第五話「罠」





エホバ神 その人に命じていいたまいけるは、

園の全ての木の実は、汝心のままに食うことを得。

されど善悪を知るの木は汝その実をを食うべからず。

汝これを食う日には、必ず死ぬべければなり


                     <創世記>より






ガーーーーー………キュゥィィィィーーーーーンン……………ガーガガー………

砂漠上には不似合いなその音がこだまする。その音を発しているのは調査隊がその場に残していた衛星無線機であった

「李梨無線機は使えそうか?」

「ちょっと待って……簡単な故障だからすぐに直ると思うわ」

李梨は黙々と無線機の配線をいじっている

その表情は真剣そのもので、先ほどまでは単なる案内役であった感じが今では立派なエージェント並の顔つきになっている

「ねー、本当にアーカムなんかに連絡いれるの〜…」

「あったりまえだろ!それに"なんか"とかいうなよな。俺の所属先なんだぜ!」

「べっつに〜 ……だって私の所属先じゃないもん」

「まぁ、お前にはそうなんだろうけどよ……」

芳乃には何を言っても無駄だと悟っており、逆に突っ込んで言おうものならこっちの疲労が増すだけだということを重々承知しているために優はとりあえずは折れて口を閉ざす

「優、とりあえず通信は回復したわ!」

優と芳乃の言い合いにもこの数時間で慣れたのか、二人の会話には別段口を挟むこともなく通信機器の修理を終えたことを告げる

「あ、ああ…わりい」

優もさっそく通信機に手を伸ばして波長を合わせる。しばらくはノイズしか聞こえなかったが、しだいと向こうからなにやら応答をかけてくる声が聞こえてくる

「こちらスプリガンの御神苗 優だ!聞こえるか」

優はとにかくマイクに向かって叫ぶ。しかし相手からは何の反応もない

「繰り返す、こちらスプリガンの御神苗 優だ!聞こえるか」

その行為を5度ほど繰り返した後、やっと通信がつながったらしく向こうからも反応が返ってくる

『……こち…ら………アー…カム………こちらアーカム北京支部!』

最初は不明瞭な音声であったが向こうでも調節したのか明瞭に聞き取れるようになった

『こちらアーカム北京支部!そこにうちの支部の李梨はいるか?』

「こちらは李梨、私は無事です」

優からマイクを受け取り自分の無事をとりあえず告げる

『おお、無事だったか? で、警備隊の連中とは接触…―』

「わりぃーがこの通信を日本支部の山本さんに繋いでくれ!」

相手がすべてを言い終える前に優はそれを遮り足早に自分の用件を伝える

『なに、それはそういう…?』

「わるいが説明している暇はない!遺跡に入っちまった奴らの命もかかってるんだ早くしてくれ!」

『…あ、ああ…わ、わかった』

相手もNo1スプリガン御神苗優の名前は重々承知している

その優の無線越しの剣幕に押されたのか相手は素直に優の申し出の通りに通信を山本へと繋げにかかる。そして山本が出るのに2分とかかりはしなかった


「山本さんか!?」

『おお優無事だったか…こっちもおまえに連絡をとろうとしていたんだ』

「俺に?…まぁそれは後にして……山本さん、今回俺に隠していることはねぇーだろうな?」

『隠していること?』

「今回の敵はアメリカ、しかも機械化小隊が出張ってきやがった!」

『やはりアメリカか…』

「しかも連中はここの遺跡のことを”エデン”と呼んだ…今回のこの遺跡の発見は本当に特殊な電磁波からだったんだろうな?」

『……“エデン”…だと?…それが本当なら…』

わずかに山本の声が影を落とす。優もその山本の変化に気づく

「どうなんだよ山本さん!」

「すまん優…こっちも大至急そのことについては調べるつもりだ。今はお前の任務を遂行することに専念してくれ」

山本のその言葉に優は引っかかるところがありながらも任務はもとより全うするつもりだっために、敢えてそれ以上は追求しない

