Take.22
「……天文寺、どこまでいくんだよ」
「もうすぐそこだよ」
俺の問いかけに天文寺は即答する
俺と天文寺は放課後2人して街中を歩いている
だがまわりの雰囲気はビジネスマンやOLが闊歩しているような場所で学生服姿の俺等には不釣合いな場所に感じられる
事実何人かのビジネスマンやOLは俺達のことを横目で観ているのがわかる
だが天文寺はそんなこと意にも介さないのか堂々と歩いている
一つだけ違うことといえば時折天文寺のほうをチラチラと眺めているOLがいることだろうか
その顔の創りから普段学校でも天文寺は女生徒の視線を集めることが多い
俺自身も悪くはないと自覚しているが、天文寺にはどこかかなわないというか納得させられるような雰囲気というか……うまく言葉で表せない何かを俺は感じている
まぁその天文寺に一応はこうして認められているわけだからして、その辺は悪い気分はしない
「着いたぜ」
「えっ?」
そんなことを考えているうちに天文寺はその歩みを止め、目的地を見上げる
俺もその視線の先を追ってその目的地とやらを確認する
そこには一棟のビルが建っており、たくさんの看板が掲げられている
中でも4階に掲げられている『M&R staff agency』と書かれた看板が自然と俺の目にとまる
「staff agency? 確かそれって……」
俺は拙い英語力を総動員してそれを訳そうと試みること数十秒、
「派遣会社……つまりここが俺やお前の雇い主が構える城ってわけさ。 お分かりかな、英語力の乏しい青山佑作クン」
「………」
"英語力が乏しい"などといわれるだけでもいい気がしないのに、フルネームで呼ばれたことに一層俺の不快感は増す
だが俺はその不快感は顔には出すまいと平静を装うことに努める
「………それは分かったけど、M&Rって何の略だ?Man & Rady ……なんてわけないよな?」
俺は知っている単語を何気なく組み合わせて言葉にする
だが天文寺はそんな俺の一言に「プッ」ともらして苦笑している
その顔は明らかに俺が本気で言っていると思っている顔である
「あのな……冗談なんだから流せよな、そのへん」
「いや、冗談なんかには聞こえなかったけどな〜。なにせ英語力は格別な"青山"クンの一言だからさ」
「………」
天文寺は今度は俺の名前の部分だけを強調して言い放つ
最近気付いたことではあるが、天文寺はこうやって人をからかう癖がある
もちろん悪意あってのことではなく単純な悪戯心というやつでだ
しかし悪戯されるほうはたまったものではない
ただでさえ普段は磨有美に振り回されているのに、この上天文寺にまで振り回されるなんて想像しただけで頭が痛くなってくる
「さ…さっさと行こうぜ。 この上だろ、俺にようがあるってのは?」
「察しがいいな。 話が早くて助かる」
その豹変ぶりに「嘘つけ」と心の中で毒づきながら先を歩く天文寺の後に続く
エレベーターで4階まで上がり、M&R staff agencyと書かれたドアをくぐる
中はオフィスというよりも団欒ができそうなホテルのラウンジをイメージさせる造りになっている
もっとコンピュータが4,5台並び、電話応対しているオペレーターがいるといったような想像をしていただけに俺は正直あっけに取られた
「あれ? 確か今日はいるって言ってたんだけどな……お〜い!!」
俺のことなどかまいもせずに天文寺はあたりをしきりに見渡しながら誰かを呼んでいるようだ
俺は誰を呼んでいるのだろうと思いながらそのへんを眺めながら歩く
すると足元にゴツッ何かが当たる感触があった
俺はなんだろうとそれを手にすると、それはどこぞの外国産のワインボトルだった
もっとも中身は既になくごみとして転がっていたようだ
だが俺の疑問は"何故"そんなものが仮にもオフィスに転がっているかだ
そんなことを考えていると奥のドアがギィーーッと開き中から女の人が一人出てきた
傍目に見てもその女性は今まで寝ていたようで気だるさが全身から感じられた
見た目には腰まである綺麗な黒髪が印象的な美人に思えるのだが、その生気のなさというか寝起きのせいなのかいまいち魅力に欠ける感がある
「ったく、また寝てたのかよマスミさん!」
その声にマスミと呼ばれた目の前の女はやっと天文寺の存在に気付いたようだ
「あ〜ら、誰かと思えば龍ちゃんじゃない。 あら……他のみんなは?」
「とっくに出払ってるよ」
「ふ〜ん………で、隣の美男子クンは誰なの?」
不意に視線が俺に投げつけられ俺は思わずビクッとする
「ああ、昨日言ってた新人だよ。 一応目通しさせとこうと思って連れてきた」
「ああ、そういやそんなこと言ってたっけ……」
「………まぁいいか。 紹介しとくぜ青山。こちらがM&R staff agencyの社長の真純さんだ」
「えっ!!」
(目の前の………)
俺は目を点にして社長だと紹介された女性(ひと)に向ける
(この人が……)
そして相変わらずの気だるそうな表情が視界に入る
(………社長!!!?)
俺は想像していたのとあまりにかけ離れたそのギャップに戸惑う
だがそんな俺の心境に気付いてか気付かずかその社長は俺のほうを見て口元に笑みを浮かべると
「これからよろしくね、青山佑作クン!」
その台詞に俺はもう断わるという選択肢は含まれてはいないのだと暗に気付かされた
(つづく)
2003年9月6日
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