Take.26



俺は今駅前の喫茶店でコーヒーをすすりながら店内を見回している

すでに時刻は20時をまわっているが店内にはまだ客がかなりいる。さらにいえばそのほとんどが俺とそう対して変わらない年頃の連中ばかりだ

緊急で入った客との待ち合わせに指定されたのがこの喫茶店

そもそも今日はもうあがりで帰ろうと思っていた矢先に社長に頼まれてしまったのだ

俺は最初断ろうとしたが、どうやら馴染みの客のために無下にもするわけにもいかないという社長の言葉にバイトの俺が断れるわけもなかった

まぁこうなったら腹をくくってさっさと済ませるに限るのだが、いかんせん相手が来ないのでは仕事のしようもない

俺は待っている間に社長の馴染みの客についてあれこれと考えていた

社長も結構な美人だがらその馴染みというからにはレベルは高いんだろうと勝手な想像をしてしまう

社長とは極端な容姿だったらなんて想像をするだけ気が滅入るだけだと俺は極力考えないようにしていた


(それにしても………)


俺は仕事だからと考えないでいたがかれこれ20分ほど約束の時刻は経過している

だが依然としてその客は来そうにない。すでに来ているのだろうかと俺は店内を見渡すがそれと思しき人物は見当たらない

「すっぽかされたかな?」と思い、確認のために社長に電話しようと携帯を取り出し、アドレス帳の中から事務所の番号を検索する

だが俺が携帯に目を落としているその間いつのまにか現れたのかすぐ横に誰か立っているのが影でわかった

俺はウェイトレスでも来たのかなとそっちに視線を移す


「…………あなた……M&Rの子?」

「え……ええ………じゃああなたが?」


その人物こそ俺が待っていた客その人だった

肩までかかった柔らかそうな髪、そしてその体つきはまるでモデルのように整っていた

問題の顔は………サングラスをしていてまだなんとも言えないが薄く塗られた紅い口紅が真純さんとはまた違った大人の女という印象を受け俺は思わずドキドキしてしまった

大人の女という客はこれが初めてではない。だが俺はどうして自分の動悸が高まるのか自分でもわからなかった


「遅れてごめんね。出かけにちょっと人に捕まっちゃって」

「…………」

「もしもし!」

「あ、はい………お、俺もそんなに待ってなかったから平気です!」


俺はしばらく目の前のこの女性に見惚れていたことに自覚し、呼びかけられたことで正気に戻れた

だが俺が正気に戻れて安堵した瞬間、目の前の女性はサッとまるで画(え)になるような仕草でサングラスを外しその柔らかそうな髪をなびかせる

そしてようやく表れた彼女の素顔に………俺は不覚にも再び彼女に見惚れてしまった

そして案の定俺のその様子に気付いた彼女は…………


「可愛い坊や………」


(えっ!?)


俺が自分の唇に柔らかなものが触れるのを感じ再び正気を取り戻す

だがそれは正気なのか、それとも夢を見ているのか俺にはわからない

あろうことか……あろうことか彼女は身を乗り出して俺にキスをしてきたのだ。 しかもこんな大勢の人がいる前で

俺はあわてて彼女から少しでも遠ざかろうと背を引く。そして指先をそっと自分の唇に当てそっと拭いその指先に視線を落とす

そこには確かに彼女の口紅と同じ薄紅い色が残っていた

俺はこれが夢ではなく現実だと痛感し、次にどうしてこの人がこんなところで俺にキスをしてきたんだろうと頭の中がパニックになりそうな感覚に襲われる


「な……なな……」


なんとか声を出そうとするも喉の奥から漏れたこれはそれだけだった

彼女は俺のそんな様子を見てクスリと笑うと

その姿に俺はたとえ目の前に座っている彼女が客で美人でも頭に血が上るのは当然の反応だ


「なにすんですかアナタ一体!」

「あら? なにが……?」

「『なにが?』って………こんなところでキスしたことですよ!」

「あららぁ〜……もしかして初めて? これがファーストキス?」

「ち……違う!もう経験してる!!」

「じゃあいいじゃないキスの一つや二つ」

「…………」

「眠り姫を王子のキスで起こしてあげたんだからさ。 あ、この場合は眠り王子をお姫様のキスでか♪」


彼女は一人納得したように嬉々として語り、そのあまりにも一方的な物言いに俺は「開いた口がふさがらない」とはまさにこのことだと思い至る

そして彼女は俺のその様子を眺めると再びクスリと笑う

だが何故か……何故か俺はこのときはさっきのようなムカッとくる感情がなかった

それに……この感じはどこかで覚えがあるような気がしてならない


(デジャヴ?)


「あの……―」

「そうそう、自己紹介がまだだったわね。 私は由佳(ユカ)。新城(シンジョウ) 由佳よ」


彼女はまるで何事もなかったかのように自己紹介をした

新城由佳……彼女との出会いは終始彼女のペースで幕を開けた




(つづく)

2004年5月6日


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