Take.18





「そうそう、興子さん。 そこでターンして!」

「えっと、こうして…こう ……わっ、ちょっと待っ!!」


イタリア料理店を飛び出した俺達はカラオケ、ボーリングと遊び歩き、今はゲームセンターへとやってきた

場内にはこの場の雰囲気を盛り上げるような音楽が流れ、まわりではその音楽のビートの乗りに合わせかの如く多くの人たちがゲームに興じている

Dancex2 Revolution、画面の表示に合わせて足もとに矢印の描かれたステップを踏むダンスゲーム

普段なら並ばなければできないものだったけど、ブームも去った今ではそんなに並ぶ必要もない

俺は興子さんにこのゲームをやることを薦め、最初は遠慮していた彼女も今では夢中になってステップを踏んでいる


「そう、がんばって!もう少しでクリアだよ」

「え!?」


彼女が「もうすぐクリア」だという言葉を耳にしたとき、その安堵感から集中力が切れ画面にはGameOverが表示される

だが俺も彼女も別段悔しそうな表情は見せずに気持ちのいい疲れに身を任せていた






「はい、おつかれさま。コーヒーでいいよね?」


ゲームセンターを後にし、今は公園のベンチでグッタリしている彼女に自販機で購入して来た缶コーヒーを差し出す


「ありがと」


彼女も笑顔でそれを受け取り、プシュッと開けるとそれをおいしそうに飲み出す

俺もそれを見てから自分のに口をつける


「あ〜、でもこんなに楽しいのなんか久しぶりよ私。もうクッタクタ」

「本当?」


俺は彼女の隣に座り笑いながら彼女と話す

彼女も嬉しそうに俺の方を見ながら口を開く


「本当言うとね……私、あなたと今日会うのキャンセルしようとしたの…」

「……」


彼女の言葉を黙って聞く


「例え現実から逃げても彼はもう私の元へは戻ってこないんだもん… 本音を言うと、今のこれは夢で目が覚めたら私と彼とは実は上手くいっていて、その証拠に隣で静かな寝息をたててるの……私ってわがままなのかな……こんな風に思うなんて」


彼女は無理をして笑いながら想いを語る

だが次の瞬間には再び鬱な気持ちになったのだろう、俺に向けていた視線を地面へと落とす


「でもね…」


彼女は沈んだ表情からパッと明るい表情へと変わる

その表情には未練といった陰は見当たらない


「でも、今日あたなと会ってあんな風に遊んでたらそんな思いなんて吹き飛んじゃった」


彼女は屈託のない笑顔で俺に語りかけてくる


「彼は確かに魅力的だった。今までに私が会ったこともないような男の人だった。 そして今まで私が感じたことのない想いを抱かせてくれた。それだけで私は十分なんだと思う」

「『失恋を知らない人間に本当の恋は訪れない』」

「え?」


俺の突然の言葉に彼女はきょとんとした表情になる

俺はその彼女の表情を認めると自然と笑みがこぼれ


「これ、俺の友人の口癖。 そいつはしょっちゅう恋をしては振られててさ。 ……振られた後のそいつの決め台詞なんだよこれ。聞いた時は単なる負け惜しみに聞こえたけど、興子さん見てたらなんかそいつの言葉が頭に浮かんできたんだ」

「どうせ私は振られ女ですよ」


俺の言葉に彼女はプクッと頬を膨らませると不機嫌な表情でそっぽを向く

俺は「ハハハ」と笑いながら立ちあがり、目前の噴水の前まで駆け寄る

彼女も俺の後に続いてゆっくりとベンチから立ちあがり噴水の方へと歩み寄る

俺はそれを見てから囲いに上り、両手を広げてバランスを取る


「でもさ、いい言葉でしょ?」


俺はさっきの言葉についての同意を求める

彼女表情はもうふくれてなどはおらず穏やかに見えた


「ええ、そうね。 私にも……現れるわよね、本当の相手が?」

「もちろん」


俺は本心からそう述べ、くったくのない笑顔を向ける

公園の照明の光加減のせいだろうか、彼女の頬が少し紅潮して見えた

それに気を取られたせいか、俺は突然バランスを崩し始めた


「う…うわわわわっ」

「あ! か、片山君!!」


彼女も俺を助けようと慌てて手を差し出し俺の手を掴む


「あっ…」


だが俺は彼女の救いの手を掴んだまさにその拍子に噴水の中へと身体は倒れていた

よって当然助けようとした彼女を引っ張る格好へとなったのである


「え? え、え、え、えぇぇぇ〜〜〜!?」


その予想もしない突然の出来事に彼女も素っ頓狂な声を挙げ、その叫びを言い終える前に俺に続いて噴水の中へと飛び込んでしまった

しかも俺の場合は彼女を受けとめる格好になってしまったために余計に水の中にいるはめになってしまい、二人揃って水から上がったとき、俺は全身水浸しで前髪が見事なまでに垂れ下がっている

彼女の方に視線を向けると、やはり彼女の方もずぶ濡れで濡れた髪の毛が顔中のあちこちにひっついていた

そして俺達はお互いにその表情を見ると、どちらからともなくプッと吹き出しそのまま声に出して笑い始めるのであった




(つづく)

2002年4月23日



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