第11話「ability&destiny」
「はぁーはぁー……はぁ……」
男は木を背にして、手にした銃火器を抱えながらソッと周囲に視線を配る
だが男の目には密林しか映らない…
味方はすでに自分以外はすでになく、自身もすでに絶体絶命の状況であった
目を閉じると自分に助けを求めながら死んでいった戦友達の姿が脳裏に浮かんでくる
男は戦友を見捨てたわけではないと自分に言い聞かせながらここまで逃げてきたのだ
それを確かめるかのごとく男はしずかに胸に掲げられた階級証を握り締めながら索敵を続ける
だが周囲の密林は男に何を告げるでもなく、いや静寂と……そして恐怖を彼に告げるのである
その時不意に頭上からパラパラとなにかが降ってきた
「なんだ?」と確かめる間もな男の目の前に不意に敵が降ってきた
パララララッと無機質な、なんの感慨もない音が密林に響き渡る
「ぐぅっ…………」
男はとっさにかわしたが左肩に鈍い衝撃を感じ、次には痛みを覚えるがそんなことにはかまってはいられずすかさずその敵に掴みかかって銃器を使えなくさせる
両者共転がりながらもみあいの混戦状態となり、男も敵も互いに生きるために戦うのみであった
だがその戦いも長くは続かない……
敵が一瞬の隙をついて腰から抜き放ったナイフを手に男に襲いかかる
「がぁっ!!」
男の視界に血飛沫が舞いあがる
男は静かにその場に膝をつき、そして敵兵の姿を認める
敵兵も静かに男を見下ろし手に持ったナイフを再び掲げる
が、その兵はその振り上げたナイフを振り下ろすことはかなわずその場にドッと崩れ落ちるのであった
男は兵が倒れたことを確認し、まだ敵兵に息があるのがわかった
だが、見た目にも戦闘不能……いや、すでに死への階段を昇っていることは明らかである
そう判断し、男は自身の負傷個所を確かめる
負傷個所は銃弾をくらって傷ついた左肩のみであることを確認し、重傷の敵兵を仰向けに体位を変えさせる
敵兵の心臓部には一本のナイフが深々と突き刺さっていた
男が殺られるとおもった瞬間、とっさに抜き放ったナイフが敵兵の急所に突き刺さっていたのだ
「ゴフッ……うぅ……」
敵兵はなにかをうわずんでいるのが口の動きで男にはわかった
自身を呪ってでもいるのか、または家族や恋人のことのわかれでも告げているだろうか…
または死への恐怖になまじ生きているだけに耐えられないのだろうか……
だが男は何故かその時は胸に手を当てて自分が殺した敵兵に安らかな死が訪れることを神に願った
男がそう祈っている間に、敵兵はその呼吸を止めて静かに息絶えていった
男は自分と死闘を演じたこの敵兵のことを思ってか、天を仰ぐ
そして同時に自身がいつこの男と同じ命運を辿るのだろうかと考えずにはいられなかったのである
それもそう遠くない未来でろうと考えながら、自身の逃避行はまだ終わりを告げてはいないことを考え、男はゆっくりと立ちあがる
だがその瞬間、男の頭部に突如衝撃が走った
男は自身になにが起こったのかわからず、そのまま地面に、丁度その敵兵に覆い被さるかのごとく崩れ落ちて行く
そして自身の血をその視界に眺め、崩れ行く意識の中でまだ密林内に木霊する銃声の音を聞いた
優がグリスの元、すなわち制御室へ駆け出した後残された芳乃と李梨
芳乃は霊的接触、口寄せを行なった後で体力が低下したためか、崩れ落ちたままで未だに動きがない
死んではいないということは背中の収縮運動で呼吸をしているということから李梨にもわかる
だが、優がこの場にいなく、芳乃も気絶したままで李梨自身この後どうすればいいのかわかっていなかった
優の後を追いかけようにも芳乃をこの場に放っておくこともできないからである
故にそのジレンマにとらわれながらただ狼狽するしかできなかったのだ
「ふぁぁ〜〜〜〜〜」
すると横からそんな李梨の心情には合わない間延びした声が響く
