-鬼宿-
Volume.04
「本当に近頃の子はぁーーー!!」
突如警棒を振り上げそのまま摩奈瀬の頭めがけて振り下ろす女警備員
「ちっ!!」
摩奈瀬はいきなりのことに反応が遅れとっさに左腕を頭の前に出して振り下ろされた警棒を受け止める
警棒と腕が触れ合ったとき鈍い金属音が鳴り響き、摩奈瀬と女警備員はお互いに間合いを計る
だが両者の表情は明らかに違っている
女警備員の方は驚愕の表情を浮かべているが、摩奈瀬はニヤッと余裕の表情を浮かべる
女警備員は確かに摩奈瀬の不意をついて、棒を摩奈瀬の腕へと振り下ろした。だが摩奈瀬には苦痛の表情はなく、そして食らわせたときの感触もどこか違っていた
摩奈瀬はその応えを教えるべく腕をまくって、その腕にあるものを見せポンポンッと叩く
摩奈瀬の腕には厚さ5mmほどの鉄板が備えられており、それが警棒の一撃を防いだいた
だが、だからといって痛みがないわけではない
不意を疲れたことと、その衝撃で多少の痛みはあるが、それは精神力で耐えることはできる。なにより苦痛の表情を浮かべることは相手に有利となる
だがこうしてなんともないといった表情をすることで相手には焦燥感を与え、こちらの有利な状況を作り出そうとする。このような技術や心理戦もJCAIでの過酷な訓練の賜物である
そして摩奈瀬はゆっくりとまた鉄板を服で覆い隠し、構えを解いて相手と対峙する
「……あなた何者?」
「………」
摩奈瀬は問い掛けるが、相手は何も応えない
それどころか再び焦点の定まっていない目つきをする。まるで心ここにあらずといった感だ
以前の摩奈瀬であればその視線になにかしらの恐怖を感じ、自分で自分をきつく抱きしめて恐怖をかみ殺していたかもしれない
だが今は恐怖よりも警戒心、なによりなにが目の前の女警備員をこのような状況にさせているのか、その理由を推測することに集中している
「……最近この京都で自殺者が増えている……それもここ清水寺に何か要因があって ……あなたなにか知ってるんじゃないの?」
「………」
摩奈瀬はカマをかけてみるが、予想通り相手は一向に一言も語らない
だがその返事の代わりか、再び警棒を構えて摩奈瀬に対する
「……聞きたければ力づくで聞けってことね ……上等!!」
摩奈瀬も相手の挑発に乗り、戦闘態勢をとる
いかに相手が警備員として多少の武術の心得があっても、JCAIで学んできた摩奈瀬にとっては素人も同然
現に先ほどの不意打ちの時も摩奈瀬には不意をつかれたとはいえ相手の力量を測り得ることができた
摩奈瀬は戦闘態勢をとりつつ、左手の指人差し指から小指、4本の指を上に向って立てて揃え、そしてクイクイと動かして逆に挑発で還す
それを機に相手も再び警棒を振り上げ摩奈瀬に襲いかかるが、第一撃は虚しく空を切り、そして次々と警棒を振りかざして襲いかかっても同じことの繰り返しであった
その後も何度か警棒での攻撃を繰り返すが、素早い摩奈瀬の動きに空を切るばかりで次第に相手は肩で息を繰り返すようになる
その一瞬に摩奈瀬はバッと間合いを詰め、そして相手の顔を見つめながら微笑し、
「悪いけど眠ってもらうわよ!!」
そう言うと摩奈瀬は両掌を顔の前で合わせ、そのままがら空きの相手の鳩尾に向って突き出す
摩奈瀬の放った一撃は表面的にはたいした効果はないように見えたが、相手の次に見せる表情からその考えは打ち消される
「ガッ!」
相手はそう叫んで打たれた箇所を抑えながらその場に膝をつく
摩奈瀬が放った一撃は確かに外傷を与えるなどの効果はないが、衝撃によって相手の体内にダメージを与える一撃で、相手の戦意を奪うには効果的な一撃である
その証拠にこうして相手は動くことができずに苦悶の表情を浮かべている
だが摩奈瀬はその相手の様子を下目に見ながら髪をかきあげ笑顔で言い放つ、
「ごめんなさいね。私も女の人相手にあんまり手荒なことはしたくなかったんだけどね」
そして摩奈瀬は相手の髪の毛をグッと掴んで無理矢理顔をつき合わせる
相手の視線は相変わらず虚ろで、おまけに摩奈瀬の一撃で口の中から涎が少し垂れてきている
摩奈瀬はその光景を哀れには思うが、その思いを心の中に押しこめて鋭利な視線で相手を刺しつつ尋問を始める
