-鬼宿-

Volume.02






陽の光も射し込んでこない一室

その部屋の中には中央にベッド、そしてそこに寝ている一人の少女がいる

ベッドの周りには数々の医療機器が備えられており、数々のチューブがそのベッドで寝ている少女にはめこまれている

そしてその機器の機能がその役目を終えようとしていた

中央のベットに横たわっている少女がその目を薄っすらと開き始めたのである


「………」

「………」


だがそこは自分の知っている天井、そして雰囲気ではなかった


「……ここ…は…………?」

「…目が覚めたか」

「!?」


自分の今現在の状況がわからず戸惑うしかできなかったが、そんな戸惑いの最中に不意に男の声が耳に入る


「痛ッ」

「無理をしないほうがいい…君は1ヶ月も眠っていたんだ……そんな身体で急に動こうとしても身体を痛めるだけだ」

「……」

「今話しやすいようにベッドの位置をあげよう…いいね」


少女は返事の変わりにコクリとだけただ頷く

その返事を見て男はベッドの傍らのスイッチを押す。すると電動モーターの音が聞こえたかと思うとグググッと少女の身体が持ち上げられていく

そしてベッドが持ち上げられたことで彼女は幾分か楽な体勢で傍らの男を見ることができた


「まず…なにから聞きたいかね?」

「……あなたは?それにここはどこ!?」

「失礼、そういえばまだ名乗っていなかったね。 ……私の名前は沖村……沖村靖男、政府の人間だ。そしてここは政府直轄の特別病棟だ」

「……」

「手短に話せば君は今から1ヶ月前……事故に遭った……」

「…事故?」


沖村と名乗る男の口から伝えられたことに少女は一瞬戸惑う

何故ならなぜ自分がこんなところにいるのかさえわからずに戸惑っているのに、いきなり事故に遭ったなどと言われてもそれを信じることができなかった

それも1ヶ月もここで眠っていただなんということを…


「公式発表ではね……だがそれは明らかなテロだった …………少しは思い出したかな?」


少女はそうは言われてもまだはっきりとは思い出せない

いや、目の前の男の口から聞かされた事実を受け入れようとすると漠然とだがあるイメージが頭の中に浮かび上がってくる

そのイメージを表す言葉は『哀しみ』であった

そして少女の消えかけていた、いや、忘れ掛けていた記憶が徐々に蘇ってくる

その証拠に彼女の視線は自分にかかっている布団一点に向けられb沖村のほうを向こうとしない。それどころか少し震えてさえいる


「そうだ 私は父さんが事故に遭ったって…。それで……」

「そう君の家は爆発、そして炎上した……公式発表ではガス栓の老朽化による爆発事故として処理されている。その中で君が助かったのはまさに奇跡だった」


少女は自分に生あることにとまどいを感じるとともに、男の口から淡々と話される言葉に自分自身恐ろしさを感じ自分で自分を抱きしめる

だがその恐ろしさを感じると同時にまだ聞いていない事実もあった。それは父親の安否である


「私のお父さん…は……!?」

「……亡くなられた」

「え………?」


父の生存、その唯一の希望を男の口から発せられることに託したが、その期待はあっけなく裏切られた


「丁度君が事故の遭った時刻……君の父親だけじゃない…母親、それに妹もみなテロで亡くなられた」

「……嘘」

