第六話 「始動」




「よっと!」

俺は殴りかかってきた男に軽くストレートをお見舞いする

殴られた男は「グギャッ」と無様な悲鳴をあげたまま近くのゴミ捨て場へと吹っ飛ぶ

しかしまだ俺を囲んでいるやつらは4人はいる

だが俺にはこのとき絶体絶命という危機感は全く感じなかった。それどころか余裕からの高揚感さえある

なぜなら今は陽がかげり夜となっている。夜こそ俺の中に流れる吸血鬼の血が活性化され人間とは比べ物にならない、はるかに超越した能力を発揮できるからだ

つまりは夜こそが俺、吸血鬼もとい、ハーフ・バンパイアの天下なのである

そしてそんな俺にからんできたこいつらは単なる不幸者である

まぁ架空であるはずの吸血鬼なんて存在が一般に知れ渡ってはいないのだからそれも当然である

知れ渡ったとしたらまったくどんな行動に出るか……なだという考えは恐ろしいので考えないことにしている

よってたとえ今俺を囲んでいる連中がナイフ、さらには銃器を持っていたとしても俺は断然負ける気がしない

その俺の余裕が癪に障ったのか、一人がどこから取り出したのかいつのまに持っていた鉄パイプで殴りかかってきた

俺には当然余裕でよけられる、はずであった

が、その一撃を受けとめた俺の手はいきなり砕け散った


「なっ!?」


驚愕のうめきを俺はあげる。いかにコイツが怪力であろうと所詮は人間、俺の腕を砕くなどできないはず

そうおもってよく周りを見ると、いつのまにかあたりが明るくなっている

俺はこの時信じられなかった。夜明けまではまだ少なくとも8時間近くはかかるはず

そうおもって焦って俺を取り囲んでいるやつらを見渡すと、そこには先ほどまでのやつらと違う連中がいた

そしてそいつらは皆同じ顔で、見分けるなどほとんど不可能な状態であった


「お、おい…なんでお前がここに…そいでなんでお前がこんなにいるんだよ」


しかしそいつらはなにも言わずにジリジリと静かに俺に歩み寄ってくる


「お、おい…落ちつけ!話せばわかる、なっ、なっ!!」


俺は必死の説得を試みるが、目の前の連中は聞く耳を持ってはいなかった

やがてゆっくりとそいつらの口が一様に動き出す


水〜〜〜無〜〜〜月〜〜〜


まるでゾンビのように虚ろな表情と緩慢な動きで近づいてくる


「お、おい…葉月…達! 怖いからそれ以上近づくな!!」


そう、俺にゾンビの如く迫ってくるそれらとはみな葉月だったのだ

何故葉月がこんなにいるのかなどという疑問はこの時の俺には浮かばず、ただ後退りながら葉月を静止しようと声をかけるので精一杯だった

だが当然葉月達は俺の静止の声など聞くはずもなく俺を囲むと一斉に俺へと群がり始め、俺は瞬く間に押し潰されてしまった









「うわあぁぁぁぁーーーーーーっ!!」


俺は絶叫と共にハッと目を覚ます。目を左右に走らせ、次に天井を見定めるとそこは普段見なれた俺の部屋、そして俺のいる場所はベッドの上だった

この時やっと夢だったかと気付き、時計を見ると針は午前8時を少し回ったところであった


「ゆ、夢か…しかしなんだってあんな夢を…」


俺は頭を抱えながら上体を起こしそうつぶやき視線を落とす

すると俺の額に一筋の汗が流れ落ちる


「…なるほどな…こいつらのせいか…」


そこにはいつのまに来たのか、3日前から俺の家に来た(拉致された)猫、みかんが俺の布団の上でまるまっている。さらにその横には葉月までもがちゃっかりと俺の布団の上でみかんの尻尾を掴んだままみかんのように丸くなって眠っていた

