―絆―
written by 1026 san
----------あれから、1ヶ月が過ぎた
「それじゃあ・・また明日」
そう言って、私は事務所をあとにする。
---------また明日---------
最近は、この言葉が自然と出てくる自分に、驚くこともなくなった。
【氷室恭子】
それが私の名前。
天城探偵事務所という、小さな探偵事務所の所員をしている。
「・・・・・・・・・おい、氷室」
「・・?」
「疲れた顔してるぜ?ゆっくり休めよ?」
「・・ええ」
少し照れくさそうに、躊躇(ためら)いながらも、事務所の外まで出てきて私に声をかける彼。
【天城小次郎】
私のパートナー。
探偵として並はずれた才能を持ちながら・・それを活かすことのできる依頼に嫌われた、妙な男。
性格は自由奔放。我(が)が強く、負けず嫌い。人一倍責任感があって、優しい。
結局は、うまくまとめられない・・それに、まだ全てを知っているわけでもない。
彼のような人間に出会ったのは、初めてだった。
それ故に、私は彼に惹かれた。
頬を刺すような冷たい潮風が、なぜか心地よい。
街はネオンに彩られ、行き交(か)う人々もみな、帰路を急ぐ。
私もその流れに乗り、歩く。
見知った顔と、目が合う。
「こんばんわ」
「あ・・こんばんわ」
【桂木弥生】さん
・・・・・・・・・・・小次郎の、恋人。
「お仕事はもう?」
「え・・ええ、はい、そうです」
私と会話する彼女は、いつもぎこちない。
私達本人の意思はとりあえず置いておくことにして、端から見た私達は、恋敵同士ということになる。
実際、私を見る彼女の目もそう言っている。
「あの・・こ、小次郎は事務所に?」
「いると思います。私も今出てきたところですから・・」
「そ、そうですか・・どうも・・」
そそくさと人の流れに紛れて消える彼女の背中を少しだけ追い、私は踵(きびす)を返した。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女が手に提げていた買い物袋が、目に焼き付いて離れない。
それを振り払うように、私は歩調を早めた。
先程の潮風が、肌をざらつかせている。
部屋は、私を冷たく迎えてくれた。
照明をつければ少しは暖かくなるような気もしたが、私はこの冷たさを望んだ。
バッグを置くと、コートもそのままに、ベッドに横たわる。
一番冷たいと思われたシーツは予想外に、私の熱を奪って心地よい暖かみを纏(まと)う。
何か、考えなければならないことがあったような気がする。
仕事のことだったろうか・・。
やがて、私は眠りの淵に落ちていった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
エルディア・・・・・・それは・・・・何?
小次郎の大切なもの?
小次郎が守ろうとしたもの?
小次郎の大切な人の故郷?
小次郎の因縁の地?
小次郎にとって、そこには何があるの?
小次郎の・・・・小次郎の・・・小次郎の・・・・・・・何?
分からない・・・知りたい・・・
一ヶ月前、私はあの事件に関わった。それは間違いない。
だが、私が触れることができたのは、そのほんの表面のみ。
そしてそれが、私にとって、事件の核に携わった人間との大きな差である。
プリシア女王とも、御堂 真弥子さんとも、それほど面識があるわけでもない。
最後の・・最も肝心なときに、私は・・・・蚊帳(かや)の外にいた・・・。
歓びも、悲しみも、何一つ共有することができなかった。
・・・・・自分でも、不謹慎極まりない考えだと思う。
だけど・・・だけど・・・
私は、小次郎の痛みをこの身で知りたい・・・・・
トゥルルルルルルルルルルル・・・・・トゥルルルルルルルルルルルルルル・・・・・・
・・・・・・・・・夢?
・・・・・・・・・涙?
滲(にじ)んだ視界・・・・私は、泣いていたの?
・・・・電話?
