-鬼宿 弐-


プロローグ






……大都会

それは多くの人間が夢と希望を抱き、それをかなえるために自然と集まってくる

何故ならそこには夢をかなえるための“何かが”あるからだ

だが成功する者はそのなかで一握りでもいるかどうかで大半は夢破れてそこを去る

しかし夢破れてもそこを去らない者もなかにはいる

そういた種の人間は夢とはまた別の人生、華やかに見える都会の闇の世界に巣くう

華やかに見えるのはそこに光りが射し、目に見えるからである

光も射さない闇の世界は人に恐怖を与え、その恐怖を克服するために負の感情を芽生えさせる

華やかな世界を目指したものでもその恐怖に耐えられなくなった時、闇の世界に染まるのも早い

嫉妬、羨望、諦観、あらゆる負の感情がそこでは表出する

だが闇の世界は華やかに光射す世界よりも競争率が高く、まさに弱肉強食の世界となる

光射す華やかな世界で破れたものにも次のチャンスはある。だが闇の世界で破れたものに次はなく、まさに"デッド・オア・アライブ"、生か死かの世界なのである


そして、その人物はまさにその闇の世界を歩いていた―


上を黒のジャケットに、下も黒のスラックスと全身を黒で固めた出で立ちで歩いている姿は人目を引く

顔はまだ少女、いや少年のような幼さを残すがその鼻立ちと唇、さらに腰にまでかかるその美しい黒髪が周囲の人間に女を感じさせる

さらに黒の上下が印象的だが、よくみると均整のとれた体つきはまさに文句のつけようがないものであり、それを認めた男の一人が「ヒュウ〜♪」と口笛を吹く

それを合図にその場にいた男、いや女たちも口々に下卑た笑みを浮かべその少女を見やる

そしてその中から一人の男が少女に下卑た笑いを浮かべながら少女の行く手を遮る

少女はその男と視線を合わせるも、興味がないというふうにそっぽを向いてよけて通ろうとする

だが男は相変わらずの笑みのまま少女の動きに合わせて再び彼女の行く手を遮る

彼女は男の狙いが単なる嫌がらせだとわかっていたのではなから相手にするつもりはなかった

そのため再び男の横を通り抜けようと体をずらすが、やはり男はそれに合わせて前に立ちふさがる


「……どいてくれない?」


そこにきてようやく彼女は口を開いた

だが男は相変わらずの笑いでただ彼女を嘗め回すように見るだけだった

そこにきてさらに彼女の後ろから数人の足音が聞こえる

振り返るとそこには前で立ちふさがる男同様の下卑た笑みを浮かべる男たち、さらには女たちまでもが立ちはだかる

その動きはどうやら彼女の退路を断ったようだ


「へっへへへ、お嬢ちゃん迷子かい?」

「あたいらがお家まで送っていってあげようかい?」


口々に出された言葉はからかい半分で、本心、親切心からのものだとは到底思えない

それは彼女にも充分にわかっている。だがそれゆえにこそ彼女にフツフツと怒りにもならない不快感が込み上げてくる


「大丈夫大丈夫。俺達は危ないやつじゃない、とても紳士な連中さ」

「そうそう、こんな所にいてへんな連中に捕まっちゃ大変だからね。なっ?」

「ああ、俺達が安全な場所に連れてってやるよ」


だが彼女のそんな心情は知らずにか、連中は黙っている彼女に口々に下卑た笑いのもと言葉を吐き出す

それを聞いているうちに彼女はなにかおかしかったのか、クスリと笑みを漏らす

そして次の瞬間、目の前に立ちはだかる男の股間を思いきり蹴り上げた


「ごがぁっ………ごぉっ……」


蹴られた男は突然のことに最初蹴られたことにすら気付かなかったが、意識した途端に股間を抑えたままうずくまる

それを唖然と見ていた連中も、そのことに気付くと先ほどまでの下卑た笑い顔ではなく、途端に怒りの表情になって襲い掛かる


「このガキ!」

「捕まえてひん剥いちまえ」


怒りと共に掴みかかる連中を少女はクスッと笑いながら軽やかなステップでアッサリとかわす

まるでスペインの闘牛をあしらう闘牛士のようにその動きは軽やかだった

だがその時点で少女の危険さに気付いていない男達はかわされたことでますます怒りのボルテージが上がり、離れで見ていた女達も懐から簡易ナイフを取り出して身構える

女達もこの闇の世界で生き残る術は、強いものによりかかる一方で自分で自分の身を守らねばならないことはわかっている。そのためこうして自衛の得物は常に持っているのだ

そして素早く少女を取り囲んで目で男達に合図を送り、男たちも頷く変わりにニヤリと口元を歪める

