Take.23
「これからよろしくね、青山佑作クン!」
目の前の女性はにこやかにそう告げる
先ほど天文寺が真純サンと呼んでいたこの女(ひと)が天文寺がバイトしているこの人材派遣会社の社長さん
この間会った片桐響子とさほど年齢はさほど変わらない
「……なに人のこと詮索するような顔して眺めてるのかしら?」
(う"っ)
まるで俺の心を見透かしたかのように言い放つ
そしてそんな態度にさえも見透かしたかのように目の前の女性は再び冷笑する
どうにも俺はこういうタイプの女性には弱い……というか逆らえないような気がする
占いとかそういう類のものを別段信仰するわけじゃないけど、仮に前世なんていうものが存在するのならきっと俺は前世でこういうタイプの女性に尻にでも敷かれていたのかもしれない
俺はなにも言えないまま押し黙ってしまう
「フフ……ごめんなさいね。別にあなたを困らせようってわけじゃないの。
ただね……」
言いかけたまま俺の顔を吟味するように視線を巡らせ、
「―あなたみたいな子って、ちょっとからかってみたくなるのよね」
(………)
「フフッ」と妖艶な笑みを浮かべたまま言い放つその態度に俺は内心何も言い返せない
きっと……いや、絶対俺はこの人には逆らえないだろう……
もし今血液型占いでもしようものなら俺はきっとこの人とは相性は最悪だろうと予想がつく
この状況になぜ天文寺は助け舟を出さないのかとみると、天文寺は俺に背を向けている
そして気のせいか……いや、十中八九その肩が震えており、明らかに笑い声を口に出すのを必死にこらえている様がみてとれる
まったく、いい友人だよ………
「さて、青山クン。 先日は龍ちゃんのピンチヒッターご苦労様」
「……龍ちゃん?」
俺は一瞬誰のことを指しているのだろうと知り合いの名前を検索してみる
だが該当する名前は俺の知り合いには出てこない
「あら? あなたたち……友達…なのよね?」
いいながら俺の視線の先で依然笑いをかみ殺している天文寺に向かって言い放つ
そのとき俺は………
「あ、そういえば俺……天文寺の名前知らなかった……」
このとき俺は初めてその事実を目の当たりにした
天文寺という苗字があまりにも珍しかったのと、普段は委員長とか苗字のほうで呼ぶことが多くそれに慣れてしまっていたため、別段気にも留めなかった
「面白い子ねアナタって………」
さっきまでとは打って変わって真顔で言われると、なんだか俺が常識のない人間だと暗に言われているような気がした
「いいんだよ真純さん。 俺も別段名乗らなかったし」
いつのまにか笑いを止めて、天文寺はニヒルな笑みで俺に向かって言い放つ
「天文寺 龍、それが俺の名前だよ。 わかったかな、佑作クン」
言いはしないが、その語尾には明らかに「今後はちゃんと覚えておいてくれよ」といわれているような気がした
天文寺龍……この名前だけは今後忘れまい!俺は密かに決心する
だが同時に………
「あれ? そういや真純さん……でしたっけ?」
「そいよ。私がここの責任者だけど………見えない?」
「い、いえ……そういうことを言ってるんじゃなくて……」
「じゃあ、私の年齢? それともスリーサイズでも尋ねるのかしら?」
「違います!」
俺はきっぱりと即答する
言ったあとでなんだかもったいないような、後ろめたいような気もしたけれど俺が今聞きたかったのはそんなことじゃない
「あら、違ったの? 別に内緒じゃないんだけどね」
(ど……どうにも手強い女性(ひと)だな……)
「そうじゃなくて、前例も作ってしまったばかりなので……真純さんの上の名前も聞いておきたいんですけど……」
こう聴いた瞬間、真純さんはキョトンとした表情になった
俺はなにか間違ったことを聞いていたのだろうか?
否!
俺はまだ真純さんという名前しかこの人のことを知らない
つまり苗字さえも知らない相手なのだ。この行為は別段失礼に値するものでもないだろう
「龍ちゃん……この子、知らないの?」
「ああ……そういや俺も言ってなかったな」
「あ、なんだ、そうなんだ」
真純さんは納得したといった表情で俺を見つめると、なにやら邪なものでも秘めたかのような笑みを浮かべる
俺はなにかとてつもない悪寒を背中に感じた
この感覚、これはきっとエアコンが利き過ぎているのだろうと俺は思いたかった
「はじめまして。 龍ちゃんの姉で、天文寺 真純と言います」
俺の心の中を突風が過ぎ去っていった
(つづく)
2003年11月28日
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