Half Vampire -外伝-

みかんの平和でうららかな一日!




今回の主人公は………


「昼間は普通の人間、夜は無敵のヴァンパイア!この俺様永倉水無月!!」


……ではなく


「あらっ!?」

「水無月じゃないってことは当然この私よね!」


無い胸を張って……

(ドカッ ゴキッ バシッ)

………み、見事なまでのボディーを誇張するかのごとくに胸を張っている自称水無月の恋人、櫻葉月でもなく……



「くぁあぁぁぁ〜〜〜………」


「ここは陽が当たらないけど、暖かくて気持ちいいにゃ〜……」


そう、この見事なまでにオレンジの毛並みを有しているこの猫が今回の主人公である!


この日永倉家の居候みかんは、自分専用マットの上で伸びをしながら丸くなって眠っている

時折鼻でもかゆいのか、前足でちょいちょいと掻きながらそれでも気持ちがよさそうだ

今日は天敵(?)の葉月もまだ自分の布団の中で心地よい眠りについている

当然水無月も同様だ

だが寝てばっかりにも飽きが来たのか、みかんはパチリと目を覚ますとムクリと起き出す

そして前から後ろへとお尻を上げる格好で伸びをし、身体をならす

クア〜ッという欠伸の後、時計のほうに視線を向けるとすでに午前10時を過ぎている


「くふぁ〜〜〜……腹が減ったにゃ」


みかんは言い出すと、身体もそれに反応してかグゥーーーという音を立てる

そして暫くの思案の後、みかんは水無月の寝室へとその足を進めた

寝室の扉を開け水無月がまだベッドの上で寝ていることを確認すると、ピュンッと飛び上がる

水無月を起こすべく前足で軽くトントンと叩く


「起きるにゃ水無月!もう朝にゃ!ご飯の時間にゃ!!」


みかんはそう呟くがまだ昼間

故に、「みががっ みがっ みがっ」としか聞こえない

しかしそんなことはお構いなくみかんはさっさと水無月を起こして餌にありつこうと起こすことに躍起になる


「水無月!起きるにゃ!!朝にゃっ!」


いいながら水無月を前足で叩くことを止めない


「うう〜〜ん ……まだ眠いよ芳子さん」

「みにゃ?」


水無月はまだ眠りの快楽に浸っていたいのか、無意識に誰かの名前を呼ぶ

当然みかんはその名前を知る由もない


「こら、水無月! 芳子って誰にゃ!! こら、水無月!!」


みかんは前足でペシペシと水無月の頬を叩き始め、水無月は苦悶の表情を浮かべる

そして「うう〜ん」といううめきのもと寝返りをうち、その拍子に水無月に乗っかっている格好になっていたみかんはバランスを崩して床へと落ちてしまった

だが腐っても猫、その辺は見事にバランスを取って着地している


「う〜にゅ ……こりはなかなか起きそうにない ……となると」


みかんの脳裏にもう一人の人物、葉月の顔が浮かぶ

そのみかんの脳裏に描かれている葉月からは尻尾と羽が生え、「けけけけ」という叫び声まで発せられていた


「……あ、あいつを起こさねばならんにょか」


これからのことを考えると自然とみかんは気が重くなる

水無月を起こすよりもはるかな難業がみかんを待ち構えているのである

だが餌を食べたいという欲求は納まることはなく、みかんは意を決して葉月の部屋へと向かう

ソーーーッと部屋の扉を空けて中を確認するとやはりまだ眠っている

近づいてみると、スヤスヤと幸せな顔で眠りについており、みかんが想像していた尻尾も羽根も現実にはない

みかんはこれなら!と、ピョンッとベッドに飛び乗って葉月を起こそうとする


「葉月、葉月!餌の時間にゃ、起きるにゃ」


言いながらみかんはその肉球を葉月の頬に当てようとした瞬間、横合いから何かに掴まれた

まるで居合の抜刀を白刃どりでもされたかのような心境であった


「み、みぎゃーーーーっ?」


咄嗟のことでなにが起こったのかわからなかったが自分が何かに掴まれているのがわかった

自分の手を掴んでいるものをよく見てみると、それは布団の中から飛び出してきた葉月の手だった

みかんは一瞬葉月が起きたのかと葉月のほうを見るが、葉月は相変わらず口元に笑みを浮かべてスヤスヤと気持ちよさげに眠っている


「は、葉月……離すにゃ!」


だがみかんは瞬間、その笑顔に背中がなにか寒くなる感覚を覚え必死にその手を解こうとする

だがあがいてるうちに葉月のもう片方の手がみかんに伸びてきてガシッと捕まえた


「びゃっ!?」


みかんは奇声をあげるが、すぐさま葉月に引き寄せられる


「うう〜〜〜ん」


葉月は眠りながらもみかんを胸元で締め付けるほどに抱きしめ始める

それをやられているみかんにはたまったものではない


「ぐ、ぐるじいびゃ〜〜〜〜  ……は、葉月離す…にゃ〜〜〜〜!!」


みかんはなんとかその戒めを解こうともがくが、もがけばもがくほどに葉月の力は強まる


「くふふふ ………な〜んて食べがいのあるマグロなのかしら♪」

「マ、マグロ!?」

「これだけのマグロならお刺身でもお寿司でも食べ放題ね♪ ……ムニャムニャ」

「は、葉月 ……いったい何の夢を見ているにゃ!うちはマグロじゃないにゃ、起きるにゃ〜〜〜」