おおかたみかんが葉月のおもちゃとなり、みかんは俺の部屋へと逃れてきたのだろうが……葉月もこうして追いかけてきたというわけか

俺があんな夢を見たというのにこいつらは幸せそのものといった表情で寝ている

みかんなどは見ていると時々ピクピク動いている

一体猫がどんな夢を見ているのやら、そんなことを考えていると先ほどの悪夢を忘れていた

まったくこの2匹ともぐっすりと眠っており表情は俺にはなんだかおかしくも感じられた

そして俺はしょうがねーなととりあえずは葉月を起こそうと揺り動かす


「おい。 おい、葉月起きろ!」


ユサユサと揺り動かすと、葉月の表情に変化が生じる

俺は起きたかとおもい声をかけようとするが、葉月の口元がなにやらブツブツとつぶやいている

一体何を言っているのかと耳を葉月に近づける


「……うう〜ん…みかん。おとなしくしなさいって…」


どうやら夢の中までもみかんと一緒にいるようだ

そして当のみかんのほうを見ると悪夢にうなされてるかのごとくピクピクと震えている

まるで葉月の声に呼応しているかのようでもある


「ま…まさかな……」


俺は額に汗を浮かべながら言うと、とにもかくにも葉月を起こさなければと再び揺り動かす

最初はなんともなかったのだがちっとも起きない。ここまでされて寝るやつも珍しいと思いながら俺の頭の中である一計が浮かんできた

俺はニヤリと笑うと指の関節をコキコキと鳴らしながら葉月に近づく

葉月はあいも変わらず幸せな寝顔である。俺は思案した一計を実行する


「…ん…んん〜…んむぅ〜〜〜……」


葉月は苦しそうなうめき声をあげる

俺はプププと笑いをこらえながらその一計を続ける

一体俺が何をしているかって? なに、日頃のお礼とばかりにちょっと左手で鼻を、右手で口を押さえて呼吸をできなくしてやってるだけ

こないだ葉月が俺にやってることをそのままお返ししているわけだ


「んん〜…ぬむぅ〜〜〜〜〜〜……」


あまりの苦しさからか葉月が先ほどまでの幸せそうに眠っていた顔とは違い、明らかに苦しそうな表情を浮かべている

そしてついにあまりの苦しさから目がパチッ見開かれる

その瞬間に俺はパッと手を離し何事もなかったのように「おはよう」と声をかける

葉月は自分になにが起こったのかわからないといった表情でしばらく辺りを見渡し、自分のいる状況を理解しようと必死になっていた


「あれ〜…ここって水無月の部屋じゃない……どうして私こんなところにいるの?」


なにを寝ぼけているんだか、葉月はどうやら自分で来たことすら覚えていないらしい

そして急に我に帰ったのか葉月は自分の身体を抱え込むようにして俺との距離を少しでも取ろうとベッドの後方まで下がるとジロッと俺のほうを睨む

俺にはその行動が何を意味しているのかはわからなかった

とりあえず冷蔵庫から取り出したトマトジュースをコップに注ぎながら横目で葉月の方を見る


「…水無月…私が寝てたのをいいことに連れこんで変なことしなかったでしょうね」


その突拍子もない言葉で俺は口に含んだトマトジュースを吹き出してしまい、その場でせきこむ


「ゲホッ、ゲホッ…」

「水無月って私に興味ないようなこと言っておいてこうゆうこともするんだ………」

「い、いったいお前は何を言って ……いや、それ以前に自分でここに来たこと覚えてないのか?」


俺のその一言に葉月はキョトンとした顔で俺を見つめる


「私が?自分で!?…」


葉月のその言葉に俺はコクリと頷いて返事をする


「ん〜〜〜」


葉月は額に指を当てて必死で思い出そうとしているが、どうやら思い出せそうにないなというのが俺の感想だ


「やっぱ思い出せない………でも本当は水無月が連れこんだのにバツが悪くなってそんな適当なこと言ってんじゃないでしょうね〜〜」

「あのな〜……俺はお前らが俺の布団の上で寝てたおかげで悪夢にうなされてたんだぞ」

「夢?そういや〜私もせっかくいい夢見てたっていうのに、最後は悪夢だったわ」


葉月は今度は先ほどまで観ていた夢のことを語り出した

俺は葉月が悪夢にうなされる理由を知っているがもちろん教えはしない


「夢?そういやお前気持ちよさそうに寝てたぜ……」


「最後はうなされてたけど」という言葉は出さずに心の中でつぶやく


「だって夢の中でもみかんと一緒だったんだも〜ん♪」


葉月はそう言うとまだ眠っているみかんを抱き上げて頬擦りをする

みかんは寝ていたところをいきなり葉月の頬擦りという形で起こされたことからパチッと目を覚ますなり奇声を発しながらジタバタとする

だが葉月は相変わらずみかんのそんな寄生にも近い悲鳴は耳に入っていないようだ