「そういやさっきそっちも俺に言うことがあるって…」

『ああ、ローマで回収したオーパーツ。といっても今回のは一枚のプレートだったのだがそれをジャン君にパリ支部へと移送の護衛を依頼していたのだが…』

山本の言葉が一旦途切れ、次に出された言葉は優には衝撃的だった

『その途中で移送車両が襲撃されプレートを奪われてしまった』

「なんだって? それでジャンは!?」

『ジャンはその時かなりの負傷を負いはした。 だがさすがは獣人といったところかもうすでに意識も回復してる。今はそのジャンに重傷を負わせた男の行方を追跡中だ』

その山本の声にホッと胸をなでおろす優。

「だけどジャンを負傷させたって…ジャンの奴油断でもしてたのか?」

『いやそうではないらしい…ジャンはまあかなり力をその時は抑えていたと言っていたが』

「けっ、それを油断てゆうんだってジャンのやつに今度教えてやらなきゃな」

『とにかくあの赤毛のマスク野郎だけは叩き潰すって息巻いてたよ』

山本の“赤毛野郎”という言葉に優は思わず眉をひそめる

「(赤毛?マスク!?)  ………ちょ、ちょっと山本さん!そのジャンを倒した奴ってのは赤毛でマスクを被ったやつなのか?」

『ん?ああ、ジャンの話だとどうやらそいつも米軍だったらしい』

山本の言葉優の頭の中には先ほどまでのグリスのことが頭に浮かんだ

『なんだ優、その男に心当たりでもあるのか? …まさか!?』

「そのまさかだよ山本さん!そのプレートを奪って行った奴ってのは多分今ここに来てる奴だぜ」

『なんだって!? ならジャンにそのことを伝えなきゃならんな』

「じゃあジャンに言っといてくれ。そいつは俺がとっちめてお前のミスも帳消しにしてやるってな…それより今度の遺跡のことでそっちがわかっていることは素直に教えてくれ!」

優の言葉に観念したのか山本は息を吐き

『わかった…だがこちらでもすべてを把握したわけじゃない』

「…………・」

『ローマで発見されたプレート。 それで今回のこととのつながりがつかめそうなんだ』

「そういやそのプレートにはなんて?」

『わからん』

「おい、山本さん!」

『ただわかっていることはそのプレートの記述は今までのように古代ヘブライ語等でもなく古代中国文字、甲骨文字に近いものだということは発掘隊によって確認されている。それをパリ支部で解析しようとした矢先に奪われてしまったんだ』

山本のその言葉に優はおもわぬこの事態にただ額に汗を浮かべているだけだった

だが一方でローマとこの砂漠上の遺跡に関する繋がりが見えたため、プレートに記載されていた内容が気にかかる

「じゃあなんて書かれていたかは……」

優はあまりその質問に対する返事を期待してはいなかったが、山本の返事は優のその期待を裏切るものであった

『いや、幸いにもプレートを写真に収めていたため文字の解読に関しては現在フランスのパリ支部で行っている』

「!!」

『そして解読作業にはティア会長自らが護衛も兼ねて支部に駐屯している』

「ティアが!? ならそっちは安心だな」

アーカム財団を設立し、後には自らスプリガンとなったティア・フラット・アーカム

魔術を駆使したその能力から仲間内からは“魔女”と呼ばれ、その信頼度も高い

優ももちろん信頼している者の一人で、ティアが解読に携わっているのなら安心だという気持ちになれ、正直ここでの任務に専念できる形は整えられた

そして再びプレートに関する疑問が優の脳裏に浮かび上がる

「でもなんで古代中国の文字で書かれたプレートがローマなんかにあったんだよ」

『それを調査する前に奪われてしまったんだ… だが、そのプレートを奪った米軍がすでにそっちに到着しているということは……優、その遺跡が力を持ったものならアメリカに渡すわけにはいかん!なんとしても遺跡の保護、最悪の場合はスプリガンの使命に従って封印するんだ!だがいいか、決して無理はするなよ!』

