最終話「エピローグ」
「いいか、ここの夏(か)という国の存在は中国の考古学研究ではその存在を認めているが、未だ世界の考古学研究の間では疑問視する声が多い―」
100人以上の学生を収容できる講堂で、講師が黒板に書かれた"夏"という文字を示しながら説明している
しかしどの学生も黒板に書かれたことをノートにまとめはするが、講師の話しに耳を傾けようとするものはほとんどいない
他の講義のレポートを書いている者、ノートに落書をする者、携帯電話でメールを送る者、そしてただひたすら眠っている者がいるだけだ
彼女笹原初穂はそのどれにも当たりはしないが講義に身を入れているわけでもない
シャーペンを片手にいじりながら時折横で講義の始めから眠っている男子学生を眺める
「ったく ……久々に講義に出てきたかと思えばずっと寝てるんだから」
初穂はチラリと隣で久々に講義に出席したかと思えば相変わらず眠りこけている優に視線を移す
だがそう言いながらも、初穂はまた優が大変な任務をやり遂げてきたのだろうと思うとクスリと笑ってしまう
世界中を駆け巡るこの男が、ここではただの怠惰な学生をしているだなんて一体誰が信じるだろうか
この日も優は幸せそうな寝顔で眠りについてはいるが顔のバンドエイド、腕の包帯がそれを語っている
そう考えると初穂の表情に自然と笑みがこぼれる。だがその笑みも教壇の講師の次の言葉によって変えられた
「……中でも面白い説がある。聖書に登場してくるエデンの存在こそが"夏"であるという説だ。まぁこれは推測としての話でそれを証明するものは何一つとしてない。 あまりにも夏が伝説の王朝とされているのでそう言われるわけであり……―」
この話を聞いているものはほとんどがまるでオカルトでも聞いてるかのような怪訝な表情をし、初穂自身も俄かには信じられない
それでも講師の話はこのあとも続き、講義終了のチャイムが鳴ったのは30分も後であった
昼の学生食堂は多くの学生達で賑わいを見せ、みながその若さゆえの食欲を満たすべく運ばれてきたメニューを食べている
「あんたよく寝てたわね〜」
初穂はサンドイッチをかじりながら、向いに座ってラーメンを美味しそうに食べている優に向って言う
「おぅ!おかげで頭はスッキリだ!!」
「はぁ〜、なんでアンタみたいのが世界中が恐れる男だなんて誰が信じるのかしら」
優のふてぶてしさに初穂は思わず頭を抱え込んでしまう
「まぁここは俺にとって安らぎの場だからな。こんな所でも緊張状態やあの女に出くわすようなことがあればたまったもんじゃねーよ」
「へぇ〜〜〜」
初穂はそう言いながら優が言う"あの女"とは誰なのだろうかと考える。そしてふと優の後ろに忍び寄る人物に気がつく
もちろん優は気付いてはおらず、初穂が気付いていることも知らない
そしてその人物は人差し指を口の前に添えて初穂にウインクしながら「しぃぃーー」というポーズをする
初穂は突然の出来事にそれに反応することができなかったが、なんのアクションも取らなかったことが結果的にその人物の言うとおりにしたことになる
「お・み・な・え・くん」
その近付いてきた人物は後ろから頭をツンツン突つきながら声をかける
そしてその声を聞いた途端に美味しそうにラーメンのスープを飲んでいた優の身体が硬直する
「あ、固まった」と、初穂の声
そしてギギギとまるでスローモーションのごとくスープを飲んだままの格好で優が振り返ると、そこには染井芳乃が「やっほー」と手を挙げながら立っている
「よ……芳乃。 なんでお前がここに」
「ご挨拶ね。優ちゃんに会いに来たに決まってるじゃない」
「じゃ、御神苗。私は次の講義があるから」
2人のその様子から初穂は気を利かせたつもりで荷物をまとめて席を離れようとする
「それじゃあ、ごゆっくり〜」
「ありがとう♪」
「じゃね、御神苗」
「あ、おい!初穂!!」
優はこの場に芳乃と2人きりでいたくない、そしてどこか初穂の態度がおかしく感じられたので呼びとめようとするがその行為も虚しかった
初穂はスタスタと出口の方へ歩み去り、そのまま降り返らずに食堂を出て行く
「ったく……で、芳乃……」
呆気に取られながらもすぐに憮然とし表情で芳乃に視線を移すと、当の芳乃は一心にメニューに目を向けている
