−天使の涙−
(中編)





「来ないで!」

今までにないくらいユーゴーは力強く叫ぶ。その言葉に思わずフランツは歩みを止めてしまう

「…来ないでフランツ…私には今あなたが、いえあなた達が考えていることがわかるの…私の中に入ってくるのよ!」



考えていることがわかってしまう、ユーゴーははっきりとそう言葉にした

「!?」

「……ハハハ、ユーゴー何を言っているんだい?僕が何を考えてるというんだ?」

内心はうろたえながらも笑顔の仮面は外さずにフランツはユーゴーに近づこうと一歩踏み出す

「来ないで!」

だが、ユーゴーは再び強い口調で発す

「フランツ…私今あなたが考えていることがわかるの…ううん、なんとなくじゃなくてはっきりと…」

「それも私が読もうとしてじゃなくて、私の頭の中に勝手にあなたの考えてることが入ってくるのよ!」

それを聞いたときフランツはユーゴーのハッタリだと思った。

何故なら今までの実験ではそのような結果は出なかったし報告も受けてはいない

おそらくはユーゴーは何かの原因で内心不安定になっているんだろう、そう思っていた

「ユーゴー嘘はいけないよ。君にはまだそんな能力はないことはわかっている。もし君の言っていることが本当なら証拠を見せてくれなくちゃ」

両手を広げながら笑顔のままで言う。

その言葉に我に返った他の研究員達もユーゴーに向かって笑顔を向け

「そうだよユーゴー。フランツの言うとおり君みたいにいい子が嘘をつくのはいけないよ」

若い研究員がメガネをずらしながら言う

「……嘘じゃないわ…あなたは今私のことを『何を考えているこのモルモットめ』って思ってた!」

このユーゴーの言葉にその研究員は額に汗を浮かべながらガタッと席から立ち上がる

「あの人だけじゃないわ…あなたも…」

ユーゴーは視線を別の研究員に向ける。その視線を向けられた研究員は一瞬ビクッと震える

「あなたは『なんだこのガキは!どうせ口からでまかせだろう!』と思っている!」

ユーゴーの口から発せられた言葉にその男も額に汗を浮かべながら硬直する

「そして…」

ユーゴーは身体の向きをフランツの方に向け、その目をしっかりと見据える

フランツは今は笑ってはおらず怪訝な顔でユーゴーと視線を交える

あたりには沈黙が漂い、この場にいるものはこの次に何が起こるのかといった気持ちであった


スッとユーゴーの頬を一筋の涙が流れ落ちた。その涙はまさに哀しみの涙であった

「…フランツ、あなたは…・」

言いかけていったん口篭もる

その言葉を出してしまえば今までの楽しかった思い出は全て消えてしまうことがユーゴーにはわかっていた

だからこそこれから言おうとすることを言うのがはばかられた


「フランツ……あなたは私のことをあなたの研究のための単なる実験のための素材…モルモットとしか見ていなかった…」


…涙を流しながら語るユーゴー


そしてそれを静かに聞くフランツ…


この場にい合わせた者である者はユーゴーを、そしてまたある者はフランツのほうに視線を向ける

もはやフランツはその仮面をかぶってはいなかった

「…何故…何故わかるんだ…・」

同様の言葉が紡ぎ出される

「ユーゴー、今までの君の実験結果では表層心理を読み取ることはできても、そこまでの人の深層心理を読み取ることはできなかったはずだ!」

「君はそれができることを今まで私達、いや僕にさえ黙っていたのか?」

その言葉にユーゴーは静かに首を振る

「そうじゃないわ…私がこんなことができるようになったのはついさっきなのよ」

フランツの憶測を否定し、静かに真実を述べる

そしてユーゴーの視線は片時もフランツから逃そうとしない

「さっき…だと!?……そんなことが…………そうか!!」

フランツの頭の中にさっきユーゴーの様子が変わったときのことが思い出され、一つの仮説が立てられた

なんのことだかわからない他の研究員は黙って二人の会話を聞いているしかできず、二人の会話に割り込もうなどというものは誰一人としていなかった

「ユーゴー君のその力の覚醒、それは…」

「…そう、妹の覚醒は僕の力の覚醒によって連鎖的に引き起こされたんだ」

フランツが言いかけたその時、扉の陰でフランツ達からは見えないが、ユーゴーのすぐ隣からその声は発せられた

一同に更なる緊張の空気が流れる

「……やはりそうか…」

だがフランツにはわかっていたのかたいして動揺したそぶりは見せずに落ち着いて声を発す


