鬼宿
Last Volume
「私はお前を ……いや、お前等に殺された家族の仇を討つ為に地獄から戻ってきた復讐者、クリムゾンだ!!」
摩奈瀬は乱れた髪をかきあげながら言い放つ
その眼光はその洗脳によって操られている人形達の中にだろう一人に注がれる
『……家族の仇?』
「そう、私の目的は ……お前達“鬼宿”(キジュク)を闇に返すこと!!」
『!!』
摩奈瀬が“鬼宿”という言葉を発した途端に明らかにその場の空気が一変する
実際に空気が変わったわけではなく、感じられる空気が一変したのである
『貴様!! 何故……何故その名前を知っている!』
それまでは相手もどこか摩奈瀬を与えられたおもちゃのように弄ぶ感があった
だが今は明らかに、憎悪、殺意、この二つの感情が摩奈瀬を襲う
摩奈瀬は一瞬その変化に多少気圧されながらも堪える
いや、逆に押し返そうかというぐらいまでに視線をぶつける
「核兵器が所有できない日本が密かに開発した特異能力を発現させる為の遺伝子干渉……“鬼宿”!! そしてその適性者がお前達……その名もまた“鬼宿”」
摩奈瀬は淡々とその事実を述べる
だが同時に摩奈瀬の胸もまた締め付けられる
何故なら………
『…貴様は一体!?』
「私の名は摩奈瀬 ……でもこれは仮の名前、本当の名前は鏑木真奈!!」
『鏑木 ……鏑木だとっ!!』
「そう …お前等が殺した鏑木明信は私の父親よ」
『馬鹿な!! 鏑木の者は全員殺したはず』
「……ええ、確かに私は生死の間をさまよっていた。だけど、お前等への“復讐心”が私をこの世に執着させ、顔を変えJCIAで戦闘訓練を受け ……そして私をコードネーム“クリムゾン”として甦らせたのさ」
摩奈瀬は言い終えると共にさらに眼光の鋭さを増して睨みつける
それと共にその場の緊張感は更に高まりつつある
だが、その緊張感の最中に笑い声が聞こえた
『ハハハハハハハ ……そうか、生きていたか。そして僕達を殺すために ……殊勝なこと ……そして再び僕達に殺される為にわざわざ出向いてくれるとはね』
嘲笑の声が摩奈瀬の耳に届く。だが摩奈瀬はその笑いが挑発を含めていることを悟りただジッと耐える
握り締めた手の中はじっとりと汗ばみ、摩奈瀬の心を代弁する
『そういうことなら……再び殺すまでよ、僕のこの手でね!!』
その声と同時に配下の人形達が一斉に摩奈瀬めがけて襲い掛かってくる
だが摩奈瀬には焦りの表情はない
「馬鹿が、いつまでもこんな手が通用するか!!」
そう言い放つと摩奈瀬は向ってくる何人かの攻撃に対しては防御に徹する
突き刺してくるナイフの軌道を読んで最小限の動きでそれを往なす
そうした防御に暫く徹した後に突如飛び上がり、最高点に達した時点で腕に仕込んでいた鉄板を外してそれをある一点に向けて投げ放つ
その一点とは、操られた人形達の最後尾にてニット帽を目深に被った人物に向って飛んでいった
そしてその投げ放たれた鉄板は、相手が気付いた時には避ける間もなく命中する
「ぐぁっ」
鉄板をくらった人物は悲鳴をあげうずくまると、それと同時に摩奈瀬に襲いかかっていた回りの操られていた人形達もピタッとその動きを止める
「フンッ……やっぱりね」
摩奈瀬は動きのない人形達を押し退けながらゆっくりと先程の人物、これらを操っていたであろう人物に近付いて行く
操っていたものが一瞬その思考をとぎらせたためか、操られた者達は皆まさにマネキンの如く微動だにしない
「き、貴様……なぜこいつらを操っているのが私だとわかった!!」
今までは操っていた人形達からその声を発していたが、もはやその正体もばれたためか、自分で言葉を発す
そして先ほどまで目深に被っていたニット帽を脱ぎ捨てるとそこからはフワッと美しいまでの黒髪が宙に舞う
「女!?」
そこにはまだ摩奈瀬とそう年齢の変わらないように見える少女がいた