「わかってるよ山本さん!こっちには連れが他に2人もいるんだから無理はしねぇーって!」

『2人?ちょっとまて優!! 一人は中国支部の人間だとしても後の一人って?』

「じゃあ朗報を期待していてくれ、じゃあな!!」

『おい、ちょっと待…………………………………―』

山本がすべてを言い終える前に優は通信を切った

「よかったの優ちゃん?まだなにか言いかけてたけど?」

「あのなー、ここにお前までいるなんて説明できるか?」

「……それ、どういう意味よ…」

芳乃のジロッとした視線をかわし優はシューズの靴紐を再度固く結びなおすと同時に自身の気持ちを引き締める

「それじゃ、行くか! エデンの園にな」










薄暗い遺跡の内部、その中を優、芳乃、李梨は調査団の救出・保護のため(芳乃はお宝のため)に前方をライトで照らしながら前へと足を進める

李梨には緊張感からか、常に左右に視線を走らせあたりを警戒する

が、優と芳乃にはそんなそぶりは見られなかった

芳乃と優にはこんな状況などもはや慣れているのだろう。まったく人間の慣れというものは闇に対する恐怖心すらかき消してしまうのか

「大体なんで本気を出してさっさとやっちゃわなかったのよ!」

「ああ?俺が手加減したっていいたいのか?」

「だってあんたのご自慢のあのなんたらスーツをフルに活用させてりゃ楽勝だったじゃないの」

「なんたらスーツ?」

芳乃のその言葉に少し考えを巡らし、すぐに芳乃の言いたいことが分かった

「ああ、AMスーツか!! 悪いな、俺あれもう使ってねーんだ」

「ええーー!? なんでよ?」

「あれはもう俺には必要なくなったからな」

「?」

優のその言葉に芳乃はわからないと言った表情をする

「あの南極事件の前からもうAMスーツは使ってねーぜ」



優がAMスーツを必要としなくなった、それは己の師でもあった朧との死闘からである

それまで優はAMスーツに頼った戦いを繰り返していた

だがそれを見ていた朧は常に言っていた

『そんなもの(AMスーツ)に頼っているようではあなたはまだまだ私を越えることはできませんよ』と

その言葉か、優はスーツを脱いで戦ったとき相手の動きを肌で感じることができるようになり優は更なる強さを、殺人機械としてではなく人間としての強さを手に入れることができた



「ふ〜ん」

その説明は芳乃にはどうやら退屈だったようで遺跡の内部に視線を巡らせる

「それにしてもなんか変なところよね」

「変? なにが変なの!?」

芳乃の一言が気になったのか李梨は即座に尋ねる

「えっとね、空気っていうか…その〜…」

芳乃は言葉に詰まって優の方をチラリと見る。優の方もその視線に気付きコクリと頷く

「ああ、この感覚は以前に俺もどこかで感じたことがあるぜ」

「それはいったい?」

「……それが忘れちまってるんだよなー…」

優は頬をポリポリ掻きながら呟く

「優ちゃんも?へへっ、実は私もなのよね〜☆」

「まぁ俺達みたいな仕事してるといろんな体験するからな〜」

「そうそう、死にかけたのなんて一度や二度じゃないもんね」

「そのうちのいくつかにはお前が原因だってのもあったぞ」

「……そんなことあったっけ?」

「………」

優と芳乃にはたわいもない会話なのだろうが李梨には笑って済ませられるようなことには聞こえない

それを聞いて目の前の、一見どこにでもいる男子と女子の2人が改めて自分とは別世界で生きているのだと実感する

その証拠にこの暗さでは李梨自身には確認できなかったろうが、自身の顔が引きつっていたということは自覚ができた

「ふぅー」と溜め息をつくと李梨は近くの壁に手をのせる

"カチリッ"