「何?あ、あたしは……う〜ん、ここのってロクなメニューがないわね」
「学食で豪華なメニューを要求するな!!」
「はいはい、優ちゃんの奢りなんだから贅沢は言わないわよ」
「ちょっ、待て! 俺は奢るなんて一っ言も」
「ありがとう優ちゃん♪」
機先を制してお礼を言われ、返す言葉を失った優はふてぶてしながらもコップの水を一息で飲み
そして先ほどまでの至福の一時を台無しにした目前の人物に対してふてぶてしいまでの表情をする
「で、何しに来たんだよ ……それもわざわざこんな所まで」
「ちょっと ……ちょっと聞きたいことがあったのよ」
目の前の抹茶パフェに目を輝かせ、スプーンで一口食べた後に芳乃は語る
「聞きたいこと?」
目の前の抹茶パフェと芳乃を交互に見比べながら優は繰り返す
「そっ!結局あのエデンって ……何だったの?」
「エデン!?」
優は一瞬天井を見上げて考え込むような顔をする。やがて考えがまとまったのか、視線を芳乃に戻しゆっくりと口を開く
「ああ、アレは一種の催眠装置だな」
「……催眠?」
「ああ…人の闘争本能なんかを抑えて、平和な世界を築きましょう ……ってわけだ」
「へ〜、なら危険はなかったんじゃないの?」
「ああ、本当にその通りならな」と優は応える。その言葉に芳乃の表情は「どういうこと?」と語る
「アレは催眠の作用が強力すぎたんだよ ……これはアーカムの技術部が導き出した回答だけど、全体をオリハルコン(精神感応金属)で覆ったことで、予想以上の出力が放射されたんだとさ。そのために本来は闘争本能を抑えるのみに作用するはずが、全ての本能を抑えてしまうってわけだ」
「なるほど、それで眠り姫をたくさん作り出してしまうってわけね」
「ああ、植物状態のごとくそのまま眠らされてしまうんだよ」
「そんな状況じゃ生物が生き残れるわけないわね。 ……そしてそれがあの夏が滅びてしまった理由?」
「まぁな。もっとも可能性の一つとして……だけどな」
「どういうこと?」
「あの遺跡は確かに"夏"のものだったかもしれない。だけどな………エデンと呼ばれた遺跡はあんな辺境とも言える砂漠にあったんであって、夏の王都にあったわけじゃない。 だから依然として夏の存在は幻のままなのさ」
「そっか……そうよね」
芳乃はテーブルにたまった水滴を指でかきまわしながら言う
優も芳乃のその指の動きを見つめるが、言葉を続ける
「……まぁあれがヤバイ代物だったていうのも確かだけどな。 被害に遭った国も、幸いには死者も出ずに怪我人程度ですんだんだしな」
「中国なんかじゃ新種のウィルスによる伝染病だとか、宇宙人の襲来だとか大騒ぎだったみたいだけどね」
「こんな結末でがっかりか!?」
「べっつに〜〜。 そういや彼女、李梨はなんだって?彼女もあんなことに巻き込まれたんだしあのあと大変だったんじゃないの?」
「ああ、こないだ電話で話したよ」
「でもまさか彼女が…ね〜………」
「………ああ、まったくだ」
2人はエデンでの出来事を思い出す
「ふ〜…暗闇から陽の出ずる場所へとやっと戻ってこれたな」
塞がれている出口の扉を開け放つと優の目前には果てしなく広がる砂漠と青空のキャンバスが映し出される
その太陽の光を全身いっぱいに浴びながら気持ち良さそうに優は言い放つ
「なにらしくないこと言ってるのよ」
「ちょっと、早く出てよ二人とも」
だがその余韻に浸る間のなくすぐさま後ろから芳乃と李梨の急かす声が聞こえてくる
せっかくの気分を壊されながらも優は渋々と2人に道を譲る
その時腰元の備えていた受信機にコールサインが入る
「お、やっと通信もできるようになったな ……もしもし」
『やっと出やがったか!遅ぇーぞ御神苗!! なにをチンタラやってたんだよ』
「その声……ジャンか?!」
『あん、俺じゃなかったら誰だって言うんだよ』
「お前重傷だって聞いてたぜ」
『バーロ、いつまでもベッドの上で横になってるなんて俺の性じゃないんだよ。それより調査員達は保護したのか?』
「いや、それが……」
優はスプリガンとして遺跡の封印には成功した。だがもう一つの任務、調査隊の保護、救出は果たせなかった
そのため述べる言葉に力がない
だがその優の沈痛な気持ちを打ち消すかのような言葉が次の瞬間ジャンの口から放たれる