その少女は額からは血を流し、手でそれを抑えつけながら憎々しいまでの視線を摩奈瀬にぶつける
さすがに摩奈瀬は人形達を洗脳(マインド・コントロール)し操っていた人物が自分とそうたいして変わらないように見える少女だったとわかると一瞬動揺の表情を見せる
「何故 ……何故私だとわかった!?」
今までその正体を隠すためか、自分のことを「僕」と称していたが、ばれてしまったためにもはやその正体を隠す必要もないと判断したのだろう、少女はもはや自分のことを「僕」とは言わなかった
「簡単よ。あなたは操っていた人達にだけ私に攻撃をし掛けて来た。そして操るだけのあなたは常に危険から遠ざかるために私から距離をとっていた。 もっともあなたも操られている人物を演じていたんでしょうけど、無意識に守りにはいっていたのよ!」
摩奈瀬は冷然と言い放つ。
「フフフフ、そうか……私は知らずに守りに入っていたのか。」
少女は一瞬視線を地面に落とし沈痛な気分に浸る。だが………
「あっははははははははは」
「狂ったか?」
少女の突然の変わりように摩奈瀬は眉をひそめて言う
だが少女はそれでもまだ笑いつづける
「はははははは、鏑木の娘よ………あなたはまだ知らないのでしょうね……」
「?」
「確かにあなたの祖父は“鬼宿”を、そして父親である鏑木博士は“鬼宿”に適性させる遺伝子を創造した。
だけどね………造られてから私達がこれまで何もしてこなかったと思ってるの?」
「!?」
笑い顔から一変した少女の目つきに摩奈瀬は背中にゾクッと寒気が走る
その目つきは人殺しなど厭わない目つきである
「もっとも創造した二人も気付かなかったのでしょうね………この二つが適合された時、おもわぬ相乗効果さえも生み出していたことに…… 私に与えられた鬼宿の力は、私の血を飲ませることでその相手を私の意のままに操れる人形へと変えられること………だとでも本気で思っていたのか?」
女の目に妖しさがこもる
「元々鬼宿計画とは当時の大戦中、異能力者による特殊部隊の創設……それがこんな洗脳などというちゃちな能力だとでも思ったの?」
「なにっ!?」
「これは私達が後に新たに身につけた………いや、私達に埋め込まれた鬼宿が教えてくれた能力。だけどね………」
そう言い放っている少女に、摩奈瀬は再び寒気を感じて気圧される
何故だかは摩奈瀬にもわからないが、摩奈瀬の勘が少女への危険信号を鳴らしている
その証拠に摩奈瀬は知らず知らず自分がその少女から後退りしているのがわかった
少女もその摩奈瀬の様子を見て、口調こそニコヤカであるが目つきはそうでない
「見せてあげるわ ……私の“鬼宿”を!! そしてあなたはすぐに私の人形達に殺されていたほうが幸せだったと思うでしょうね」
少女がそう言い放つと、少女の身体に異変が生じる
少女の身体が徐々に大きくなってきているのだ
摩奈瀬は一瞬錯覚かとも思ったが、少女の服が破れ、その下の身体が露わになり始めたことからその考えは即座に消去される
少女の身体は人間から、まるで熊、いや映画にでも出てくるような人間とは別の生き物へと変化して行く。その姿にもはや少女の面影は残っていない
「ふぅーーー……この姿になるのは久しぶりね………」
姿は変わっても声は変わっていない。だがその姿には先ほどの少女の面影はなく禍々しいまでの姿が摩奈瀬の目に映る
そして先ほどまで少女だったものはその腕を軽く振るう
「!?」
だがその腕の振りが生んだものはすさまじいまでの風圧で摩奈瀬に襲いかかり、かまいたちのように摩奈瀬の頬や腕を切り裂く
「そういえばまだ私の名前を名乗っていなかったかしら。私の名前は杏(アン)……もちろん私達が自分でつけた名前よ」
摩奈瀬の頬を驚愕の汗が伝う
何故ならあの強力な洗脳こそが鬼宿が引き起こした能力であり、こんな怪物のような姿にさせるのが鬼宿だなどと聞いてはいなかったから
その一瞬の動揺を杏は、異形の形へと変化したそれは見逃さなかった