葉月の寝言に突っ込まずにはいられないみかんは戒めを解くために暴れるのをやめようとしない


「ああ、そんなに暴れたってアナタみたいに食べがいのあるマグロを離したりはしないわよ〜」

「う、うちはマグロじゃないにゃ〜〜」

「うう〜ん……ああ、そんなにジタバタされると ……食べたくなるじゃないの♪」


葉月は寝言でそう呟きながら口をあんぐりと上げてみかんを高々と持ち上げる

く、喰われる……

みかんはこのままでは冗談ではなく本気で喰われると直感的に悟った

みかんは先ほどよりも懸命にもがいて葉月の手から逃れようとするが、葉月は一向にその手を緩めなかった

それどころか、夢の中でマグロが懸命に逃げようとしているので抑え付けようと葉月も必死になっている

まさか抑えて食べつこうとしているのがマグロなどではなくみかんだなどとは夢にも思わな……夢で見てるんだったね


「それぢゃあ、いただきま〜〜〜す♪」


葉月は口を大きく開けてみかんを口の中に運ぼうとする


「みっぎゃ〜〜〜〜〜〜っ!!」


みかんはまさしく断末魔のような叫び声をあげる

だがその時葉月の(寝顔だが)表情が一変した


「!?」

「な、な……なんてこと!!」

「みゅっ?」


突然のことにみかんには葉月になにが起こっているのかわからなかった

いや、わかりたくもなくせっかくピンチを脱しつつあるのだからこれを機に逃れなければヤバイと本能が告げる

だが葉月の次の一言がみかんにその機を失わせた


「ぎっ………」


そう発した葉月の表情は寝顔ながら恐怖でこわばっている

そのあまりの表情の変化にみかんは食われるという恐怖が失せ、葉月は一体どんな夢を見ているのだろうという意識にとらわれた

そしてその瞬間がみかんの命取りともなったのである


「ぎゃあぁぁぁぁぁーーーー!! け、毛虫ーーーーーーーーっ!!」

「みっぎゃ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!」


葉月のその咆哮とともにみかんはものすごい勢いで部屋の扉に穴をあけて廊下の壁にビタンッとぶつかった


「………い……痛い ……にゃ」


みかんはそう呟くと壁からズリズリと滑り落ちそのまま床に大の字で寝そべった


「ああ、お星様がチカチカしているにゃ〜〜〜〜」


みかんは実際は天井のほうを仰向けになって除いているのだが、目の前にグルグルまわる星々にその注意を奪われていた

そしてその意識を失うまで一分とかからなかった










ピンポ〜〜ン

それからしばらくして、部屋中に響き渡るインターホンのチャイム音

ピンポ〜〜ン

再び鳴り響く

その音に不承不承水無月と葉月が同時に起き上がり、同時に部屋の扉を開ける

二人とも寝起き、しかも起こされたためにまだ目は眠そうでインターホンの音に関しては不機嫌だった

そして二人の心の奥底には一瞬こんなインターホンなどを開発したやつを殺してやりたい衝動に駆られていた


「おふぁよぉ〜 水無月」


葉月は眠そうな声で水無月に挨拶し、水無月も頭をボリボリと掻きながら「おう」と眠そうな声で返事する

だがそんな二人にはかわまずに再びチャイムの音が鳴り響く

「もぅ、なんなのよ。誰か来んの?」

寝癖で乱れた髪をかき回しながら葉月は尋ねる。

だがもちろん水無月にも心当たりなどあろうはずもなく静かに首を横に振る

だがその拍子になにかを踏んだ感触が足に伝わり、同時に「ぶぎゃっ」と蛙が潰れたような声が耳に入る


「なんだ? ……なにか踏んづけ…………」


水無月の足元には今まで気絶していたみかんが寝そべっており、踏まれた拍子に気づいたのか一生懸命水無月の足から逃れようとする


「あ〜〜、みかん おはよう〜〜〜〜〜」


今まで寝起きで不機嫌だった葉月もみかんを見るや機嫌を直し、水無月の足をどけてみかんを抱き上げそのままぎゅっと抱きしめる


「ったくなんだってこんなところで寝てんだよ」


水無月の何気ない一言にみかんはなにやら「ぎゃーぎゃー」と抗議の声をあげるが今は昼間なので水無月にはみかんが何を言っているのかわかるはずもない

いや、そうこうしている間にも再びチャイムが鳴り響いたので水無月はそっちのほうを思い出し


「はいはい、今開けるよ」


そうつぶやきながらしぶしぶと玄関のほうに歩いていく

そして水無月は玄関の鍵を開けてノブに手をかける、だがその瞬間水無月は玄関に勢いよく引っ張られる格好になった

正確にいえば玄関の向こう側にいる人間が鍵が開けられた音を聞き、次に開くまでの時間を待ちきれずに玄関を自ら開けた格好になったのだ


「うわぁぁーーっっ!!」


水無月はその勢いで玄関の前に立っている人物に激突してしまった


「きゃっ」


水無月の顔になにか柔らかいものが伝わり、耳には聞いたことのある女性の声が響いてくる


「え?その声 ……そしてこのふくよかで気持ちのいい感触は……」


水無月の先ほどまで寝不足のために気だるい気分が一気に幸福感に包まれる


「み、水無月さん ……ちょっとどいてくれません?」

「いや〜、やっぱ優希さんでしたか」


師走 優希(シワス ユウキ)

