-鬼宿-

Volume.01






「ったく、こんな早朝から……」


その男はブツブツと不平を漏らしながら木々に囲まれた公園内に歩いている

男の職業は警察官。それも所轄署の刑事である。

それがどうしてこのような場所を歩いているのかといえばそれは職務だとこたえるしかない

今朝早く公園内で血まみれになって倒れている男がいるという報が入ったのでこうして早朝早々に現場検証のためにやってきたわけである

現場近くまで来るとすでに現場に到着している制服警官が現場保存のために早朝にもかかわらずすでに群がっている野次馬を近づけないようテープで囲いを作り、それでも身を乗り出して見ようとする野次馬連中を見張っている

男はその野次馬連中をかき分けて現場に近寄り、寄ってきた警官に対して懐から警察手帳を取り出す

警官はそれを確認すると「ご苦労様です」と敬礼し、テープをくぐって入る刑事を現場に先導する

刑事はポケットから手袋を取り出すと素早くそれを身につけ警官に現在までの状況を尋ねる


「はっ……それが……」


警官ははっきりとは刑事に向っては言わない。だが刑事はそれだけで見当がついたのかヤレヤレと頭を掻き出す


「……またか?」


刑事のその一言に警官は「はい」とただ一言返事する


「ま〜ったく……どうなってやがんだ。もうこれで今月に入ってから5件目だぞ、5軒目! それもうちの管轄だけでだ ………で、仏さんは?」

「はい。 とにかく見ていただければ……」

「………」


現場ではすでに到着している刑事の何人かが他にもいる制服警官となにか話し、そして指示を与えている

そして新たに刑事が来た事を眼の端に捉えるとペコリと型どおりの挨拶をしすぐにまた話の続きに戻った

刑事の男はさっそく被害者に脇に立つ。そしてしゃがみこんで被せてあるシートをそっとめくると目に映った光景に何故か背中にゾクッと悪寒が走った

もう同じような遺体をここ最近だけで何回も見ているが、何度見ても正視できるようなものには感じられない


「こりゃー ………何度見ても気分のいいもんじゃねーな」


刑事はその遺体を眺めながら一言つぶやく。刑事にそう言わしめたその遺体は、頭部に激しい裂傷の跡が残っている

鋭利な刃物か何かを頭部に突き立て、さらに掻き回しているような痕跡だ

だがこれだけならただの猟奇殺人、つまり殺人事件だと思うのだが奇怪なのはこの被害者の手に持っているものだ

被害者の手には鋭利な刃物がしっかりと握られており血痕も附着している

この状況から察するに自分で自らの頭にその持っていた刃物を突き立て、掻きまわした。つまり他殺ではなく自殺に類している

だが刑事が不思議に思うのは自殺ならもっと苦しまずに済む方法もあるだろうに何故このような死に方を選んだかだ

その遺体はまるで…… まるで頭の中の何かを取り出さんかとするかのごとくの痛々しさが伝わってくる

その惨状を見た新米刑事は口に手を当て現場を離れてゆく

その新米刑事の背中を目で追いながら刑事は再び頭を掻き出す


「ったく ……なんなんだこの事件は!!」


刑事はただそう漏らすしかできなかった










-神奈川県 横須賀-


街並みを外れ、海と自衛隊の基地を一望できる場所がある

そこの坂道の中腹を一台の車が上ってている

その車の車種は黒のベンツで、窓も加工されていて中が見えないようになっている

その車の目指す場所はすぐにわかる

なぜならその坂道を上った所には一軒のビルしか建っていないのだから

そして程なくしてベンツがそのビルの敷地内へと至り、門の前で停車する

すると守衛と思わしき者が現われて車へと近寄る

だがこの守衛、普通の守衛と明らかに違うところがあった

それは、傍らにはSD4(自動小銃)を装備していたのである。そのためその施設の物々しさが感じられる

そして車の運転席の窓が開かれ、中から身分証明書をその守衛に提示すると、守衛の男は直立不動で敬礼をすると、黒のベンツはそのまま敷地内へと入っていった

ベンツが入っていった後の門には『JCIA』とだけ書かれていた




ビルの中には様々な施設が存在する……

まずは事務を行なうための部屋はもちろん、食堂に始まり、資料室、空調管理室、情報管理室、医務室、守衛室、……

だが普通のオフィスビルのように入口を潜ると笑顔の受付嬢が待ち構えている、といったものはいっさいなかった

そしてなによりも特殊なのは射撃場、銃保管庫、そしてトレーニングルームといったものまであった

まるで軍関係の施設さながらである

当然そこは無人のはずもなく、まわりのトレーニング機器では多くの男たちがそこで汗を流している……はずであった

その男たちはトレーニングの手を休めて皆中央に備えつけられたリングにその視線は注がれていた

その注目集めるリング上では一組がスパーリングで汗を流している

いや、というよりも片方が一方的な攻撃のラッシュのもとに圧倒しているのであった

やられている方は身長、体格からも決して弱そうには見られず、ときおり反撃として放つ蹴りの空を切るときの音は言葉では表せないほどであった

だがもう片方は対照的に背もそんなに高くはなく、体格も細すぎるぐらいであった

だがそんな身長・体格に似あわず俊敏なフットワークでそれらをかわし、その攻撃によって生じた隙の瞬間にそこに効率良く攻撃を放つ

それらの攻撃は細身が繰り出しているとは思えないほど見た目にも重い一撃で、ガードしているだけでもダメージが蓄積しているのだと男の表情からわかる

そして頃合を見計らった頃、左上段の蹴りを側頭部に目がけて放つ

男もそれに対応すべくすかさず腕を差し出してガードに移る

だがインパクトの瞬間、相手は軽くジャンプして蹴りを放った左足をガードの手に絡ませるとそのまま身体を捻る

その捻りによって男は堪えられずにリングの上に叩きつけられ、その時の衝撃で背中をしたたかにうちつけられ、「しまった」と思った瞬間には相手の手刀が己の眼前にまで迫っていた