「さぁ、応えてもらおうか。何故私にいきなり襲い掛かった!! そしてここで何をしようと企んでいる!!」
だが相手も摩奈瀬の顔を見つめたまま口元を歪めるだけでなにも喋ろうとしない
その時ふと背後から足音が聞こえてきた
それも一人や二人じゃない
「ちょっとー、そこでなにやってんすか〜〜?」
降り返って見てみると、そこには手に金属バット、鉄パイプ、さらにはナイフまで持った摩奈瀬とそう年齢の変わらない4人の少年達が群れて立っている
「何でもないわ、ちょっとこの警備員さんと話しているだけ」
摩奈瀬は少年達を観察するように一人一人眺めながら返事をする
もっとも誰の目にみても話をしているように見えないことは自明の理である
摩奈瀬は一瞬ここらをうろついている少年グループかとも思ったが、すぐにその考えは打ち消される
よく見るとその少年達の視線もこの女警備員と同じように視線が定まっていないのだ
そして自分に対する彼等の感じが尋常在らざるもの、異様なものであることは摩奈瀬も察知する
そして察知すると同時に女警備員の髪を掴んでいる手に人の手が触れる感触がする
摩奈瀬は少年達への警戒を解かずに、その手に触れた相手を見つめる
女警備員はまだその場に膝をついているが、摩奈瀬を掴んでいる手に徐々に力が込められる
「ちっ、まだそんな力が……」
そう摩奈瀬が言いつつ振りほどこうとした時、摩奈瀬の身体は宙に舞っていた
女警備員は摩奈瀬を掴むや力任せに摩奈瀬を持ち上げて一瞬で放り投げたのである
「なっ!?」
摩奈瀬は放り投げられながらも空中でバランスを取って素早く地面に降り立ち姿勢を正す
ふと視線を掴まれていた腕に落とすと、掴まれていた痕がくっきりと残されている
摩奈瀬が腹部に放った一撃にもかかわらず、相手にはまだそんな余力が残されているのである
だが相手の視線は相変わらず虚ろで定まらず、どうみても普通ではない
そして新たに摩奈瀬を取り囲んでいる連中も同様である
「……間違いない、これはやはり連中の仕業ね」
だが摩奈瀬は恐怖するどころか、指先をペロリと舐めて喜びの顔を浮かべる
だがそれは笑顔などではなく、見るものにとっては禍禍しい表情であっただろう
その摩奈瀬の表情を契機に女警備員、手に獲物を持った少年達が一斉に襲いかかる
それを迎え撃つ摩奈瀬は、顔の前でパァーッンと手を鳴らして自身も戦闘態勢に移る
摩奈瀬がとった最初の攻撃は最初に向ってきた金属バットを振りかざしてくる少年の腕に左足で蹴りをくわえ、そのまま繰り出した左足を起動修正でもするかのごとく側頭部に放つ
次に警棒で突きをくわえに来た先ほどの女警備員の一撃を左手で流し、残った右手を顎先に狙いを定めて掌打を放つ
残りの少年達の攻撃は全てかわした後に距離をとって相手の様子を窺う
案の定蹴りをくらった少年も、そして掌打を受けた女警備員もまるで何事もなかったか如くスクッと立ちあがる
「ヒュ〜ッ♪」
普通なら病院送りでもおかしくない攻撃だったのにこうも平然と立ち上がることに摩奈瀬は正直感嘆をもらす
現にJCIAでのスパーリングでは自分の倍はあろうかという巨漢連中を摩奈瀬は何度もその鋭い攻撃でマットに沈めてきた。そしてだからこそ自分の戦闘力というものに多少の自信はあったのだが、立ちあがる連中を目にするとその自信も多少萎えるのが自覚できる
だが、そのため先ほどから感じていた感じていた違和感の正体をも確信した
「そのタフさと力 ……マインド・コントロールね」
摩奈瀬が呟いた言葉、それはこの連中が明らかにマインド・コントロール(洗脳)、それも強力なやつをかけられていることを悟る
そしてだからこそ痛覚も麻痺し、摩奈瀬の攻撃を食らっても立ち上がってこられる
おまけに潜在能力をも引き出されているのだろう、そのため常人離れした怪力もうなづける
そしてこの連中は動かされているだけの人形、その背後で動かしている相手が………
摩奈瀬の笑みがさらに禍禍しさを増す
「……やっと ……やっと現われてきてくれたわね」
何故なら自分の愛する家族をこの世から消した憎むべき相手、遺伝子干渉の鬼宿(きじゅく)を埋め込まれた人間がこの近くにいることを意味している
今の摩奈瀬にはその連中を殺すことだけが生きがいなのだ