水無月が住んでいるマンションの管理人

もっともマンション自体の所有者は優希の叔父であり、優希は雇われの管理人という格好になる

当時水無月が住まい兼事務所となる物件を探していた折、この叔父と仲良くなったのがきっかけで当時建設中だったこのマンションに地下部屋を作らせてもらった

そして管理人として紹介されたのがこの優希である

鼻立ちの整った水無月好みの美人で、おまけにグラマーときてる

性格はちょっと抜けているところはあるが、そのグラマーな肢体で水無月にはどうでもいいことだった


そして水無月の顔はその優希の胸に顔をうずめる格好になっていた

一方の優希のほうも胸に顔を埋められたことに抗議しているのではなく、ただ単純に水無月が結果として寄り掛かっているために身動きがとれないでいるからだ


「いや〜、もうちょっとこのままで」


水無月は知ってか知らずかもう少しこの幸福感に満たされていたいという欲望に正直なままの言葉が出る


「あ、でも向こうでから…凄まじいまでの怒りが伝わってきてますけど……」

「またまた、そんなこといっちゃ……って……」


言いかけた水無月もハッとなって振り返ると、そこには胸にみかんを抱きながら怒りのオーラを発し無言で立っている葉月がいた

気のせいか、みかんを抱いている手からなにか鈍い音が聞こえてきている


「み〜〜な〜〜づ〜〜き〜〜」


その言葉には殺気が込められており、背後にはあるはずもないのだが何故か水無月にはゴゴゴッというなにか黒い圧迫感が迫るような感じがした


「お、お、お、お……落ち着け葉月!これは事故だ事故!!」

「フンッ」


水無月の弁解に何を言うでもなく葉月はそっぽを向く

その行為には暗に「後で覚えておきなさいよ」という意味が水無月には伝わった


「あら、葉月さん。今日もお元気そうですね」

「ええ、おかげさまでね」

「あらあら、なんだか今日は不機嫌みたいですね」

「ええ、誰かさんのせいでね」


葉月は悪意をこめた辛口トークだが、優希のほうはニコニコとまるで意に介していない

というか葉月の言葉に悪意が込められているなどと気づいてすらいないようだ


「あら、それ猫ですか?」


ふと優希の注意が葉月から胸元のみかんに注がれる


「あっ!」


水無月はその言葉とともに焦燥感に伴われた

なぜなら………


「ええそうよ。これが狸か狐にでも見える?」

「水無月さん」

「は、はいっ」

「確か当マンションの規約ではペットを飼うことは許されてなかったはずですよ」

「そ、そういえばー………」


このマンションの入居規約にはペットを飼うことは許されていない

入居当時にはペットを飼う気など毛頭なかったので今まで気にしていなかったが、今になってそのことを思い出す


「い、いやあれはペットじゃないんです」


水無月は咄嗟に口から出任せを言い放つ

みかんはその言葉に咄嗟にいいようのない不安を感じ始めた


「ペットじゃない? じゃあ、あれはなんなんですか?」


優希は水無月ににじり寄りながら問い詰める

水無月は優希とは目を合わさず天井を見上げながら必死にいいわけを探す


「今晩のおかずです!!」


その時の救いの声は家の中は葉月の声から発せられた


「……おかず?」

「え、ええ。 ……こ…今晩は猫鍋に…しようかと…」


葉月もさすがに下手な言い訳だと思ったのか頬に汗を浮かべながら言う

いつものはっきりと言う葉月らしからぬしどろもどろの口調だった

だが当の"おかず"といわれ、しかも"猫鍋"などという言葉まで聞いた当の本人(猫)は口をあんぐりと開け放心状態だ

よもや自分が"食い物"として扱われるなどとは悪い冗談だと思ったのだろう

いや、葉月の口から発せられたために本気にしているのかもしれない

そして言われた優希のほうもマジマジと葉月、そしてみかんのほうを眺めやる

