第七話「月光」







夜の繁華街

それは昼間とはまた別の顔をその場に表す

陽の当たる世界を好まない輩が行動を起こすにはもってこいの時間帯である

そんな中を俺、永倉水無月は悠然と歩いている

街を見渡せば帰宅途中のサラリーマンだの、呼び込みの客引きだの、酔っ払い

他にも男たちに色目を使っているような娼婦のような姿も見受けられる

最近は警察の取り締まりも厳しいせいか大っぴらにはできないようだが、それでもそういった商売が絶えることはない

よくよく見るとそういった商売には外国人が目に止まる。不景気だとはいえまだまだ日本は裕福だと思われているのだろうか、毎年多くの外国人労働者が訪れる

中には観光ビザで来日し、滞在期限を過ぎてもそのまま不法滞在などをしてそのまま日本に残るケースが多い

そういった外国人の商売人のほかにもこの風景には似合わないガキまでもいる

だが俺のターゲットはもちろんそんな連中などではない




俺はとある一軒の店の前に立ち止まる

ドアの前には「OPEN」と書かれた札が掲げられている

俺はドアのノブに手を伸ばし、そのまま中へと入っていく

俺は入るなりザッと店内を見渡し様子を見る


「いっらしゃいませ」


店の受付で店員が俺の姿を認めるなり声をかける

しかしその目線は俺のつま先から頭の先まで観察するような目つきで、どうやら俺はこの場にはそぐわないらしかった

だが俺はそんなことは無視してズカズカと中に入っていく

中は薄暗くて客の様子などはよく見えない

が、俺様は夜間では人間以上の能力を発揮できる吸血鬼。そのために夜目が効きこの程度の暗闇だったら不自由はない

とりあえず俺はカウンターに腰掛けてビールを注文する

するとすぐにグラスが目の前に置かれ栓を抜いたばかりのビールが注がれた

俺は一口飲んだあとグラスをカウンターに戻ししばしそのビールの銘柄がなにかと思案する

今俺が飲んだビールは苦味だけが後に残り、爽快感よりも不快感の残る俺にとっては後味の悪いものであった

確かにビールは多少の苦味があったほうが美味い。だがそれは飲んだとき、ただその一瞬に限るのである

少なくとも俺は常にそう思い、後にまで残る苦さはうまいとは思えない

俺はしょうがないと思案し、バーテンを呼び止め懐から取り出した一枚の写真を見せる


「ちょっと聞きたいんだが……最近この写真の男が来なかったか?」


バーテンはしばらく俺の顔を注視してからその写真を受け取る

写真を受け取って光に透かしながら目を細めて注視する

そしてバーテンの善意からか近くのボーイなどにも聞いてみてくれている


「あんた……刑事かい?」


しばらくすると帰ってきたバーテンが俺の前に立っていた

バーテンは写真を俺の前に返すと質問する

俺は違うと首を振る、一言だけ付け加える


「…まぁ似たようなものだけどな」

「似たような? まぁそいつらなここんとこめっきり姿見せないけどねー…でもそいつがなにかやったのかい?」

「いや…でもなんでそう思うんだ?」

「いやね〜……昨日も、そしてつい2時間ほど前にも同じことを聞きにきた連中がいるんだよ」

「連中?」


俺はいぶかしんだ

確かに俺の探している人物は何かをやった。まぁ正確に言えば何かをやったという濡れ衣を着せられただけだが

しかし俺がもっと気になったのはバーテンが“連中”と言ったことだ

警察が聞きにきたのなら当然警察手帳を見せてから聞き込みをするだろうからそんなことは言わないだろう

まぁこのバーテンにとっては警察も”連中”という部類に入ってしまうというならそれまでだが


「連中っていったい誰のことだい?」


俺のその言葉でバーテンは一瞬顔をうつむかせるが


「…最初のは警察だったが、次に来たのは……あんたも知ってるだろ…ここら一帯で暴れまわっている連中のことを」


バーテンは遠まわしに言っているがその意味するところは俺にも理解ができた


「…沙異徒…の連中だろ」


俺はニヤリと笑いながら答えてみせる。その応えにバーテンは驚きの顔を見せるもコクリと頷く

おそらくその名前を俺がわかったとき多分バーテンは俺が恐怖する、または躊躇するとでも思ったのだろう

だが俺は臆するどころか笑って見せた、多少驚きはしたもののたいして興味はないように見える


「あんた一体何者だ? 確かに刑事なんかにゃ見えないが…」

「その写真のやつが現れたらココに連絡をくれないか」


俺は質問に答える代わりに名刺を差し出す


「……『永倉探偵事務所』? あんた探偵なのか?」

「まぁな」

「おい、ヤツは一体何をしたんだ?仲間までもがヤツの居所を探していて…そしてあんたまで」

