第六話「ALIVE」
「ハァーハァーハァーハァー………」
「……な…なんとか助かったみたいね」
「あ、ああ…それにしてもあんな古典的な罠だけに性質(たち)が悪いぜ」
優、芳乃、李梨達は無事に遺跡の罠から逃れ3人とも肩で息をしながら互いの無事を安堵していた
優や芳乃は毎度のことなので慣れているが、李梨にはこのような出来事を体験したのは初めてである。そのためにその表情はげっそりと疲れ果てている
「…それにしてもここはどこらへんだ?逃げてる間に結構下ってきたと思ったけど」
優はあたりを眺めながらつぶやく
「う〜ん………そういや外から観た感じじゃそうたいした高さじゃなかったのに結構くだってきたわよね?」
「ああ……ってことはこいつは地下まであるらしいな」
優と芳乃が話している間に李梨は少しでも疲れを癒そうとその場に座りこむ
その時、李梨の尻になにか、岩のようなものとは違った感触で硬いものが当たる。なんだろうとその異物を手で探ってみる
石ほど硬くはないのだが、なにやらビスケットでも触っているようなザラザラした感触が手に伝わってくる
胸元のポケットからペンライトを取り出し、李梨は恐る恐るその異物に光を当て自分の目で確認する
その光に映し出されたものは
「ぎぃぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーーーーーーー!!」
李梨の絶叫がその空間内に木霊し、優と芳乃は耳を押えて李梨の方に視線を向ける
暗がりでも目が利く2人には李梨の恐怖に引き攣った表情が視界に捉えられた
「ちょっと、こんなところでなんて声を出してんのよ!」
芳乃は李梨の叫び声がよっぽど癇に障ったのか負けないような大きな声で叫ぶ
いや、李梨の叫び声で耳を多少やられたため、大きな声を出さないと自分が何をいっているのかもわからないためだ
だが李梨は恐怖に見開かれた目で芳乃や優の方に視線を向けるとただ自分が見たものを指差すしかできなかった
「李梨、一体どうしたんだよ?」
「が…が、が、が………」
「が? なにそれ?」
優の疑問に李梨はまだそうつぶやくしかできず、芳乃が反芻して再び問う
「どうせなにか虫でもいたんでしょ?」
芳乃はそう言うが、李梨は思いきり首をブンブン横に振り否定する
「もうそれじゃぁ一体なんだって…もういいわ自分の目で確認するから」
そういうと芳乃は李梨が指差したものを確認しようと歩みだし、ライトの光を李梨の視線の先に向ける。それを見た芳乃の動きがピタリと止まった
芳乃の視線もそれを見た時釘づけとなり、振り返って乾いた笑いを優に向ける
「……おい芳乃。 何があったんだ?」
その表情に優も李梨や芳乃が一体何を見たのか、己の好奇心からも確かめたいという衝動に駆られる
そして芳乃の隣に並び立ちその物を自身の目で確認する
そこには一体の死体、いやすでに骸骨となったものがそこに転がっていた
そしてその先にはまだ無数の骸骨が眼前に横たわる
「こりゃまたすげーな」
優はその骸骨もさることながら、その骸骨が身にまとっている甲冑や、近くに横たわる刀のほうに視線が自然と向いてしまう
その骸骨が纏う甲冑が今のこの時代ではまず目にはしないもので、明らかにはるか昔の時代のものであると想像できる
優はそれを己の記憶から一致するものはなかったかと思い出すがあいにく該当するようなものはない
だが似たような形は資料に載っていた写真などで何度も見たことがありそれとなく想像することはできた
「こりゃー古代中国の甲冑だな…紀元前2000、いやもっと昔の物だな」
「中国の?」
その「中国」という言葉に言葉にさっきまで骸骨を見たことで冷静さを失っていた李梨が反応する