「せっかくみかんをギュッと抱きしめてる夢だったの」


俺は先ほどの葉月の寝言と葉月の夢の内容の証言が一致していることに納得する

みかんは相変わらず「みぎゃぎゃぎゃ」と叫びながらもがいている


みかんが俺の家に来てからというもの、毎日葉月のいいおもちゃになっているのであった

とにかく葉月は毎回毎回みかんをギュッと抱きしめるというみかんにとっては迷惑この上ない行動に出ている

元来猫は犬とは違って、かまわれることを好まないのもいると聞いた事がある

みかんもそういったものなのだろうと納得していた

しかし葉月はみかんのそういったことをお構いなしにとにかくかまうのである

そしてみかんが人間語を喋れるということそれに輪をかけているのである

しかし葉月にはみかんが来てからの3日間、疑問に思っていることがあった

それは……


「ねぇ水無月…みかん今朝も喋らないよ…」


そう、みかんは俺の家に来てから朝、というか陽のあるうちは普通の猫と同様で喋らないのである

しかし陽がかげり夜になるとけたたましく喋りだし、まるで喋れなかった時を取り戻すかのごとくとにもかくにも喋るのであった


「ん〜、なんでだろうな」


俺はとりあえずそう言って誤魔化す

俺にはその理由がわかっていた

俺は葉月に吸血鬼、つまりバンパイアであるということは知られている。だがその能力は夜になってからで昼間は普通の人間とは変わらないハーフ・バンパイアであるということは未だ教えていなかった

何故なら俺は確かにコイツとの生活には慣れというものができたが、葉月のことを全て信頼しているわけではない

いや、もっと言えば俺の正体を知っている友人の睦月にですら全ての信を置いているわけではなかった

葉月に昼間は俺が普通の人間であると教えること、極端に言えばこれは俺の生死にすらかかわる事なのである

故に俺は葉月にこの事を教えてはいなかった


「それよりなんでみかんと一緒で幸福だった夢から悪夢になったんだ?」


俺は話題を変えようと葉月に見ていた夢のことを尋ねる


「そうそう…なんでかなー …みかんを抱いていたはずなのに…….いきなり息苦しくなったと思ったら急に私ったら水の中にいたのよね…」

「………」

「で、水上に出ようとするんだけど泳いでも泳いでも水上が遠くなっていって、そんでもって息ができなくなって…それで目が覚めたのよ」


みかんを抱えながら葉月は言う

なるほど…そんな夢になっていたのか、と俺は内心納得しながらとりあえず身支度を整え始める

その様子を葉月は「アレ?」という表情で見つめる


「アレ?水無月ってば今日どこか行くの?」


俺がちょっと外出着に着替えていることから葉月が尋ねる


「ん、ああ…ちょっとこないだの依頼人。 ……お前も睦月のところで会っただろ?昨夜睦月からその依頼人の件で連絡があったって聞いたんでな。だから昼に睦月の店でもう1回会うことになってるんだよ」

「………フ〜ン」

「………なんだよ、そのさもなにか言いたげな含みは」

「べっつに〜〜〜………」

「………で、お前はそんなゆっくりしていていいのか?」

「え? 今何時?」

「もう8時半だぞ」


俺はベッド脇の時計を指差しながら応える

葉月はつられる様に時計に視線を移すと確かに時計の針は8時半を指している

一瞬葉月は凍りついた後にみかんを放り投す

放り出されたみかんは空中で一回転すると受身も取れずにベッドの上に落ち、その反動とベッドのスプリングでで再び宙を舞った後腹ばいに着地する


「きゃぁぁぁーーーーー!遅刻遅刻ぅーーー!!!」


葉月はそう言いながら俺の部屋を後にして行く

そこに残された俺とみかんは唖然と葉月を見送り、俺とみかんの目があうと何故かみかんの視線は恨めし気だったのは気のせいだろうか










葉月は大学へ。みかんは留守番。 そして俺は愛車を駆って依頼人となるであろう待ち合わせとなる睦月の店へと向かっていた

葉月は遅刻だ遅刻だと騒ぎながらもちゃんとみかんの餌と家の中でのトイレの処理と爪研ぎに関する注意をして大学へと駆け出して行った

そのあたりの世話は当初の約束通りきちんとしているため俺は内心感心していた

最初は興味本位で飼い始めたのだろうと思ったが、なかなかどうして葉月は世話好きでもあった

そんなことを考えながら俺は少し遅れながらもこうして睦月のもとへと向かっている

俺のところからだと睦月のところまではこの時間帯は道が混むということも特にないために俺は快調に車を走らせることができた

空は晴れ渡っており、こんな日は海も近いということを考慮に入れて海岸沿いを走らせるというのもいいものだな、などと考えながら車を走らせること1時間。俺は睦月の店の駐車場に車を入れる

