第十三話「決着」





「……お前の能力 ……いわゆるエコロケーションってやつだろ?」

「………なるほど、知って…いたか」


エコロケーション―

コウモリやイルカが超音波を出しそのエコー(反響)によってものを判断する能力をエコーロケーション(反響定位)という

その音のエコーを手がかりにしてコウモリやイルカは外界の情報を得ることができるのである


「ハハハハ、正解だよスプリガン! ……そうさ、愚かな科学者どもはこの能力を機械化することに、従来の超音波装置以上のものを造り出すことに躍起になっていた。この能力も持った兵士がいれば暗視装置に頼ることなく夜間戦闘における特殊部隊が編成できるとな」

「もっともその試みは幾度も失敗に終わり、ある馬鹿者がこう提案したのさ ………エコロケーションを造り出せないのなら、持っているものと組み合わせればいい」

「そしてコウモリの遺伝子がオリハルコンを媒体に俺に移植された………」

「その日から俺に闇はなくなったよ。目を閉じるとまるで立体映像のように周囲の情報が頭の中に飛び込んでくる」

「しかも発する超音波は360度、この能力に死角はない ……そう」

「この話の最中に俺の背後に回りこんだ貴様の姿も捉えているぞ」

グリスは言い終えるとスッと身体を横にずらし、さっきまでグリスがいたところを優の蹴りが空をきる

「ちっ」

「なかなか狡猾だな。俺の話の最中に攻撃をし掛けてくるとは」

「お前のその話の最中にもエデンは発動してるんだろ?ならお前を倒してサッサと止める、それが俺のやるべきことなんだよ」

「別に責めはしないさ。我々は試合をしているわけじゃないんだからな」

「ありがとうよ ……じゃあ第二ラウンドの開始だ!」

「望む所!!」

優はこれから起るだろう決着の時を迎え緊張する。だが自然とその口元には笑みが浮かんでいた

こうして戦っている瞬間に何故か心躍るような感じがする自分はやはりどこかが壊れているのだと自覚できる

そしてそれはグリスも同じだった

グリスも機械化小隊に配属されてから人間で無くなったという絶望に浸されていたが、こうしてその絶望を告げる相手が存在する

そしてなによりも戦いに身を投じているこの緊張感にその絶望感が癒される想いがするからだ

グリスは敢えてその感覚を否定はせず、「ならばこそ」という想いが強まる

先に動いたのはグリスのほうだった

エコーによって優の居場所は察知でき、優には暗闇の中でこちらの居場所を明確にはわからないはず、それゆえでの先制攻撃へと移ったのである

「ハハハハ、いいぞスプリガン!そして見せてみろ、貴様の実力を!!」

グリスが腰から抜き放ったハンドガン、USP改を優に向って掃射する

優は咄嗟にかわすが、それでも避けきれなかった一発が左股の肉をえぐった

「ぐっ!!」

そのため一瞬バランスが崩れグリスへの注意が逸れる

その瞬間をグリスは逃さずに詰めていつのまに握りしめていたのか、ナイフを一閃させる

間一髪でかわすも、グリスは返す手で再び優を襲う

「くっ、この!」

優もまけじと抜き放ったナイフで受けとめる

交叉させたナイフ越しにグリスは嘲笑の笑みを浮かべた

「どうした、今まで我等(米軍機械化小隊)を退けてきたのはその程度か!」

「やろっ!」

優は蹴りを放つがグリスはすでに間合いを外している

この瞬間、優の頬を緊張の汗が伝う

早く倒して"エデン"を止めなければという思いに駆られ、その焦りは優の動きを曇らせる

「はぁぁーーーっ!!」

その焦りによる隙に乗じてグリスの回し蹴りが優にヒットし、優は岩盤に叩きつけられる

蹴りのダメージと叩きつけられた際の衝撃で優は一瞬意識が飛びかける