その様子を見て取った優もコクリとうなづくと再びその甲冑に視線を向ける
「しかしわからんのはこれがいつの時代のか…そもそもなんでこんな砂漠上の、しかも遺跡の中に転がっているかだな」
優の疑問はその二点に向けられていた
「ねぇーねぇー優ちゃん!この甲冑とかってさ高く売れないかな?」
芳乃にはなぜここに甲冑があるのかという疑問よりも、これが金になるのかならないのほうに関心を抱き始める
遺跡の中に眠る価値あるお宝、それこそが芳乃の目的でもあるからだ
「あのな〜…芳乃お前この後に及んでまだ金儲けたくらんでるのか?」
「当然じゃない!古代の遺産は全てお金になるのよ!」
「…前から聞こうと思ってたがそんなに金貯めてお前どうすんだ?」
「もっちろん好きなもの買いまくるのよ♪」
芳乃のその応えに優はため息ひとつつくと、聞いた自分が馬鹿だったと思う
そしてそれ以上の質問はやめようと再び視線を芳乃から甲冑へと戻し思考も切り変える
「だが…なんでこんなところにこんな甲冑が骸骨なんかと一緒に転がってるんだ?」
「ゆ、優!」
李梨の声で優はそちらを振り向いたとき、さらに愕然とした表情になった
そこには先ほど見たのと同じような甲冑をまとった骸がさらに横たわっていたのである
いや、良くみると異なった甲冑をまとった骸も発見できた
「…これも古代中国のなのかしら?」
李梨は呟く
「…これは…ねぇ優ちゃん…あなたの考えは?」
額に冷や汗を流しながら歓喜の表情で優に向かって語り掛ける
その表情は再びお宝を発見したかのような顔つきであった
「…認めたくないが…たぶんお前とおなじだと思うぜ」
「やっぱし?」
「やっぱりって…優何が?」
「こいつは古代中国の甲冑じゃねぇー…紀元前後、いや後の古代ローマのだな。一般じゃ帝政ローマなんて呼ばれてた頃のものだ」
帝政ローマ―
帝政ローマ、いわゆるローマ帝国が成立するまでのローマを中心とする一帯は王政を廃止し共和政へと移行し、約300人の貴族で構成される最高の立法・諮問機関である元老院によって統治されていた
紀元前43年、アントニウス・レピドゥス・オクタヴィアヌスが中心とする三頭政治のもと地中海沿岸を支配するも、アントニウスはエジプト王朝(プトレマイオス朝)の女王クレオパトラに魅了されローマと疎隔する
そしてレピドゥス失脚の後残りの2人、オクタヴィアヌスとアントニウスは対立、紀元前31年ギリシア西北海岸沖にて繰り広げられたアクティウムにおいて衝突する
その古代最大とも言われる東西決戦においてアントニウス・クレオパトラの連合軍を破ったオクタヴィアヌスが翌年エジプトを併合しローマの地中海制覇は完了される
そして元老院は彼、オクタヴィアヌスにアウグストゥス、"尊厳者"の意を持つ尊称を与え”第一の市民”の意を持つプリンケプスと称して政治を司り、実質これが帝政の始まりといわれている
そしてオクタヴィアヌスは後にローマ帝国の初代皇帝となり、後に「ローマの平和」といわれるトラヤヌス、マルクス・アウレリウス・アントニヌスを代表とする五賢帝末期までの約200年間の基礎を築いた―
そのローマ時代の甲冑さえもここには古代中国の甲冑と共に累々と横たわっていたのである
時代も王朝も異なる2種の甲冑がこの遺跡内に存在する意味、優の脳裏に先ほどの砂漠上での米軍機械化小隊グリス、そして上司山本との会話が思い出される
『俺達アメリカはこのあたりに旧約聖書に出てくる”エデン”の存在があると睨んでいたのだ』
『ああ、ローマで回収した遺跡、といっても今回のは一枚のプレートだったのだが…』
優の頭の中で目の前の光景と記憶とが重なり合い、ある一つの予測のもと衝撃が走る