ゆっくりと起きあがり、受話器を手にする。
「はい・・もしもし・・?」
「氷室・・・・俺だ・・・・悪い、寝てたか?」
渇いた心を、安らぎで潤してくれる声が、電話の向こうでした。
「・・当たり前でしょ?・・・ゆっくり休めって言ったじゃない」
「・・・・あ〜・・・・その・・・」
「・・何よ・・また桂木さんを怒らせでもしたの?」
「な・・なんで知って・・・ぐむっ・・」
(バレバレじゃない・・)
「あのねぇ・・で、私に何の用?」
・・・鏡に映った顔は、怒ってなどいない。
「いや・・・晩飯食べ損ねてな・・もう食べたか?」
「・・・・ううん、食べないつもりだったから」
「あ〜・・良ければでいいんだが・・どうだ?」
「貴方ねぇ・・それって節操なさ過ぎじゃない?ちゃんと桂木さんに謝って食べさせてもらいなさい」
「いや・・・それがな・・電話にも出てくれないんだ、これが・・・」
「まぁ当然ね・・夕飯抜きで罪を償えば?」
(素直じゃないわね・・・貴女・・・)
鏡の向こうの女性は、苦笑していた。
「そんな冷たいこと言うなよぉ・・目の前で手料理がバツになったもんでな・・余計に腹が・・」
「・・だったら、1人で食べればいいでしょ?何で疲れてる私を誘うのよ・・」
「いや・・・・その・・・・」
理由は分かっている、意地悪してみたいだけ・・・。
「ハイハイ、どうせいつも通り、お金がないんでしょ?」
「ぐ・・・・」
「もう・・仕方ないわね・・」
「おおっ!!さすが氷室!!話が分かるっ!!」
「で・・貴方の事務所に向かえばいいのかしら?」
「ん・・いや、実はもうすぐそこまで来てる」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・えっ?」
「すぐ近くのコンビニの公衆電話からかけ・・・おあっ!もう10円がっ!!ひむ・・・・ツーッ、ツーッ・・・・」
「・・ホント・・・馬鹿よね・・」
なぜだろう、たったそれだけで満ち足りている自分がいる。
(そう・・貴女も、可笑しいのね)
私はコートの襟を正し、バックを肩に掛けると、薄暗い部屋を出た。
「おおっ!悪いな!」
「まったく・・・・」
私は笑みを堪(こら)えようと、精一杯怒った顔をしてみせる。
白い吐息が、互いの口から漏(も)れた。
「そんなに怒るなよ・・恭子ちゃんってば・・」
「馴れ馴れしく呼ばないで!」
「おお怖・・」
「で、どうするの?」
「そうだな・・・何が食べたい?」
「あのね・・貴方が誘ったんでしょ?だったら貴方が決めてよ」
「そう言ってもなぁ・・まぁこれだけ寒いんだし、暖まれるものが良いな」
「それについては同感ね」
「そうだなぁ・・・おっ、赤提灯!どうだ?」
「・・・・悪くないわね」
「ほぅ・・意外だな」
「・・何が?」
「氷室にもそんな庶民的な部分があるとは思わなかった」
「何よそれ・・私だって六畳一間の新婚生活に憧れることだってあるわよ」
「六畳一間ってお前・・・また古いトコ持ち出すな・・」
「う、うるさいわね・・」
顔が赤らむのが分かる。
だが彼は、それ以上踏み込んでくることもなかった。
「じゃあ、入ろうか」
「ええ」
「いらっしゃい」
「おう・・とりあえず熱燗(あつかん)2つ」
「はいよ・・・ほい、熱燗」
「サンキュ・・じゃあ、乾杯といこうか」
「・・何に対して?」
「決まってるだろ?天城探偵事務所の再出発を祝して!来週には俺のライセンスも帰ってくるしな」
「それは・・来週もうちょっと盛大にやるんじゃないの?」
「まぁな・・だがその時は他にも客が来るしな・・所員だけで先にやっても構わないだろ?」
「所員って・・貴方と私の2人だけじゃないの・・」
「そうだ、悪いか?」
(・・・・・2人・・だけか・・・・)
「・・ふふっ・・・いいわ、許可します」
「じゃあ・・氷室恭子に」
「ええ、天城小次郎に」
「天城探偵事務所に・・・乾杯」
「ああっと・・そうだ、ホレ・・忘れ物だ」
「・・・・あ、名刺・・・・」
「自分で作ったんだろ?忘れるなよ・・」
「・・別に、明日渡してくれても良かったのに・・」
そう言いながら、印刷された文字を指でなぞる。
− 天城探偵事務所 副代表 氷室 恭子 −
「・・・・ふふっ」
「あん?」
「何でもないわ・・」
これは、私だけの絆。
私だけに許された、世界でただ一つの絆。
私には分かっている。
この暖かさは、お酒のせいでも、湯気のせいでも、煮えているおでんのせいでも、赤提灯の照明のせいでもない。
明日、私はいつも通りの朝を迎え・・事務所に行き、こう言う。
「おはよう、小次郎」
小次郎が教えてくれた、彼女の言葉を借りるなら・・まさにそうだろう。
------「これ以上、何を望むというのだろう?」
・・Fin
ども、毎度の方も、初めましての方もこんばんわ、1026です。
いやぁ・・・・長いし暗いし・・読んでてもつまんなかった人もいるでしょうね・・
ごめんなさいパラさん、こういうのができちゃいました(爆)
なんででしょうねぇ・・・・残暑のリバウンドだとでも思って下さい(謎)
しかも・・実は、氷室さんは一番書くのが苦手なキャラでして・・
「ふざけんな」とかのメッセージが届いたらどうしよう・・なんてビビっておる始末です
自分じゃ結構気に入ってるんですけどね( ^ ^;)
でもやっぱりお口に合わないと言う方は・・ 「こちら」 へどうぞ・・
こっちも氷室さんが主役で、コメディ系(?)です。
長くなりましたが・・ご意見、ご感想、お待ちしております!
では♪
-パラサイトの感想-
え〜これは1026さんのリニューアル前のHPにて
1026HITした折にリクエストさせていただいた氷室小説です
…なんだか氷室が可愛らしく感じてしまうのは私の気のせいでしょうか(笑)
でも氷室のの心情が伝わってきて、特に
これは、私だけの絆。
私だけに許された、世界でただ一つの絆。
この一説はなんだか氷室の心境が一番伝わってくると思います
こんな小説を書いてくださった1026さん、ありがとうございました!
1026さんのHPはこちらです