バッと宙高く舞いあがるとそのまま落下の速度も利用して摩奈瀬へと襲いかかる
「ちっ!」
摩奈瀬はとっさにバックステップでかわすと、その眼前に振り下ろされた拳が突き刺さる
だが摩奈瀬の頬を熱いものが伝わるのがわかる
かわしたつもりだったが異形の姿へと変身した杏の一撃が摩奈瀬の頬をかすっていた
摩奈瀬は斬られた頬を撫で、指先に附着した血を眺める
「フフフフ、どうかしら私の能力は。気にいってもらえて?」
目の前で嬉々とした声で杏は摩奈瀬に告げる
「私はね、この能力(ちから)を得てから人を切り裂くことに快感を覚えるようになったの。そして………」
「悪いけど、長話に付き合うつもりはないの!」
杏が言葉を言い終える前に今度は摩奈瀬からし掛ける
変身によってリーチが伸びた間合いも計算し、その間合いに入る前に目前で素早く横に飛び杏の死角に入りそのまま杏に蹴りを放ちに行く
スピードは殺さず、そしてなによりも死角に入ってのその攻撃に摩奈瀬は正直その蹴りが側頭部に入るだろうことは疑いようがなかった
「……せっかちね」
だが側頭部へ向けて放った摩奈瀬の蹴りは杏に指先一本で軽々と止められた
「なっ!?」
JCIAにおける訓練でも摩奈瀬の蹴りは何人もの強者をマットに沈めてきた
死角をついての会心の蹴りが"鬼宿"の杏にはあっさりと防がれたことに驚愕する
だが諦めずに着地と同時に身体を捻りその回転力を利用して重心のかかっている杏の足に向って足払いの蹴りを放つ
だが摩奈瀬のその蹴りは今度は空を切った
杏は軽くジャンプして飛びあがると摩奈瀬の頭上を捉える
「次は私の番ね!」
杏はそう言い放つと落下のスピードそのままに杏に襲いかかる
摩奈瀬は危険を察知して素早く飛び下がってなんとかその攻撃をかわすと間合いを計って態勢を整えようと試みる
だが摩奈瀬の次なる驚愕はすぐにやってきた
杏は拳を地面に打ち付けてきた反動を利用し、落下のスピードを殺すことなく摩奈瀬へと迫ってきたのである
「なっ!?」
「喰らえ!!」
避けられない!!その思いが摩奈瀬にとっさに利き腕でない左腕を前に出してガードする
だが杏の攻撃はガードした左腕などお構いなしに摩奈瀬の身体にめり込み、その瞬間鈍く嫌な音が摩奈瀬の耳に飛び込んだ
「かぁっ」
「フフフ、何本か骨の折れるいい音がしたわね」
「はぁーはぁーはぁー…… ………ゴフッ」
摩奈瀬が咳込んだ瞬間、地面に真っ赤な鮮血が滴り落ちる
摩奈瀬はすぐさま腹部を触って自らの状態を確認する
ガードをした左腕の骨だけでなく、アバラも2、3本折れていると判断した
そしてこの血はおそらく折れたアバラが肺を圧迫しているのだろうと察する
そこまで自分で判断した瞬間、すぐさま立ちあがって相手に向き直る
「いいわぁ〜、その血。 さっきの続きだけど私はね……そうやって人の血を観るのが快感なのよ。でもこれで力の差がわかったというのにまだやる気なのアナタ?」
「ええ、私がこの舞台から降りる時はお前達鬼宿を全て葬ってからと私のシナリオにはあるのよ」
気丈なまでに言い放つがその台詞は杏には虚勢に映る。
「ハハハハ、さっきのあなたの言葉じゃないけど、シナリオの変更を要請するわ!!私がこの姿になったからにはもはやあなたには勝ち目はないわ。これが私の能力よ ……鬼宿によって力や速さをまるで獣のように引き出す」
「フンッ、人間ではない化物がよく吠える」
「………!?」
杏の勝ち誇った口上の中で摩奈瀬が放った一言に杏明らかに怒りの形相を浮かぶ
そして先ほどは気付かなかったが、杏はまるで猛獣のような爪をその手に光らせる
だが摩奈瀬はその姿に怯えるどころかニッと笑みを浮かべる
「ハハハ、怒りの感情はそんな姿になっていてもまだ残ってたのね」
「殺す! もう少し遊ぼうと思っていたがもはや殺す。肉片も残らないように八つ裂きにしてっ!!