「ジ・エンド」


相手はそう告げ、ニコッと笑った瞬間に終わりを告げるブザーの音が室内に響いた

そして両者ともに立ち上がり、やられた相手の方はヘッドギアを脱いでポリポリと後頭部をかきながら、その小柄な勝者に対する照れを隠す

別に恥じている行為からではない、素直にその相手の強さに敬意を表しているのだ


「ちっ…今日こそは一泡吹かせてやろうと思ったんだがな」


と、言葉でさらにその敬意を補足する


「どうだい、今後の手合わせは………?」


だが男が言いかけた時、その声はトレーニングルームの入口方面から聞こえてきた拍手の音によって遮断された


「沖村(オキムラ)さん!!」


リングの上にいた小柄な勝者はその拍手の主をその視界に納めるとすぐさまヘッドギアを脱ぎ去る。するとそのヘッドギアの下からスルリと肩までかかる髪の毛が現れる

その小柄な勝者とは女性、しかもまだ16、7といった笑顔の似合う年齢の少女であった


「また腕を上げたようだね……摩奈瀬(マナセ)くん」


沖村と呼ばれた男も口元を軽く緩めて少女の成長振りに敬意を表す。その口振りから少女のことをよく知っていることがわかる


「そうですか?」

「ああ、まさかこんな短期間でこうも効果をあげるとは正直予想していなかった」

「おかげさまで。これで…  ………これでもういつでも出動できますよ!!」


その時の彼女の目つきは少女のそれではなく、鋭利な刃物をおもわせるような目つきであった

普通の神経のものであればその目で見つめられれば、まさに蛇に睨まれた蛙になるであろう

だが沖村は動じる気配すらなく、「フッ」と流すように一息苦笑すると、懐から一通の紙を出す


「そうだろうとおもってすでに手配はしてある…」

「ホントですか!?」


沖村のその一言に摩奈瀬の目は輝きだし、すぐにもリングを飛びおりんばかりの勢いでリングサイドの張られているロープに駆け寄る


「だが、以前にもいったとおりこの任務では…」

「全て私の判断と責任のもと。 それをもって任務にあたる…でしょ?」


沖村が全てを言う前に摩奈瀬が沖村の前に人差し指を差し出してその言おうとしていたことを言い放つ

沖村も摩奈瀬に言う必要なしとわかると再び「フッ」と苦笑する


「ではさっそく仕事に就いてもらう……ヤツラの一人が潜伏していると思われる場所が判明した」

「どこ?」

「……京都だ」

「京都…そこにヤツラが……!!」


摩奈瀬のロープを握っている手の力が徐々に強まる


「……ひとつ言っておく。まぁ君には無用の忠告だろうが、怒りのあまり冷静さを失わないように。 君のその力には我々も少なからず期待しているのでね」

「………はい」


沖村の冷淡とも思える一言、だが摩奈瀬は意にも介さないといった風を装って返事する

いや、摩奈瀬には今別の感情がフツフツと湧きあがってきているのでそんなことは眼中にはなかった

そしてその感情こそが彼女、摩奈瀬を支えているものでもあったのだ

その感情すなわち、“復讐”である







-京都-


「ふ〜…ここが今回の舞台ね…」


摩奈瀬は今回の任務の舞台である京都へと到着していた

ここで摩奈瀬は連絡員と接触の後に任務にあたるわけだ


「さって、待ち合わせの壬生寺とやらに行きますか…」


壬生寺とはかつて幕末の時代に名を馳せた幕府方、会津藩直属の京都の治安維持部隊『新撰組』の屯所である

ここで新撰組の隊士は剣の稽古に勤しみ、また有名な沖田総氏が近所の子供達と遊んでいたというエピソードもある

現在では新撰組局長近藤勇の墓もあることから、多くの新撰組ファンがここを訪れている