ドアの陰、ユーゴーの横からゆっくりと姿を表す少年


「ユーゴーの更なる能力は兄である君の能力が覚醒したが故に引き起こされたのか…クリフ・ギルバート!」

ドアの陰から現れた少年はユーゴーの兄クリフその人だった


それを見た研究員達はさきほどここの警備員達に取り押さえるよう言ったクリフが何故ここにいるのかと驚愕した

そしてインターフォンに手を伸ばし、警備員を呼ぼうと受話器に手を伸ばすが、視界に入ったモニターに視線を奪われた

そのモニターにはどれも累々たる死体、又は重傷者が横たわっているのが映し出されていた

その光景を見た研究者達は皆驚愕の眼差しでモニターを見つめている

そして次の瞬間には研究者達が見つめていたモニターを映し出しているディスプレイが次々に破壊される

「これがあなたたちが欲していた結果でしょう?」

ディスプレイ破壊後に冷笑を携えながらクリフは言い放つ

「お望みの通り僕は能力を覚醒させることができたよ」

クリフは笑いながら応える。それがいままで能力を覚醒できなかったために虐げられていた者の表情かと思うと研究者達はただ身震いするほかはなかった

「確かに僕はこうして能力を手に入れたよ…考えるだけで全てを破壊できる圧倒的な力をね」

クリフの瞳には自分の能力に対する興奮からか、妖しく輝いている

「この化物め!」

恐怖から錯乱した一人の研究員がどこに持っていたのか手に持っていた拳銃の狙いを真っ直ぐにクリフに向かって定める

だが、クリフはゆっくりとその男の方に視線を向ける

男はその動作だけでビクリと震え銃を持っている手もおぼつかない

クリフにはそれがおかしかったのか、笑いながら撃ってみなと指で挑発する

「うわぁぁぁーーーーー!!」

その挑発に促されるがごとく男は銃弾を放つ

「兄さん!」

その光景に思わず叫び声をあげたユーゴーであったが、次の瞬間には信じられないといった表情でクリフを、いや、クリフの目の前に浮かんでいるものを凝視する

それはその場にいる研究員達、そしてフランツさえも驚愕の表情で見つめていた

男から放たれた銃弾はクリフの目の前で止まって浮かんでいた…

まるでビデオの一時停止ボタンを押したかのように

クリフはユーゴーのほうに視線を移すと笑顔で

「どうだいユーゴー…これが僕が手に入れることができた力だよ。」

「に、兄さん…」

この時のユーゴーには兄であるクリフの心のうちが読めたために実の兄であるにもかかわらず足が震えていた

クリフの思考、それは己の力に取り付かれた禍禍しくも歪んだ心であった

「ユーゴー、これで僕はもう何者にも束縛されずにすむ。この僕の力さえあれば恐れるものなどなにもないんだ」

クリフは言うと目の前に止まっている弾を撃った男に返す

男は「ギャッ!」という叫びを最後になにも語らずにその場に崩れ落ちた

「残るはあなた達だけだね…」

クリフは笑いながら視線を研究者達に向ける

彼らはただクリフの力に対して自分達が無力であるということもあってただ震えるのみであった

「…そうだな」

だがその均衡を破った者がいた…それはフランツであった

フランツはさっき死んだ男の近くに近寄りすでに死体となった男の手から銃を手に取る

そしてそのまま銃の照準をクリフへと向けた

「…そんなものは僕には通用しないってわからないの?」

「…わかってるさ。それに僕がこれからすることは…ユーゴー、君ならわかるんじゃないのかい?」

フランツは視線をユーゴーに向け、ユーゴーも視線をフランツと合わせる

そしてユーゴーにはこれからフランツのすることがわかったのか、ハッと顔をあげ叫ぶ

「フ、フランツ!駄目ェーーーー!!」

ユーゴーはフランツのもとに駆け寄ろうとするがそれより早くフランツは引き金を引く

1発、2発、更に続いて銃声が部屋中に響き渡る



再び静寂が戻った時、そこに立っているものはフランツ、ユーゴー、そしてクリフの3人だけであった

いや、ユーゴーは床に膝をついて立っていた

フランツは手にした銃でためらいもなくその場にいた同僚の研究者全員を撃ち殺したのであった

「…なんの真似?」

クリフは冷たい視線をフランツに向けたまま語りかける

「…さぁね…僕も何でこんなことをしたのか分からないよ。」

フランツは語りながら呆然と自分を見つめているユーゴーを見つめる

「でもユーゴー、君になら分かるんじゃないかい?」

