第九話「嘲笑」





優達が動き出す40分ほど前

グリス率いる米軍はすでに遺跡の奥深くにまで進んでいた

グリスの背後にはそれぞれ暗視装置を身につけている米兵がいる

銃身に取り付けられたライトであたりを照らしあたりを警戒しながら前進する

ここにたどり着くまでにすでに何人かが遺跡の罠にかかって息絶えている

そのため一瞬の油断が命取りになりかねないと一歩足を進めるのにも慎重になっている

だがやがて行き止まりか、目の前に大きな扉の前までたどり着いた

グリスの指示のもと全員暗視装置を外して巨大なライトでその扉を照らす

そこには金属の反射で照らし出された扉がそびえていた

「見ろこの扉を。 ……これすらもオリハルコンでできている……」

グリスはその扉を一目見ただけでその扉の金属が現代では精製不能な希少金属オリハルコンであると見抜く

「……まさかこれすらもオリハルコンだったなんて…」

兵士の一人がその扉に近づいて手を触れようとする

だが次の瞬間その兵士の身体がビクッと震えたかと思うとそのまま微動だにしなくなった

その様子をいぶかしんだ他の兵士が近付いて様子を見る

「…おい、どうしたんだ?」

だが返事はない

グリスもその様子を腕を組んで見つめている。だがその表情にはこれから起こることが分かっているかのように冷笑していた

「おい、返事ぐらい……!!」

返事をよこさないことにイラだったその兵士は肩を掴んで自分のほうを向かせようとした瞬間、男の目の前をなにか光るものが通り過ぎていった

「!!」

男はそう思って光が通り過ぎていった方向を見やるとそこにはナイフと、そしてそれを掴んでいる手が見えた

そしてそのナイフには何か赤い色ものが附着している

その何かを確かめようとした時ガクッと身体の力が抜ける

足に力を入れて立とうとするが次に目に飛び込んできたのは地面と、グリスの冷笑した顔つきのみであった

「なっ!?」

後ろでその様子を眺めていた米兵達にはあまりのことに今起こった出来事が理解できなかった

目に映った光景は仲間が仲間を殺した…この事実をただこれだけであった

だがそのうちの一人が殺した男に視線を向けると、その男の視線は虚ろでとても正気とは思えなかった

それを見た男は思わず背筋に悪寒が走りその男に向って銃を向ける

「おい、何をしている!」

その光景を見てやっと正気に戻れた男が銃身を掴んで制止する

「しょ、少佐……」

「おい、お前も今自分が何をやったか………」

だが少佐と呼ばれた兵士も目の前の兵士の目を見た時やっとその男の様子が普通でないのがわかった

「無駄だ少佐…… 今の彼はもはや彼ではない…」

それを傍で見ているグリスが笑いながらつぶやく

「それはどういうことですかなグリス大尉!? そもそもこの状況でなにがそんなにおかしいのです!!」

少佐がグリスを問い詰めようとしていたその時、突如男が手に持ったナイフを振りかざして少佐に襲いかかった

「なっ!?」

少佐もその攻撃をすんでのところでかわし腰から素早く銃を抜き放つ

「この男は現在催眠状態にあるのです」

「催眠状態だと?」

少佐は銃の狙いを定めたまま視線だけはグリスのほうに向けて問い掛ける。元々この得体の知れない男が階級は自分よりも下であるのに今度の作戦においては最高責任者であると言うことに納得していなかった

