花宴　Hana･no･utage．
Act1-2
2001･1･27（Mon）
This story is written by Azuma Miyako.

＊

願わくは花のもとにて春死なむ
そのきさらぎの望月の頃

そう詠い、その死を望んだのは、母だった。

"鷹峯"の一族から、もう生涯、逃れられないと
自覚していたから。

強すぎる血縁と因習。
けして逃れようのない。

ふるい言葉で、それを宿命というのか。

（この桜から自由になって、）

自由に？
逃れようのない力から？
この自身の桜の花の名前から？

（どうすればできるのだろう。）

ずっと考えているけれど、
その方法を見つけられないままに時が過ぎ。

再び"鷹峯"からの使者が現れた。
その男の名を宇都征紀という。

＊

オオミヤザクラの花弁が降る。
染井芳乃はその並木道を逃げていた。

少し前に、携帯電話で御神苗優に連絡をいれた。
日本の警察より、ずっと頼りになる。

そのうち右手に礼拝堂が見えてくるはずだった。
カトリックの女子大なので、そういう施設がある。

とりあえず、その礼拝堂に隠れる。

染井芳乃はそう結論した。

後期休暇中の大学構内で、宇都征紀に
待ち受けられていた。

戦闘能力では、自分は征紀より格段に上である。
しかし現在、麻酔銃を撃たれ、体の自由がきかない。

正面からの刃向いは、捕獲されるだけだ。

遺跡の争奪戦である、通常とは違う。
相手の目的は、なによりも自分。

「なんて厄介なんだろう」

桜の森の奥に、小さな礼拝堂が現れた。

正面の扉から入る。

大理石のモザイクの床。
ヒールのかかとが鳴った。

真昼であるのに暗い堂内。
クロスを模した、十字の構造になっている。

（両足が重い）

堂内の奥、祭壇まで歩きつく。
祭壇には金糸の絹織物がかかっていた。

その祭壇の裏側に回って、
慎重に片膝をついた。

つめたい大理石の感触。

静寂だった。
沙乃のことを考えようとした。

気を緩めたら、眠ってしまう。

母の妹の娘。
沙乃は、自分の従妹だ。
そして姉妹そのものだった。

母と叔母と、沙乃。

母が殺されるまでの平和な時期、
家族のように過ごした。

その頃は、５歳違いの
宇都征紀ももっと優しい人だった･･･。

（沙乃は不幸になったの？）

あの山深い京の屋敷。
どんなことをしてでも、
連れ出すべきだった？

その時。
礼拝堂の扉が開き、閉じられた。
ごく静かに。

堂内に響く靴音。
宇都征紀のものだ。

この祭壇からわずかに
離れたところで足音が立ち止まる。

「芳乃姫、そこにいるのはわかっています。」

そして征紀が言った。

「私は、話がしたい。
　麻酔については謝罪する。

　しかし、こうでもしなければ、
　あなたは私のことを思い出しもしない」
　
　間があった。

「それとも、母を殺された
憎悪だけはありますか」

芳乃が片膝を上げた。
祭壇の影から立ち上がる。

見すえる視線の先に、征紀がいた。

「いちど聞きたかった。
　"鷹峯"は何を犠牲にしても、
　組織を守るのね。

　それはあなたの意志？」

「私は、それが先祖から
　受けた使命と信じています。

　そしてその使命の成就には、
　どうしてもあなたが必要です。」

「鷹峯は、そうやってもう何百年、
　人の心を犠牲にしてきたの」

「最も大切なひとつのためには、
いくつもの犠牲はあきらめなければいけない

･･･人の心であっても」

その征紀の語尾が、わずかにゆれた。

芳乃がかすかに目を見張る。
何かを感じとったように。

「その犠牲になったもののなかに、
　あなたの心もあるのね」

征紀は動かなかった。

「その心は、
けして手放したらいけなかったわ･･･」

ふいに。
芳乃がひざをついた。

指先で祭壇の聖布をつかみしめる。
宿命全部に抵抗するように。

しかしその指先から力がぬけ、床に倒れた。
セピアの髪が大理石にひろがる･･･。

その姿を見下ろしながら、征紀がつぶやいた。

「我々、鷹峯の子供は
　ただ捧げられるためだけに生れる･･･」

その時、気がついた。

この聖堂に近づく、何者かのかすかな気配。
訓練された者だとすぐにわかった。

そうでなければ、この至近に来るまで
気づかないわけはない。

そして、部下達は何をしていたのだろう。

不測の事態、である。

▽TO BE CONTINUE

-パラサイトの感想-

東みやこさんの芳乃小説『花の宴』第二話です
ますます謎な芳乃の元一族"鷹峯"
その使者として現われた征紀
しかもあの芳乃に不意をついたとはいえ戦闘不能にさせてしまうとは…
そして征紀に近づきつつある者とは何者なのか？
次回がまたしても気になる～～～（＾～＾）

Novel