「………まさか…な」
一人呟く優、そしてそのつぶやきに芳乃は目を輝かせる
「なになに? なにかわかったの優チャン?…教えて☆」
「お前には教えねぇーよ」
「なによそれ!」
「とにかくここが普通の場所じゃないってだけでもわかっただろ?」
「そんなのここに来る前からわかってるわよ」
「まぁな…それにしたってこの遺跡はどんなしろもんなんだかさっぱりわかんねーや」
「なによ?それだったらさっきの奴締め上げて聞き出せばいいじゃない!」
至極簡単に言い放つ芳乃。そのハッキリとしたいいように優は一瞬言葉に詰まる
「あのなぁ〜」
「あら、だって優ちゃんはスプリガンなんでしょ?スプリガンならあんな奴ぐらい楽勝に倒してもらわなくちゃ♪」
「…そう簡単にいくとはおもわねーが…どうやらあちらさんは俺達を歓迎してくれるようだな」
「あら?もうきちゃったの?」
芳乃は携えているLR 300 SR Light Rifle の安全装置を解除する
その動作を見て李梨は目の前に広がる光景以上のなにかただ事でない事態が自分たちに迫っているだと肌で感じる
「じゃ、戦闘開始…だな!」
優がそういった瞬間3人はすばやく岩陰に隠れるとさっきまで優達がいた場所に銃弾が弾着し花火を散らすと同時に銃声が遺跡内の壁に反響する
岩陰に隠れると芳乃が銃撃したと思われる地点に掃射する
「ふ〜…なかなか厄介なヤツラね」
「ああ、なかなか訓練されたヤツラだな。近付くまで殺気を抑えてやがった。 でもこいつらは機械化小隊じゃないな…一般兵、それも高度な訓練をされたヤツラだな」
「目的は私達の足止めかしら?」
岩陰に隠れながら芳乃は今撃った分の弾を新たに補充し、口にも数発咥える
「…かもな…だったらこんなとこでのんびりはしてられないよな」
「ええ……でもあなたよく今の攻撃避けきれたわね」
芳乃は隣で銃を持ったまま怯えている李梨に語り掛ける
「えっ!?」
突然自分に話しかけられたことで動揺の声をあげる
「イヤね、今連中の銃撃が来るってわかった瞬間あなたも私達と一緒に走り出したでしょ?」
「…そういやそうだな…俺が引っ張っていこうって思ったときにはもう動き出してたぜ」
「あなた本当にただのナビゲーター」
「そ…そうですけど…」
「…………」
「…なにか?」
「ううんなんでも。で、この状況どうすんのよ?ここじゃまさか手榴弾なんか使えないだろうしさ」
「あたりめぇーだ!ここで手榴弾なんか使ったら下手すりゃ俺等は生き埋めだ!第一おまえと心中なんておれはゴメンだ!」
「あら?私は嬉しいわよ♪」
もちろん芳乃は冗談めかして言い放つのだが、優には冗談には聞こえない
なにしろ芳乃の破壊というトラブルに関しては優は嫌というほど知り過ぎている
「……使うなよ」
「わ、わかってるわよ…… やーねぇ優ちゃんてば…じょ、冗談に決まってるじゃない」
冗談を言ったつもりが優にはそう受けとって貰えなかったことに頬に汗を浮かべながら芳乃は言う
「…それよりホントにこの状況どうすんのよ?」
「んーそうだな…ここは強行突破しかないかな?」
「うぇー…マジ?」
「なにもお前にやれなんて言ってねぇーだろ…やるのは俺だよ」
「ホント?じゃあさっさと行きなさいよ!ホラ、ホラ!!」
「…お前ロクな死にかたせんぞ…」
「勝手に私の死に方決めないでよ…私が死ぬときはこの世の財宝全てを手に入れた時って決めてるんだから」
「じゃーまだ今はその時じゃねーな」
「そういうこと…じゃ、ちゃんと援護してあげるからしっかりね」
「任せとけって!お前はともかく李梨は守らなけりゃならねーからな」
「そういうことにしといてあげる」
優と芳乃は2人ともコクリと頷くとすかさず優が岩陰から飛び出る
