第四話 「喫茶店」




夜の国道246号線を小田原から横浜・東京方面へ向けて俺水無月は愛車のギアをトップに持っていきアクセルを思いっきり踏み込む

隣りを走る車を次々に追い抜いていき、横に座っている葉月はキャーキャー叫んで喜んでいる

なぜ俺がこんなに急いでいるのか。それは今依頼人の待っている待ち合わせ場所へと俺は急いでいるからだ

俺に依頼があることを教えてくれたのは1本の電話からだった

その相手は俺が依頼人との待ち合わせに使っている店のマスターでもあり、俺とはちょっとした古い知り会いでなにかと都合を付けてもらっている

そこのマスターも別段俺が面倒ごとを持ち込んでいるわけではないので、そこを俺が依頼人との待ち合わせに使っていることに何の文句も言わない

ただ「それを言っても俺が聞かない」とマスターは言っていたが…


そんなわけで今俺はそのマスターの店へと車を快走させているわけなのだが…


「!?」


俺は目の前に一件のこの時間帯でもまだ営業しているスーパーを発見する


「……」


俺はしばらく、といっても普通の人間にとってはほんのスグのことなのだが考えるとウインカーを出してそのスーパーへと車を入れていった


「何?…ここが依頼人との待ち合わせ場所なの?」


隣りに座る葉月が尋ねる


「いや、ちょっとした土産を買っていこうと思ってな」

「お土産?」


俺はちょっと笑いながら言うとそのまま葉月を残してスーパーの中へと入っていった

葉月はそんな俺を見ながらわけが分からないといった表情をしていた





国道246号線をさらに横浜方面へ走らせる


「そういやさ、水無月」

「ん?」


土産も買ったし、あとは目的地へと運転するだけなのだがその間暇を持て余したのか葉月が口を開く


「さっき水無月の説明だと吸血鬼の伝承が実話に基づいたものだって言ったでしょ?」

「あ、ああ……だけどありゃ俺の仮説だぜ。俺だって本当のところはどうなのかわかりゃしないからな」

「なんで!?」

「なんでって……ならお前は人間の存在の理由を説明できるか? せいぜい大昔の哺乳類の祖先からうんたらかんたらってことぐらいだろ?」

「う”っ」


俺の切り返しに応える言葉もなく葉月は押し黙る


「だから俺達だって自分達の起源に関しちゃ謎のままなのさ……とんでも説だと神が蝙蝠と人間をかけ合わせたできそこないだなんて言ってるけどな」

「アハハハ、それってなんか笑える」


これには葉月もさすがにおかしさを隠しきれないらしく腹を抱えて笑っている

俺もこれを初めて聞いたときには三文小説や映画にぐらいしか感じなかった。つまりあまりにも説得力がないのである


「で、実際はなにが聞きたかったんだよ?」

「んっとね〜……架空のはずの吸血鬼がこうしていたわけでしょ? だから他にも架空のはずの存在がいるのかな〜って」

「他の架空の存在?」


俺は葉月のその言葉に興味を抱く


「うん、例えば人狼(ワーウルフ)とか雪女、他にも魔女とかさ」

「確かにお前の好きそうなやつだな、まぁ俺(吸血鬼)みたいのがいるんだから無いなんて断言はできないよな」


俺は半ば冗談交じりに応える。だが葉月の方はそうは取っていないらしく、吸血鬼の俺の一言のせいなのか、目を輝かせている


「でしょでしょ、吸血鬼が実在してるんだもんね!! 伝承とは違っても存在してるかもしれないのね……なんだかいつか会えるような気がして楽しみ〜〜♪」