優はその意識が飛びかける前に膝に持っていたナイフを自ら突き立てた

「グッ」

歯を食いしばってその激痛に耐え、朦朧としていた意識をクリアーにさせる

「フフフ、その程度か」

その光景を見て、いや感知したグリスは優の窮地を悟りすでに己の勝利を確信していた

そしてその勝利はつまりエデンの暴走による世界の破滅、グリスの望み通りになる

「さぁ、そろそろこのラウンドも終わりにしようか、スプリガン!!」

グリスはそう言うと足音も立てずにスッと動き出し静かに優へと迫る

一方の優はというと未だ痛みに耐えているのか、それとも観念したのか静かにその目を閉じて微動だにしない

その様子、動かないことをグリスもいぶかしむ。だが後者の方、優は観念したのだと判断しさらに念を入れて優の左側面から持っていたナイフを振り上げて襲いかかる

だがその瞬間、優の身体がグリスの方へと向けられた

「なにっ!?」

それに驚いたグリスは突如襲いかかるのを止めて再び間合いを計る

偶然か、それともわかっていたのか……グリスは一瞬その判断に戸惑う

だがこの暗闇の中、暗視装置もなくては視覚は役に立たない。ならば自分のように感知するしかないはず、そして優には自分と違ってそんな能力も、それを代行する機械もないことを確認する

ならば偶然の方だと判断し、グリスは今度は念を入れて足元にあった意志つぶてを自分の向う先とは反対方向に投げる

聴覚の奪う、その石の着弾音がこの空間に響き、優の意識が一瞬そちらに逸れると、グリスはその隙をついて攻撃を仕掛け始めた

「今度こそもらった!」と心の中で叫びながらナイフを振り下ろす

「!!」

だがグリスの勝利の確信は再び裏切られた

なんと優が再びグリスの方向に身体の向きを変えてその振り下ろされたナイフを真剣白刃取りの格好で受けとめる

「何っ!?」

「いつまでも調子にのってんじゃねーーーーーっ!!」

そして腕を横に動かしてナイフの刃を折り、そのままグリスを蹴り上げる

「ゴフゥッ」という呻き声をあげ、グリスはその衝撃で一瞬宙に浮き、まさにその瞬間にグリスのエコロケーションによる感知能力をも上回るスピードでナイフを抜き放ちグリスの左腕を切断する

その腕は地面に落ちるとゴスッと鈍い音を立てて転がった。明らかに生身の腕ではなく、機械仕掛の腕だった

「くっ」

グリスはなんとか態勢を整えて優のさらなる第2撃が襲いかかる前にその間合いを外す

優はグリスの切断された左腕を持ち上げ、それが生身のものでなく造られたものであることを改めて確認する

「……なるほど、お前はこの腕から超音波を発してたってわけか……確かにエコロケーションによって脳で探知できるって言っても、その超音波を出すのはこうして機械に頼っていたってわけか」

優はグリスのエコロケーションの謎を解明し、淡々と告げる

一方のグリスは肯定もしなければ否定もせずに失われた左腕の箇所を残った右腕でかばっている

「何故だ ……何故私のいる位置を ……」

「……お前の放つ殺気を感じたんだよ」

「感じた……だと?」

「ああ、俺も大事なことを忘れ掛けてたんだよ……俺の師匠だった男はな、目に頼ることなく肌で相手の動きを、そして空気を読んで戦うっていう化物だったのさ。そして俺はその教えをわかってたはずだ……だが冷静さを失ってた俺はただ攻撃を繰り返すマシーン、昔の殺人機械(キリング・マシーン)だったころに戻っちまってたのさ」

「………」

「だけどさっきの攻撃で意識が朦朧としかけた時、血の気が引けたおかげで全てのことがクリアーに感じられたよ。それに………もうさっきのでお前の勝機はなくなったぜ。おとなしくエデンを止めて降伏しな」