いつのまにか芳乃は上半身を起こしてその場で伸びをしているのだ
「芳乃さん!あなたいつの間に!?」
「あら、この人の方から解いてくれたわよ……でも優ちゃんもどうやら先走っちゃったようね」
「え?」
「い、いや何でもないのよ、ホホホホッ…そ、そんなことより私達もホラッ、優ちゃんの後を追うわよ!」
「え、ええ…」
いかにも怪しいその笑いに疑問を抱きながらも優を追うという事に賛成した李梨も芳乃の後を追う
だが、芳乃のその瞳はすでに不穏な光を放っていることに李梨は気付かないのであった
これが長年商売敵として付き合っていた優にだったらすぐに芳乃の思考が読めたであろう
だがまだ出会って数時間…いや、半日程度の付き合いしかない李梨にはそんなことがわからないのも無理からぬことであった
もっとも勘の鋭い人間であればなにかしらの予感は感じたかもしれないが……
「野郎!」
優は突進と同時に蹴りを放つがそれは虚しく空を切る
先ほどから優はすさまじい連続攻撃を放ってはいるのだが、そのことごとくが空を切っていた
「ファハハハハ!どうしたスプリガン!!そんな攻撃ではこの俺様には当たりさえしないぜ!!」
グリスは優の間合い外の位置から嘲笑の声を浴びせる
「……ちっ」
優は舌打するも内心自分の攻撃が当たらないことに冷や汗を禁じえない
今までも確かに自分の攻撃がなかなか決まらない相手には出会ったことがある
自身の師でもあった朧の水が流れ、それに翻弄されたかのごとくな動き
だが優もその体術を会得とまではいかなくとも、近いところまではいっているという自信はあった
そして体術においてこうも優を翻弄できる相手などそうはいないだろうという思いとともに
だが目の前のこの男、グリスの体術はどうみても今まで出会ってきた敵の動きとは違っている
「てめぇー……その能力、機械化小隊の最新兵器かよ!」
「ククク、そうさ……だが俺のはあんなブリキ細工なんざこしらえちゃいないがな」
そういいながらグリスはトントンと己の頭を叩きながら嘲笑する
「まぁ、俺自身も望んじゃいなかったさ……かつては国(合衆国)に忠誠を誓っていた一兵士としてはな」
「お前、まさか!!?」
優の思考にグリスのこの行為の意図が予測できた
それもあまり考えたくもない予測が…だ!
「さて、俺様の昔話もいいが、一つショー・タイムといこうじゃないか!」
「ショー・タイムだと!?」
「そうさ……今この空間を照らしている灯り、これを消したらどうなるかな?」
「お前何をいって……」
優がそういいかけた途端、周囲を照らしていた灯りが一斉に消え、闇が周囲を支配する
優自身、仕事柄夜目が効くほうではあったが、こうも暗くては何物も見えたものではない
頼りになるのは肌に感じる相手の殺気や気配、これのみだった
「ひゃーーーっ!!」
その声の一閃と共に優の頬に熱いものが湧きあがる
どうやったのか、グリスの一閃した攻撃が優の頬を掠めたのだ
だが、優でなくてはそれは致命傷の攻撃で、優もとっさにかわしたからこそその程度の軽傷で済んでいる
「ククク、どうやら貴様が第六感で相手の攻撃をかわす能力があるという噂は本当らしいな」
「ばぁーか、そんなたいそうなもんじゃねーよこれは」
優は軽口をたたきながらも意識を集中して相手の気配を探る
その時、すぐ背後に気配を感じとっさに優はかわすが、またしても背中から血飛沫が舞う
「ククク、本当にうまく交わす……」
「ちっ」
正直優のほうも見えない相手の気配を探ることのみに集中しているために、動作に移る動きがどうしてもワンテンポ遅れてしまう
そのためにグリスの攻撃を致命傷は避けながらも食らわずに済んでいる
だがこのままでは致命傷の攻撃を食らうだろうというのも予感できる。なにより反撃に移れなければ勝利などは到底ないのだ
「ナイトスコープ(暗視装置)か…」
優はグリスに聞こえない小声で、グリスがこの暗闇で的確に優に攻撃してくる方法を悟った