どうやら俺の何気ない一言が葉月の好奇心に火をつけてしまったらしく、俺はヤレヤレと頬を掻くぐらいしかできなかった










そんなことを話しているうちに車はようやく目的地へとたどり着いた


「…ついたぞ」


俺はハンドブレーキを入れてエンジンを止めてから葉月の方を見る

葉月はただ目の前を凝視している


「…着いたぞって…ここ…喫茶店よね?」

「ああ、だからここが目的地だ」

「ここ…が…?」


葉月の目は点になっていることをここで述べておこう


カラーン コローン


俺が店に入ると中には暇そうに目の前のカウンターに肘を突いて顎を乗せている大男がいた


「よっ!相変わらず暇そうな店だなぁー」


俺は入るやそうそう皮肉交じりに述べる


「フン、開口一番それか。お前こそ相変わらず依頼人がいなくて閑古鳥が鳴いているそうじゃないか」


男の方も俺の姿を認めるや負けじと言い返す

俺はその言葉に微笑を浮かべ


「ひさしぶりだな」

「ああ…かれこれ半年ぶりぐらいになるだろうな」

「で、俺への依頼人は?」


俺がさっそくここに来た本題を尋ねると、男は真っ直ぐと顎で店の奥を指す

俺は首を伸ばして店の奥を眺めるがやはりこの位置からでは見えない


カラーン


「いらっしゃ…!?」

「ちょっと水無月! 先に行くなんてひどいじゃない!!」


葉月は店に入るや俺へ顔を近づけて悪態を突く

そしてその光景に唖然としている男、マスターの方に目だけ移動させる


「………」

「……」

「………………」


俺達の間にしばし沈黙が流れた


「あー…水無月何だコレは?」
「水無月、このオジサン…誰?」


二人の質問が同時に俺に浴びせられる

だが次の瞬間にはお互いが睨み合っていた

男は”オジサン”と呼ばれたこと、かたや葉月は”コレ”と物呼ばわりされたことに互いに怒りを表したのだ


「おい…誰がオジサンだ…・俺はこう見えてもまだ30前だぞ…」

「嘘!?」

「ホントだ!」

「それより"コレ"とは何よコレとは!! 私は物じゃないのよ!」

「ほ〜よく喋る奴だ…水無月どこで拾ったんだ?」

「まぁ、ちょっとした……ことでな…」


俺は苦笑いしながら応える

今やその俺の発言にも怒りを覚えた葉月は俺の腕を引っ張って


「ちょっと水無月! なんなのよこの人?」

「この人って…お前にも紹介しておくよ。こいつは美作 睦月(みまさか むつき)、このサテンのマスターだ」

「嘘?」

「ホント」

「…お前……俺のことをなんだと思ってるんだ…」

「マスターっていうよりはこの店の雇われ用心棒みたい…お客少ないんじゃないの…」

その言葉に俺は思わずプッと吹き出してしまう

毎度似たようなことを言われているため睦月は言葉にこそ出さないが、不快だという表情を浮かべている


「おい水無月…で、そっちは誰なんだ………まさか!?」

「まさか…なんだよ?」

「お前まで今ニュースでやっている”援交”とかいうのに手出してるんじゃないだろうな?」


その言葉に俺は表情こそは笑ってるが心の中では怒りを表し、それを表現するかのように近くの机にミシリとヒビを入れる

夜の俺の力だからこそなせる芸当だ


「…怒るぜ」

「……冗談だ」

「その顔で冗談言っても冗談に聞こえないぜ」

「じゃあ本気だ」

「…さて次ぎの机は?」

「わー待て待て!嘘嘘……ったく。…でこっちはお前の何なんだよ?」


睦月は煎れたてのコーヒーを口に運びながら尋ねる


「あ〜こいつはなー―」


