第二話「遺跡荒らし再び」




「ふ〜 今回は飛行機での移動時間が短くて助かったぜ」

優は飛行機から降り立つとまずは太陽を手で隠しながら見上げる

世界中どこに行っても太陽の輝きだけは不変だと感じられるこの瞬間が優には心地よい

そしてそれこそが生きているという喜びを実感できる瞬間でもあった

「さてと、案内役わっと……」

優はとりあえず荷物を椅子代りにしてここに迎えに来ているはずの北京支部からの案内人を待つ

「スプリガン、御神苗 優さんですね…」

すると優の背後から声が、しかも女性の声で優の名を確認する声が聞こえた

「ん……ああ」

「お待たせしました。アーカム北京支部の丘、丘 李梨(クー リーリー)です」

優の目の前に細身だがそれがまた美しさを際立たせる30歳前の女性が立っている

黒の長髪を後ろで束ね、顔立ちも整い、どことなく日本人を思わせるような目が印象的だった

「ああ、よろしく。俺は御神苗 優、優でいいぜ」

優はいいなががら右手を差し出す

それに女性もクスッと笑いながら

「OK、私も李梨でいいわ」

返事と共に返し差し出された優の右手を握り返す

「さっそくですが表に車を用意しています」

「あ、ああ」

促されるままに優は李梨の後を着いて行く。着いて早々急かされたので優は山本から聞いていたとおり深刻な事態なのだと実感した


その優と李梨の行動を遠くから監視している者がいた

「……こちらF3P……ターゲットは今到着した……」

「ああ、予想通りスプリガンの御神苗 優だ……ああ、一人、それと案内役だろう女が一人だ」

「……了解。国境までは奴等を監視、尾行する」

話を終えると男はそのまま優達をつけようとする

だが突然背後からトントンと肩を叩かれ、ギョッとして降り返るとそこには少女が一人立っていた

「……なんだ」

男は内心では動揺するも、それを表情にだすことはなくニコリともせずに少女に問い掛ける

少女の方もジッと男の方を見つめ、ニコリと男に笑いかけると

「グッ………」

やがて不意に男はその場に崩れ落ちた

「ふ〜ん……やっぱなにかあると思ったら…こんな展開とわね〜」

少女は手にしていた改造スタンガンを手にしながらつぶやく。そのスタンガンからはまだ青白い火花がバチバチと音を立てている

そしてニヤリと笑うと男には目もくれずそのまま優達が去った方向へと歩いていった






「ふ〜見渡せど大平原か……」

「ええ、ここは別に都市部のように開発されているではないのだからしょうがないわ」

「それにしてもこの風景が急に砂漠に変わるなんてそうそう信じられねーな」

「ええ、私も最初はそうだったわ。でも地球の砂漠化は年々急速に進んでいるのはあたなも知っているでしょう? ここもその例外じゃないわ」

優は現在延々と続く大草原の中を李梨と共に車で移動していた

見渡す限りの平原は遠くに先ほど通過した陰山(インシャン)山脈がその姿を際立たせ、砂漠の姿すら見えなかった

その道なき荒野とでも呼べる場所を一台のジープが濛々と砂煙をあげながら疾走する

その車中ではとりとめもない世間話が繰り広げられているだけだが、優はその世間話も切り上げてそろそろ本題に入ろうと思い立つ

「それより……連中との連絡が途絶えてどれくらい経つんだ?」

「……4日よ」

前を見据えながら優の質問に李梨は暫しの沈黙の後、静かにつぶやく

「4日前に遺跡への入り口を発見し、教授たち調査隊が中に入ったという連絡を最後に……」

「…4日か……」

言いながら優の頭の中では1日前の山本との会話の内容が思い出されていた