そしてニコッと葉月に向かって微笑み、葉月もなぜだかつられて引きつりながらも微笑み返す


「な〜んだ、そうだったんですか! 水無月さんもそれならそうと早くおっしゃってくださればよかったのに」


その言葉に水無月も葉月もズルッとその場に滑りこむ


「あら、どうしたんですか?」


優希は不思議そうな顔で眺めやりながら言う

水無月はなんとか立ちあがって、苦笑いしながら


「ゆ…優希さん。今の話信じたんですか?」

「え、嘘だったんですか?」

「いえいえ、とんでもない。」


水無月は両手を胸の前に出して慌てて首を横に振りながら言う

それに優希は満足の笑みを浮かべる


「ただ……今ちょっと鍋がないんですよ」


水無月はなんとかこの場を切り抜けようと、いや事実このような不毛な会話を早く終わらせたかった

だがその言葉もまた薮蛇だったことをこのすぐ後に知った


「あ、それなら大丈夫。安心してください♪」

「はっ!?」


ニコヤカに言い放つ優希に対して水無月は間の抜けた返事しか返せない

優希は背中に手を回すとなにやらガサゴソと手を動かしている。そして背中から手を戻したと思いきや、その手には何故か鍋が握られていた


「はいっ!?」
「いぃっ!?」


水無月と葉月の声が見事にハモる

みかんの目は相変わらずの虚ろ状態で、現実を見据えていない


「さぁ、これで猫鍋が食べれますね」


優希はすでに「鍋を持ってきたのだから自分も」と言わんばかりに目が輝いている

猫鍋という未知なる料理にすでに心奪われ、その視線は食材となってしまったみかんへと熱く注がれている

その視線に気付いたのか、みかんはようやく現実を受け入れ、


「み、みぎゃぁぁぁ〜〜〜〜」


叫びながらジタバタと暴れ出す。葉月もそのタイミングに合わせみかんに振りほどかれた振りをしながらみかんを放り出す


「みゅんっ」


着地後、みかんはそう言うと水無月、そして優希の脇を抜けて素早く家の外へと飛び出して行ってしまった

しばらくその光景をほうけて見ていた優希は、


「ああぁぁーーーーっ! 待って、私の猫鍋ちゃーーーん!!」


すでに優希の所有物(食い物)となったみかんを追って駆け出し始める

足音が聞こえなくなった途端葉月はその場にヘタリと膝を崩し、水無月は壁に寄りかかりながらそのまま床に崩れ落ちる

そしてお互いに視線を合わせ、アハハハと渇き笑いを浮かべるしかできなかった

2人共通の想いは、「みかんよ……捕まるなよ(食われるなよ)」という憐憫の想いであった

そして耳を澄ますと優希の嬉々とした声と、みかんの絶叫が聞こえてくるのであった




この後、みかんは執拗に追い掛けてくる優希の魔手から命からがら逃れたのは言うまでもない

だがこの時だけでなく、翌日から道端で会う(発見される)度にみかんは優希に「猫鍋ちゃん」という名前をつけられて追われる日々が続くのであった

そしてそのたびにみかんは奇声をあげるのであった

そう、この日も耳を澄ませると遠くからその奇声は聞こえてきた…………


「みぎゃあぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!」




fin


あとがき

はい、近々(?)公開予定の『Half Vampire 2』に先駆けての外伝パロディです!(笑)
再開前にこのオリジナルの失われた感を取り戻すべく、ギャグで執筆致しました!しかもこれはわかる人にしかわからないかもしれないというちょっと仕掛けも含まれています……ごめんなさい
でもみかんってば本当に平和な毎日を送っていますよね〜(笑)

ちゃんと『2』では再びあの興奮(笑い?)をお届けするべく奮闘したいと思いますのでご期待ください!
………っていうかもう忘れてる人も多いんだろうな〜〜〜

2002年4月3日


Novel