俺が葉月の説明をしようと振り返ると、葉月は何を思ったか俺の腕に自分の腕を絡ませて、というか半分抱きつくようにしながら


「私 葉月!水無月の恋人よ☆」


んな!? 俺も仰天したが、睦月はもっと仰天し、その証拠に………


「ブフゥゥゥゥゥゥーーー!!」


睦月は口に運んでいたコーヒーを吹き出してしまったのである


「あ〜あ、汚いの…」

「ゲホッ、ゲホッ……こ、恋人だと? ………み、水無月まさかお前…」


睦月はワナワナと震える手で俺を指差しながら疑惑の眼差しを向ける


「おい、その目はよせ…お前がやると俺まで頭が痛くなってくる…」

「で、でもお前…」

「あ〜話すと長くなるから要点は省くが…コイツは今俺の家で預かっている預かり物だ。で、性格はこういうやつだ」

「ちょっと、人を猫か犬みたいに言わないでよ」

「悪いか?…でもまぁ猫か犬かだったらどんなに気が楽だったか…」

「ふ〜ん、そうなんだ〜」

「(ギクッ)な、なんだよその笑いは!?」

「べっつに〜☆」

「(クッ)じゃあ俺はちょっと依頼人と話してくるからお前はここにいろよ」

「あ、なら私も―」

「だ・め・だ」

「チェッ〜〜〜〜〜。わかったわよ」

「睦月、ちょっとこいつの相手頼むぜ!」


俺はこれ以上ここにいるとなにを言われるかわからんし、第一依頼人を待たせるというのも悪いと思ったからこそその場を離れる


「なに!? おいちょっと待て!!……チッ、行きやがった」


後ろで睦月が何やら言っているが俺は当然無視する




店の奥に行くと、そこには窓の外をただじっと眺めている女性がいた

顔は長い髪で見えないがこいつは期待がもてそうだと根拠のない期待を抱く

…しかし俺は最近女運がないからなー…

チラッと後ろを見てみると、葉月はカウンターで睦月と何やら話している

…睦月の奴…下手なことをあいつに教えなきゃいいんだが…

おっと、今は目の前の依頼人、依頼人


「大変お待たせしました。 私立探偵の永倉です」


俺は声をかけると目の前の女性は静かにこっちを見る

そして初めてその彼女の顔を見ると、繊細な顔立ちに澄んだ瞳が俺の意識をまるで吸い取るようだった

要は俺がドキッとするような美人だったということだ


「はじめまして。突然のお願いで申し訳ありませんが私が今回の依頼をお願いした大槻 優子(おおつき ゆうこ)です」


彼女は礼儀正しくペコリと頭を下げた

正直、俺は礼儀正しくなどされるとどうも調子が狂うのだが、こんな仕事をやっているからにはそんなことも言ってられない


「ま、まぁあなたのお話を伺ってから依頼を受けるかどうかは決めますが……」

「あ、はい…私があなた、永倉さんにお願いしたいのは…」


彼女は次に語るべき言葉を話すべきかどうか迷っている、そんな表情であった


「どうぞ、勿論依頼人の秘密は厳守しますので」

「あ、はい……それは…」


そういっても彼女はなかなか話そうとしない

俺はとりあえず水で喉を潤して間を置く



「………」


あれから10分は過ぎた…

目の前に置いてある水のグラスはすでに空になっており、彼女は未だに一点を見つめたまま語ろうとはしない

膝に置かれている彼女の手は時折震えているのがわかる


「あの〜…大槻さん?」


俺はとうとう痺れを切らしてか、彼女に話し掛ける


「…はい?」


彼女顔を上げて俺の方を向く


「その…依頼内容を話す気になったらここに電話を頂けませんか?どうやらあなたはその依頼内容を話すのに時間が必要らしい。俺が話すに値する人物かどうかも迷っているみたいだしな」