故にこの状況を喜びこそすれ、恐怖するなど毛頭ない
摩奈瀬はそう決するや、瞬時に操られている人形達に向って駆け寄る
「はあぁぁぁぁーーーっ!!」
間合いを詰めた後、気合一閃で繰り出した蹴りが少年の足に命中する
そしてゴキッという鈍い音、足の骨が折れる音が辺りに鳴り響いた
摩奈瀬の蹴りをくらった少年は絶叫を上げてその場に崩れ落ちた
そして摩奈瀬は躊躇することなく残ったもう片方の足にも先ほど同様の鋭い蹴りを放ってもう片方の足も折る
いかに痛覚を奪われて気絶しないといっても、身体を動かす軸になっている足を砕かれては成す術もない
だが痛覚は感じていないために相変わらず腕だけでその少年は立ちあがろうとする
だがその少年はすでに摩奈瀬の脅威とは成りえず、残った少年3人と女警備員一人と対峙する
そして先ほどの少年同様、酷だが両足を折ってその動きを封じることを摩奈瀬は第一に考える
「……可哀想だけどね」
なにしろ彼等は摩奈瀬のターゲットに操られているだけ、本来はなんの恨みもない連中なのである
そのために摩奈瀬は多少の罪悪感は感じるが任務を優先する。『クリムゾン』というコードネームを与えられた時からそんな思いは捨て去るように意識もしていたし、そうできる訓練も積んできた
そしてこんな所で足踏みをしているわけにはいかない、あくまでも目的の人物は一人なのだから
摩奈瀬はそう意を決して相手を睨み据える
そして摩奈瀬と最初に視線のぶつかった少年が鉄パイプを振り上げながら走りこんでくる
その動きは訓練されている摩奈瀬の目にも素早く映るが、所詮早いだけの素人の動き
それに早いといっても摩奈瀬の目にはちゃんとその動きが捉えられている
少年が鉄パイプを振り下ろすにかかるが、それよりも早く摩奈瀬の身体は少年の視界から消える
突如視界から消えた摩奈瀬の姿を求めて少年は辺りを見回すが、その時足元からゴキッという先ほども聞こえた鈍い音が鳴り響く
少年が見下ろすとそこにはしゃがみ込み、両手で繰り出した手刀が少年の両足に炸裂していた
そして足の骨を砕かれた少年はその場にそのまま崩れ落ち、先ほどの少年同様に手だけでなんとか立ちあがろうともがく
その光景を摩奈瀬はジッと怜悧な眼差しで射尽くす
だがその間にも残った3人が一斉に襲いかかり、各々が手にしている武器を一斉に振り下ろす
摩奈瀬は最初の二人目の攻撃まではなんとかかわすが、最後の一人の攻撃はさすがにかわしきれず両手に仕込んだ鉄板で受けとめる
先ほどの女警備員の時とは違い、この少年は男、さらには潜在能力を引き出された力を発揮しているだけに瞬間その鉄板を仕込んだ腕ごとへし折られそうになる
「くっ、調子に……のるな!!」
だが摩奈瀬は腕をクッと動かして相手の振り下ろす腕の角度を変える、つまり往なすことで相手の攻撃を受け流した
その瞬間にできた隙を逃さずに少年に足払いをかけると同時にその足にしがみついて関節技で足を破壊する
そこまでのモーションを最初の二人の攻撃をかわしてからわずかの間、いや二人が態勢を整える間に摩奈瀬は成し遂げた。いや、二人が再び摩奈瀬の方に振り返った時二人が目にしたのは足の関節を破壊された少年が寝ているだけで摩奈瀬の姿はない
「こっちよ」
その声は二人の背後から聞こえ、振り返る間もなく瞬時に首に強烈な一撃を加える
その一撃で多少動きが止まった瞬間に瞬時に二人の足を折り、そのことで五人全員の動きを止めることに成功した
「ふ〜っ」と一呼吸して摩奈瀬は人心地つく
JCIAでは散々訓練は積んできたが、実は実戦はこれが初めてであった
もちろん多少の自信はあったが、こうもうまくいくとは摩奈瀬自身思ってもいなかった
そして後はこの連中を操っていたやつ、摩奈瀬の一番の目標の相手を探し出せばいいだけ
そう思いつくや、とりあえず先ほどの女警備員の元へ近づこうとしたときだがその時ふと妙な気配を周囲に感じる
『……なかなかやるね』
「なっ!?」
その声は背後から聞こえてきた
摩奈瀬はとっさに振り返ると同時にいつでも攻撃のとれる態勢に身構える
だが摩奈瀬の目に移ったのは相変わらず腕だけで立ち上がろうとする少年達の姿だった
「な、馬鹿な!!」
摩奈瀬は先ほどまでとはうってかわって驚愕の表情を浮かべる