所属も階級も違う男が。しかも常にマスクで顔を多いその表情を見せないこの男を作戦の指揮者として認められるわけもなかった

その憤りがこの事態になって堰(せき)を切ったように流れ出したのだ

「そう、あの扉に近付いたこの男は催眠状態にかかってしまったのですよ…これも一種のこの遺跡のトラップなのだろうがな」

「バカな! そんな機能がこの遺跡にあるなどという報告は受けていない」

「……だろうな」

「な!?」

少佐のその驚きの表情があまりにも滑稽に感じられたグリスはマスクの越しに見える目を歪ませる

その目は自分が張った罠にかかったものがいることへの喜びを語るかのようだった

そしてグリスはその愉悦のままに語り始める

「この事実は私のみが知っている。そしてこの私が持っているプレートはこの遺跡と連動している。 ……そして…」

グリスはそう言うと腰から銃を抜き放つと銃口を扉を照らしているライトに向けてそのまま撃ち抜く

途端にあたりは闇に包まれる

「き、貴様! 一体何を………?」

「……失礼、少佐。 貴様等ももう用無しだ」

その言葉と共にグリスの声を頼りに掴みかかろうとした少佐の断末魔の叫びが空間内に響き渡る

その叫びに他の兵士達の間に緊張が走った

そして誰かがその緊張に絶えられなくなった瞬間次々に銃声が遺跡内に響き渡る

「う……うおぉぉぉーーーー!!」

遅かれながらグリスの裏切りに気がついた兵士達はさっきまでグリスがいた場所に向って手に持っている銃を一斉に乱射する

訓練された兵達といえど、突然の自分たちの上官の死亡、そして裏切り。しかもこの闇が一層に兵士達の心を惑わせた

グリスはその光景を眺めながらマスクの下で愉悦の笑みを浮かべた






「うぇーー……ここにも骸骨が転がっているじゃない…」

グリス達とはまだ遠く離れた地点で、グリス達に追いつくべくあたりに気を配りながら優たちは遺跡の中を進んでいる

歩きながら地面に転がっている骸の群れを疎ましげに言う芳乃

李梨は相変わらず気味悪そうに恐々と骨をなるべく踏まないように歩いている

「ああ、至る所に散らばっていやがる…」

優はそれらをライトで照らしながら先を急ぐ

「…ったく、こんなにあるんじゃこの辺なにか出るんじゃないだろうな?」

「え?」

優の何気ない一言、だが李梨は驚いた顔で優を見つめる

優も何気なく言い放ったその言葉にそんなに驚かれるとは思わなかったので逆に内心驚く

「……あ、その…なんだ〜。 ……冗談だよ冗談」

優は頭を掻きながら笑顔で応対しその場を誤魔化す

だが李梨の表情は相変わらず変わっていない

「そんな顔するなよ…ひょっとして李梨、お前こういう話し苦手なのか?」

「そ、そうじゃないわよ……でもなんだかこういうところって何かが出そうだなって思ってたら優、アナタが変なことを言うから」

「……悪かったよ…」

優はバツの悪い顔を浮かべるとさっきからだんまりを決め込んでいる芳乃の方を向く

「おい、芳乃!さっきからお前黙ってるけど…」

「しっ!」

「…どうした?」

「ここの骸骨の群れから何か嫌な霊気が流れてくるのよね〜…」

「本当か?」

「私が霊の類のことで冗談を言うと思う?」

「………」

優は何も言わないが銃のポンプアクションを起こして辺りを警戒する

李梨もそれにならって辺りに視線を配る

「どこだか検討はつくか?」

「わからない……ここの霊場は狂ってるらしくて位置までは特定できないんだけど……でもいるわ」

「!?」

「どうしたの?」

「ああ、今俺にもその嫌な空気っていうのが実感できた…こいつはかなりやばいかもな…」

優たちの会話を耳にしながら辺りに視線を配る李梨。2人の会話の内容はいまいち理解ができなかった

『霊』という言葉が出てきたが、そんなものは李梨は今の文明社会では信じることもできず二人して自分を驚かそうとしているのか、それともさっきのように再び米兵の襲撃があるのかもしれないと緊張する