それは、ナイト・スコープの使用である
―ナイト・スコープ
暗闇の中を光を使わずに物を見る、つまり暗視という技術は主に軍事面での必要性から開発された
その機能は暗闇の中に僅かに存在する可視光線(目に見える光)をイメージチューブの中で増幅してみるという方法で、わずかな光があれば百メートル以上の先まで見渡すことができきる
つまり暗闇の中でも、微弱な光りを増幅し太陽が照りつける昼間の如く闇の中を見渡すことを可能にさせている
現在では各国の特殊部隊にこの装置は装備されている
グリスがこの暗闇の中で的確に優に攻撃できるのはこのナイト・スコープを装備していると考えるのが妥当であった
だからこそナイト・スコープの弱点をついて、そこに勝機への活路を見出すべきだということも
「ならっ!!」
そこまでの思考的判断を瞬時に終えると優はすかさず行動に移す
ナイト・スコープの弱点、それは僅かな可視光線を増幅しているからこそ暗闇でも戦闘が可能となる。だがその増幅のために取り込む光の量を瞬間的に増やせばどうなるか
「くらえっ!!」
優は懐から取り出した閃光弾を地面に思いきり叩きつける
叩きつけられた閃光弾は瞬間、まばゆいばかりの光を炸裂させ闇の世界を振り払う
「ぐぎゃぁぁぁーーーーーーーーっ!!」
すると優とは反対のほうからグリスの悲痛の叫びが木霊する
「よっしゃーーーっ!!」
そのグリスの姿を認めた優はここぞとばかりに飛びこむ
「くらえっ!!」
優はこの好機を逃さず、確実にグリスを地に降れさすべくジャンプして落下速度を利用した蹴りをグリスに向って放つ
その蹴りは閃光弾の瞬時の光によって捉えたグリスの位置に向けて正確に放たれ、当たれば多大なダメージを与えられることは間違いがない
だが驚愕の事実がその瞬間、優を襲った
さきほどまで悲痛の叫びをあげ、目を覆って苦しんでいるはずのグリスの口が歪んで見えたのだ
少なくとも優にはその瞬間そう見えた
そしてその後の優の蹴りの対象物であるはずのグリスには当たらず、グリスが立っていた地面へと突き刺さった
「なっ!?」
さすがの優も驚愕した
驚愕するよりも早く次の行動に移らねばという意識が働くがそれでも冷静ではいられない
そして優が次の行動に移る前に鋭い手刀が優の首後ろに命中する
一瞬身体と頭との意識が途切れたような感覚に優は襲われるが、足を踏ん張りなんとか踏みとどまる
しかしそれは優の誤りであった、優はこの時素直に地面にひれ伏し、そこから素早く立ちあがって間合いを外すべきだったのだ
「がっ!!」
グリスの第二撃ともいえる連続攻撃が、踏みとどまる優の顎先にムーンサルトのような蹴りの攻撃の命中で優はその場に崩れ落ちてしまった
首への一撃と、顎先への一撃によっていかに自称“不死身”とは称していても、その生体機能は普通の人間となんら変わらないのである
そのため意識はまだかろうじて残っているが身体がいうことをきかずに立ちあがることはできない
「くくくく……」
優の真横でグリスの嘲笑が耳に入る
「閃光弾……ナイト・スコープの弱点をついたのはさすがだったな…」
「だが……」
その声とともに闇の中でゴトッと地面になにかが落ちる音が聞こえる
「まさか本当にこの俺がこんなものに頼っていたとでも思っているのか?」
その言葉と共にベギッとなにかを踏み潰す音も優の耳に聞こえてくる
「て…てめぇのそれは……」
かろうじて優は搾り出すかのような声でグリスに言葉を投げ掛ける
「フンッ、これが俺につけられた能力だよ……暗闇の中でも回りの動きを把握する能力とでも言うべきか…もっともブリキ連中と同じように、センサー等の機械に頼っているだなんて思われちゃたまらんがな」
「俺が改造手術をうけたのは、頭の中……つまりここ、brain(脳)さ」
闇の中で見えはしないがグリスは自身の頭を指差しながら告げる