『ハハハハハ、その様子じゃ自分が今置かれている立場もわかってないんじゃない?』
その言葉は倒れている少年の口から発せられ、そして慌てて周囲を見渡すと、いつのまにか摩奈瀬の周囲には10人、20人、いやさらにどんどんとものすごい数の人がその姿を表す
しかもやはり皆視線は定まっておらず虚ろである
どうやらこの人達も強力なマインド・コントロールを施されているとわかる
そして手には鎌やかなづち、そしてナイフなど相変わらず即席の武器を持って歩み寄ってくる
「まさか……こんなにいたとはね……」
摩奈瀬の頬に一滴の汗が伝わり、この状況の困難さを示す
『気に入ってくれた?』
「なっ!?」
突如耳に飛び込んできたその声は先ほどの女警備員からの声だ
私は急いで振り返ってその声の主と対峙する
『アハハハ、君はなんて強いんだ ……僕の人形をすでに5体ともみんな戦闘不能にするとはね』
『だけどひどいじゃないか。彼等の足を折り、しかもそんな冷徹な表情でいるんだから』
今度聞こえてきたその声は先ほど足を折って戦闘不能にさせた2人の少年から発せられた
だが当の少年達2人は相変わらず立ち上がろうともがいている
『アハハハ、驚いたかい?これが僕の力だよ』
『他者を自在に操って僕の人形にする』
『そして声さえも僕の意思で人形から発することができるのさ』
その言葉は次々と違う人物から発せられてくる
そして見渡せばすでに30人近い人間に囲まれていた
「……なに、この人の数は? ……まさか!?」
『………』
「あなたがここ最近の自殺者に関係しているのね!」
『……そういえば君はさっきそんなことを尋ねていたね ……君は何者だい? みたところ刑事じゃなさそうだし。かといってもちろん観光者なんかじゃなさそうだ』
『だが僕にとってはそんなことはどうでもいい……』
『ここは有名な清水寺 ……まさに芸術の一品だ』
『そこに僕一人の意思で自在に操れる人形という役者が舞台を舞うのさ』
「じゃあ私はその観客?」
『いいや、君はすでに舞台にあがりこんできたのさ ……もっとも結末はあなたの“死”という華で彩られそうだけど』
「陳腐な脚本(シナリオ)ね」
『確かに ……だがね、多用されるからこそ陳腐になり、また演出効果もあるからこそ多用されるんだよ』
「私は脚本家ではなく、俳優として舞台へのご登場を願うわ」
『ハハハハ、脚本家が舞台にあがったりなんかしちゃ興醒めじゃないか』
「そう ……じゃあ変わりに私の質問に応えてもらえるかしら?」
『聴いてあげるよ、僕は優しいんだ』
「見たところこの人達は全てマインド・コントロール、つまり洗脳されているようだけど……これだけの数、あなた一体どうやって洗脳したの?」
『ああ、それなら簡単だよ。彼等を洗脳したのは僕の偉大なる能力(ちから)によってさ』
声は相変わらず洗脳された人達が交互に喋り、発信者とでもいうべき人物の特定さえできない
そのために全ての人間が怪しく見えてさえ来る
だが私の心の奥の方でなにか熱いものがこみ上げてくる、やつが言った“偉大な能力”という言葉に対して
『僕にはね能力があるのさ、人を操ることのできるね』
『……そう、こんなふうに』
そういい終えると摩奈瀬を囲んでいる何人かが突如摩奈瀬に襲いかかる
皆洗脳によって潜在能力を引き出されているからか、その動きは常人以上だ
摩奈瀬も構えをとって左右に目を走らせながら敵の動きに注視する
そして四方を囲まれた瞬間、敵は一斉に摩奈瀬目掛けて襲いかかる
「……確かにたいした能力 ……だけどね!!」
だが摩奈瀬は慌てることなく構え、そして一気に跳躍してその場を脱する
「あなたご自慢の人形なんかじゃ私は決して倒せないよ。そして私も応えてあげるよ……さっき私が何者かって聞いたわね?」
摩奈瀬は静かに目を閉じ息を整える。その隙をついて襲われることも考えたがこの一言だけははっきりと言いたかった
そう、連中を殺す前にどうしても告げたかったこの一言を……
「私はお前を ……いや、お前等に殺された家族の仇を討つ為に地獄から戻ってきた復讐者、クリムゾンだ!!」
乱れた髪を左手でかきあげながら摩奈瀬は言い放つ
(つづく)
作成 2001年10月26日
改訂 2002年5月23日