だがその李梨の視線に信じられない光景が映り始めた。なんと目の前に倒れている骸がグラッと揺れたかとおもうと、それはゆっくりと起きあがり始めた

李梨は驚きのあまり声も出ず、ただこれは悪い夢だと自分の目を疑うのみだった

李梨はこれは夢だと急いで目をこすり、再び凝視する。だがその光景が夢でない証拠に目の前の骸は腰の剣を抜き放って李梨に襲いかかってきた

「!!」

あまりのことに声も出ず、李梨はこの時死を覚悟した

その骸の動きはまるでスローモーションのように見え、剣の軌跡までが読み取れた

だが次の瞬間李梨の耳に銃声が飛びこみ、その骸の頭部は砕け散った

「何ボーッっとしてるのよ!」

芳乃は素早く李梨の前に飛び出してライフルを斉射して叫ぶ

「ご、ごめんなさい…」

その声でやっと李梨は正気になれたものの、そう述べるだけで精一杯だった

「おいおい、なんだよこりゃ?」

次に李梨の耳に入ってきたのは優の声だった

優のほうを見ると、その先には他にも立ち上がってくる骸の群れが李梨の視界に入る

「あら〜…こんなにいたんだ…」

額に汗浮かべながら呟く芳乃

すでにまわりを李梨を襲った骸骨の兵士同様、動き出した骸の群れに囲まれ絶体絶命の状況である

「ゆ、優……」

銃を震える手で構えながら李梨は言う

「今度は遺跡の熱烈な歓迎かよ」

優は軽口をたたくが、すぐさま手にしているSTRIKERを骸の群れの一体に定めるとそのまま引き金を引く

それを合図に芳乃も手にしている銃で骸の群れに向って掃射し始めた

だが銃弾が1発や2発当たった程度では骸の群れは前進を止めることはなく、まるで優達の抵抗をあざ笑うかの如くにゆっくりと近付いてくる

「ちょっと! あんたもやらないと御陀仏よ!!」

ただ目の前の光景に呆然としていた李梨に芳乃の叱咤が飛ぶ

その声でやっと自分のすべきことを理解した李梨も手にしているハンドガンを骸の群れに向って狙いを定めて引き金を絞ろうとする

だが李梨の指は引き金を引くことができない。いや引こうと力は込めるが鈍い音を出すだけで引くことができなかった

「李梨、セーフティーガードがかかったままだ!!」

優は迫り来る骸骨の群れに向って斉射しながら李梨に叫ぶ

李梨は優の叫びでその時やっと自分が銃の安全装置を解除していなかったことに気付く。慌ててそれを解除し素早く照準を手近にいる骸骨に向ける

今度は先ほどと違って命を奪う行為ではないために李梨には引き金を引くことになんの抵抗もなかった

3人の銃撃によって次々に骸の群れは撃ち砕かれててゆく

だがそれでも骸の群れの圧倒的な物量のためか、撃ち砕いても撃ち砕いても骸の群れは次々に優達に向って迫ってくる

「ちょ、ちょっと〜 ……これって反則じゃない?」

「泣き言いってねーで撃ちつづけろ!」

「分かってるわよ、そんなこと言われなくたって!!」

優の怒鳴り声に芳乃も負けじと言い返しそのまま応戦を続ける

だが優にもこの状況は不利なのは分かっていた

このままではいつか……

そしてその予感は芳乃のほうに現われた

「ちょ、ちょっとー! こんな時に弾切れだなんて」

「なにぃー!? お前もかよ!?」

「え……? …………ちょ、…ちょっと『お前も』って。 まさか…冗談よね?」

「わりぃな……こっちももう弾切れになっちまったよ」

「うっそーーー!!」

「ちょ、ちょっとあなた達! じゃあこの状況をどうするのよ!?」

「う〜〜ん………絶体絶命って奴だな…」

「こうなったら優ちゃんを囮にして先に進むしかないわね!」

「お前今本気で言っただろ…」

「まっさか〜♪ でもこいつら(骸)の仲間入りなんて絶対に嫌よ私!」

「それはお前だけじゃねーよ!!」

「そんなの私のほうがもっと嫌よ!」

「あんた今さらりと凄いこと言ったわね……」

「え……?」

「まぁみんな死ぬのが嫌だってことは……決まりだな?」

「え? 優ちゃん一体何を?」

芳乃のその問には答えずに優は懐から手榴弾を取り出す

それを見た芳乃はギョッとして

「ちょ、ちょっと…冗談よね?ここでこんなの使ったら私達生き埋めになっちゃうわよ」

「このままここで手をあぐねていたって同じことだぜ!」

「ほ、他に ……手があるでしょ?」

「ねぇよ!」

そう言い放つと優は歯で手榴弾のピンを引き抜くとそのまま通路先の骸の群れに向って放つ

「ちょ、ちょっと〜〜〜!!」

芳乃は優が手榴弾を投げた瞬間に頭を抱えてその場に伏せる

「伏せろ!」