そして頭の中では捕まえた後にどう料理してやろうか。例え泣いて許しを請うて自分達の欲望を満たすまではやめない、そう考えていた

多勢に無勢、しかも相手はキシャな体付きの少女だということで自分たちが負けるなどということは考えてもいない

そして少女への囲みをジリジリと狭め、接近する

少女のほうも連中のその意図するところはわかっていたので多少からかってやろうとでもいう意識が芽生えたのか、少し後退りして恐怖の表情を出す

男達はその少女の表情にますます自分たちが優位な立場にあると錯覚する


「そりゃ、捕まえたぞ」


おもむろに少女の背後から近付いた男が彼女を羽交い締めにし、勝利を確信する

その光景を見た連中は、怒りの表情から再び下卑た笑い顔、いや今度は欲望の色を丸出しにする笑みを浮かべている


「へっへへへ、まずは俺が最初にやらせてもらうぜ」


少女が羽交い締めにされているのをいいことに、近寄る男はズボンのバックルをカチャカチャと外そうとしながら近寄る

男の目的はこの少女を犯すこと。それはまわりの連中も同様だ

他の男達は早く自分の順番が回って来ないかとその欲望のままの笑みを浮かべる。傍目にはそれがおぞましくも、不快な光景である

だが羽交い締めにされ本来なら絶体絶命のはずの少女にはこの時恐怖の色はなかった

男達はそれが恐怖によるもので、それを表情にすら出せないのだと錯覚していた。もちろんこのような反応が今までにも何度かあったことに裏付けられている


「へへ、安心しなお嬢ちゃん。ちゃんと天国に連れていってやるからよ」


抜け目もなく男がそう口にした瞬間、少女の口がかすかに開きなにかをつぶやいている

しかしそれはとても小さな声で、男達には何を言っているのか聞こえなかった


「あん、なんだって?」

「………め」


今度は語尾だけが男たちの耳に入る。当然それは許しを請うはずの言葉であろうと勝手に思い込んでいる男達はニヤニヤと笑っているだけだ

だが次に少女の声が聞こえた瞬間、それは間違いであったと気付いた


「愚かな人達。死をもって償え!!」


次の瞬間、少女を羽交い締めにしている男の悲鳴がほとばしる

羽交い締めにしていた男は最初自分の身になにが起こったのかわからなかった。最初なにやら身体が熱いと思い、ふと自分の手に視線を送る。

すると男の腕はいつのまにか炎に包まれていた

やっと自分の手が燃えていることに気付いた時、男は絶叫の声を挙げた


「ぎゃぁぁぁぁーーーーっ!! 火が、火が! 俺の手がぁぁぁーーー!!」


男は手を振りまわしてなんとかその火を消そうとするが、その火は消えるどころかますます火勢を強くし、瞬く間に全身へと燃え広がる

そして男はひとしきり叫んだ後、炎に包まれたまま地面に横たわりそのまま叫び声も挙げられなくなった

その一部始終を見ていたものは一瞬仲間の身に起こったことがわからなかった。いや、正確には何故焼死したのかがわからなかった

やがてせいぜい隠していた灯油か何かを男にかけてライターで火でもつけたのだろうと単純に思い至る

そのため少女との距離をとって身構え、男達は仲間がまだ一人やられただけで依然自分たちのほうが優位なのだと錯覚していた

不幸にもまだ男達が目にしている少女の圧倒的なまでな恐ろしさに気付いていなかった

だが次の瞬間再びその悲鳴は男たちの背後から聞こえてくる

突然の悲鳴に何事かと振り返ると、後ろでこれから起こることを娯楽のように楽しもうとしていた女達が先ほどの男同様に炎に包まれているのだ

女達は先ほどの男同様突然燃え出した自分の身体の火を消そうと躍起になるがやはり火は弱まるどころか瞬く間に全身に広がりやがて地に臥しそのまま動かなくなる

後に残るのはまだ残り火がかすかに残るが、黒焦げになった肉の塊が横たわっているだけだ

そして燃えた人間の肉の臭気が残った男達の嗅覚を刺激する


「クスッ。どうかしら? それともレアのほうがお好みだった?」


その光景を唖然と見つめる男達に向かって少女は冷然と言い放つ。この時になって男達はやっと自分達の立場を理解した

男達は優位な立場にいるのではなく、その立場にいるのだと錯覚していたのだ

狩られているのは自分達で、このまだ幼さが残る少女の罠に引き込まれたのだとやっと理解した

そして全てが理解できた瞬間、目の前で笑う少女の笑顔が禍々しいものに見え背筋に寒いものが走る

やがてその場に残ることに恐怖した一人が少女にクルリと背を向けると一目散に走り出した


「あ、おいっ。 ま、待ってくれ!!


