今朝の天気予報では晴れという予報であったが、空はどんよりと曇っており晴れ間さえ見えなかった
雪の中を一人の男が道をかきわけながら歩いている
その一歩一歩はとても力強く、雪などまるで苦にはしていなかった
そしてその男は真っ直ぐに彼の目的地を目指し歩いて行く
「ちっ、なんだってこんな日に俺は・・・」
不満をこぼしながらも彼のその歩みは衰えることはない
「ハクション!」
しかしこの寒さは多少応えているようだ
彼が足を踏み入れているのは深い富士の樹海の中
ここには彼の友、いや相棒が眠っている
もっとも相棒とは相手が生前に勝手に言っていただけで、彼は相手の死後まで認めてはいなかった
彼の相棒はここで戦い・・・そして散っていった
・・・己の志の元に・・・
その相棒の眠る墓の前まで来るとそこには一人の先客、女性がいた
その女性は彼もよく知っている人物であった
その女性も彼の存在に気がつくと顔を彼の方に向ける
「よー、ひさしぶりだな」
「ええ、ひさしぶりね・・・暁 巌さん」
彼の名前は暁 巌
彼の異名は”生還者”、どんな困難な任務でも無事に生還することからそう呼ばれるようになった
その実績からトライデントでは傭兵として雇われ、優達スプリガンとも遺跡を巡って数々の死闘を演じていた
命ぎりぎりの死闘、それが彼が生きているということを実感でき、生きることの喜びでもあった
そのトライデントをやめてからの彼はなにをするでもなく過ごしていたのが現状だ
「まさかあんたが来ているとはおもわなかったぜ、・・・アーカムの会長様直々とはな」
「あら?アーカムの一員として彼を弔いに来るのは当然じゃないかしら?」
「それにここに来ていたのは私だけじゃないわよ」
「・・・そうらしいな」
見ると墓の前には誰が置いたのか、すでに花が添えられていた
しかし暁にはその花を置いた人物が誰なのかを重々承知していた
「まったくあいつも律義な奴だな」
「でもそこがあの子・・・いえ、彼らしいのよ」
「フッ、確かにアイツらしいと言えばらしいな」
言いながら暁は目の前の相棒が眠る墓へ一応持ってきた華を添える
「ところで例の件は考えてくれたかしら?」
「例の・・・件?」
暁はわかっていながらも知らないと言った言動を暗に含む
「ええ、私達の元に来ないかと言う」
ティアも暁の性格が分かっているからこそ改めてその内容を口にする
「アーカムの会長直々にお願いされるとは光栄だがな」
暁は口元に笑みを浮かべ、
「実はあんたには黙っていて申し訳がなかったが実はもう一つの組織からも誘いがかかっていてな」
「あら、それは初耳ね・・・ひょっとして今まわりを囲んでいる彼等なのかしら?」
妖艶な微笑を浮かべながらティアもつぶやく
「ああ、さすがにわかっていたか・・・俺としちゃあ今度の組織には魅力を感じてなかったんでなんの返事もしてなかったんだが、どうやら相手の方が痺れを切らしちまったようだな」
「・・・そのようね。あなたもあいかわらずモテルのね」
「チィッ、その一言・・・どこか刺があるんだがな〜」
頬を掻きながらつぶやく
「おい、かくれんぼはやめていいかげんに出てきたらどうだい?・・・俺も昔はやったことがあるがお互いもうそんな年じゃないだろ」
暁は樹海に響くくらい大声で言い放つ。それに反応してか、2人の頭上から3人が襲い掛かってきた
その襲い掛かってきた連中は覆面で顔は隠しており3人とも同じような出で立ちで、銃などは別段装備しておらず、刀や鎖鎌を手に手に携えていた
「まったくアナログなヤツラの登場だな」
暁はそうつぶやくとグッと腰を下ろしたと思った次の瞬間にはすでに3人の頭上に表れた
「なっ!?」
一瞬で頭上を取られたことに驚愕の表情を浮かべる
暁はかまわずにそのまま足技であっという間に3人を地に降れさせた
「フフ、腕はいささかも衰えていないのね」
ティアは見ていた状況から素直に賛辞を述べる
「まぁな、それにこんな連中じゃあ俺は倒せやしないぜ」
言いながら暁は倒れている男から短刀を奪いそれをしばらく見つめ
「なぁ、そこに隠れている奴!」
暁はすばやくその短刀をあさっての方向に投げ、遠くの木に命中させる
「クックククク、さすがは”生還者”の異名をもつ暁さんですね・・・それにまさかスプリガンティア・フラットさんまでいらっしゃったとは」
その木の影からヌッと一人の男が声とともに姿を表す
その格好はさっき暁がのした連中と同じスタイルであった
「あんたも暇な人だな・・・わざわざこんなところまで来るとは」
暁は皮肉を込めて言い放つ
「なぁ、甲賀忍者の上野さんよ!」
「・・・・・・・中野だ・・・」
暁に名前を間違われたととに少し怒りを覚えたのか唇をギリッと噛んで憎憎しげにつぶやく
「そりゃー失礼、なにしろ俺にとってはどうでもいい名前だったんでな」
中野 建造、甲賀忍者の家系で、数年前までは内閣調査室でのスパイ教官を務めていた
そして日本が古代文明の遺跡獲得に乗り出した時、甲賀忍者も国際的諜報活動に名乗りをあげようと活動した矢先に御神苗 優に叩き潰されそれが裏の世界に知れ渡ってしまったために今では干されてほとんど仕事も回してもらえないでいた
「で、甲賀忍者さん達が俺に何の用があるっていうんだ」
「この前の返事を聞きたい」
「フッ、俺に忍者ゴッコをさせようって話なら断っていたはずだが」
「どうしてもか?」
