Take.29



「じゃ。はじめちゃおっか!」


唐突なその一言が俺には衝撃だった………

ここはラブホの一室。そこへ男女が訪れれば当然することはただ一つ

俺はそこいらの初心(うぶ)なやつじゃない。だから今までにこの仕事でうろたえたことなんてない。逆にうろたえる客を落ち着かせる側ですらあった

だが今日の客、新庄由佳(推定年齢28-9)は恥らうこともなく着ていた服を脱いで下着姿でベッドに腰掛けている

彼女の表情には恥じらいなどなく、むしろ玩具を与えられるのを待つ子供のような無邪気さを俺は感じた

当然この状況ではまだ服を着たままの俺が傍から見れば阿呆なような光景だ


「どうしたのよ? サクサク服脱がなきゃ始められないでしょ。それとも私が脱がす?」


どこかで見たような邪な笑顔で彼女は言い放った。っていうかその表情は「私が脱がそうか?」ではなく「私に脱がさせなさい!」と如実に語られており、いくら仕事とはいえ俺はそんなシチュエーションはご免こうむる


「い…いいえ! じ、自分で脱ぎます!」


俺はあわててシャツを脱ぎ上半身裸になる。だが彼女は俺が脱いでる間もジィーーーッと笑顔のまま見つめ、なんだか視姦されてるような気分だった

正直彼女のペースに流され自分に余裕がない。こんなことは今までなかったのに、こんな風になるとは……俺はつくづく人生経験というものが足りなかったのだと思い知らされると同時に今までにないこの刺激にときめくような興奮を感じてしまっていた

そんな俺の気など知らずか、彼女は依然としてただジィーーッと顕わになった上半身を見つめている

意識しないようには思ってもやはり見つめられ続けると気になってしまう………


「あの……俺の身体になにか………?」

「ううん。ただね………」

「ただ…?」

「なかなかどうして、思ったよりも結構いい身体つきしてるなーって………思ってね」

「えっ?」


褒めているんだろうが…褒めているんだろうが、彼女の言葉にはどこか本心でない裏があるようにも聞こえた

いや、からかわれているのだと薄々気づいてはいる。なぜそう思えたのかはわからないが、俺はそう直感していた

俺はこんな風になっているのは彼女のペースに合わせているからだ。今までは自分のペースでやってきたからこそ巧くいっていたのだ。ならば………


「新庄さんは……―」

「あー、ストップストップ!」

「?」

「『新庄さん』なんて呼ばないでいいよ。私好きぢゃないんだよね上の名前で呼ばれるの」

「そうなん…ですか?」

「そ。なんだか他の見たこともない新庄って名前の人達と一まとめにされてるようであんま好きじゃないの。 もちろん仕事ん時は割り切ってそう呼ばれても気にならないけど、プライベートのときは由佳……でいいよ」


最後に『由佳……でいいよ』と言った時、彼女は初めて俺から視線を逸らし照れたようにいった。おそらく彼女にとっても照れくさいような台詞だったのだろう

そんな彼女がなんだか少し親しみも湧けて好感が持てた


「ぢゃあ由佳さん……でいいですかね?」

「………なによ、そのにやけた顔は」

「いいえ。由佳さんの意外な一面を今日初めて観れて嬉しいんですよ。これ、可笑しくて笑ってるんじゃなくて、嬉しくて笑ってるんです」

「ふーん。 こんな仕事してるせいかうまいこと言うわね」

「もちろん……言葉だけじゃないですよ」


俺はそう言いながら彼女の手を握りそのままベッドに押し倒す格好で倒れこみながら……そっと口付けをした

普段の俺なら仕事とはいえもっと慎重にいくが、このときはなぜかそんな計算などではなくただ彼女とキスをしたい、それだけだった

そして彼女も抵抗するでもなく俺の口付けを拒むことなく、スッと目を閉じる


「由佳さん………」

「ん……」


俺は唇から口を離し、彼女のあごから首筋へ、そして胸元へと移動する

手は握ったまま口だけをただ彼女の身体に沿って移動させ腹部へと、そして…………

俺は空いている手でベルトを外しズボンを脱ぎにかかる。初めてのことじゃないしそんなに手間取る工程でもない

俺は彼女から口を離し少し起き上がって彼女としばし見詰め合う。時間にして数秒だがお互いになにか可笑しさがこみ上げてきたのか、口元に笑みが浮かぶ


「なんか……恋人同士みたいね…」

「今日だけは……そうでしょ?」

「………それもそっか」


そしてお互いの了解も得られたところで、いよいよ…………


♪〜♪♪ ♪〜♪♪ ♪〜♪♪♪〜 ♪〜♪♪ ♪〜♪♪ ♪〜♪♪♪〜 ♪〜♪♪ ♪〜♪♪ ♪〜♪♪♪〜


突然室内に鳴り響く携帯の着信音

俺は普段仕事中は切っておくように言われてたから俺のはずはない

しかも………


「ダ、ダースベーダーのテーマソング?」

「ああ、もう!なんなのよこれからだって時に!」


着信音に俺が意表をつかれている間に彼女はバッと起き上がると裸のまま携帯を取り上げる


「もしもし!なんなのよ、今日の仕事はもう…………え、嘘? だってそれは来週のはずだったんじゃ……」


彼女は不機嫌そうな口調で電話に応じ、だんだんとその口調が激しさを増してきた


「ちょっと冗談でしょ!やっと開放されて今日はこれからお楽しみだって言うときに…………グッ。わかった、わかったわよ。戻るわよ、戻ってやればいいんでしょ? はいはい。ちゃんとタクシー使って急いで戻るわよ。 ………わかってるって、じゃーっね!」


電話を終えるやいなや彼女は俺には目もくれずに俺が脱がした下着を手にとって着始める

全てを着終えるまで1分とかからずに終えるとようやく唖然としている俺に向き直る


「ごめーん! なんか急に仕事が入っちゃってさ………まったく、せっかく仕事終わらせたと思ったのに。 あっ、これ……とりあえず料金と君への迷惑料ね」

「えっ………」

「じゃあ急ぐから。 真純にはヨロシク言っといて! じゃ!!」


彼女は言い終えるとダッシュで部屋を飛び出し、その激しいまでの駆け音はすぐに聞こえなくなった

そして俺はただ一人部屋に取り残され、彼女が出て行ったドアを呆然と眺めていた


(つづく)

2005年6月7日

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