第12話「【エデン】発動」




-中国-


「しょ、書記長大変です!!」

「何事だ、騒々しい」

書記長と呼ばれた男は、食後のお茶を楽しんでいる一時を、突然の来訪者によって妨げられたことに不快の色を浮かべる

座っている椅子をクルリと回転させて、そのデップリとした巨躯を来訪者のほうに向き直らせる

だが飛びこんできた男は未だ額に汗を浮かべたまま切迫した表情をしていた

その様子からただ事ではないということが理解できる

だがその男にはせいぜい台湾との小規模な軍事衝突でも起こったか、それとも地方でデモでも起こったのか、その程度の認識しかなかった

実際ここ最近毎日のように聞かされているニュースなので正直、「またか」と思ったのも事実だった

だが男の口から発せられた報告に、口に運ぶ途中であったカップを思わず床に落とし砕けたカップの破片とその中身が床一面に広がっていった

男の報告は、山西省、青海省、四川省、吉林省、他各省との連絡が相次いで途絶えたと報告されてきたのである

「通信機等の故障ではないのだな?」

「はっ!通信機等は正常に機能しており、こちらからの通信も可能なのですが……」

男の歯切れが悪くなるのが書記長にはもどかしかった

そのもどかしさうえに、机に手をついたまま思わず立ち上がる

「どうしたというのだね、はっきりと言いたまえ!!」

「……出ないのです ……誰も、その応答に…」

男は口は開くが暫く声を出すことができず、やっとのおもいで搾り出すように事実を告げた

「なんだと!?」

書記長は男の意味することが理解できず、自分の聞き間違えであることを願って再び問いなおす

「……………誰もこちらの呼びかけに応じないのです。 ですから現地で一体何が起こっているのかわからないのです」

聞いた後、書記長は力なく元いた椅子にその腰を戻すしかできなかった

そしてこの後なにをすればいいのかという焦燥の念に駆られていた









「クックックク……どうだスプリガン!!いよいよ“エデン”は発動した。これで俺が理想とする世界を創造できる!!」

闇の中、グリスの嘲笑、狂喜の叫びが優の耳にも聞こえてくる

だが未だに先ほどのグリスの一撃が応えているのか、身体がおもうように動かせないのが現状である

「今、このエデンの光は中国へと向けられた……間もなくその成果も現われてくるだろう」

優にはこの遺跡がどのような力を有しているのかまだ分かっていない

そのために外でなにが起こっているのかわかりえなかったが、ただならぬ事態になっているだろう事は今までの体験からも予測できる

それを阻止するべく優は立ち上がらねばと焦燥感にとらわれるが身体は依然いうことをきいてくれなかった

この時ばかりは優も先ほどの自分の不甲斐なさに自身怒りすら覚える

そんな優の様子を見てグリスも嘲笑する

闇の中グリスは暗視装置は付けていないのにグリスには優の様子がわかるようだった

「ククク、遺跡の番人スプリガンもこうなっては形無しだな……何故お前のようなヤツに今まで我々機械化小隊が敗れつづけてきたのか不思議にさえおもえてくる」

「へっ……身体が…身体が動くようになればお前にも …わからせてやるよ」

優はなんとか声を発すがその声は弱々しかった

優自身言っていて負け犬の遠吠えのようにしか思えてならない

「楽しみにさせてもらおう……では今度はこの“エデン”について語ってやろう……」

だがグリスは優のそんなふうに考えているかどうかには気にもとめずに嬉々としてこれから話そうとすることに胸を躍らす


「かつてこの国には“夏”(か)という大国があった……司馬遷という歴史学者が描いた『史記』にもその国のことについては触れているからお前もわかろう」


夏―

中国最古の王朝とされるが、もっともその存在自体中国では認められてはいるが、考古学の世界では認められていない


「……この“エデン”がその証明なのだからな」

「夏という国の古代文明はとても強大であった……その強大であった理由にはこのエデンを代表とするような遺産の存在があげられる……
こんなエピソードもあるぞ……夏の初代王禹(う)の妻女嬌(じょきょう)は、夫の禹(う)が治水工事に明け暮れてていた時その姿を黒熊に姿を変えていたそうだ……これは現在で言う獣人、ライカンスロープの一種なのだろう」

グリスは"ライカンスロープ"という言葉をどこか強調するような口調で語る

その言葉には「貴様も知っているだろう」という意味合いが暗に込められているのを優も感じた

そして優は獣人という言葉で一瞬一人の男の顔を思い浮かべる

現在は病院のベッドで横になっているだろう男の顔を…

「もちろん女嬌は夫が黒熊だなどとは知らないためにその姿を見た時に当然逃げ出した。 そして禹は誤解を解くために後を追うが……女嬌は身動きがとれずに石になったという伝説がある フフフ、わかるかスプリガン!!」

