Take.14
俺は襟元を正しながら待ち合わせ場所として指定された都内某ホテルのロビーにやってきた
そこでロビーに座っている人を見渡し、目的の人物を探す
ったく、なんで俺がこんなことしてるんだか……
事の発端は天文寺の発した一言だった―
「青山、お前バイトしてみる気……ない?」
突然のその言葉に俺は思わず拍子抜けした
先ほどまで天文寺が“社長”と呼んでいた相手との電話での会話から、天文寺になんらかの問題が発生し、そのために俺にお声がかかったのだと理解できる
だがそのバイト、仕事の内容が皆目見当もつかない
だから俺はこう答える
「な、なんだよそれ…… しかもいきなり」
自分でもかなり狼狽しているのがわかるがそれを表情に出さないように努める
天文寺も俺のその意図を察しているらしく声には出さないが、ニヤッと軽く笑っている
この辺が天文寺の嫌味なところである
わかっているのに敢えて言わない、しかもおっちの考えなどまるでお見通しだと言わんばかりの表情がまた俺をムッとさせるのだ
だが天文寺の表情はすぐに締まって、その口を開き始める
「青山、おまえ別に佐々木以外の女と寝たって平気だろ?」
いきなり天文寺は突拍子もない言葉を、しかも真顔で言い始める
もちろん佐々木とは俺の彼女である磨由美を指す
「い、いきなりなんだよそれ?……なんかの冗談?」
まぁ俺も本気だとは思わんなかったから語尾を軽く吊り上げてあしらう
だが天文寺の表情は一向に崩れないどころか、ますます真剣さを増してくる
な、なんだってんだよ一体……
「いいから答えろよ」
「平気だ…… って答えたらどうするんだよ?」
「今晩お前が初対面の相手と寝る可能性がある」
「何ぃぃぃぃーーーーーーっ!!」
「だから聞いてるんだよ。俺のバイトを受ける気がないんならこの話はここまでだ」
「……なんで俺にそんなこと聞いてくるんだよ」
「退屈してるんだろ。毎日学校行ってクラスの連中や佐々木とお決まりの会話して、休みの日には佐々木とデート。そんでホテルいってやるだけ……これが俺の見たところのお前の日常だ」
う”っ……反論したいがまさに正鵠を射ている
「安心しろよ。あくまでもこれは健全なバイトで危険は………ない」
「なんでそんなに間が空くんだよ」
「要するにそこはお前の要領の問題なんだよ。だけどつまらない毎日を吹き飛ばすには刺激的だぜ、佑作くん」
「おまえってひょっとして俺で遊んでない?」
「さぁーね。けどお前がそう思うのならそうなのかもな」
天文寺はにこやかに言い放つ。こいつは絶対に俺で遊んでると俺は確信する
だが天文寺の性格はともかく、やつの言う退屈しないバイトというのには正直興味がある
「で、そのバイトってなにやるんだよ」
「おっ、少しはやる気になったか?」
「まーだ……けどその内容次第だよ。難しいことなら俺やらないぜ」
「簡単だよ、ただ女とデートすりゃーいいのさ」
「へっ!?」
「一日、いやこの場合は一晩限りの恋人を務めりゃあいいんだよ。もちろんその際にかかる費用は全て相手持ち。その上に通常料金、4割がお前の取り分」
「……4割ってどのくらいなんだよ?」
「そうだな……お前が2ヵ月半コンビニでバイトして稼ぐぐらいじゃないか?」
「まぢ?」
それを聞いて俺は思わず声が裏返る
そして瞬時に最近個人的に欲しいもののリストが脳裏で片っ端から並べられる
それだけの高収入が一介の高校生の俺に一晩で手に入るのなら悪いどころの話じゃない
現に磨有美とのデート、特にホテル代だってばかにならない
「マジ」
「本当にただ女とデートだけすりゃあいいの?」
「そう」
「すっげー年増なおばさんとか?」
「26のOLだよ」
「バックにやくざとかそういうの絡んでない?」
「全然!No Problem」
「寝るかどうかは俺が納得してからでいいんだな?」
「もちろん。ただ相手を満足させなけりゃいけないんだぜ」
「わかってるよそんなの」
「決まりだな……佑作くん」
天文寺は満足げな笑みを浮かべてその手を携帯に伸ばしどこかに電話をはじめる
だが俺はこれからなにが起こるのかという不安に天文寺の話し声などは全く耳に入ってこなかった
「一つ聞いてもいい?」
「ん?」
「なんで俺にそんな話しもってくんの?」
「ん〜、なんていうかな……まずはお前の容姿。悪い線じゃない、むしろいけてる方だぜ」
「どうも……でもそんだけ?」
「それとお前のその性格」
「へっ?」
「お前のその何事にも無関心そうなところ、だけどな……」
「だけど……なんだよ?」
「それは今晩の仕事を終えたら話してやるよ……無事に終わったらな」
天文寺は再び微笑を俺に投げかける
俺はなんとなくだが言いくるめられたような気分になった
「ったく。安請け合いしたとはいえ、こんなおいしい話なんかあるのかよ」
俺はホテルのトイレの鏡の前で服装と髪の毛のチェックをして問題がないかを確かめる
「でも女とデートで高収入のバイト代……それに経費は全てあっちもち……う〜ん、確か相手は26のOLとかいってたよな……それがこんな形とはいえ男を買うなんてよっぽどの醜悪か、性格が悪いかだよな」
なんとなく俺はババ抜きのババを引いてしまったような陰鬱な気持ちになった
うまい話には裏がある、その言葉が脳裏で警鐘を鳴らし俺の歩みを鈍らせる
だけど引き受けた以上はいまさら断るわけにもいかない
「待ち合わせの5分前にはその場にいるようにな」という天文寺の忠告どおりに俺は指定されたロビーへと来る
そして壁に寄りかかって目印の新聞を丸めて肩にのせる
古典的な方法だけど、まわりをザッと見渡してもこんなことをしているのは俺ぐらいだ
道行く人がみんなこっちを見ているような気がして、ちょっと恥ずかしい気持ちになるが俺にとってはもはやどうでもいいことだった
もっともこのまますっぽかされでもしたら多少怒りは湧いてくるだろうが
……そして約束の時刻になった