すると一斉に赤い赤外線スコープのライトが優を照らそうと追いかける、その数はパッと見10を越えていた
続いて鳴り響く銃声、米軍の銃弾は優へと次々に向けられ、その優を援護するかのごとく岩陰から芳乃が狙いを定めて引き金を引く
撃たれた側は芳乃のその援護射撃によって挙げた悲鳴が遺跡内に響く
続いて強行突破で飛び出した優の足が一閃二閃と米兵をなぎ倒す
二人の攻撃で米兵の数は一気に半減し、一瞬米兵の士気は消沈する
優はその隙を見逃さずに銃のポイントを定め引き金を引き、銃声の後には撃たれた米兵の悲鳴が巻き起こる
これで残りも後少しとなった時、その悲鳴が聞こえた
「キャーーー!!」
女の、それも知っている者の叫び声のためにとっさに悲鳴の上がった声の方を振り向くと芳乃が左肩から血を流して倒れていた
しかも撃たれた時なのか岩陰から飛び出していて、あれではいい照準の的である
「芳乃ぉぉーーっ!!」
優は叫びつつ芳乃を狙いをつけようとする米兵に銃を向けて引き金を絞る
その狙いは全て絶妙で、芳乃に狙いを定めようとした米兵を次々に撃ちぬいてゆく
そして後一人というとき、不運にも優の位置からではその米兵は岩陰に隠れ死角となっていた
そして赤外線スコープの赤い光が芳乃を捉える
優はこの時芳乃の、そして狙われた芳乃でさえも死を覚悟し目をつぶる
次の瞬間乾いた銃声が遺跡内に鳴り響く
ほんの数瞬の間なのだが芳乃には長い時間に感じられる。だがいつまで経っても撃たれたという感じがせず、死の間際のため痛みが感ぜられないのだろうかと思う
だが肩を撃たれた痛みのほうは未だに感ぜられ、そこでやっと自分はまだ生きているという確信を得る
芳乃自身これがはじめて撃たれたというわけではないため、どこに当たれば致命傷となり、痛覚を感じなくなるかも心得ていた
今は撃たれたといっても左肩であるため致命傷ではなく、痛覚がなくなるということは考えられなかった
では何故自分は無事なのかという疑問が生じる。相手が狙いを外したのか、それとも優が助けてくれたのか?
芳乃は恐る恐る目を見開くと、目の前には優が立っていた
この時芳乃は自分が生きているということがはっきりと自覚でき、また夢でないことも理解する
だが優の視線は芳乃を捉えているのではない。さらにその先、芳乃の後方に向けられていた
「グァッ!」
その時短い声と共に米兵が岩陰から崩れ落ちた
手には今だ赤外線を放射するライフルが握られており、先程芳乃を狙っていた最後の米兵であるとわかる
男が倒れた地面には血溜まりがどんどん形成され広がってゆく
芳乃は目を見張った。誰がこの米兵を撃ったのか?優の様子を見れば優ではないということは一目瞭然であった
では一体誰が!?
そう思い至った瞬間芳乃は左肩を押えながら振り返ると、そこには未だに両腕を突き出し銃を撃った時の構えのままで立ち尽くしている李梨がいた
そして李梨が持っているGLOCK Model 27/33の銃口からはまだ硝煙が立ち昇っており、芳乃は優ではなく李梨が自分の危機を救ってくれたのだと理解した
後書き
ふ〜遺跡内部編第6話「ALIVE」終了〜
…それにしても前にUPさせたのっていつだっけ?…もう忘却の彼方だなこりゃ(笑)
でもやっと6話をUPさせることができたな〜…自分でもここまで書けるとは思わなかった。最初は前・中・後で終わりかなと思ってたんだけど…全然最初に考えていた奴とは違っちゃいましたな〜(爆)
まぁ〜なにはともあれあと2、3話だろうからあまり間を空けないように書かなければね(それが一番の問題)
では次回7話で!はたして優達の命運は如何に!?
作成 2000年8月9日
改訂 2002年4月28日