 強さの前に狂気を秘めた炎も消え、本当の敵であるエグリゴリとの対決を 兄さんが決意した矢先の事だった。 「ユーゴー、今だ! キャロルを連れて高槻の所まで走れ!!」 「なにをしてる、早く逃げろ!!」 「オレを誰だと思っている!! この魔王(セイタン)クリフがそう簡単に やられるか!!」 「今のおまえ達は足手まといだ、だから早く行け!!」 私とキャロルを逃がそうとするクリフ兄さんの言葉、そして強張った表情の 中にも安心させるかのように微笑みすら浮かべ私達を見送った兄さん・・・。 そして・・・高槻君達を連れて戻って来た私が見た兄さんは、とても・・・ とても・・・ひどい姿・・・だった。 あまりの光景にその場に立ちすくんだ私に、兄さんの高槻君に対する言葉が 途切れ途切れに聞こえた。 「・・・お・・・おまえ達・・・か・・・・・・。」 「・・・キースは・・・強かった・・・。 この魔王(セイタン)の・・・ 力でも・・・このざまだ・・・。」 「・・・・・・・・・高槻・・・よ・・・X-ARMYは・・・・・・・・・ここ まで・・・だ・・・。」 「妹・・・やキャロルを・・・・・・たのむ・・・。 ようやく体を動かした私は、ただ「兄さん!! 兄さああん!!」と叫びながら クリフ兄さんの元に駆けつけた。 少しでも早く駆けつければ兄さんが命を取り留めるような気がして・・・。 私が兄さんの体に手を触れた時、ある映像が見えた。 何処かの病院の部屋のベッドに女の人と赤ちゃんが横たわっている。 「ほらクリフ。あなたの妹のユーゴーよ。」 ベッドの女の人が幸せに満ちた笑顔で語りかける。 頭を撫でながら、隣の男の人がこちらも女の人に負けない笑顔で話しかける。 「クリフもお兄ちゃんになったんだ。しっかりしなきゃな。」 画面が変わった。 周りを黒い服で身を包んだ人達が大勢たたずみ、運ばれる棺を見ている。 隣には小さな女の子が、大勢の人が居るのが珍しいのか、ニコニコして 笑っている。 次の画面は、見慣れたあの研究所の建物だった。 先に見た女の子の手を握っている。 そして、声が聞こえた。 「ユーゴー心配するな。僕は天国のパパとママに約束したんだ。僕は お兄ちゃんだから、妹のお前は絶対守ってやるって。」 そして映像は、・・・兄さんの思考は・・・消えた。 「ユーゴー!」 キャロルの声に、私は慌てて彼女の方を見た。 「もう準備はできたの!明日はこの部屋を出なきゃいけないんだからね! 手を休めている場合じゃないわよ。」 涙目のキャロルが、ちょっと勝ち誇ったかのような表情で口を尖らせて いる。 あら、あら・・・・・。 私は微笑んで、「ごめんなさい、キャロル。」と言うと再び作業に取り 掛かる為に絵本をトランクに入れようとして、その手を止めた。 クリフ兄さん、メアリーおばあちゃん、ゴルゴンお姉ちゃん、テディ、 リン。 私は決して皆の事は忘れないわ。 でも今回の旅では、少しでも後ろを振り向きたくないの。 だから・・・ご免ね。 この絵本は置いていくわ。 絵本を見たら皆の事を思い出して、前に進もうと言う私の決意を鈍ら せるかも知れないから・・・・・。 「キャロル。」 キャロルが振り向いた。 「兄さんには荷物になるって言われたけれど・・・持ってきて良かっ たわ。」 私は二冊の絵本を差し出した。 「キャロル。私が帰ってくるまでこの絵本預かって欲しいの。」 キャロルは驚いた表情をし、やがてその本が何かを確かめると懐かし そうに言った。 「わー懐かしいな。これよくユーゴーやテディに読んでもらったわ。へー、 ユーゴーまだこの本持ってたんだ。」 「もう残ってるのはその二冊だけだけどね。」 「分かった。この本は私が預かるけど・・・これってそんなに大事な本 なの?」 「ええ、この本は私にとって大切な物よ。」 そうこの本には、この本を通じて私を愛してくれた人達、私が愛した人達、 いいえそれだけじゃない。 ヴォルフ、キクロプス、マーキュリー、ボッブ、ジェニー、クリス、 フレイヤ・・・、私があの閉ざされた空間で関わった人達の全ての思い出 が詰まっているんだもの。 「そんなに大切な本なんだ。 だったら私これをユーゴーだと思って大切 にする。」 「じゃあこの本を私だと思って大切にしてね。」 その途端、キャロルの目から再び涙が浮かび始めた。 「ユーゴー、絶対だよ。絶対に帰って来るんだよ。」 私は微笑むと、彼女の涙を拭いた。 「もうキャロルったら。大丈夫よ。必ず帰ってくるわ。約束したでしょ。」 to be continued |
パラの感想
ここまで10話までのこの展開!ユーゴーの能力への覚醒、X-ARMY(エグザミィ)の結成、仲間達との出会い、そして別れが非常にうまく表現されていて思わずこの世界観に魂を惹かれてしまいます(笑)
特にキース・レッドやクリフの登場などはその懐かしさもあるし、なにより私の大好きなユーゴーが主人公ってことがこの上なく至福感を与えてくれます。
そんな銀光さんの力作『絵本』も次回の11話をもって最終話!
はたしてどんな結末が待っているのか!?
そして最終話には銀光さんの後書きも掲載されます!請う御期待!!
作者の銀光さんへ感想等のある方はメールか掲示板で!
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