「本当だ……」

「……嘘でしょ?」

「本当だ」


沖村は少女の問いに再び同じ応えを繰り返す

その言葉を聞いた瞬間、少女は自身を抱きしめる腕に自然と力がこもる


「だってうちのお父さんは薬学の権威みたいだけど、普通のお父さんで……お母さんだってどこにだっている普通の主婦よ」


少女の脳裏に優しく微笑む父親と母親の姿がプレイバックされる

居間で新聞を広げながら朝食を摂る父親と、台所からそれを注意する母親

そして乱れた髪で、慌てて制服を着ながら居間に現われて来る妹

普段の、平凡であるが幸せを感じていた時の光景が少女の脳裏に流れたのだ


「妹だってまだ中学にあがったばっかりで、堅苦しそうに制服を着て学校に通っているような子なのよ!!それがなんで殺されなくちゃならないの!!」

「だが……事実だ」

「だって、なんで? ねー、なんでよ!!」

「しばらく席を外そう……」


沖村はただそう言い残すと、少女を病室に残して去って行った

少女はまだ現実を受け止めることができない

そのため震えながら自身の掌を眺める

掌は今まで気付かなかったが、いつのまにか汗でべっとりであった

だが少女には一瞬その掌の汗が、真っ赤な血の色に見えた


「……い、いやぁぁぁーーーーーっっ!!」


少女はそう叫ぶと慌てて布団や服で必死にその汗(血)を拭おうと必死になる

そして彼女は自身がここ、病室に来るようになったわけを思い出した……

そう、1ヶ月前彼女が通う学校に父親の事故の報が届けられたときのことである




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「お母さん!!」


少女は勢いよく玄関を開け、靴を脱ぐのももどかしいほどに急いで靴を脱ぎ捨てて家に入る


「ねぇ、お母さん!お父さんの研究所が火事になったって本当なの!?」


少女はすぐさま母親がいるだろうと思っていた台所へと入るがそこに母親の姿はない

普段なら自分の帰りを笑顔で「お帰り」と言ってくれる母親の姿がそこにはなかったのだ

少女は続いて庭にでもいるのかと確かめるがやはりそこにもいない


「ねぇーお母さん!どこにいるの!?」


少女は必死に母親の所在を求める

こんな時に買物にでも行ったのだろうかという考えも浮かぶ。だが父親の重大事にのんびりと買物になど行っているはずもないとすぐにその考えを打ち消す

ならば父親の勤務先の研究所にすでに行っているのだろうかと考える

その可能性が一番高く感じられ、そう考えるや少女はすぐさま親達の寝室へ向う

そこに父親の研究所の所在地が明記されているだろうからだ

そして自分もすぐに現場に向おうと思い至った

だが、寝室に入るや少女はなにかに滑ってその場に尻餅をついてしまった


「痛ったぁーー……」


少女は床に手をついて、その手で頭をさする

だがこの時なにか液体のようなものがゆっくりと頭から顔に流れ落ちてきた

何だろうと少女は自身の掌に視線を移した時、言葉を失った

そこには真っ赤な鮮血が掌一杯に付いていたのである


「な、なにこれ!?」


少女は慌てて周りを見渡すとそこら一帯の床は初めからこうだったのじゃないかと思わせられるほどすでに血の海と化している。そしてその血はベッドの向こう側、少女の位置からは死角になっている場所であった

