Take.28
「そうそう、自己紹介がまだだったわね。 私は由佳(ユカ)。新城(シンジョウ) 由佳よ」
彼女は微笑みながら俺にそう告げるが、もちろんその言葉は耳には入ってなかった
(今……俺……何された? キス?)
俺はこれは夢かと自分の唇に触れるがいまだに柔らかく気持ちのよい感触が残っている
俺は夢じゃないと実感すると同時に頬が紅潮しているのではないかと照れにも似た感情が芽生える
彼女は俺のそんなことに気づいたのか「クスッ」と笑みを浮かべ、
「あれ? まさかひょっとして初めてだった?」
「ま、まさか…」
俺は力いっぱい否定するべく頭をぶるぶる振る。自分でも情けなくなるような態度だが、こんなことしかできないというのも現実だった
「だよね〜? 今時の高校生じゃあキスなんて名刺代わりの挨拶みたいなものでしょ?」
「さ…さすがにそこまでは。なにしろここは日本なので………」
「ふ〜ん、そうなんだ。まぁいいか。で、君の名前は?」
「あ、赤坂良幸です。」
「………学生?」
「ええ、K大の経済学部に」
「うっそ、ホント!?」
「!?」
俺のその嘘に彼女は目を輝かせた
(ま…まさか…… なんか嫌〜な予感が………)
「私もK大の経済学部の出なのよ。もうかれこれ7年は経ってるけどね」
「そ、それは偶然ですね」
俺はとりあえず微笑しながら返事する。だが内心では嘘がばれやしないかとの焦燥感でそれが表情に出てはいないかと不安だった
「ねぇ……」
「な…なんですか?」
彼女は俺のそんな心を見透かしてか両肘をテーブルに載せ左右の手のひらを組みながらその視線を俺に投げかける
口元はなにかを企んでいるといったような笑みを浮かべその口を開く
俺は動揺を悟られまいとコップの水を口に運ぶ
「真純とはもう寝ちゃった?」
(ブフゥーーーーーーーーーーーーーーーッ!!)
「ぎゃっ!」
あまりにも突拍子なその問いかけに俺は口に運んでいた水を噴出してしまった
それもあろうことか客となるべき女(ひと)の前でだ
「ちょっとちょっと、それはないんじゃない?」
「……げほっ。 す、すいません。でも予想もしてなかったことをいきなり聞かれたから………」
「ふ〜〜〜ん」
俺の返事に彼女はなにやら含みのある物言いをする。俺はまたなにかとんでもないことを言われるのではとないかと喉が渇きながらも目の前の水を口にすることができない
「赤城くん……だっけ?」
「……赤坂です」
「童貞?」
「違います!」
俺は何故か力一杯に否定した。どうもこの女(ひと)とは相性が悪いらしいのだが奇妙なデジャヴを感じてしまう。そう、まるで以前に会ったことがあるような………
だが彼女の様子からしても俺とはもちろん初対面のようだし、単に俺をからかっているようにしか見えない
「そっか。じゃあなんの問題も無いってわけね。 じゃあさっそく行こうか?」
「え?」
「もしかしてこんなところでずっとお喋りして終わりなわけないでしょ。あなた自分の仕事がなにかわかってるのよね?」
「あ、はい。それはもちろん………でも俺バイトで―」
そこまで言いかけた瞬間彼女は俺のあごにサッと手を伸ばし自らも顔を近づける
「いいこと坊や! 名前や年齢(とし)を偽るのはいいけど私から金を貰う以上あなたはプロフェッショナルじゃなけりゃいけないのよ。おわかり?」
その迫力に俺は黙ってコクコク頷く。そして俺は彼女が俺が名前と年齢を偽っていることがばれているのに気づいた
それを見て彼女はニッコリと笑い、俺は騙していたことに何かしらの罪悪感を感じてると思ったが不思議とそんなことは無かった
それは彼女の態度は俺が偽っていることなど意にも介していないという風で俺がそんなことを感じる必要は無かったからで、その証拠に彼女は「じゃあ行こうか」と店の外へと向かって歩き出す
その姿があまりに彼女に似合っていたため俺は一瞬彼女の後姿に見惚れてしまった。こんなことを女に対して持つなんて俺には今までになかった。そう、磨有美にでさえ………
その戸惑いは彼女という人間に惹かれているからだとわかるし、これから起こることを考えると俺はブルッと背中が震えだす。もちろん彼女を恐れているからではなく、気持ちが高揚しているからだった
(つづく)
2004年11月21日
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