第三話「夜を駆ける」



……俺は悩んでいた……

何を悩んでいるのかって聞かれたら、別に生死にこだわるようなことではない。かといって別に今月の生活費に困っているとか、今晩のメシをどうしようかなどということでももちろんない

俺が半分は吸血鬼であるハーフ・バンパイアであるがために血液を補給出来ていないということでもない

ただ現在俺を猛烈に悩ませている事実が存在している


…それは


「ねぇーねぇー水無月。今日はどこにも行かないの?」


その声の主は言いながら後ろから抱きついて来た


「えーい、うっとうしいぞ葉月!!」


声の主の名は 櫻 葉月

そう、ふとしたことから俺の正体を知り、それをネタに強引に俺の家にまで押しかけて来てそのまま住み着いてしまった

俺を悩ませ、半分人間でない俺がいうのもなんだが俺にとってはまさに小悪魔という言葉がふさわしい存在

その生活も早10日が過ぎている

その間葉月がここに住み着いてからは俺の生活習慣にまで興味をもったのか、俺がどこに行くにもついて歩き、あまつさえ街中を恋人気分で腕を組んで歩こうとするのだからたまったものじゃない

おかげで俺は血液補充のために夜の街を徘徊しようとすることさえできず、しようとしても隣に葉月がいたのでは徒労に終わることは目に見えていた

……このごろ感じることは、なんかますます葉月に俺の生活が束縛されていくような気さえし、悪いことにたった10日でもはやそれが当たり前のように感じられ始めている


「どうしたの水無月、顔色が悪いけど? もしかしてそろそろ血を吸う時期なの?」


葉月は俺の目の前に回ってマジマジと俺の顔を見つめる


「違う!だいたいその血を吸うという言い方は止めろっていってるだろ」

「なんでよ?」

「俺は自分の体調維持のために血を供給してもらっているだけだ。血を吸うなんてまるでヒルか蚊みたいじゃないか」

「どこが違うの? そんな事言ったって水無月はただ血を吸ってるだけじゃん」

うっ、確かにそのとおりなのだが俺にだってプライドはある

なにが悲しくてヒルや蚊などと同列に見られてなければならんのか

しかし葉月は俺から視線を反らさずにまじまじと見つめている


「もし吸いたくなったらいつでも言ってね。私の血はきっと美味しいわよ」

「……」

「なによその嫌そうな顔は?」

「心底嫌がってるんだけど…」

「なによ、失礼しちゃうわね…ねぇーねぇー、でもさ、でもさ、もし水無月に血を吸われたら私って水無月の家来になっちゃうの?」


プゥゥゥーーッッ!

俺は突然のその言葉に口に運んでいたコーヒーを吹き出した


「あー、あー、汚いわね…」

「ゲホッ、ゲホッ…いったい急に何を言い出すんだお前!」


咳き込みながら言い放つ。


確かにコイツは良く見ると可愛い……かもしれない


この間も夜の街で俺の隣を歩いていた時、何人も振り返って来る男がいた

葉月は別段気にせず、それどころかそれを喜んでるようなふしも見受けられ、俺はというと…

その間何人もの血液供給者となりそうな状況(美女)を物色し、なんとまあその日は獲物が多かったことか

絡まれている女は多く、それを助けて感謝してもらう上に血液をもらうという俺の黄金の方程式は頭の中だけで描かれていた

だが葉月がいたのでは助けてもそのまま血液をもらう状況などは作れるはずもなく、どうすることも出来ずにまさにヘビの生殺し状態が続いたのだ

その時助けた女も『可愛い彼女ですね』と耳打ちされるたびに何度愛想笑いを浮かべたことか…


そんなわけで可愛いとはいってもまだ所詮はガキ、俺の対象外

よって血を頂こうなどとは思ってもいないわけである

いや、そんな状況に陥ることは極力回避したいのが俺の素直な気持ちだ!