貴様さえ殺せば憎き鏑木の一族は全て果てるのだからっ!! 私の身体をこのようにした鏑木の一族をね!!」
杏は怒りに任せて摩奈瀬に向ってその獣のような爪を振り下ろす
「かかったな!」
だが摩奈瀬はかわしもせず、ただその振り下ろす腕に向って蹴りを放つ
「バカが! 今更そんな蹴りなど私の前には無駄だっ!」
この瞬間杏は勝利を確信し、蹴りを出した摩奈瀬の足を引き裂いてその爪を心臓に突きたてる光景を想像する
だが次の瞬間、その想像の光景のビジョンに亀裂が走る
摩奈瀬の繰り出した足は杏のその鋭い爪が引き裂こうとする瞬間にその足の軌道が変わる
まるで摩奈瀬の足が蛇のように杏の腕へと絡まるとそのまま摩奈瀬は自身の身体を捻る
摩奈瀬のその全身を用いての回転が杏の腕から全身へと伝わる
「何!?」
杏はたまらずにその姿勢を崩しそのまま僅か数瞬、瞬きするほどの瞬間宙を浮く
そして杏の目の前にはいつのまにか握っていたのか、摩奈瀬の右手にはしっかりと鋭利なブレードが握られている
そして振り下ろす手で袈裟懸けに斬りつけた
「グアァァァッ」
斬りつけられた胸からは鮮血が飛び散り、杏は絶叫の咆哮をあげる
「くっ、浅かっ……」
摩奈瀬は数少ないチャンスに仕留められなかった事に舌打しながブレードを再び握り締める
だが同時にさっきの動きでかなり自分の体力が消耗されているのがわかる
その証拠に折れたアバラの個所から痛みがジンジンと伝わり、気力でなんとか持ちこたえてはいるが、その気を抜いてしまえば気絶してしまうかもしれない
そしておそらく次が最後の攻撃のチャンスだと察知する
杏の方にもそれがわかっているのか摩奈瀬の方を睨みつけながら再びその爪を尖らす
「シャァーーーーーーッ!!」
先に動いたのは杏のほうで真っ直ぐに摩奈瀬の方へと駆け出す
だがそのスピードは先程よりも、そして摩奈瀬の予想よりも上回っている
「くっ!」
「遅い」
なんとかその攻撃をかわそうとするが、その直前まだ杏の間合いの外から杏ーはその腕を振り下ろす
一瞬それに動きを止めてしまった摩奈瀬は次の瞬間「しまった」と思った
何か赤いものが眼前に飛びこんできたと思った瞬間、摩奈瀬の視界は奪われた
「しまっ、目潰しか」
杏が飛ばしたのは先ほど摩奈瀬によって斬りつけられた傷口からの己の血だった
それを摩奈瀬の目に飛び込ませ、摩奈瀬の視界を奪う
「普通にやっても負ける気はしないけど ……鏑木の娘よ、お前は危険だ。念には念を入れて ……殺す」
杏の発する殺気が視界を閉ざされた摩奈瀬にはまるで四方から襲いかかってくるように感じる
「死ねぇーーーーーっ!!」
次の瞬間、杏のその声は頭上から耳に飛び込んでくる
そして杏は今度こそ摩奈瀬をその爪で両断する光景を想像する
だがそれは摩奈瀬も同じだった
かわせない、その思いがその爪で引き裂かれた自分の姿を想像する
だがその光景を想像した瞬間、紅い鮮血の海に沈んでいた母と妹の無残な姿が脳裏に浮かんだ
同時に鬼宿、連中への復讐を誓った思いが胸に込み上げてきた
そう、自分は復讐者、ヤツラを深紅の闇に染めるべき者……それが連中の一人も倒せないままにこんなところで終わるわけにはいかない
なんとかこの攻撃を防いで、この手にしたブレードをヤツの胸に突き刺すまでは……
「そう、突き刺すまでは…………
突き刺すまではこんなところで終わってたまるかぁーーーっ!!」