『だろうな?』
「へっ!?」
『……連中なら俺がとっくに救出してんだよ。お前いつまでも連中がそこに止めとくなんて思ってたのか?』
「じゃ、じゃあ……」
『とっくに救出しておいてやったよ』
「ジャン……―」
『今度なにか奢れよ』
優が礼を述べる前にそうゆうのをジャンは嫌ったのか、いつもの口調で優に語る
「……ああ、約束するよ」
それがわかった優も口元を歪めて気さくに返事をする
『じゃぁな。さっさと後始末して帰ってこいよ』
「ああ……」
受信機を元の場所に戻した後、優は再び太陽を眩しそうに仰ぎ見る
「さ、こんなところからはさっさと帰ろうぜ」
優は先頭に立って先に出ると続いて芳乃も後に続く
だがその時ふと優の視線が芳乃の腰元にある袋に注がれる
「なんだ……これ?」
そう言いながら優は芳乃の腰元から素早くそれを抜き取ると袋の中を覗き込む
「ちょ、ちょっと優ちゃん! 乙女の収集物の中を探るなんてよくないわよ」
芳乃は慌ててそれを取り戻そうとするが、すでに時遅く優は中身を確認していた。その中身は一体いつのまに集めていたのか遺跡内にて骸の兵士達が身にまとっていた鎧の装飾品などが入っている
「お、お前……いつのまに取ってたんだこんなの?」
優は袋の中と芳乃とを交互に見やりながら呟く。さらに中を探ると他にも価値のありそうな貴金属や宝石類もその姿を見せる
それ以上詮索されてはたまらないと芳乃も袋を優の手から取り返し、
「もう勝手に見ないでよ ……あっ、もちろん私がとったんだから全部私のよ♪」
「要らねーよこんなの!!」
「どうしても欲しいって言うなら1億で手を打つわよ♪」
「だから要らねーって!!」
「まぁまぁ、そんなに遠慮しないで……」
李梨はしばらくその場に立って遺跡と優達のそんな光景を交互に見つめた後、クスッと笑う
そして今回無事に任務を終え、そして自分の希望。いや、兄との希望であった幻の中国王朝"夏"の発見に向けて今回の自分の体験はまさに前進したという達成感を得ることができた
そして李梨は優たちの後を追うべく足を進めようとする
だがその時、突如李梨の腕を掴むものがあった
「えっ!?」
突然のことになにごとかと李梨は振り返ると、そこには銃を構えた男がいた
どうやら遺跡内にてエデン奪還を目論んでいた米軍の兵士の生き残りだろうか、全身傷と汚れ、さらには返り血の姿を李梨の前に晒す
「どうした、李梨………!!」
李梨がついてこないことを不思議に思って優は振り帰った時、李梨はすでに米軍兵士によって頭に銃をつきつけられていた
「ゆ、優………」
「李梨!!」
優は素早く李梨の元に駆け寄ろうとするが、それに気付いた男は李梨の頭に付きつける
「動くなスプリガン!」
そう言い放つと男は頭につきつけた銃を持った手にますます力を込め牽制する
「俺もまさかこんな好機が巡ってくるとは思わなかったぞ ……グリスが裏切るとは思ってなかったが、貴様達が処理してくれたようだな。それだけは感謝しておこう」
優は別段感謝などされても米軍のためにやったわけではないので嬉しくはなく、むしろ迷惑に感じる
優はその兵士の階級章に目を向けると、その階級章は少佐を表している
優は知る由もないが、その男こそグリスの裏切りに遭い部隊を壊滅に追い込まれた男だった
優の背後で黙っていた芳乃は、相手が李梨と優に気を取られている間に自分がなんとかしようと脇に挿し込んであるハンドガンに手を伸ばす
「そこの女も動くな!!」
だが少佐は目ざとくも芳乃にも注意を払っており、すかさず牽制する。そのため芳乃は伸ばしていた手を戻して再びチャンスが訪れるのを待つしかなかった
「さぁスプリガン ………貴様が遺跡内で入手したプレートを渡してもらおう。 私の任務は元々この遺跡のキィーとなるそのプレートを奪取することなのだからな」
「ちっ」
優は舌打ちすると黙って胸ポケットからプレートを取り出す
「こいつと李梨を交換しろ」
「……その手には乗らん。この女は私が安全に米軍基地へ戻るまでの大切な人質なのだからな」
「て、てめぇー」
「おっと、動くなよ。 動けばその瞬間にこの女の頭はなくなるぞ」
少佐は己の有利な状況に、しかも相手があのスプリガンが相手というにも関わらずに自分に有利な状況に酔っていた