「………フッ……ハハハハハハ………」

渇いた笑い声が木霊する

そして止んだ瞬間静寂が辺りを包み、優にはその瞬間が何十分、何時間にも感じられた

だが例えそう感じられる時間にも永遠などはなく、終わりは訪れる……

「笑止っ!!」

グリスはただ一言そう呟くと腰から新たなナイフを取り出すと残された右腕のみで襲いかかる

それに対し優は「バカ野郎っ!」と叫び、足元に転がっている先ほど切断されたグリスの左腕を抱え、グリスに向うのではなく横移動を始める

グリスはその行動に疑いはしたがそんなことにはかまわず優を追って自身も横移動へと移る

そして両者の動きが止まり、いや横移動が止まったと同時に互いに駆け出して雌雄を決すべく優も、そしてグリスもナイフをその手に振りかざした

「うおぉぉぉぉぉーーーーーーっ!!」

「はぁーーーーーっ!!」

両者の咆哮が響き渡り、次の瞬間二人はナイフを振りかざしながら交差する………

両者が交差した瞬間、優もグリスもまるでその瞬間がスローモーションのように、いや時が止まっているように感じられた

だがそれは錯覚であり、確かに両者はその瞬間にお互いのナイフで相手を切り裂くべく振るっていた

………交差の後両者共微動だにせず、続いて攻撃に移ろうという行動も起こさない

いや、先に動いたのはグリスだった。素早く降り返り優の方に向き直る、一方の優は片膝をその場に着け、グリスはニヤリ笑みを浮かべる

だが優に向ってその一歩を踏み出そうとした瞬間、グリスの足は前に進まず、それどころか「ゴボッ……」と血をマスクの中に吐き出しながらその場に倒れこんでしまった

グリスが倒れこんだ場所は血の海となり、さらに咳込むと同時に先程よりも赤黒い血がマスクの隙間からこぼれ落ちる

その色はグリスの髪の色よりも赤いかもしれない

「バ、バカな……」

グリスは再び起き上がろうと右腕のみで立ちあがろうと試みるも、もはや身体がいうことをきかない

いかに痛みを感じないといっても、その身体が損傷してしまってはもはやどうしようもない。脳が行動を命令しても、身体がそれを実行していない

やがてそれまで片膝を着いていた優はゆっくりと起き上がりグリスの元へ歩み寄る

未だ立ちあがろうとしていたグリスであったが、優が近くに来たのを感じると素直に負けを認めたのか闇に覆われていた空間に再び灯りが燈される

グリスは相変わらずマスクを被ったままで表情は見えないが、呼吸からもはやその呼吸さえ苦しそうに聞こえて

「な、何故だ…… 何故俺の攻撃は当たらなかった。 あの間合いなら外すことは………」

「……ああ。お前がエコロケーションでなく、その目で俺を確認してたら外すことはなかっただろうな」

優はそう言いながら足元に先ほど抱えていたグリスの左腕を落とす

自身の目で切断された左腕を捉えた時グリスは全てを悟り、静かに目を閉じた

「そ、そうか ……そういうことだったか」

「そう、俺はお前のこの腕を利用したのさ……」

グリスの悟りに優は肯定の言葉を放つ

優が使った方法とは、まだ微弱ながら作動している左腕の超音波発信によるエコロケーションの妨害と、横移動から急激に縦移動によって優の位置の予測をその一瞬で判断を難しくさせた