静寂の中、不意に響き渡るその音に優と芳乃は一斉に李梨のほうに視線を向ける

「おい、李梨…」

優の額に一筋の汗が流れ落ちる

「えっ?………」

李梨は自分でもなにかいけないことをしたと気付いたがそれは時すでに遅しだった

途端、あたりに微弱な震動が起こり天井からパラパラと埃が降り始めてきた

「な、なんだぁー!?」

「ちょっと、あなたなにやってんのよ!!」

「えっ? ええっ!?」

芳乃の叱責にも李梨には応えられる筈もなく、何がなんだかわからないとうろたえることしかできない

しかしまわりの震動が止むことはない。それどころか段々と振動は大きくなり、音が優達の元にも近づいてくるのがわかる

天上からはパラパラと砂埃が落ち、危険が迫っていることは誰にも感じられる

「しゃーねー ……走るぞ」

「…そうね」

「え?」

優の呟きに芳乃はすぐさま同意しるが、李梨は頭を抱えながら聞き返す

「いいから走れ、全力疾走だ!!」

優のその叫び声と共にいち早く反応し芳乃が走り出す

「ほら、李梨もさっさと走れ!」

李梨の尻をバシッと後ろから叩くと

「キャッ! ちょっと優!」

優に叩かれたことで我へと帰り、優にきつい視線を向けるがやっと事態が飲み込めたのか走り出す

そして最後尾という位置で優も続いて走り出した


後方からの音と振動が迫る中3人はひたすらに駆けていた

「よ、芳乃さん!この暗さで前は見えるの?」

「大丈夫、ライトの灯りさえあればなんとかなるわよ」

李梨の叫ぶような声に芳乃は李梨に向かって余裕の笑みを浮かべ、おまけにVサインまで出してみせる

李梨にはいったい芳乃のその自信がどこからくるのかわからないが、自分よりも圧倒的にこうゆう状況における経験の多い者の行動に従うしかないと理解する

いや、自身でも「逃げる」という行為しかこの状況では思い至らない

「まぁ、ここは直線だからそんなに心配することはねーよ」

後ろから優も李梨を心配させまいと声をかける

「優…」

その声に安心したのか走りながらもチラッと後ろを見るが、途端に李梨の表情に恐怖が浮かんだ

「どうした李梨!?」

李梨のその緊迫の表情に大方の予想はしながらも優は走りながら尋ねる

「あ、あれ!? はるか後ろから迫ってくるの…」

「ああ、だから走れって言ったろ… 追いつかれたら俺達はペシャンコだ」

優達の後ろから迫ってくるもの、それは岩石が転がってきている。単純な罠ではあるが、こういった通路が狭く下りになっている遺跡では理に適っており、もっとも効果的な罠とも言える

「もうー!優ちゃんさっさとなんとかしなさいよー!!」

芳乃は早くも走ることに苛立ちを感じ優に怒鳴る

「バカヤロー!あんなの俺にどうしろっていうんだ!?」

「あんたがあのなんたらスーツさえ持ってきてれば楽勝だったじゃないの!」

「俺だって今のこの状況を思えばそうしたほうが良かったって思ってるよ!」

優も走りながら負け時と言い返す

「ひぃぃぃぃぃーーー! どっちでもいいからなんとかしてぇーーー!!」

叫ぶことしかできない李梨、優達にできることはただ走ることだけであった

「ちくしょー!俺達はインディー・○ョーンズじゃねーぞ!!」

走りながらも優は憎まれ口だけは叩くのを止めない

走る三人を追従するかのごとく岩石は優達に迫るのであった




to be continued


後書き

ふ〜、夢のようなGWも終わり、現実という日常が再び襲ってきた。しかしこのスプリガンの連載だけは書いている最中夢なのだろうか、現実なのだろうかふと考えてしまいます……(別に妖しい薬はやっていませんよ(^^;

さて第5話はいかがだったでしょうか?実はあのグリス君はすでにジャンと一戦を交えていたようでしかもジャンからプレートを奪取していたのです!!このグリス君は後々その性能等ももちろん言及しますが詳細はいまだ私にも未定です(汗)なにぶんにもいろいろと書いているうちに当初の設定とかなり違ってくるようなところもありますからね〜…ここらへんが俺の限界なんだろうか?

……なんだか自己嫌悪の後書きになってしまいそうなんでここらで打ち切ります(^^;
では次回第6話で!このスプリガン Trace Eden も構想では後3、4話ぐらいですのでもうしばしお付き合いくださいませ

改訂 2002年7月9日


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Trace Eden