いけすかないグリスによって部隊は全滅に追いやられたが、遺跡をアメリカにもたらすことに成功すれば任務は成功となる
しかし少佐はこの時ミスを犯していた
少佐は李梨と優、そして芳乃の3人に警戒をしていたのではない
少佐が警戒していたのはスプリガンである優、そして武装している芳乃に対してだけであった。
李梨に対しては人質にした瞬間に警戒を解いていたのである
そしてこの少佐の態度は、ここまで鬱憤の溜まっていた李梨の怒りを頂点に達しさせていた
「……いい加減にして」
李梨は静かに、そして重く言い放つ
「あぁーー?人質は黙っておとなしくしていろ!これからしばらくお前には人質になってもらうんだか………―」
男が全てを言い終える前に李梨はすでに行動を起こしていた
「なっ!?」
李梨の左腕がスッと動いたと思った瞬間、その左肘が男の腹部にめり込む
その動きは優と芳乃から見ても素早く、しかも無駄のない修練の積んだものの動きであり、かつ驚かせるに充分なものだった
「ゴフッ ………き、貴様……」
少佐のほうはそんなことには気付かず、ただ不意を付かれたとしか思わなかった。そのためその怒りの矛先を己の銃に求め素早くその銃口を李梨に向ける
だが少佐が向けた先にはすでに李梨は見当たらず、彼方まで続く砂漠が一望できるのみであった
「なっ!?」
その叫び声が上がった時、いきなり李梨の姿が眼前に現れた
いや、正確には李梨の放った回し蹴りが視界に飛びこんでくる
「蛤ぁぁぁーーーーーっ!!」
その強烈な蹴りが少佐の側頭部に炸裂し、男は回転しながら勢いよく壁面に叩きつけられそのままズルズルと崩れ落ちてゆく
「ったく」
手をパンパンと叩きながら李梨は男を見下ろす
その思いがけない光景を見て、芳乃と優は「アハハハ」と渇き笑いを浮かべるしかできなかった
「……」
優はその光景を思い出すだけで頭が痛くなってきた。確かに遺跡内部での銃撃戦の時咄嗟の行動がすばやかったのは覚えているが、あのような格闘技術を会得しているとは思わなかったのだ
「で、彼女って何者だったの?」
「ああ、帰ってから調べてみたんだけどな。 李梨の銃器に関するデータは確かに連絡員とかと部員と同程度のレベルなんだけどな……こと格闘に関しては俺達スプリガンに匹敵するほどってことだ」
「うぞっ!!」
「ああ、俺も驚いたけどな。まぁ本人は今までその腕を振るう場もなかったために気付かなかったってわけだ」
「へ、へぇ〜〜〜〜」
「でも優ちゃん……彼女と空港で最後なにかしてたわよね」
「バ、バカやろっ」
優は空港で李梨と交わした言葉、そしてあの行動を言いながらも思い出してしまう
そのため途端に表情が真っ赤になる、そのことからなにかがあったことを如実に語り出している
「あ〜、怪しいわね、白状しなさいよ!!」
やきもちか、それとも単なる好奇心か。芳乃は詳細を付きとめようと優に迫る
もちろん優も正直に話すつもりなどないのでひたすらにかわし続けるしかなく、結局吐き出した言葉が、
「な、なんにもねぇーんだよ!! っていうかもう話したんだから帰れよ!」
であった。その言葉にさすがの芳乃も聞くのがバカらしくも感じられるが、"からかえる"という思考が"バカらしい"という思考を抑えて先に出る
2人の言い合いなど騒がしい学生食堂の中の喧騒にで掻き消され、窓の外は見渡す限りの青空で覆い尽くされている
その空の下、多くの人々が日々の生活を送り、その生活の中で怒り、泣き、そして笑う……皆そんな小さな幸せの中で暮らしている
その空に授業開始を告げるチャイムが鳴り響き、学生食堂を慌てて出てゆく学生の姿が溢れる
そう、今日も世界はこんなに平和であった。まるで聖書に記される『エデン』の楽園のように…
This mission has accomplished .
But as long as powerful ancient artifacts
exist in the world ,
their mission will never end .
Therefore ..........they are called , "Spriggan"
!!
...fin
written by Parasite
作成 2002年2月19日
改訂 2002年7月14日