グリスの語調に歓喜の色が交じる

この"エデン"をもやは手中に収めたことでその喜びは頂点に達していた

「この“エデン”をもってすれば、世界中の人間どもを女嬌のようにできるのだ!!」

「…な…に……!?」

「フフフフ、それこそが私がこのエデンの存在を知り得てから米国に偽の情報を与えこうして私自らがここへ来れるように仕向けたのだ!もっとも米軍の連中は私がこれを敵対国だけ出なく自国にも向けるなどとはいささかも思ってはいなかっただろうがな」

「て、てめぇー……そ、そんなこと考えてやがったのか…」

優はやっと身体が動くようになってくると、ゆっくりと壁に手をかけながら立ちあがる

だが未だに身体は思うように動いてはくれず、立ち上がることだけでも一苦労だった

「おっと、まだこの話には続きがあるのだよ。ゆっくりと聞いていてくれ」

よろけながらも、今にも飛びかかろうとする優の気配に対してグリスは言葉で制す

「お前は、この遺跡の中で多くの骸を見てきたはずだ。その中でもローマ帝国の甲冑を纏った骸もあったろう ……あれこそが俺にこのエデンを知らせてくれたのだ。西暦166年に当時のローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスが、当時の中国王朝に使者を派遣したのは知っているか?」

優は問に対する言葉は発さないがその答えならわかっている。「大秦王安敦」、それがその答えである


―大秦王安敦(あんとん)

中国王朝、後漢(25〜220)の皇帝にローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスの使者が象牙、南海の産物をもって入貢した

大秦とは古代ローマの東方領、またはローマ本国を表し、そこの王という意味でローマ皇帝マルクス・アウレリウス・アントニヌスを大秦王安敦と表す

この出来事は『後漢書』にも記されている


「そう、その大秦王安敦はな……中国への入貢が目的じゃなかったのさ!このエデンこそが目的だったのだ」

グリスの嬉々とした口調の説明に優はただ黙って聞いている

身体がまだ思うように動かせないというのもあるが、グリスの話への興味もこの時正直あったからだ

「どうしてこれを我々がエデンと呼ぶかこれでわかっただろう!」

「……ああ………要するに古代ローマの皇帝やお前等は、この遺跡の“力”に聖書で記されていたエデンを当てはめたんだろう!」

「さすがだな……その答えに否定はしない。所詮は古代ローマの連中はこの遺跡を手中にすることはできなかったようだからな」

「だが俺は違う!もはやこのエデンは我が思いのまま!!これで世界を絶やすことなど造作もないことだっ!」

「てめぇー、世界中の人間を石化しようってでもいうのかよ! ……お前の絶望を埋める為にっ!!」

「………ふ…絶望か………確かにそう思われてもしょうがないな。確かに俺は国に一度は忠誠を誓った一兵士だった。だが俺が目覚めた時、このような望まぬ身体にされていたよ」

暗闇で表情はわからないがその口調は哀しみを奏でている

だが暫くの間を置いた次の瞬間に、その口調は激しさを帯びた

「わかるか、貴様に!!俺は ……俺はその瞬間から、人間ではなく人間以外のものになってしまった!!俺にだって任務が終われば待っている人間もいた!だがな、この身体になった瞬間にそれすらも奪われたのだ。もはや俺が守るべきものはどこにもなかったのさ」

「……」

言い終えるまで嬉々と話すグリスの口調にわずかな翳りが生じる

そしてその悲痛な気持ちは優本人にもわかっている。人間外のものになってしまったというその絶望を優もかつては体験したことがある

COSMOS(コスモス)という部隊に所属し、身体ではなく心を機械にされていた

だが自分は殺してしまった相手を自分の両親と重ね合わせてしまったこと、そしてなによりその後に出会った人たちが自分を殺人機械から人間へと変えてくれたことを理解している

だが同じように機械の心を植え付けられ、人間に戻ることなく死んでいった連中の顔が浮かぶ

「………」

だが優のその思案にかまわずにグリスはその口の動きを止めることはない

「……だがスプリガンよ、お前は一つ考え違いをしている」

「なんだと?」

「これは石化させるような代物ではないのさ。女嬌が石になったというのはあくまで伝説のことだ。これは人から闘争本能や、生存本能などの思考を抑える、いわば巨大な洗脳装置とでも言うべきものなのさ。……そしてこのエデンの力を思う存分に解放すれば……人間の闘争本能を奪い、赤ん坊のようにできるのさ」

