炎蛇の章D
月の輝きがあたりを照らし、森は静寂の美しさに彩られている
ここは富士の樹海、一度入れば磁場の関係か、方向感覚が乱れ死ぬまで彷徨う場所と恐れられていた
だがその樹海の中を身をかがめ、迷彩服に身を包んだ兵士達が前へと突き進んでいく
手には銃器を携えながら
兵士の一人が茂みから顔を出して前方の敵の有無を確認する
あたりは静かで、人どころかネズミや蛇のような動物の気配すらしなかった
そして後方で待機している兵士たちに手で前進を促し自身も茂みから姿をあらわす
一番最後尾についていた兵士もいったん目で後方を確認してから前進を開始した
だが次の瞬間突如近くの茂みから手が兵士の首に伸びてきてゴキッという鈍い音とともに兵士はその場に崩れ落ちた
すぐ前方を進んでいた兵士がその音になにごとかと振り返る前に背後から首に鈍い衝撃が走る
「ぐっ!!」
その衝撃の物体が何かを調べようと手を伸ばすが、そのまま事切れてその兵士も倒れ伏してしまった
そして茂みから現れた人物はそのまま倒した兵士の元に近寄る
近づいたのはスプリガンを名乗る少年であった
投げたナイフを回収しながら兵士の装備品を確認する
兵士達が装備していたものはソ連製の自動小銃AKM(カラシニコフ)であった
「ちっ、こんなに部隊を投入しやがって」
少年は兵士達の装備品から相手の正体を割り出して忌々しげに吐き捨てる
その時少年はゾクッと背中になにか寒気を感じた
慌てて戦闘態勢をとったままあたりの様子に集中する
するといつのまにいたのか、その寒気の正体は少年のすぐ背後から感じられた
「んナロォォ!!」
少年も負けじとすばやく反応し、その男に向かって倒した兵士の銃器を振り返りざまに乱射して応戦する
そして銃弾はものの見事に巨漢の兵士に命中し、蜂の巣とし、即死を少年は確信した
「!?」
だが男は銃弾を食らった直後は動けないようだったが、ピクリと指先が動いた
目の錯覚かと少年は再び注視するが、次の瞬間男は今度は錯覚ではなく動き出した
そして男の視線が少年を捉える
「があ!!」
男は腕を無造作に振りまわす
だがその攻撃は少年にはとてつもなく早く感じられ、とっさに持っていた銃器でガードにでる
そして少年はその一撃をなんとか防いだ、かと思いきや銃器は男の一撃でまるで木の枝のように真っ二つに折り曲げられそのまま少年へと炸裂する
「ムダだ、そんな攻撃は通用せん!!」
男はそう言い放つと身体に力を込め始める
すると筋肉の収縮によって少年が先ほど撃ち込んだ銃弾がパラパラと地面に転がり落ちた
少年はその光景を驚愕の眼差しで見つめ続ける
「同志が山菱教授を手に入れるまで私がお相手しよう」
「なんだと!?」
男の今のその一言で少年はとっさに戦闘態勢を取る
「私はスペツナズ特別独立小隊長ヴィクトル・シュトローフ・・・教授の元に行きたければ私を倒すことだな!!」
男は腰からナイフを取り出して構え、静かな声で自分の素性を明かす
しかし少年はこの男こそがヘリにミサイルを撃ちこんだ男だということまではわからなかった
「いい加減にしろよ、てめーら。大の男がよってたかってたった一人の女の子を・・・そんなことしてまで”力”が欲しいのかよ」
「今回のことは私としても非常に不本意な行動だと思うが、仕方ない。これも世界平和を維持するためだ」
「今や我が国の軍事力ではアメリカのそれにはとうてい追いつけない。強い国は一国では駄目だ・・・それをおさえる”力”が必要なのだ!!」
「何言ってやがる、てめーらがそういう虚栄をはり続ける限り平和なんて来るわけねーだろ!!はええ話が落ちるとこまで落ちたてめーらの国の威信を建て直したいだけだろーが、”力”でな!!」
「だまれ!!」
少年の今の一言、的を射ているだけにか、それとも祖国を侮辱されたことにか、ヴィクトルは激昂し少年に襲いかかる
ヴィクトルの素早い攻撃を少年はとっさにバックステップでかわし、誰もいない空間をよぎる
だが次の瞬間再び少年は驚愕した
ヴィクトルのその一撃は勢いあまって近くの木へと炸裂するが、その木が根ごと地面から掘り起こされ吹っ飛んだのだ
そのヴィクトルの尋常ならざる力に少年は目を見張る
「な、なんだこのパワーは・・・!?」
少年がその力に圧倒された瞬間わずかに隙が生じ、それを見逃すまいとヴィクトルは素早く間合いを詰め振りかざしたナイフを振り下ろす
少年はとっさに身を捩って間一髪でかわすし、
「でりゃあ!!」
掛け声と共にそのままカウンターで右のハイキックをヴィクトルの首へと撃ちこむ
ヴィクトルの首から鈍い音が聞こえ、そのまま地に臥せった
「これでどうだ!!」
少年もヴィクトルの首の骨を折ったことを聞き、今度こそ勝利を確信した
だがその少年の確信を裏切るかのごとくヴィクトルは起きあがり、首に一旦手を当て左右に捻る
「……あら?」
その光景が少年には信じられずただ笑うしかできなかった