待ち合わせの時間にはまだ10分ほど間があるが先に来ていることも考慮に入れて俺は店の中へと足を踏み入れる

店内は昼近くともあってか、客もまばらであった。もっともこの店が客で一杯になったときなどお目にかかったことがない

そして暇そうに皿を磨いている睦月と目があうと、睦月は指で店の奥のほうを指す

俺は店の奥に視線を移すとそこにはすでに来ていたのか、依頼人大槻優子の後姿が視界に入った

俺は睦月の前を通る時「アイスコーヒー」と注文すると真っ直ぐに依頼人の元へと足を進め、隣に立つ

俺が隣に立ったことでできた陰によって依頼人は顔を見上げ俺のことを確認する


「どうも、遅れました」

「あっいえ……私のほうが早く来たんです。 約束の時間にはまだありましたから」

「そう言ってもらえると助かります」


俺はそういうととりあえず依頼人の表情を伺う

依頼人の彼女はかなり深刻そうな表情をしてはいるが、決意の程がどことなく伺えた

これなら即座に依頼のことについて尋ねても大丈夫だろうと俺は思い至る


「……さっそくですがこの間は伺えなかった依頼の内容についてですが」

「そのまえに永倉さん…あなたはかなり強いということをマスター(睦月)から聞きました?」


いきなり俺の予想とは反し、彼女は俺に質問をしてきた

だが別段俺は慌てることはない。聞かれて困るようなことでもない


「まぁ人並み以上という自信はあります。特に夜目が効くので暗いところでのケンカなんかじゃ負けた事がありませんがね」


とりあえず俺はそう言っておく

まさか俺は吸血鬼だから夜になれば無敵です、なんて言えるわけもない

しかしこんなことを聞いてくるとは、この依頼は多少なりともそういったトラブルを含んでいるのか?と俺は思案を巡らす


「これをご覧下さい」


そう言うと彼女はスッと一枚の写真を俺の前に差し出した

俺はその写真を手に取り眺める


「これは?」


その写真には一人のこちらを向いて笑っている活発そうな男が写し出されている


「名前は大槻 雄一…私の弟です」


弟と聞かされ俺は再び写真に写っている人物と彼女とを比べてみると確かに二人はどことなく似ていた


「で、彼の素行調査かなにかで?」


俺はとりあえず聞いてみる


「いえ、弟はその…永倉さん…『砂異徒』という名前をご存知ですか?」


彼女の口からは俺が良く知っている名前が出てきた


沙異徒―

それはここいら県内では最大勢力を誇っている暴走族だ

ここのリーダーというのがなかでも性質が悪く未成年であることを理由にやりたい放題

ヤクザとも付き合いがあるという噂さえあがっている

おまけに父親が有力な県会議員の一人とあり、警察沙汰さえも多少のことなら父親の権力でもみ消しているのである―


そんなことで県内では悪い意味で有名であり、俺のような商売をやってれば嫌でも耳に入ってくる

そして先日俺とも……まぁあの時は『沙異徒』の分隊であったが一悶着あったのが記憶に新しい


「ええ、それは知ってますよ。なにかと評判は良くないですからね」


俺は一言そう言う


「で、弟さんと沙異徒とどういった関係が?」

「実は…私の弟もその沙異徒のメンバーなんです…」


彼女は苦渋に満ちた表情でただ一言そう言う

俺は再び写真の人物を眺めるが、どう見ても暴走族とかに入りそうなタイプには見えない

人は見掛けによらないとはこういうことなのだろうかと俺は思案する


「先日は永倉さんにこの件を依頼した場合永倉さんが危険なのではと思案していたんですが…」


俺は彼女が先日依頼内容を告げないままに去っていった時のことを思いだし納得する

確かにあんな無法集団と常人が関われば危険なことこの上ないだろう

だが俺には昼間ならともかく夜なら怖いものなど何もない

彼女の方に視線を向けると、彼女の方も俺のほうを真っ直ぐに見ている

そして彼女の口がゆっくりと開く


「…お願いします…弟を …どうか弟を助けてやってください」


俺はおもわずギョッとする。彼女の瞳から涙がこぼれ落ち、涙ながらに彼女は俺に言うのであった




to be continued


後書き


はい、1ヶ月ほど間を空けてしまいましたが6話公開です!
今回は夢から始まるという展開にしてみましたが…なんか水無月,葉月,みかんは早くも管理人のお気に入りなキャラに(笑)まぁモデルというか参考人物が実在するかもといったところに起因しているのでしょうか、とにかく次から次にアイデアだけは浮かんできます!まぁこんなオリジナルですが今後ともによろしくお願いいたします!

そのうち水無月、睦月、みかんの出会い編でも番外編で書けたらなとは考えてるんですけどね
でもその時暖めている構想は、みんな今とは性格が多少は違っているといった設定にしてみたいのですが
その辺は4、5話辺りでも考えてたんですけど…なにはともあれ書くっきゃない!


作成 2000年8月15日
改訂 2002年9月5日


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