「!?」

「すでにここのエデンは俺の精神とリンクし、手始めにここのまわりの国々にその力を及ぼし始めているはずさ」

「て、てめぇー……人間を赤ん坊に戻すだと!!今そんなことをしたら……」

「そうさ、その赤ん坊の面倒を見るものがいなくなれば ……後に残るのは…………」

そう、赤子は面倒を見る者がいて初めて成長をしていく

だがその面倒をみるものがいなくなれば、赤子に残されるのは………

「……………死のみ。 そしてそれこそが夏が滅びた理由よ」

「てめぇー……」

優にはグリスの心情がわかっていた

グリスには己の絶望を投げつけるものが今までなかった

だがこのエデンの“力”こそがグリスの絶望を癒すものだとの錯覚がグリスを狂気へと走らせているということも

だが、だからこそ優には怒りが湧いてくる

「てめぇーいい加減にしろよ。なんで世界中の人間がお前のその我侭に付き合って滅びなけりゃあならねぇーんだ!」

「!!」

だが優の一言にグリスは明らかに憎悪の感情をマスク越しながら露わにする

そしてゆっくりと壁に寄りかかっている優の前まで近寄り、ただ見下ろす

「………もう一度言ってみろ…」

グリスはただ静かにそう述べる。優はグリスのその様子に違和感を感じるもクッと笑うと

「へっ、何度でも言ってやるよ。 お前の我侭にこっちは付き合えないって言って……―」

だが優の言葉が言い終える前にグリスは鋭い蹴りを優に放つ

「ゴァッ……」

無防備だったためにまともにその蹴りを受け、優は痛みで目の前の景色が一瞬揺らぐ

「がはっ、がはっ ………て、てめぇ…」

優はグリスを見上げて悪態をつこうとするも、言い終える前に再びグリスの蹴りが優を襲い、再び優の視界が歪む

だがグリスはそれで優に蹴りを放つのを止めたわけではなく、その後何回も優に蹴りを入れる

それは優を殺すとかそういう目的でなく、明らかに優を痛めつけるためのものである

その証拠に頭などには蹴らずに足や腹を重点的に蹴り上げる

「き、貴様になにがわかる!! 俺は世界に全てを奪われた。俺の身体も、人生も、そして家族さえもだ!!」

動かなくなった優を見下ろし、肩で息をしながらグリスは言い放つ

「……世界は俺を拒絶した。神などはこの世に存在しない!! ……だから……だからこそ俺を拒絶した世界を滅ぼすことで俺の絶望は癒されるのだっ!!」

グリスは今までこの苦しみを、本音を語るべき相手がいなかった

異質な存在とはいえ、同じ部隊の機械化小隊の連中にも喋ったことはなかった

そのうちその自身の本音を敵である優に告げていることにグリス自身おかしさがこみ上げてくる

「フフ、貴様に俺のこの気持ちがわかるか……スプリガン!」

グリスの投げ掛けた言葉に優はゆっくりと起きあがりグリスを見据える

「ああ、わからねぇーよ。 その絶望からただ逃げてるだけのてめぇーの気持ちなんかな!世の中てめぇーだけが苦しんでるわけじゃねーんだよっ!
俺だってこの世界にたまに絶望一色で塗り潰されるような感覚を味わったことはないとはいえない………けどな、そこで諦めちまったら希望なんかねぇーんだよ、バカ野郎が!」