「ムダだ、私の身体はDNA操作と脳手術で力や治癒能力を数十倍に上げてあるのだよ・・・・・・」
振り向き笑いながらヴィクトルは己の体のことを嬉々として少年に告げる
その姿にはどこか禍禍しいものが少年には感じられた
「生命工学の化け物か!!ケッ平和が好きなやつらがやることかよ!!」
少年は素直に己の意見を述べ、再び戦闘態勢を整える
「それが我が国のためならな!!」
ヴィクトルもそれを確認してからナイフを片手に少年へと襲いかかった
だがパワーではヴィクトルに分があるのだが、スピードではAMスーツの活用によって少年にわずかながらの分があった
ヴィクトルの一撃をかわすと、サイドステップで横に飛び、先ほど倒れた木の枝を掴むと、そのまま折り曲げ即席の武器とする
そしてそのままヴィクトルの元へと間合いを詰める
「ざけんな!まったく、どいつもこいつもてめえの国のことしか考えられねえのかよ!!」
ヴィクトルも応戦しようとしたが、少年の動きの方がわずかに早くそのまま折れた枝の先をヴィクトルの首へと突き刺す
その一撃で首のあらゆる血管から血が体外に飛び出しヴィクトルは持っていたナイフをポトリと手から離し、そのまま後方へと背中から崩れ落ちていった
その光景に今度こそ勝利を確信した少年は理恵の元へと急ぐべくヴィクトルに背を向け駆け出そうとした
だがその時足が動かなかった
少年は足の怪我か、なにかにつまずいたのかと目を向ける
「!!」
だが少年の目に移ったのは大きな手が己の足を掴んでいる光景だった
少年は慌ててヴィクトルのほうに視線を向けるとヴィクトルの目は先程よりもいっそう殺気に満ちた目で少年の足を掴んでいる
「いかせん!!」
そしてそのまま体勢を立て直すとそのまま少年を地面へと叩きつけた
「グァッ!」
少年の身体はまるでボールのように地面へと叩きつけられ、そのまま反動で数メートル宙に舞う
これにはさすがの少年もたまらずに一瞬意識が遠のいていく
「(……理恵……)」
その薄れゆく意識の中で少年は理恵の名を叫ぶのであった
そのころ理恵の隠れている木の根元の穴の前には数人の軍服をまとった兵隊がいた
理恵が少年に言われた通りに折った枝などでカモフラージュしていたがそれもついには見つかり徐々に迫ってくる
どう見ても理恵にとっては味方ではないのが一目瞭然で、自分を捕らえに来ているのだと分かった
理恵は心の中でこれ以上近くに来ないでと祈りながら、少年が早く帰ってくることを願った
だが兵隊の一人がカモフラージュの木に手をかけるとそのまま一気に払い除けられ穴の中にいる理恵の姿が晒されてしまった
理恵は自分で自分を包み込むようにして震えていた
兵隊達は無表情で何も言わずに銃口だけを理恵に向けながら穴の中へと入ってくる
理恵は少しでも離れようと後退するがすぐに背中が木にぶつかってしまった
それでも逃れようと身をよじったりとあがく
だがついに目の前に兵隊の手が差し出された時理恵の瞳が涙で滲み
「イヤー、来ないで!!」
恐怖から叫ぶ
だが理恵の叫びも虚しく、兵隊の手が理恵の腕を掴んだ
「!?」
そのとき木の外で銃声がした
そしてさらに銃声は続き、次の瞬間には叫び声まで聞こえる
「どうした!?」
理恵の腕を掴んでいた兵隊も一体何事かと腕を放すや穴の外へと駆け出す
理恵には穴の外で何が起こっているのかわからなかったが、兵隊のうろたえようから彼らにとってただ事でないことが起こっているということはわかった
そしてその原因を予想した時、理恵の頭の中には”妖精”を名乗った少年が心に浮かんだ
そして自分を守るために約束どおり帰ってきてくれたのだと
そう考えた時理恵も立ち上がり、穴の外へと駆け出して行った
理恵が穴の外へと出ると同時に銃声は止み再び静寂が戻った
そして理恵は前方を見詰めるとさっきまでの兵隊が自分に背を向けた格好で立ち尽くしていた
理恵はまだ危険だと穴の中へと戻ろうとしたその時、兵隊の身体がグラリと揺れるや紅い鮮血を撒き散らしながら首、腕が胴から、そして胴も分断されて崩れていった
そしてその鮮血が自身にも飛んできた時、理恵のからだはユラリとそのままその場に崩れ落ちていった
倒れた理恵の向こう…そこには不適に笑う男がいた
そして上空の月は妖しく輝き出す
.........................
to be continued
後書き
はい炎蛇の章5話を遅れ馳せながらのお届です!今回の敵はスペツナズのヴィクトル
この人はDNA操作と脳の手術で力や治癒能力を引き上げているとんでもない怪物な御方
こんな敵は一体どうやって倒せばいいのか?
1.核で一気に撃滅(いろいろやろうぜ)
2.治癒能力異常のダメージを与える(ガンガンいこうぜ)
3.運を天にたくす(いのち大事に)
……何故かドラクエになってますね、はい(笑)
そして気になる理恵ちゃんの運命!はたしてこの結末は如何に!?(ってほとんどの人は既知なんだよんね〜)
2000年11月4日