摩奈瀬はそこの境内に腰掛けて連絡をくれるはずのJCIAの諜報員の到着を待っている

だがすでに待ち合わせ時間から1時間近くが経過していが、連絡員は一向に現われない

摩奈瀬は連絡員がなかなか現れないことに焦燥感を感じ始めていた

なにかトラブルが!?と……


「……クリムゾン(真紅)か?」


だがその考えをよそに、いつのまにか背後から摩奈瀬に声をかけてくる男がいた


「ええ…そうよ」


だが心中の動揺は見せずに摩奈瀬も返事する

そしてすぐにこの相手が何者であるのかを考え出す

その間、わずか数秒の間に冷静さを取り戻し、次に備える行動力は訓練の賜物であった


「クリムゾン、お前本当に今回の任務のために訓練を受けた者か!?」

「ええ、不満かしら?」

「……なるほど」

「あら、試さないの?」

「……遠慮しておこう、俺はあくまで調査が担当で戦闘は専門外でな」


男の口調は、簡単に後をとらせた摩奈瀬の実力を疑ったものだが、それが摩奈瀬の言動に納得する

つまり、男は背後を取り、いつでも摩奈瀬を倒す、あまつさえ殺すことが可能で言い放ったのに対し、摩奈瀬はそれはまだ自分にとっては致命傷の間合いではないのだということをその言動に含ませていた

試しに銃を持っていて、それを抜き放ったとしても摩奈瀬は狙いを定める間に男に地面と熱いキスを交わせる事が可能であった

だからこそ男も納得して摩奈瀬に対する猜疑心を解いて自分の任務に徹することにしたわけである

もちろん戦闘が専門外などという言葉は嘘である


「で、本当にヤツラはここにいるの?」

「ああ、調査によって高い確率でここに潜伏していることは分かっている」

「何故!?」

「最近この街で自殺者が激増している」

「自殺者?」

「…それも全国平均の3倍以上という数字を表している」

「……でもそれだけで?」

「そう、確かにそれだけなら単なる偶然と言うことも考えられる。だがその自殺者はみな自分の頭部を掻き毟るかのように頭部に刃物や鋭利なものを突き立てて自殺している。そしてもっとも興味深いのは、この事件が激増した時期が例の件から2週間ほど経ってからということだ ………つまり裏ではヤツラが動いていることが当然予測される」


例の件とは摩奈瀬の追う者達が動き始めた時期を指しており、摩奈瀬もそれを了承している

沈黙を了承と受取った男はそのまま話を続けるべく口を開く


「もっともなにが目的なのかまではわかっていない」

「………その場所、時間帯は?」

「深夜2時から3時にかけて……場所は清水寺だ。何故かその場所を中心に激増している。もっとも表向きには知られていないがな」

「わかった……後は私がその連中を捕捉して任務を達成するだけね」

「そう…クリムゾン、お前の任務はそのためにある。そしてその結果がこの国の行く末をも分かつのだ」


クリムゾン(crimson)、その意味は真紅・深紅

今回から始まる任務のために摩奈瀬に与えられたコードネームである

与えられた本人である摩奈瀬にとってもそのコードネームは気に入っている

何故なら彼女はリベンジャー(復讐者)であることを自覚し、任務達成の暁には大量の血を流すであろう事は必定だからである

そしてその流血にたいし、摩奈瀬には迷いはなかい。なにしろその許し難きヤツラを自らの手で裁けるのだから


「了解」


摩奈瀬はそう言うと、男とは視線を合わせることもなくそのままかつて新撰組の屯所後である壬生寺を後にした

(つづく)

作成 2001年8月4日
改訂 2002年5月14日


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