Take.21
「いや、助かったよ天文寺!」
俺は天文寺と屋上にあがると開口一番先ほどの感謝の言葉を告げる
だが天文寺は別にそんなことはどうでもいいというように眼鏡の向こうから目が語り掛ける
「そんなことより昨夜はちゃんとやれたのか?」
「ん……ああ、ちゃんとやれた……と俺は思う」
俺の言葉に天文寺は納得しないものを感じたのかちょっと顔つきが厳しくなる
「おもう……じゃ困るんだけどな。いくらバイトとはいえこれは信用問題なんだぜ。今回うまくいってなかったのならそのお客さんはもう二度とうちを使わない。そして口コミでの情報もなくなる」
「…………」
「だから失敗するなとはいわない。けどそんな曖昧な仕事はしてほしくないな、受身が上手な青山君」
最後の一言は俺がムッとするぐらいに天文寺は楽しそうに言い放つ
「うぐっ……た、確かにそうだけど。けど俺はちゃんとやったぜ!彼女だってなんの不満も口にしなかったし金だってちゃんと払ってもらった」
「なるほど、そこだけを聞くとちゃんと仕事はしたらしいな」
「ああ、そこは俺だってきちんとやったさ。それに大学生と、彼女の恋人を演じるっていうのも結構楽しめたしな」
「楽しめた!?」
「……なんだよ」
「はは〜ん。そしてお前は今罪悪感を抱いている……というわけか?」
天文寺のその一言に俺はおもわずウッとなる
まるで俺の心を天文寺の眼鏡を通して見透かされているような気分になった
俺はその気持ちを悟られまいとできるだけ平静を保つ
「な、なんだよ…それ」
「佐々木に悪いってことしたっていう罪悪感があるんだろ?」
またまた天文寺の一言は確信を突いてくる
「な、なんでそんなこと言い切れるんだよ!!」
「………冗談だったんだけど」
「………へ!?」
「今のは冗談で言ったんだけど………いやはや、本当だったとはね」
(こ、こいつ……)
「でも『そうだな』で浮気されたんじゃ彼女も可哀想だよな」
「なんかその言い方カンにさわんだけど……おれってひょっとして馬鹿にされてる?」
俺は感じたままの言葉を放つ
そして天文寺は俺のその一言に少し考えこむ格好となり
「ああ悪い。これも俺のくせなのかね、興味をもったやつはからかってみたくなんだよ」
「興味?」
「そっ。じゃなけりゃあのバイトお前に紹介したりしないぜ。正直楽しかったんだろ、恋人ごっこができて。とにかく退屈なんかとは無縁でいられるからな」
「………」
「お前みたいに事勿れ主義というか、受身の人間にはある意味向いてるんだよああいう仕事には」
「それって……素直に喜んでいいのかよ?」
「さぁ、それこそお前の感じ方次第だろ。少なくとも俺は褒めてるつもりだぜ」
「う〜〜ん………ま、いっか……」
俺はそうつぶやいて空を見上げる
空は青々と晴れ渡り、鳥達が自由に飛びまわっている
「こらー、そこの二人!!」
屋上入口のほうから元気のいい声が響き渡る
その声の主は磨有美で、なかなか降りて来ない俺達に業を煮やしたらしい
「佑作!いつまでもこんなかわいい彼女を一人にさせとくなんてどういうつもりよ」
「ちょ、ちょっと磨有美……」
「それに天文寺クンと一緒にこうして屋上だなんて…なにアンタ達できてんの?」
「ちょ、ちょいなに言って!!」
「ひっどーい祐作! あたしという彼女がいながら男に走るなんて……そりゃー私には男としての相手はできないけどさ」
俺の言うことも聞かずに磨有美はどんどんと話を進めていく
このパワフルさが磨有美の恐ろしい所だと正直に思う
それは隣で唖然として聞いている天文寺も同様なのだろう
「アーッハハハハハハハハ」
突然隣で黙っていた天文寺が声高に笑い出す
マシンガンのように喋りっぱなしだった磨有美も天文寺の笑いにその語りを遮られる
「ほんとーにお前らっておもしろいよな……それに佐々木もなんだよその語り口。まるで女への浮気は許せないけど男への浮気は許せるみたいに聞こえるぜ」
「ちょ、天文寺!お前なに言って…―」
「そだよ」
「……へ!?」
天文寺の言葉俺は焦る物を感じたが、磨有美の一言で俺は一瞬時が止まった気分になった
いや、時ではなく俺の思考が止まったとだろう
「女への浮気なんて私に対する失礼以外のものじゃないじゃん。男だったら私ができないことだからまぁしょうがないとはおもうけどさ」
「だ、そうだ…青山」
俺の止まった思考の中で、午後の授業の開始を告げるチャイムが耳に聞こえてきた
(つづく)
2002年9月1日
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