少女の脳裏に嫌な予感が伝わってくるが、それを確かめずにはいられない

ゴクリと喉の奥で音が鳴り恐る恐るベッドの向こう側が見える位置へと移動する


「!!?」


その時少女はしばらく自分の目に映っている光景が理解できなかった

そこには少女の母親と……そして妹が折り重なるように横たわっていた

そして、この寝室に広がっている血は今も母親と妹から流れ出ていた


「お…お母さん? ねぇ、なにやってるの2人して ……ねぇこんなときに悪い冗談は止めてよ!!」


少女は目の前に映る光景を理解することができずただ2人が冗談でやっているとしか思えなかった。いやそう思いたかった

だが当然2人は依然折り重なったままで少女の問いに返事を発さない

そしてようやく理解した時、少女はこれが悪い夢であって欲しいと願いながら絶叫する

この時少女は自分が何と叫んでいるのかわからなかった。ただ受け入れ難い現実に対して叫んでいるということがわかるだけだった

その時なにか鈍い音が耳に入り、熱いものが迫ってたと思った瞬間、そこからの記憶が少女にはなかった


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少女は自分が今どうしてここにいるのかわかった

政府の人間だという沖村の話から、自分が記憶を失う前に聞こえた音と感じた熱は爆発によるものだと理解できる

そして自分はどうしてだかはわからないが奇跡的に一命を取り止めてこうして今までここで眠っていたのだと


「落ちついたかね?」


いつのまに入っていたのか、そこにはすでに沖村が立っていて、語りかけて来る

だが少女にはもう様々なことが思い出されたためにそんなに驚くこともなかった

だからただ一言「ええ……」とだけ応える


「それはよかった……さて、なにから話そう…」


少女の気持ちには関係なく、沖村は語り出す

その表情は相変わらず無表情で、まるで機械のようでさえあった


「家族と……家族に会わせてください」


少女は開口一番そう要求した

例え死んでるとしても家族ともう一度会いたい

それがこの時の少女の唯一の願いであった


「……君のご家族の遺体はまだここの地下に火葬せずに安置している」


沖村はただそう応える


「……会わせて!!」

「いいのか?あらかじめ言っておくがご家族の遺体は普通じゃない…」

「それでも会わせて…」

「いいだろう…」


暫くの沈黙の後に沖村はただそう告げる






遺体安置室……

火葬まで遺体をここに安置しておく場所である

その中は遺体が腐らないように低温状態で維持され、肌寒ささえ感じられる

少女はあらかじめ上着を羽織っており、ある程度は我慢できたがそれでも寒かった

だけど家族と会う、その一念が彼女を動かしていた

そして奥から2つの柩が運ばれてくる


「この中に君の母親と妹が眠っている……」


男は少女に道を開けると手で2つの柩を示す

少女は2つしかないことに疑問を抱き視線を柩から男のほうへ移す

男は少女が何をいいたいのかわかっていたのでコクリと頷くき口を開く


「父親のほうは残念ながら研究所で亡くなられたほかの遺体と区別ができなかったためにすでにまとめて埋葬されている。後でこちらのほうで形だけでも墓はご家族の分と一緒に用意させてもらう」


沖村は少女に形式上の口述で淡々と説明する

少女もこれ以上の説明は必要ではなかったのでコクリとただ頷く

そしてゆっくりと身体を引きずるようにして一歩一歩2つの遺体が安置されている柩に向う

そして静かにまずは母親の遺体と対面した


「………母さん」


その母親の顔は死化粧を施されてはいたが、穏やかな表情で眠っていた

まるで今にも目を覚まして「おはよう」と言ってくれそうなそんな表情だ

だがその眠りからは二度と目覚めないのだということを少女は理解する

暫く眺めた後に今度は妹の遺体と対面する。母親と同じように安らかな表情で眠っているのだろう妹に……


「ウッ…」


だが、妹と対面した瞬間少女はその場にうずくまって吐き気を催した


「……言い忘れていたが君の妹さんのほうは ……母親のほうと違って爆発による遺体の損傷が激しかった……」


沖村はただそれだけ告げて少女の元に近寄って起き上がるのを助けようと肩に手を伸ばした


「触らないで!!」


だが少女は手で沖村のその助けを拒絶し、自分で立ちあがろうと近くの壁に捕まりながらゆっくりと立ちあがる

立ちあがる、ただそれだけに3分近くかかった後、ゆっくりと少女は再び妹の柩に近寄る

そして柩の中を食い入るように眺め始めた

その姿を忘れないようにするため、脳裏に焼きつけるため、少女は危機迫るような表情で妹の遺体をジッと見つめる

そして少女の目に込められた色は、哀しみから愛すべき家族をこのような無残な姿にさせた者への憎悪の色へとかわってゆく

沖村はその光景を冷静に見守ることしかできなかった


「……てやる…」

「!?」


少女がなにかをつぶやいたのが聞こえた。だが聞こえたのは語尾のほうだけで最初のほうは聞こえなかった

だがその疑問も再び少女の口から同じ言葉が発せられたために納得することができた


「……殺してやる…!!」


そして少女は目から溢れんばかりの涙を流しながら力強く言い放つ

沖村はその様子を静かに見守る


「……私の家族をこんな目にあわせたヤツを私は絶対に許さない……私のこの手で…家族の仇を…」


少女のその言葉には確固たる決意も表れていた

それを確認した沖村は静かに口を開く


「家族の仇を討ちたいのかね?」


沖村のその言葉に、殺意の視線をこめたまま少女は沖村を見据え、そしてただコクリと頷く

沖村も少女のその意志を確認し、あらかじめ決められていた言葉を発す


「ではその手段と舞台は我々日本政府の機関、JCIAが提供しよう」


沖村の言葉に、少女は一瞬驚いた表情を見せる

だが、少女には復讐が、復讐がかなう力を得られるのなら、この沖村の組織JCIAが例え悪魔の組織であろうともその身を投じようと決意した




(つづく)

作成 2001年9月2日
改訂 2002年5月10日


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