「…水無月…今何考えてるの…」


葉月は急に黙った俺を不信に思ってジトッとした顔で俺を見つめる

その目は『正直に言わないと正体ばらしちゃうわよ』と語っていた…まったくもって小悪魔である


「…ちょっと車でも出そうかなと思っただけだ」


俺はその場を切り抜けるために呟く

するとその途端に葉月の顔が輝きだし、


「ホント!じゃあ私 小田原に行きたい!」


葉月は唐突に言い出す


「小田原ぁー?そんなとこに行ったって小田原城ぐらいしかないぜ。そんなの見たっておもしろくないだろうが」


俺は言う。小田原など俺は仕事で行く以外はあまり用がないために行ったためしがない

せいぜいが前述した小田原城やその城下にある小さなアトラクションパーク、俺はやらないが競輪上、後は…あまり思い付かないのが現状である


「いいじゃない。私はその小田原城ってやつが見てみたいんだから!! それにお城なんてなんか神秘的な感じじゃない♪」


葉月はあくまで自分の意見を主張する

どうもここに来てから葉月はやけに外出したがる

その理由はいたって簡単で、単にまだ自分が見ていないもの、写真でしか見たことのないものをしきりに見たがるような好奇心旺盛といったところであろう

吸血鬼に興味を持ったというのも葉月の好奇心から来るものなのだろうと俺は納得している

おかげで江ノ島、レインボーブリッジ、米軍厚木基地、などここ10日でガイド兼運転手としてかなり連れてまわされた

そのため俺は連れまわされてクタクタになるが、葉月はケロッとしており俺が文句を言うと


「いいじゃない!こんなにかわいい彼女を連れて歩けるんだから」


と、少しも臆せずに言ってのける態度に俺は開いた口がふさがらなかった

そんなわけで俺は葉月には何を言っても無駄だということをこの10日間で悟っている






国道を今夜はさしてスピードを出さずに走っている

時計の針は夜の8時を回っておりまだ道行く車も多い

家々にもまだ明かりが灯っており、歩道を歩いている者もかなりいる


「ねぇ、今日はこの前みたいにもっと飛ばさないの?」


葉月がつまらなそうにつぶやく

この前とは、俺がつきまとう葉月に対してこのドライブの時だけでも今後引き離すため、少し怖がらせてやろうと猛スピードで飛ばしたことがあった

俺の夜の反射神経は人間を軽く凌駕しているためになせることで、事故など起こさない自信もあった

そして車も俺の能力についてこれるようそれなりに改造もしてあったのだ

だから猛スピードで突っ走り、少々危険な運転でもしてやればたちまち音を上げると踏んでいた

実際俺の友人を乗せて俺のドライビングテクニックをちょっと披露してやったら、次にそいつに会った時もう俺の運転する車には乗りたくないと言い放っていたのを覚えている

俺はその時一気にギアをトップに持っていって加速させると道行く車を次々に追い越して行き、カーブではぎりぎりまで持っていってからハンドルをきるなど巧みなハンドルさばきとギアチェンジを見せつけた

普通ならこれで怖がり降ろしてくれと泣き叫ぶはずで、俺は葉月のその姿を想像し、笑いを噛み殺してさえいた

だがその期待は見事に裏切られることになった。何故なら葉月はその時怖がるどころか逆に楽しんでいたのだ

葉月いわく、『ジェットコースターみたいでとってもスリリング♪』などと言い放ち、隣でキャーキャーと叫んでいてそれは恐怖からの叫びではなく、歓喜からの叫びであった

当初の俺の計画は脆くも崩れ去り、このような運転をしている俺はなんだか虚しささえ感じてしまう

そのため俺はあきらめて、今日は普通に夜景を楽しみながらお気に入りの音楽を流すだけに止(とど)めていた



俺が飛ばさないので葉月は多少不満があるようだがそれでも景色の方に集中しているのか無口でいる

俺としてはこのほうが煩わしくもないし、なにしろ虚しさを感じず好きな音楽を聴けることに集中もできるのでむしろ爽快だった

確かにぶっ飛ばすことで爽快感を得られないのは残念ではあるが、これはこれでいいものだと再認識もできる

その走りを一時間も続けていると遠くからでも照明の光に照らさ青白い姿をした城は見え始め、そのまま何事もなく小田原城へと到着した

そして葉月の第一声は……

「…なーんだ、小田原城っていってもなんか小さいのね… それになんだか不気味な感じ……」

「あのなー。 だから行ってもしょうがないって言っただろ」

「でもなんかだ夜のお城って感じよね ……小説や映画に出てくるような吸血鬼ってたいていこういうお城に住んでるじゃない?」


葉月は好奇心に満ちた目で城と俺を交互に見返す

俺は葉月の言わんとしていることがなんとなくわかりとてもイヤな気分にさせられるが言い返さずにはいられない


「あのなぁ〜……俺を造り物の吸血鬼達と一緒にするなよな……」


葉月のその声に俺はため息交じりにつぶやく


「でもさ、元々吸血鬼なんて空想の存在だったじゃない? でもその空想の存在が今私の目の前にいる……これってどう説明するの?」

「確かに吸血鬼のことを西洋じゃヴァンパイアとか呼称して様々な伝説とかが残されているみたいだけど―」

「うんうん……」

「これは俺の仮説なんだがな………吸血鬼の伝承は実際に吸血鬼を見た人間が造り出した実話なんじゃないかってな」

「空想じゃなくて……実話なの?」


葉月は半信半疑の表情で俺に尋ねる。もちろん俺にだって確証があるわけじゃないからはっきりとは断言できない


「俺達の祖先はまだ今の俺のように人間社会に溶け込むことはできずに、いやしようとさえしなかった。なにしろ昔は各地で戦争も多かったから人の生き血に困ることもない。例え困ったとしても村や街に出向いてってことも可能だったわけだ」