「え? い、いえ…そんなことは……」


彼女はそう言うが、俺には彼女が俺を信じていない。いや、何故か話すべきではないと思っているように見える

依頼人が内容を告げるのに戸惑うのはいつものこと。誰だって他人である俺にその内容を話すのははばかられる。

俺は胸ポケットから名詞を差し出すと彼女の前に置く


「話す気になったらここに連絡をください。いつでも構いません」

「す、すいません…そういうわけではないんですが」


彼女は俺の目を見ながら言うが、しかしすぐに視線を逸らしてしまう

そして目の前に出された名刺を受け取るとそのままペコリと頭を下げるとそのまま立ち上がって出口の方へと歩いていった

そして店の主人である睦月になにかを告げた後、扉を開ける音と睦月の声で出て行ったことが分かる

だが俺はそのまましばらく目の前の空のグラスを見つめ続けている

大槻優子が飲んでいたコーヒーはすでに冷めきっており、湯気も昇っていない

俺はテーブルについた水を指でなぞりながら暇を弄ぶ


「しょっと」


だが間髪入れずにさっきまで彼女が座っていた席に今度は葉月が座ってきた


「依頼…どうだったの?」


葉月は興味津々と聞いてくる

自分が同席できなかった分俺から依頼内容がどのようなだったか聞いてくる


「………別に」


俺はとりあえずこう答えておく


「ねぇ、教えてよ。探偵って、特に水無月がどんな依頼を受けたのか知りたいのよ」

「……なんでそんなこと知りたいんだよ」

「だって探偵なんてTVや小説の中だけの話じゃない。だからよ」


……なんだってこんなことに興味を抱くんだか

俺は立ち上がると睦月がいるカウンターの方へと歩いていく


「大分お疲れのようだな……お前も、そして彼女も」


そういうと睦月は俺にコーヒーを一杯差し出す


「サンキュ」


俺は礼を言うと一口つける。だがその至福も束の間、やはり葉月は俺に迫ってくる


「ねぇー水無月ってばー!」

「………」


俺は頭を抱え込み苦悩する。俺にはコーヒーを飲んで一息つくことさえ許されないのだろうか

その様子を見てか、睦月はニヤリと笑いながら俺の顔を覗きこみ


「お前の苦悩がなんとなく分かったような気がするぜ」


睦月はわかったようなものの言い方をし、しかもその言葉には慰めとか同情とかではなく明らかに俺の不幸を楽しんでの言動だった


「あのなー…」


俺は頭を抱え込みながらも目だけは睦月を見ながら言う


「ちょっと二人とも、それどういう意味よ」


後ろでその会話を聞いていた葉月が言い放つ

どんな表情をしているのかはわからんが、どうせ憮然とした表情で不快感をもろに出して言っているのだろう

俺はなにか話題でも逸らそうとふと思い出したように俺はまわりを見渡す


「そういや今日はあいつはいないのか?」

「あいつ!?」


葉月はオウム返しに俺の言葉を繰り返す


「あいつならどこかにいるだろう…なにせ気ままな奴だからな」


睦月には俺の言葉が誰を指しているのか分かっておりシレッと応える


「そうか…せっかく土産も持ってきてやったのにな?」

「土産?」

「ああ、この…」


俺はズボンのポケットに手を入れて中をゴソゴソと掻き回して中のものを取り出す


「…コイツをな」


俺がポケットの中のものを出した瞬間、俺の背後に突如として殺気が生まれた

そしてその殺気は真っ直ぐに俺に向かって飛びかかってきたのである


「んな!?」


俺はその背後の殺気に気付いて慌てて振り向いたが、その殺気の持ち主は俺の顔面に着地し、そして手の中の物をヒョイッとそのまま奪っていった


「ちょ、ちょっと水無月大丈夫?」


とっさのことで何がなんだかわからなかったのだろうが、葉月もとりあえず俺の心配をしていてくれたらしく駆け寄ってくる


「イテテテテテ…相変わらず素早い奴だな」


俺は奪っていった主の方を見、葉月も俺の視線を追う

そして葉月がそこに見たものは…


「わぁー、かわいいーー!!」


葉月がそこに見たもの、それは1匹の猫であった





to be continued


後書き

ふ〜なんとか5月に入る前に書き上げることができた。しかし月一連載などと言っといて早くも辛くなってきたのが今の我の現状…まじでどないしよう??

まぁ今回は初登場が2人に1匹ですな(^^)
依頼人の大槻 優子とはまぁキリ番HITの方に名前を考えて頂くと言うなんか手抜きのようですがそう決まってしまったんです。そしてここで断っておきますが、第四話のタイトルが「依頼人」というにも関わらずその依頼内容がはっきりとしなかったのは決して手抜きではありません(ありませんよ〜)ちゃんと依頼内容は考えておりますのでその辺は大丈夫であると思います。今一番の問題は来月UPできるか、ただそれだけです。そしてもう一人の初登場キャラ美作 睦月!これは知っている方もいらっしゃるかもしれませんがモデルとなった人物がいます。誰とは口が裂けない限り言えませんが(苦笑)そして残りの1匹…これもモデルはいるのだが…そのうち石投げられるかも(汗)

ってわけで次回をお楽しみに!

作成 2000年4月29日
改訂 2002年8月23日


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