優もそう叫んで李梨の頭を掴んで地面に一緒に伏せる

そして次の瞬間に優の投げた手榴弾は閃光と同時に爆音を遺跡内に轟かせ、その場にいた骸の群れは粉々に吹き飛んだ

「よっしゃー!」

その光景を見た優はすかさず李梨を抱き起こして先の通路に向って走り出す

「ちょ、ちょっと私を置いていくんじゃないわよ!」

芳乃も悪態をつきながら優たちの後を追い始める

それを見た骸の群れも一団となって優たちの後を追い始める

「ナイス優ちゃん!まさか爆薬の量を抑えてるなんて思わなかったわ!」

「さすがスプリガンね」

李梨と芳乃は口々に優を誉める

「こちとらこうゆう遺跡をもう何回とくぐり抜けてんだ!こんな装備ぐらい当然してきてるさ」

「じゃあ始めっから使いなさいよ!!」

「こう上手くいくとは俺も思わなかったんだよ!!」

優はそう言いながらすかさず再び懐から手榴弾を取り出すと自分達の後ろ、つまり骸の群れに向って放り投げる

再び発する閃光と爆音

だが今度の爆発の威力はさっきよりも一段と上回っていた

そのために遺跡内に振動が響きわたる

「!?」

「え?」

「ちょ、ちょっと!」

その光景に芳乃と李梨は走りながら優のほうを見つめるが

「…間違えた」

2人のその言葉に対して優が応えた返事はそれのみだった

「ぎゃぁーーー! 天井が崩れてくるーー!!」

「もういやぁーーーっ!!」

李梨と芳乃は絶叫しながらもその駆ける足を止めはせず、ただ先へ先へと急ぐのであった





一方の遺跡奥深く

響き渡る銃声

男はただ目の前に広がる闇に向ってあてもなくただ己が手にしている銃器を乱射していた

まわりでは既に事切れている仲間が何人も

相手への恐怖、そして死への恐怖を振り払うべく男は引き金を引きつづける

相手の名前は米国機械化小隊のグリス。今回の任務を指揮していた男だ。

その指揮官が突如自分たちに向けて攻撃をし掛けてきた。何故裏切ったのかその理由はわからない

わかっていることは上官のグリスが裏切ってすでに自分以外は全滅してしまっていること

恐怖、錯綜、混乱、その全てを振り払うべく男は銃をただ乱射する

だが途端に引き金を絞っても銃はカチッ、カチッという音を出すだけで銃弾を放ちはしない

あわてて予備のマガジンラックを腰から取りだし銃に込めようとする

だが焦ったためかそれを込めようとした瞬間まるで素人のように地面に落としてしまった

途端にそれ以外の装備は持ち合わせていないために男は武器を失った恐怖からジリジリと後ろに下がる

前、上、右、左へと暗闇で見えない空間を男は必死に視線を走らせなが後退さる

だが背中にドンッとなにかがぶつかった

男に緊張が走り急いで振り向く、いや、振り向こうとした

だが振り向くことはかなわず男はただその場に崩れ落ちるのみであった

「…クッククク、この遺跡はアーカムのものでも、ましてやアメリカのものでもない…“エデン”はこの私が貰い受ける」

グリスはそう呟くと懐から一枚のプレートを出し静かに門に向かって掲げる

すると門はゆっくりと音をたてながら開いてゆくのであった

「さぁ、行こうエマ。 ………共に終焉を迎えるために…」

グリスは胸から取り出したロケットを握り締め、中へとその一歩を踏み出した

to be continued


後書き

はいTraceEden9話をお届け致しました!前回の一周年以来の更新です。今回はちょっとR指定的な描写もあったかなと自分で読み返して思ったんですがその点どうでしょうか?
骸の群れの優達への襲撃、そしてグリスの裏切り。まぁこの展開は大抵の読者には予想できた展開であったとおもいますけれども。

さて次回からはいよいよクライマックスに突入しそうな勢い!っていうか書いていてこの次の展開をどうやって書いて行こうか迷ってるんですよね。もう遺跡の機能、最終回の構想は整っているのに、そこにいくまでの過程が。まぁなんとかなるだろう精神で書いて行くので応援よろしく!!

そして最後に…この話を書いている私は100%“野郎”です!“乙女”ではございません!!
なにを分かりきったことをと思ってるかもしれませんが、先日私を“女性”と間違えなさった方がいたので…
ってわけでもし間違われてる方がいたら、頭の切り替えお願い致します(笑)



作成 2001年2月15日
改訂 2002年7月10日


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