ノックもせずに優は所長室へと入るが、いつものことなのだろう。山本はそれを見ても別段なにも咎めるようなことは言わなかった。ただ視線だけを優に投げ掛けるのみである

「山本さん、調査隊が行方不明になったって!?」

「おお優!待っていたぞ……ん、少し服が焦げついていないか?」

優は大学からここまでそのまま直行してきたために服はまだ少し焦げ付いているが別段目立つほどでもなく一見それとは気付かない

だが山本はその気付かないほどの服の焦げあとに気付き何事かと優に尋ねる

優は渋い表情をしながらもその報告もしなければと思いたち頭をかく

「ああ、山本さんから電話がある少し前にちょっとした歓迎を受けてね……どうやら連中どっかの国の諜報機関のようだったぜ」

「そうか……そいつらも嗅ぎつけたと考えた方がいいな」

山本は何かを知っている風に意味深げに発言する

「一体今回その調査隊は何を調べてたんだ?」

「この写真を見てくれ」

優の質問に、山本は一枚の写真を優に手渡す

受け取った優は最初わけが分からないといった顔をしていたが

「ん、なんだこれ? …単なる衛星写真じゃねーか…しかもこれ、砂漠しか写ってねぇーぜ……」

写真には、写真一面に写し出された砂漠が広がっているだけ、いや、それとわからなければ砂漠としかわからないかもしれない

「ああ、同時にその場所で3週間前に特殊な電磁波が観測された」

「!?」

山本は机の上で手を組みながら言い、その言葉に優のピクッと反応する

「お前も知っているとおり、衛星から特殊な電磁波が観測されるという事は、そこになんかしらの不確定要素が眠っていることになる」

「ああ、数年前の『ノア』のようなもんだろ」

優の脳裏に先年トルコのアララト山脈で繰り広げられた米軍との『ノア』争奪戦が思い出される

「…そうだ。それで我々はまず調査隊を現地へ派遣した。 派遣後の調査の結果先日遺跡への入り口とおもわれるものが発見されたそうだ」

「遺跡への入り口?」

「ああ詳細は不明だが突然地中から這いあがってきたそうだ。そしてそれを現場では入口と判断したようだ。だがその連絡を最後に一向とは連絡が途絶えてしまった」

「連絡が途絶えたって……それは何日前からなんだ?」

「……3日前からだ。そこで優、お前に現地に行って行方不明の調査隊の救出と保護をしてきてもらいたい。
その上でその遺跡の調査をし……危険なものであればいつもと同様スプリガンとして動くことが今回のお前の任務だ」

スプリガンとして―
それはもしその遺跡が制御不能、または過ぎたる力を有していたならば破壊、またはなんらかの方法で封印することを意味する

「で、そこはどこなんだよ……まさかサハラ砂漠のど真ん中なんて言うんじゃねーだろーな」

優はサハラ砂漠であれば行かない、いや行きたくないと暗に意味しながら言い放つ

別にサハラ砂漠へ行くのがハッキリと嫌なのではない。今回のこの事件で自分がもう行くことが決定されているのが私情とないまぜになって納得がいかないだけだった

その私情というのもごく個人的なことであるのはいうまでもないことなのだが…

「いや、バダインジャラン砂漠だ」

「バダインジャラン!?」

「ああ、今回のその電磁波が発生した場所、それが中国東部の内蒙古自治区に位置するバダインジャラン砂漠からだったんだ」

「……こんなところでねぇー …ま、だからこそかな」

優は素直に納得した

優にはスプリガンとしての任務もそうであるが、過去の神秘とでもいえる考古学にも人一倍興味があり、今回もまだ未体験の地ということもあってそっちの方にこの時は興味が行っていた