ユーゴーは語りかけられるがしばらくなにも話さずに黙る

そして意を決して口を開く

「…フランツあなたの心の中にはあなたのほかにもう一人の人格が潜んでいる」

「……やっぱり君の能力も覚醒したというのは本当のようだね」

「……君の言うとおり僕の心の中にはもう一つの人格が潜んでいるのは僕も知ってるよ。だがそれは二重人格とかそういった類のものでもない…」

「……前に話したよね…人間誰しも心の中には壁があるって…僕のもう一つの心はその壁の向こうに存在してるんだ」

「今それがハッキリと自分でも認識できるよ…なんで今までわからなかったのかっていうぐらいにね」

フランツの告白は続く

ユーゴー、そしてクリフでさえもその告白を黙って聞いている

「僕はここの研究所に来た当初は祖国崩壊によって閉ざされながらも再び開かれた新たな心理学研究に心を躍らせていたよ」

「でもここでの研究は人間の尊厳というものを貶める研究だったんだ…君達のような子供に遺伝子干渉を行うなどね…」

「僕はここの実態がわかった時は最初迷ったよ…果たしてこれが僕のしたかった研究なのかとね。そしてここを逃げ出そうかとも考えたことがあったよ」

「でも…でもね…再び研究の道を閉ざされるのも怖かった。心理学の研究は僕にとってはもう人生の一部、例えるなら恋人のようなものだったんだ」

「……それが閉ざされてしまうのには耐えられなかった」

「だから僕はここの研究に自らを溶け込ませることを選択した…人間ではなく、研究者という仮面をかぶってね」

「それからの研究は僕にとっては何をしているのか分からなかった…僕が自分で何をしているのかも。 ………ただ僕の中になにか黒くて汚いものが積み重なって行くことだけは自覚できたよ」

「今にして思えばその積み重なったものが壁なんだろうね…」

「わかったかいユーゴー…これが大人になるということなんだ」

「なんで…」

「なんで今になってそんなことを私達に喋るの?」

「フフ…」

フランツはなにも語らずに視線をクリフに向ける

「クリフ、君の能力にはハッキリ言って驚いたよ…君の力がこれからどこまで伸びていくのか見届けたかったけどね」

「だけど君のその能力のコードネームだけは僕がつけさせてもらったよ」

「僕の…コードネーム?」

「魔王(セイタン)、妹の天使(エンジェル)とは対を成すがその能力にはピッタリだろ」

「何故そんなことを僕に告げるんだい?」

「フフ、遺言だよ」

フランツはそう言うと手にしていた銃の銃口を自身の頭に向ける

「フランツ何を!?」

ユーゴーは立ちあがって叫ぶがフランツはニコリと笑い、その後には再び乾いた音が室内に響き渡った

そしてそこにはかつてフランツと呼ばれたものが横たわっていた



「……フランツ…」

ユーゴーは涙を流しながらフランツの死体を見つめる

それをクリフはじっと見守っている

「フランツ…今ならあなたが苦悩していたことが良くわかるわ…」

「でもあなたの行為は決して許されるものではなかった…あなたはその苦悩と戦うべきだったのよ」

ユーゴーの頬を一筋の涙が零れ落ちる

「でも、フランツ…私はそんなあなたでも…私はあなたを…」

最後の言葉は口には出さずに心の中だけに秘めていた

誰に語ることもなく己の心の中だけに







…なんでこんな昔のことを思い出してしまったのかしら

……でも私も再び人を好きになることができた…

彼とは違う…ううん、彼以上の苦悩と戦っている高槻君を見ていて…

……ありがとう高槻君…

そして、これが……私の最後の…テレパシー…




私は更なる深い闇に沈んで行くのがわかった

これが”死”なのだということも







                  ..........................to be continued

後書き

ふぅ〜なんとか-天使の涙-中編をUPすることに成功いたしました!
まぁ前編見ずに読んだ方は「なんだこりゃ?」と思った方も多いと思いますけど(^^)
フランツの最後なんか納得いかなかった方も多いかもしれませんが、彼は昔は良い奴であったと認識してください(笑)
さて次回の後編は、ユーゴーがアザゼルとの接触を果たすところであります!お楽しみに!!

それではみかん嬢HP開設1周年おめでとうなのじゃ!
こんぐらっちゅれいしょ〜〜〜ん♪

2000.06.15 パラ・ゴールド




Novel