「それは今もでしょ?」

「うっ……まぁ、そうだが。 だけど俺達もこうして人間社会に進出し、現に俺はこうして探偵という職業について真っ当に税金だって納めている」

「う〜ん、確かに税金を納めている吸血鬼なんて情けないけど……そう言われるとリアリティがあるわね」

「……はっきり言うなよな……ま、まぁ俺みたいに社会に進出する前の吸血鬼達がたまに人間社会に出没し、血を吸われる被害者が現れる。するとどうなる?」

「そりゃー、身体の血を抜かれりゃ蚊やヒルどころの騒ぎじゃないでしょ……特に昔なら」

「そうだ。だから人間たちはそれを妖怪や幽霊の類と結びつけ"吸血鬼"、または"ヴァンパイア"という空想の存在のできあがりというわけさ。もっとも空想を膨らませすぎな部分が多いけどな」

「なるほど、そうも考えられるわけね」


葉月は俺の説明に考えこみ、「なるほど」を繰り返し言いながら一人納得している


「ただこれも俺の想像だけどな……さって、そろそろ戻ろうぜ」


俺の語りが終わると、時計の針はすでに9時をまわっていた

俺はとりあえず小田原をあとにした後、適当に車を走らせて帰ることにした

葉月はと横目で見るとまだまだはしゃいでいる

こうしてみると葉月も普通の女なのだなと俺はしみじみと思う

まだ(半ば強引なのだが)一緒に暮らして幾らも経っていないが、俺に妹ができたような気分だった


「(やれやれ、一体どうしたっていうのか……)」


俺はそう思いながら前方と葉月を交互に見やり、そのような思考に至った自分に思わずため息が漏れる


ピリリリリリリリ…


その時この静寂を破るべき携帯電話の着信音が車内に流れた


「…私じゃないわよ」


葉月が即座に自分の携帯を確認した後に言い放ち、俺にもそれはわかっていた


「……わかってる。 もしもし?」

『……車か?』


電話の相手は聞こえて来る音から俺が車のいるのかとただそれだけを尋ねてきた

相手は名乗りこそしなかったが声から俺が良く知っている人物だとわかる


「まぁな……ところでどうしたんだ久しぶりに電話なんかかけて来て? いい酒でも入ったっていうなら朗報だけどな」


俺はとぼけたように答える

この相手が俺にかけて来る理由は一つしかない


『残念ながらお前が期待しているような………今からこっちに来れるか?』

「今から?」

『……お前にお客さんだ』


この客とは俺に対する依頼人

もう忘れてしまったかもしれないが俺の職業は私立探偵!

俺だって生活のためには稼がにゃならん

つまりこの電話の相手とは依頼の仲介人なのである


「で、どっちだ?」

"どっち"とは無論依頼人が男か女かで、さらには美人かということも含まれている

電話の相手も長い付き合いからその意味するところは分かっており、沈黙の後お決まりの返事を返して来る


『…ったく、お前は依頼人で仕事を選ぶのか?』

「そんな時もあるな」


俺は臆せずに言う


『………名前は大槻 優子。まぁお前の好みのタイプの、だと言っておく』

「……30分でそっちに行くから待っててもらってくれ」


俺は即座に返事するとそのまま携帯のスイッチを切って隣の葉月の方を見やり


「悪いが仕事が入ったんでこれから依頼人に会いにいくからお前は―」

「もちろん一緒に行く!」


俺が言い終える前に葉月は言い放つ


「…おい…これは遊びじゃなくて仕事なんだぞ…」

「わかってるわよ。邪魔はしないわ、ただ吸血鬼の探偵業っていうのも見てみたいしね」

「あのなー…」


俺は文句を言おうと思ったがどうせなんだかんだ言ってついて来るに決まっており、一緒に来させないと後々がうるさいとも思う

それに下手に追い返しでもしたらこの小悪魔のこと、後々なにをするかわかったものじゃない

それはこの10日間でよーくわかっている


「ったく、飛ばすからしっかりつかまってろよ」


俺は言うと同時に一気に車をUターンさせ、タイヤが悲鳴を上げるがお構い無しに体制を整えてアクセルを踏み、そのまま一気にギアをトップへともっていった

後ろの方でクラクションを鳴らす車もいたが俺はお構い無しにそのまま駆け抜けていく


そして依頼人の待つ元へとそのまま夜の街を疾走していった



to be continued


ふっ、第3話は4月公開で今月はオリジナル読み切りを書くと宣言していたが…なにぶんにもそっちがおもいうかばなかったのでこっちを書いてしまった(笑)
さて某チャットではこの水無月という主人公は我(パラサイト)をモデルにしているという噂がまことしやかに流れ、おまけに葉月のモデルまで*御さんだといわれてしまい、おれってそんなに…かな?とおもいつつ楽しみながら書いている自分を発見しています(これ言った兄*も出しちゃる)
さて次回は依頼人大槻 優子さんとの面会ですが、どんな話にしようかな?名前を下さった”時雨さん”どうぞお楽しみに!
それでは次回4話目で!Have a good this month !

作成 2000年3月
改訂 2002年8月22日


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