Take.17
気の効いた高級フランス料理店……
ほのかに薄暗い証明の中をロウソクによって灯される明かりがまた神秘的で、その神秘さを助長するかのようなクラシック音楽が演奏されている
ベートーベンでもモーツァルトでもないが、この雰囲気にはピッタリの曲だ
しかしそんなものよりも次々に出される高級料理を愛する男女が向かい合って食べる
まさにその世界は二人だけのもの………
なんてことを少し想像してしまった俺はお子様なんだろうな…
俺は目の前に出された現実と描いた空想のギャップに少し心くじかれる
「……どうしたの?」
俺の目の前に座る女性が精一杯の笑顔を見せながら話し掛ける
俺はその笑顔に一瞬ドキッとしながらも「なんでもないよ」と言って目の前の現実を受け入れようとする
よくよく考えてみれば、高級フランス店とまではいかなくても、ここは男女が食事するにはピッタリの雰囲気のイタリア料理店だ
先ほどから口にしている料理の名前もわからない鶏肉料理も、もちろん定番のラザーニアもパスタだって美味い
そしてワインの味がそれらを引き立たせてくれる
この時ばかりはアルコールに弱くない自分の身体を誇らしく思った
そしてここでの出費に関して俺の懐は痛まない
女性に払わせる、ということは確かに体裁が悪いがこれも仕事と割り切れる
なによりも相手が納得してこちらと契約してるという形なのだから
(……詳しくは知らないけどな)
いつもの磨有美とのデートで入るマック(マクドナルド)やファミレス、友人と行くような吉野屋を考えればまさに今まで縁のなかった店だ
俺はそう考えると途端に嬉しくなり心弾む
単純な思考回路だが、この単純さこそが俺の長所でもあると勝手に今は思い込む
(っと、俺ばっかりが感傷に浸ってないで仕事をしないとな仕事を)
俺はそう思考を切り返ると目の前に座る片桐興子に向って笑顔を絶やさずに語り掛ける
「ところでなにかあったの?」
「えっ!?」
俺が何気なく尋ねた言葉に思わず彼女も食べている動きを止める
「……なんで?」
「なんか無理して明るく振舞ってる感じがするからさ」
(嘘だ)
「………やっぱり ……わかっちゃうのね」
「まぁね。 仕事がらたくさんの人と会ってるからね」
これももちろん嘘だ。
最初の言葉だって会話の口火をきるために言い出したことだし、この仕事だって今日が始めてだから、目の前の片桐さんが最初の相手だ
だからあとは口から出任せで状態になっている
「私ね ……好きな人がいたの」
彼女は先ほどまで口に運んでいたナイフとフォークを皿の上に乗せ、その手も自分の膝に乗せて語り出す
俺ももちろん食事する手を止め、ワインを一口飲んでから彼女の話に聞く態勢をとる
「私ね、こうみえても小さい頃からおっちょこちょいだったから入社した時なんかもうしょっちょう失敗ばかり。でもそんな時に必ずフォローしてくれる人がいた」
「それが ……その…人?」
俺はそう問い掛けると彼女はコクリと頷く
「でも彼は私だけじゃなくて誰にでも優しくて ……だからかな、いくら私が好きだと思っても結局は先輩に私の想いは届かなかった」
「告白はしなかったの?」
俺のその問いに彼女は再びコクリと頷く
「できなかった。 いいえ、しようとしたわ……でも、もしだめだったときのことを考えると…彼とのそれまでの関係が壊れてさえしまいそうで怖かったの。彼にはその時まだ好きな人がいなかったみたいだから……だからそれでもいいって」
彼女の頬を涙が滴り落ちる
(綺麗だ……)
俺はガラにもなくそうつぶやきかけてしまいそうな衝動を抑えて聞き手に努める
なにか普段の高校生青山佑作とは別の自分がいるような気がしてならない
「それで今日、彼から結婚式の招待状をもらった時は、ショックだったわ……なんでもっと前にだめでも言いから告白しなかったんだろうって。しかも彼もニッコリと笑って『是非来てくれ』なんて言うのよ」
「くやし……かった?」
「………少しね。 でも多分私、誰かにこの話を聞いてもらいたかったんだと思う」
「俺でよかったの?」
「ええ、いいわ。 こういう話ってなんだか知り合いにはしにくいじゃない。それに今日はとことん発散したい気分」
「OK、夜はまだまだ長いからね」
俺はそう言うと意を決して食べかけの料理はそのままに、コートを片手に立ちあがり彼女の腕を取る
「さぁ、行こうか」
「え? ど、どこに ……それにまだ料理が…」
「そんなのいつでも食べられる! 今は片桐さん……いや、興子さんの鬱憤を晴らすことが先だ!!」
「えっ、え?」
俺の強引さに彼女はちょっと面食らっている
だけどこの時の俺にはそんなのどうでもいいことだった
そして後になって俺は思い出す……俺にこんな強引な一面があったのかと
青山佑作、17歳……
求めていた刺激をこの時が感じ始めた瞬間だった
(つづく)
2002年3月18日
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