「あんたが俺より強いっていうなら考え直してやってもいいぜ。俺より弱い奴の下でなんか働きたくないからな」
「それにおまえらのところじゃー俺は生きてるって実感を得られそうにもないからな」
暁は鼻で笑いながら言い放つ。その態度も言い方も気に障ったのか、中野は怒りを顔に表し
「そんなことはどうでもいい!もしわれわれの申し出を断るのならここが貴様の墓場となるまでだ!」
己の立場というものがわかっていない発言なのだろう、これには暁も、魔女といわれたティアでさえ唖然としていた
「フフ、己の力量というものがわかっていない男の発言っていうのは醜いわね」
「まったくだ・・・・・・聞いていてこっちが嫌になってくるぜ」
この2人の会話も耳に入ったためか、中野は指で何やらサインを送るととたんに周りを10人以上のみな武装した集団が取り囲んだ
「今のは申し出を拒絶したと受け取ったぞ、暁!」
中野自身も背の鞘から白刃を取り出し構える
「やれやれ、俺は最初からお前等の申し出なんか受けちゃいなかったんだがな・・・・・・」
暁は怒る中野とは対照的に、周りを囲まれていても落ち着いた態度を見せ
「あんたは手を出すなよ・・・こいつは俺の戦いだからな」
暁も身構えると同時にティアに手出し無用と釘をさす
「ええ、そうさせてもらうわ」
言うとティアは10数メートルはあろうかという木の枝まで軽々跳躍し、
「ここでゆっくりと見物させてもらうわ」
「あの女も逃がすな!奴はスプリガンだ、殺れば我らの汚名も返上できるというもの!」
中野の指示で一向は一斉にティアに向かって手に携えた各々の武器を持って駆け出す
が、一瞬で暁がその前方へと回り込む
「くらえぇーー!!」
一人が刀を振り下ろすが暁はそれを横に軽々とかわしてみぞおちにこぶしを叩きこむ
『グァッ』といううめき声をもらして男はその場に崩れ落ちる
「やれやれ、お前達の相手は俺だって言っただろうが」
暁はこの始まった戦いを楽しむかのように言い放つ
「グヌヌヌ・・・・・・や、殺れ!!」
その表情を見て中野も後には引けなくなったのか、全員に暁を殺せという指示を出す
中野の目は驚きに包まれていた
10人以上はいた部下達、それも自分自らが鍛え上げてきた部下達がものの数分で暁一人に倒されてしまったからだ
「バ・・・・馬鹿な・・・・・・」
言いながらよろよろと後ずさりする
暁は服についた埃を払いながら倒れた連中を見まわす
その光景を上から見ていたティアは、
「やっぱり以前よりも腕は上がっているようね」
その言葉に暁はチラリと上を見て
「まぁな。俺だってあの南極以来遊んでいたわけじゃないんだぜ」
「あの真のスプリガンとかいう化け物の動きに比べりゃこいつらなんか止まって動いてるようなもんだからな」
「ふふ、ますますうちに欲しいわね」
「・・・・・・」
ティアの最後の言葉には敢えてなにも言わず、残った中野の方を見る
「さて、中野さん。これで俺の方があんた等より強いって事がわかっただろ?だから俺は悪いがあんた等のとこで世話になるつもりはないぜ」
「・・・それともあんた一人でも俺とやるかい?」
その言葉に戦意をなくしたのか、クッと一言もらしてその場を後にしていった
無事に樹海を抜けると、いつの間にか樹海の中では気付かなかったが、晴れ間が見え、あたりに太陽の恵みが降り注いでいる
「ねぇ、本当に私達のところに来る気はないの?」
「・・・・・・ああ、悪いがさっきので俺の決心は固まったな」
「たしかにあいつ等みたいに世界中を飛び回って危険な遺跡探索っていうのもいいかもしれないが」
「・・・・・・どうやら俺にはその遺跡を巡ってあいつ等と争う立場の方が性にあってるらしいってことが分かった」
「・・・そう」
「まぁ、そのうち気が変わった時にはまた声をかけてくれ」
「フフ、面白いわねあなたって。でもそうゆう人って好きよ」
「フッ、前にも聞いたぜそれ」
「そうだったかしら」
「ああ、それで俺はこう言ったんだ『個人的に聞きたい台詞だ』ってな」
そう言いながら二人は互いに笑っていた
「じゃあな、今度あいつ等にあったら言っといてくれ。今度会う時はまた敵同士だってな」
暁はそう言いながらティアに背を向けて歩き出し、右手を挙げながら告げる
ティアはその姿を見送りながら、そのままその場からフッと何処ともなく消え去って行った
「さて、とりあえずはラリーの奴のところにでも行ってみるか・・・あいつはきっと面白いことをやっていやがるんだろうからな」
そう言うと暁は己の進むべき道を決め、そのまま歩み出す
が、いったん立ち止まり後ろのさっきまでいた樹海を振り向くと
「じゃーな、相棒。また来年来てやるぜ・・・まったく俺もなんでこう律儀になっちまったかね」
誰に言うともなく一人苦笑すると、そのまま雪の中をかき分けながら歩き去って行った
そしてその暁が歩いた後を一塵の風が吹き、足跡をかき消すかのように通りすぎて行った
その男の名は暁 巌。どんな困難な状況でも生き抜くため,人は彼のことをこう呼ぶ
・・・・・・”生還者”と
後書き
このたびは”寄生の御部屋!”の4000HITをしていただきまことにありがとうございました(もう閉鎖されてるけど)
ふ〜それにしてもこういったキャラを書くのは苦手ということから控えていたのですが、書いてみてなんか新しい世界が開けたような気がします!
願わくばこの開けたものが聖書に纏わる”カフの部屋”でないことを祈ります
作者:パラサイト