それは自然界にてコウモリに捕食されないために蛾などが行なう行動である

蛾が発した超音波によりコウモリのエコロケーションを狂わせるということを優も行なったわけである

それゆえにグリスの攻撃は優には当たらずに虚しく空を薙ぎ、結果それがグリスの敗因ともなった

「……さすがだな、あの一瞬でそれだけのことを考えつくとは……クッククク……だがこれで ……俺の望みも叶う」

「お前の望み!?」

優は静かにエデンを発動させた制御台に歩みより、そこに仕掛けられているプレートを外す

それによりエデンの暴走していた機能が収縮されて、先ほどまでの振動が収まり始めるのがわかる

それを確認の後優はグリスの方を降り返ると、グリスはなんとか身をよじってうつ伏せの状態から仰向けの状態に移る

胸には致命傷となる大きな袈裟斬りの傷跡が生々しく残っている

だがグリスの声には先ほどまでの狂気に取りつかれた表情は消え、まるで憑き物が落ちたかのように晴々としていた

「俺はな……ずっと死に場所を求めていたのさ……」

グリスは聞かれるでもなく自然と口が開き、語り始める

「この身体になったとき俺は言ったな……」

自身が人間でではなく、それ以外のものになってしまった、そしてそれは忠誠を誓っていたはずの国家によってであった

今まで信頼していたはずのものに裏切られ、そしてそれゆえの絶望に奪われた人生

「だが、こんな俺でも………ひとつだけ人間になれる時はある。う……うぅ」

グリスはそう言い始めると戦いの最中でも決して外さなかったマスクを外しはじめる

その時優はグリスのマスクを外した素顔を初めて見た

「グリス ……おまえ……」

「…ど……同情なら………要らんさ……」

グリスはその表情を作ることすらもはや辛いのだろうが笑いながら答えた。それはマスクを外して初めて見せる笑い顔である

そしてその時優はグリスの言いたいこと、本心がわかった

脳手術による改造で人間外になってしまったと思い込んだグリス。そして大切なものを永遠に失ってしまった失望感。グリスはもはや狂気に走るしか己を救う道はなかった

だが人間になれる瞬間が一つだけある。いやあると思い込んでいる

「わかるか、貴様に俺の気持ちが……この顔は戦争で傷ついたもの。そして……これこそ俺が……人間である………証拠だ」

グリスはもはや喋ることすら苦しいのに言わずにはいられない衝動のほうが勝るのか、それとも痛みを感じにくいためにそんなことは関係ないのか、とにかく優に語り掛ける

「ああ、死ぬ時………だろ?」

優がそう応えるとグリスはニッと口元を緩める

その瞬間、グリスは先刻優が自分に向って叫んだ言葉を思い出す


『ああ、わからねぇーよ。その絶望からただ逃げてるだけのてめぇーの気持ちなんかな!』


そしてグリスは自身に嘲笑し、「その通りだな」と誰にともなく呟き胸から錆びたロケットを取り出し中を開く

もはや目もあまりよく見えなかったが、そこに写っている写真はかつて何度も見た事のあるものなので心に残っている

「……エマ……」

グリスはそうつぶやく手にしていたロケットを地面へと落としてし、そのまま事切れた

かつて自らの国の正義を信じて忠誠を近い、その国に裏切られ、そして暴走した男の人生がここに終焉したのである

優は落としたロケットを拾い、中を見ると……そこにはカメラに向って幸せそうな笑みをしている一組の男女が写し出されていた

優はロケットを閉じてグリスの胸ポケットに戻してやり、その姿を静かに見下ろす。その死に顔には安堵に満ちた笑みが一瞬見て取れ、それを見て一言「バカ野郎」と呟きながらプレートを握り締める優の拳に一層の力がこめられた







ほどなくして見知った顔が二つ遺跡の制御室へと現れた

「あ、優ちゃん!」

「え、優!?」

芳乃と李梨が遅れながらもその姿を現したのである

「よっ、無事たっだか。 こっちはなんとか終わったぜ」

優は腕を伸ばして握り拳に親指をつきたてたガッツポーズの格好を取りながら言い放つ

だがその優自身の出で立ちはグリスとの戦闘でボロボロでとても様に立っているとは思えない

そんな虚勢を張るだけでも辛いだろうに優はそれを顔に出さない。だが芳乃はそれこそ優らしいと思ってクスリと笑い、李梨も優のそういうらしさに安堵して微笑する

「さぁ、もうこんな所はおさらばしようぜ。この遺跡にはまた暫く砂漠の地中深くで眠ってもらうとしてよ」

「え、ちょっとちょっと!このオリハルコンだらけのお宝はどうするのよ!!」

「諦めろよ……さっきもう一度地中深く潜って眠ってもらうようにしたからもう潜行の秒読み段階だ ……もっともそれでもお宝が欲しいって言うなら止めないけどな」

「じょ、冗談でしょ!」

芳乃は汗を浮かべて表情をこわばらせ、そして「命あってのお宝よ!!」と付け加える

「ならさっさとこんなところは出るとしようぜ」

そう言い出し優達は元来た道へと駆け出す

李梨も、そしてまだ未練の残る芳乃も渋々その後に続いた



to be continued


後書

13話を書き終えました!!そして優vsグリスの戦いも終了へ!
そしてついに明かされたグリスの能力、エコロケーション。解説致しますと彼が改造を受けたのは……脳へのオリハルコンチップを媒介にしたコウモリの遺伝子移植。つかりこちらは受信機の役割を果たすわけです。そしてもう一箇所の改造は両腕からエコーのための超音波を発生させる発信機。つまり機械化されているのはこの両腕だけなのです。自然界において目も見えないコウモリは自ら超音波を発し、その反響(エコー)によって外界の情報を得、さらには餌となる昆虫や蛾を捕食しています。それを夜間戦闘用の機械化小隊の1人として登場させたのがこのグリス。まぁ彼には彼なりの正義や信念のもとに戦争をやっていたという自負もあり、後には暴走してしまったわけですが…………

さてそんなわけで次回にて最終回です!!まぁエピローグなわけですから簡単な会話の場面等で終わるはずで余計な戦闘シーンは一切ございません!(予定では)まぁ最終回では"あの"人物の登場も!!


作成 2002年2月12日
改訂 2002年7月10日


Trace Eden