摩奈瀬はカッとその目を見開き、まだ浴びせられた血ではっきりとは見えなかったが、上から杏が迫ってきているのが気配でわかる
そして摩奈瀬もブレードを腰の位置で構え、方向を見定めて飛びあがる
「今更気付いても遅いっ!!」
杏は摩奈瀬のその行動に多少驚くも、自身の優位性を知りその爪を摩奈瀬へと振り下ろした
後は自分が想像した光景を脳裏ではなく自分の目で見届けるだけ、ただそれだけ……
だが杏のその脳裏に描かれた光景のヴィジョンに再び小さな亀裂が生じた
杏の振り下ろした腕はまるで摩奈瀬を避けるかのごとく、いや、まるでなにか見えない壁によっていなされたかのごとくに空を切る
「バァ、バカなぁっ!!」
驚愕の叫びを上げた瞬間にその脳裏に描かれた光景のヴィジョンは一気に砕かれ、その砕かれたヴィジョンの中から摩奈瀬が現れる
「もらったぁ!!!」
摩奈瀬はそう叫びながら渾身の力を込めてブレードを杏の胸へと突きたてた
声にならない絶叫とともに摩奈瀬の顔に大量の返り血が噴水のように浴びかかった
「………」
摩奈瀬は折れた左腕をかばいながら静かにその者を見下ろしていた
先ほどまで人間とは異なる異形の姿をしていた。だがそこには一糸纏わぬ姿で横になっている少女がいる
「ク……ククク……お、おかしいよね」
すでに命の灯火が消えかかり、鬼宿の力も消えかかっているためか杏は元の少女の姿へと戻りかすれた声でつぶやく
「鏑木博士に造り出された……わた……私が ………そ、その娘に殺されるなんて。これから ……これからこの能力(ちから)を使って ……復讐を果たすつもりだったのに私の ……私達の人生を奪った連中全てに………」
そして杏は視線を傍らで自分を見下ろす摩奈瀬に向ける
憎々しい鏑木の娘が目の前にいるのに今の自分は指一本さえ動かせない。そんな自分の身が滑稽に思え口元に笑みさえが浮かんでくる
「く、くっくくくく。 ね、ねぇ鏑木の娘……私には後4人もの仲間がいる ………そ、そいつらの誰かが……きっと ……きっと私のかた……きを討って……」
杏はそう言いながら自分の視界がなにかでぼやけているのがわかった
自分が涙を流していることはわかっても、どうして自分が涙しているのかの理由(わけ)まではわかならない
いや、わかっているのかもしれないがその理由を認めるわけにはいかない
「こ、こんなのは私の ……私のシナリオにはなか……った」
「……………」
杏はその瞳から涙を流しながらつぶやきそのまま事切れた
そしてその涙を見定めた摩奈瀬は静かにその目を閉じてやりつぶやく
「……杏、あなたのシナリオには重大な欠陥があったのよ。
確かに私の父はあなたという復讐者を生み出してしまった。………けれどあなたも私の家族を殺め、私という復讐者を舞台へあげた」
摩奈瀬は折れた左腕を残った右手でかばい、事切れた杏を見下ろしながらつぶやく
「私達の舞台はこれからも血に染められていく ……この先もずっと。 ……ただ……ただ、あなたの生い立ちには同情はするわ、杏」
そしてゆっくりと立ちあがると杏に背を向けゆっくりと歩き出す
「まずは……1人目……!」
そう呟く摩奈瀬の頬を涙が伝わり落ちてゆく
だが摩奈瀬はその涙を指で拭い、傷ついた身体を引きずりながらそのままその場を後にしていった
(鬼宿・完)
Thank you for your reading .
作成 2001年11月30日
改訂 2002年7月7日