他の仲間達も最初に逃げた男の後を追って駆け出す

早くこの場から、少しでもこの得体の知れない少女から遠ざかろうと走りつづける

後ろからも仲間の駆け足の音が耳に飛びこむが、男にはすでに少女が仲間を先ほどようにすでに燃やし自分を追ってきているのではないかと恐怖する

そしてその恐怖感が男の前方への注意を怠らせ、結果命取りとなった

気付いた時、なにかが飛来してきたと思った瞬間自らの身体に何かがぶつかったような衝撃が走る


「ゴァッ………」


男は咳込み、なにか赤い物が自分の手に附着していると気付く。それが血で、さらに自分のものだというのに気付くまで数瞬を要した

そしてようやくなにかが自分の胸に突き刺さっているのに気付いた時、男はそのまま力尽きてその場に倒れこむ

いや、その男だけではない。後ろから同じように逃げてきた男達も同じように胸や頭を貫かれて絶命していた

おそらく男達には自分の身体を貫いたものがなんなのかわからないままに死んでいったのだろう


「アラッ!?」


その場にそぐわない声が男達が逃げてきた方向から聞こえる。

その声の主は先ほどの少女で、すでに死体となった男達の傍らに立ちすくむ

むろんその惨状を引き起こしたのは少女ではなかった。そのため怪訝な表情を浮かべ前方を見据える


「!!!」


だがその怪訝な表情も次の瞬間、闇の中から飛来する何かに気付き身体を横にかわしてそれをやり過ごし、飛来した何かは奥の壁に突き刺さる。

だがその飛来したものを調べる間もなく再び闇から少女へ向かって何かが飛来する

だが今度はそれをかわそうともせずスッと手を前に出し、まるで飛来物を受けとめようとするかのような姿勢をとる

そして飛来物が少女の前まで迫った時、その飛来物は突然勢いよく燃えだし炎と共に四散する


「………ったく、これは挨拶のつもりかい、棗(ナツメ)」


少女はキッとした殺気のこもった視線を闇に向って放つ


「いつまでも隠れていないでいい加減出てきたらどうだい? アタシはこう見えても気が短いんだ」

「その隠している気性は相変わらずだね、楓(カエデ)」


闇の中から姿は出さないが声が放たれる


「一体何の真似さ。こいつらはアタシの獲物だったんだ、それを横取りするような真似してさ」

「ああ、ごめんごめん。別に横取りするつもりはなかったさ。今回僕は単なる使いっ走りとして君の前に現れたのだからね」

「使いっ走り? アンタがかい?」

「………」


よほど柳と呼んだ相手が伝令という役目が似合わないのか、楓と呼ばれた少女はククッと笑う

だがその笑いに対して柳は抗議の声を出すでもなく沈黙を保つ


「……命(ミコト)からの伝言を伝えるよ。 日本政府はどうやら僕達を秘密裏に抹殺する腹のようだ」

「秘密裏に? ハハッ、たとえ訓練された一個小隊がやってきたとしてアタシ達にかなうものかい」

「………杏(アン)が京都で殺られた」


その一言に楓の表情に衝撃が走る


「馬鹿な、杏がだと!? 私達は人間を超えた存在なんだぞ。それが一体どうして?」

「杏を殺した人物の詳細は不明だけど、これは日本政府の僕等への反撃とみていいと思うよ」

「………」


楓の激昂に対してあくまでも柳は冷静を保つ


「フン、だが杏のヤツは私達"鬼宿"の中では一番弱いやつじゃないか。ただ単に人の遺伝子の中に眠る獣性を引き出し、それを増幅するだけの能力なのだからな。やつは所詮獣と一緒さ」

「相変わらずの酷評だね。冷静に杏の敗北を評価するとは…だけど………」

「なんだよ……」

「君の表情から察するとそうは思っていないようだけどね」


楓の表情は指摘されたとおり激昂寸前で今ここに通りかかるものがいれば間違いなく襲っているだろうというほどに怒りに満たされている


「う…うるさい!」

「フフ、まぁ伝えたよ。僕等"鬼宿"と日本政府はここに戦争状態に入ったんだ。君も怒りのままに行動して杏の二の舞いにならないようにね」

「フンッ、用件を伝えたんならサッサと消えな!」

「ああ、そうさせてもらうよ。じゃあ次に会う日を楽しみにしてるよ」


柳はそう言い残すとフッと闇の中から気配を消す

楓は「チッ」と舌打するとそのまま柳の去っただろう方向とは逆を向きそのまま闇の中へと消えて行った





2日後、後に発見されたこれらの死体の事件はマスコミなどによる報道を抑えられ警察からJCAIへと捜査を委ねられた





(つづく)

作成 2002年9月10日




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