「……貴様っ ……貴様にそんなことを言う権利があるのか!」

グリスはギリッと唇を噛み締め、その握る拳にも力を込める

だがその憎悪の視線もすぐに緩む

「ふっ、だが貴様の言うとおりかもな……」

「!?」

「確かに希望を抱かなければ前へは進めない」

そこまで言い終えた後、グリスの優への殺気が増す

そして語尾に先ほどまでの狂った禍々しさを優は感じ取った

「このエデンで世界の終焉を迎えること、それこそが今の私の希望なのだ!! そしてもう俺は止まらない!!」

「ちっ、もう力ずくで止めるしかねーな ……悪いけどお前の暴走を止めさせてもらうぜ」

「……それでいい、あの時に俺は人間として死ねていたほうが俺は幸せだったのかもしれんな」

「ああ、そうかもしれねぇーな。だけどよこのエデンとやらで世界を滅ぼされちゃたまらねーんだよっ!俺にだってな………」

優のは自然と口調に熱がこもる

確かにグリスの哀しみ、絶望は理解できるが、だからといって優を含めた世界中の人間がグリスのそれに付き合う道理はない

さらにはもしエデンが完全に発動してしまえば…………

優の頭の中を仲間のジャンやティア、芳乃、李梨などの仲間、そして秋葉や山本、大学の友人など現在この状況を知らないでいるだろう人物達の顔が頭をよぎる

「……俺にだって守るものはあるんだよっ!」

優はよろめきながらも足を真っ直ぐに伸ばし、戦闘態勢をとる

それを闇の中で見て取ったグリスも静かに構え、

「……ならば!!もはや我々に言葉は要るまい ……俺は貴様を倒しこのエデンで世界に終焉をもたらす」

グリスの言葉を聞き終えた瞬間優は闇の中、グリスの発した声の方向に向って猛然とダッシュで駆け寄る

すでに先ほどまでのダメージからも完全ではないが回復している

優は瞬時にグリスの間合いに詰めると蹴りを一閃するがグリスはスウェーバックでかわし、退がった反動を利用して空いたボディに向って蹴りで返そうとするがそれを優は瞬時に蹴りで応戦してかえす

再び両者の間合いが開くと今度はグリスの方から拳を繰り出し、優はそれを素早い身のこなしでかわし続ける

そして暫く繰り出していた拳をフェイントとに使い優がグリスの拳に意識を集中させた瞬間にすばやく足払い優の足に食らわす

優は一瞬宙を舞うが、素早く利き腕でない左腕を地面に伸ばして素早く態勢を整え、逆にしかけたグリスの方が充分な態勢をとっておらず、その好機を逃すまいとすばやく利き腕の右腕の拳をグリスに叩き込まんと繰り出す

しかしグリスもその繰り出された優の拳をグリスは左腕でガードすると、すぐさま再び蹴りを優の足元に目掛けて放つ

だが優もその攻撃を読んでおりジャンプでかわすと側頭部にそのまま空中で蹴りを炸裂させ、グリスがよろめいたその瞬間、着地と同時に腰を捻ってその回転の勢いのまま蹴りをグリスにたたきこんだ

「ぐがぁっ」

それにはたまらずにグリスも吹っ飛ばれ、そのまま壁に激突する

オリハルコン製の壁面に叩きつけられたグリスは暫く動く様子を見せない

だが優は今の攻撃でグリスを倒したなどとは思えず、戦闘態勢を崩すことはない

優の予想通りグリスの手がピクリと動き出し、続いてグリスは「クッククク」という笑い声をあげる

その声からグリスはほとんどダメージを負っているようには思えない

「俺は嬉しいぞスプリガン!まだそれほどの力を持っていたとはな」

「ちっ、今のでもほとんどダメージを負ってるように見えないなんてちょっとショックだな。だけどてめぇー………」

「そうだよ、やっと察してたようだな。そう俺は脳の手術を受けた時にすでに多少の痛みや苦痛とは無縁になったのさ………移植された遺伝子とともにな」

グリスは首を左右に傾げ、ゴキッという音を響かせながらつぶやく

闇で姿の見えない優にはその音は予測でしかないが、すぐに別の考えが優の中で一つの結論を導き出している

「………お前の移植された遺伝子とやらも想像がついてきたぜ」

「ほほぉ〜、聞いてみたいなその意見とやらを」

そう、なぜ暗視装置も装備していないグリスがこの闇の中でそんな自由に動けるのか

優自身でさえ夜目が効くとはいえ先ほどの戦闘は長年培ってきた戦いの経験から身体が動いてくれたものだ

「……お前の能力 ……いわゆるエコロケーションってやつだろ?」

「………知って…いたか」

優の言葉の後、その沈黙を破るかのようにグリスはただ一言そう言い放った




to be continued


後書

じゅ、12話終了〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜(ドンドンドン パフパフ♪)
いや、書き上げた瞬間感無量で一人ディスプレイの前で踊っております!そうです、そんな男がこの『TraceEden』を書いているのです!(爆)まだ完結したわけでもないのにこの達成感!っつうか遺跡の力、グリスの能力の前触れを発表し終わったのでもう後は戦闘シーンのみでチャチャッと終わります!ってわけで後2話でこの連載も終了!!………後2話もあるのか………
げげ、そしてとうとうやっちまった!今回の話でこのTraceEdenは連載2周年!!書いててまさかこんなに長くなるなんて……はじめた当初は全5話で完結予定だったのに。5話目ってどんな話だよ?(ペラペラ)おおぅ!優達が遺跡に入ってインディー・ジョー○ズごっこしてたときか(笑)

ここまで長くなってしまいましたがどうぞ皆様!!!! 後2話で ……後2話で終了(予定)です!それまでどうかお付き合いください(笑)そして早く読みたい場合には感想などをメールで送ってもらえると俄然執筆速度は早くなります!(笑)感想貰ってから最短で3日で書き上げた実績もありますから(爆)っていうか感想は書き手にとっては発奮材料なのですよ(ひょほほほほ)


作成 2002年1月10日
改定 2002年5月24日


Trace Eden