「……現地での案内人は?」

「向こうの支部の人間をちゃんとつける、心配するな。それにお前が着くまでには向こうの支部で編成された部隊が先に到着しているはずだ」

「さすがに手回しがいいな……」

「だが気をつけろよ優……不明瞭な遺跡といい、それを狙う連中もいるようだからな」

「ああ。でも毎度のことだろ?」

優のその言葉に、済まないとおもいながらもただ笑って返事をするのが山本には精一杯であった

もちろんこのやりとりも毎度のことであり、次の言葉も毎度のことである

「他に必要なものはあるか?」

優はこの質問に対してしばし思案し、

「壊されたから新品のバイク、それと……」

優はなにも言わず山本の顔をジッと見る

「わかった、わかった…今回行くことができなかったそのコンサートとやらのチケットはちゃんと手配しておく」

山本は優が今日コンサートに行くという予定を潰されて少しムッとしていることに気付き、やれやれといった表情で優に告げる

「商談成立……だな」

まさに毎度のやりとりである






「………」

「どうかしたの?」

山本との会話を思い出して黙っている優に李梨が問いかける

車はいつのまにか砂漠上を疾走しており、車の通った後にはタイヤの跡と、砂煙が巻き上がる

「ん、いや…ちょっと今回の任務では考えることが多くてな」

「はは、スプリガンもそうところはあるんだ」

「おいおい、お前等は俺達(スプリガン)のことをどんな風に思ってるんだ?」

「そりゃー、戦闘のエージェントだからてっきり冷徹な人たちだとか・・・・ね」

「ハハッ、確かに金で雇われただけのヤツそんな連中もいるけど、俺はもちろんちが……ん?」

李梨の想像を否定しようと身体を運転席の方に向けたとき優の視界に一点の影が映った

「どうしたの?」

「いやな、俺たちを出迎えるやつでもいるのか?」

「え?」

「あれは出迎えか?」

その正面のあれを指差しながら優は尋ねる

そのような連絡を受けていなかったため、言われて李梨も前方を注視すると確かに何かが遠くに映った

「そんな話は聞いていないけど…」

自分で確認する意味もこめて言葉に出す

「どー考えたって手厚い歓迎のようだな……ベル203S ヒュイコブラ……旧いタイプだが米軍の戦闘ヘリ一機がこっちに真っ直ぐ向かってきてるぜ」

李梨は言われて目を凝らすが、彼女の目に映るのは黒い点であり、それがヘリであること、さらにその詳細など分かりようはずもない

そしてここに自分達常人とS級工作員である優との違いがあるのだと無意識に思った

「あなたどういう目をしてるのよ? それよりどういうこと、それが本当なら戦闘ヘリを用意したなんていう話は聞いていないわ」

「どうやら味方じゃないようだな……」

李梨の言葉で優は遺跡を狙う者たちがさっそくやってきたのだと判断する

その言葉で李梨は自分の判断よりもこういう経験が自分よりは長いはずの優に依存し、踏み込んでいたアクセルペダルを弱めそのスピードを落とす

「ど、どうするの?」

「どうする?そりゃー……」

優はしばらく思案した表情を作り、そしてニヤリと笑うと

李梨はその笑いにゾクッと背中に寒気が走った。普通ならこんな状況では狼狽するはずなのに優は笑っているのだ

いや、正確には口は笑っているが目はまるで獲物を狩る野生動物のように鋭さを増し、先ほどまでのほほんとしていた少年のような人物と同一人物だとはまるで思えなかった

「逃げるんだよ!」

言うと優は助手席から足を伸ばして李梨の足の上からアクセルを踏みこみハンドルを左に切る

「キャァァァーーーーッ!!」

加速の反動と急ハンドルによる方向転換で一瞬身体にかかった重圧が李梨の恐怖感を増す

だが李梨にできるのは優に己の運命を委ね、そして金切り声をあげるのみだった

「ちっ、やっぱり連中も追ってきやがる」

「こ、これじゃー逃げ切る前にこっちがやられちゃうわよ」

なんとか恐怖でおかしくなる前に正論を述べて正気を保とうとする

だがその正気を保とうとすれば保とうとするほど悪いほうに考えが向い、未だ自分たちが危機的状況にあることを再確認するだけである

「ちっ、仕方ねぇーな」

優は懐から愛用のSIG/SAUER P226を取り出す

「な!? そんな拳銃一丁でどうやってヘリを撃ち落とすって言うの!!」

「見てろよ、拳銃一丁でもヘリを行動不能にさせることは充分に可能………って」

優は視線の先にヘリとはまた別のものを捉えていた

優の言葉が途切れたことに違和感を覚えた李梨は

「どうしたの……!?」

李梨の言葉が言い終える前に、突然ものすごい爆音と共に戦闘ヘリが火を噴いた

そしてそのまま制御を失い炎をまとったまま砂漠上に墜落、そして炎上する

「な、なにが起こったの!?」

李梨はなにが起こったのか把握していない、しかし優には戦闘ヘリが墜落した原因が分かっていた

「…嘘だろ……なんでよりによってアイツがこんな所にいるんだよ」

優は頭を抱えて苦悩する

もちろんこれから先に苦労するであろうことを思いやっての苦悩である

「……よりによってスティンガー(スティンガーミサイル)なんて装備しやがって…」

そこにはいつのまにいたのか、砂漠上にもう一台の車両がある。そしてそのすぐ近くにはスティンガーミサイルを構えた少女がいた

少女の方も優達に気付いたのか、優に向かってニコヤかに手を振っている

その少女こそ優にとっては疫病神、通称“遺跡(モニュメント)荒らし”の染井 芳乃その人であった




to be continued



いかがでしたでしょうか?スプリガン・Trace Eden 第二話
今回はあの遺跡荒らしの芳乃を登場させるとあってどのような登場シーンがいいかなと思案していたらこんな風になってしまいました(苦笑)。芳乃は初穂と並んでスプリガンの女性キャラの中ではお気に入りのキャラで、この連載には2人とも必ず出すという設定で書いていて、初穂は優と同じ大学、だが芳乃はやはり商売敵が似合うことからもこうして戦場(?)での登場で出してみることにいたしました
それにしても・・・・・・・銃器と武装ヘリなどの知識がないばかりか資料も手元に少ないために我はほとほと困惑しています。もしスティンガーで武装ヘリなんか撃墜できねーよなんて思っている方がいらっしゃいましたら我にメールでお知らせ下さいませ
それでは第三話をお楽しみに!


改訂 2002年7月9日


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