「どれ、まだ“エデン”もフル稼働とまではいかないから昔話でもしてやろう……」
「……忘れもしない3年前……俺は中国に派遣された特殊部隊の一員だった」
「もっともペンタゴンの公式記録などには残されていない非公式な派遣だったということを俺が知ったのは後になってからだがな」
「旧ソ連崩壊に先駆けて、上の連中は敵を欲していた……敵がいなくては軍事費も搾り取れないのだからな。そういう意味で中国という共産国家、そしてその潜在能力は次なる敵………政治的、軍事的にそうみなすに適当な相手だったのさ」
「平和をうたいながら核を保有し、軍事費は削減するどころか肥大する一方…これが俺が忠誠を誓った国家だったのさ……なんとも皮肉な話じゃないか!! お前らの国(日本)から見ればこれほど滑稽な国もないだろうよ」
日本は非核三原則に基づいて核の所有・製造・持ち込みを拒否している。たとえそれが同盟国のアメリカ相手だろうとだ
グリスは立場の違う者同士が結んだ同盟関係が今も続いている事におかしさを禁じえない
「もっとも俺も平和主義者じゃないんで非難する気なんてない。だが当時の俺は俺が……俺達が正義だったと信じてたさ。毎日毎日見知らぬ国の中で憂慮すべき軍事拠点の調査、これが俺達の任務だった」
「当然中国兵と銃撃戦になることもザラじゃなかった……戦友は一人、また一人と死んでいった………そんな地獄のような繰り返しの毎日が続いていたんだ!! そして………死神の鎌が俺にも届きかけたのさ……」
「幸いと呼ぶべきか、俺は重傷を負いながらも本国(アメリカ)へと戻ってこれた……」
「だが……」
グリスの口調が重たくなる…
「だが……死神の鎌は俺を両断するどころか俺を生かし続けたのだ!!」
吐き出すその言葉に狂喜の色を交える
「俺は1年近く意識不明のまま眠っていた……そして俺が目覚めた時、俺はすでに人間の身体じゃなかった。目を閉じても頭の中にホログラムでも見ているかのように映像が頭に入って来るようになった!!」
「わかるか!! 俗に言う超能力なんかじゃない!!目覚めた時に俺を手術した医師と科学者どもに言われたよ!手術によって移植された遺伝子をのことをな!!」
「その時に俺は絶望したのさ……国家と、そして俺にこんな運命を背負わせた世界にな!! 誰がこんな身体にしてくれと頼んだ!!俺は一兵士人間として国家に忠誠を誓ったんだ!!このような化物としてじゃない!!
その時、神はその俺の願いを聞き入れてくれたのさ……この世界の破滅の引き金となるこの“エデン”をな!!」
グリスがそう告げた時、制御台から稼動可能の信号が灯されたのがグリスの視界へと飛びこんできた
それはまさに聖書に謳われている"エデン"の光が世界へと広がる前兆のようでもあった
to be continued
後書
はい、Trace Eden第11話をお届け致しました!今回の冒頭でのシーン……まぁわかる人にはわかるかもしれないけど、グリスの一般兵時代のシーンです。彼は今でこそ祖国に反旗を翻してますが、かつては祖国の正義を信じて果敢にその任務に励んでいた兵士だったのです。それが重傷を負うと同時に一般兵でないどころか、ある遺伝子を移植された怪物として目覚めてしまったために、その己の運命を呪うと同時に、その矛先へと………ってこれはまだクライマックスを迎えてるわけじゃないんだからここで語るべきではないですね(苦笑)
まぁ次回のお話は遺跡『エデン』のその機能と、優とグリスの戦い再び!といったところでしょうか?そして優の元へ駆け付ける李梨と芳乃!まぁ芳乃はなにか企んでいそうですけどね(笑)
んじゃ、また次回で!!
あ、感想なんか頂けると本当に嬉しいんですけど……最近なんの反応もなくなってきたんで、興醒めされちゃった?って感じて筆(キーボード?)も鈍ってきちゃったんで(笑)
作成 2001年8月22日
改訂 2002年7月12日