「悪いがそいつは話せない。まぁそいつのために泣く女がいる……俺にはそれがどうも放っておけなくてな」


俺は笑いながら言い放つ


「……あんたアホだろ…それも度し難いな」


バーテンも笑いながら言い返すのであった

俺はその意見には肯定も否定もせずにただ口元を緩め。その店を後にした







「ふ〜、ここも不発だったか」


店を出るとあいも変わらずの街並みが俺の視界に入ってくる


「まったくコイツってば一体どこに行ったのやら」


俺は、依頼人大槻優子の弟雄一の写真を眺めながらつぶやく


「まったく…こいつもあんなに美人で良い姉をもってるってのに、なんでまたあんなとこにいたのか謎だな」


俺の脳裏にあの時の依頼人大槻優子の表情が思い浮かんでくる






「…お願いします…弟を…弟を助けてやってください」

「お、おい!」


俺は周りを気にしながらなんとか彼女をなだめようとする

いくら客の少ない睦月の店だからといって客がまったくいないわけじゃない

現に客の何人かは「何だ?」という表情をしながら視線だけをこちらに向けていた

睦月にいたっては興味ないといった表情であるがその内心こそ伺われるものである

唯一の俺の救いはこの場に葉月がいないことぐらいだろうか

まったくこんなときに葉月までいたらと思うとゾッとしないものがある


「と、とにかく涙を拭いてくれ…こんなところを見られたら回りの客もこっちに注目してやりにくくなるでしょうから」

「す、すみません」


彼女は慌ててバックから取り出したハンカチで涙をぬぐい、顔を上げて俺と向き合わせる

だがやはり目のまわりは少し赤くなっている


「そ、それで弟さんを救ってくれというのはどういう?」


俺は早く本題に入ろうと即座に切り出す

彼女は思いつめた表情をしてはいるが、もう決心は固まっているのだろう、その口を開く


「弟は……現在行方をくらませています」

「?」

「弟は仲間…いえ元仲間から逃れるために現在身を隠しているんです」

「それは一体? …その前に弟さんは本当に沙異徒のメンバーだったのですか?」

「ええ…」

「失礼だが…この写真を見る限りじゃ彼はそれらしくはない。俺は仕事柄こういう連中は何人も観てきたが……正直この弟さんは……」

「似合っていない……ですよね?」


彼女は微笑しながら告げる。その彼女の笑い顔を見て俺も笑いながら頷く

正直写真を見る限りではありがちだが『真面目』という一言に尽きるだろうと感じる


「弟がそこに入ったのもつい1ヶ月ほど前のこと……だと思います」

「思う……?」


彼女のハッキリしない口振りに水無月は怪訝な表情を浮かべる

だが彼女はコクリと頷き、再び口を開く


「元々弟は姉の私から見てもその……真面目な方で―」

「ええ、それは私もこの写真をみて感じます。どう見ても暴走族に入るようには見られない」


俺のその言葉が嬉しかったのか彼女は心から嬉しそうな表情をする。おそらく暴走族ということで俺が偏見を持っているかもしれないと感じたのだろう


「最初はなんで弟がそんな所に入ったのかわかりませんでした……いくら両親が亡くなったからといってそれで……とは」

「ご両親が?」

「ええ、私達の親は……4年前に交通事故で……」

「あ、それはどうにも失礼なことを聞いたようで……―」


俺はいけないことを聞いてしまったというバツの悪さを感じる。


「あ、いえ。もう4年も経っているので気持ちの整理もできてます。弟の方は暫く引きずっていたみたいですが」

「しかし……考えるにそれで弟さんが砂異徒に入ったとは……」


俺は写真に写っている人物と、目の前の彼女とを見比べながらつぶやく

どうにも彼女の話の通りの弟がそれだけの理由で暴走族、しかも県でも名うての悪の集団に入るだろうか


「それとこれは無関係なのかもしれないんですが……実は弟の彼女……恋人が今交通事故で入院しているんです」

「弟さんの恋人が?」

「え、ええ……2ヶ月前交通事故で……それも轢き逃げで犯人は未だに。ケガの方は治っているみたいなんですけどその……後遺症によるリハビリで大変みたいで」


俺はなにか不穏な臭いをその話から嗅ぎ取る


「犯人が捕まっていないと仰られましたが……」

「え、ええ…… どうにも警察の方でもなかなか捜査の方に進展が見られないらしくて」


その話に妙だと俺は感じる。確かに轢き逃げなどという突発事故の場合目撃証言などが事件解決に役立ち、それが無いと遅れるという事はある

だが未だに捜査になんの進展も見られないなどという可能性は低い

それにその事故が2ヶ月前で、大槻雄一の砂異徒に入ったのが1ヶ月前……

俺は偶然にしてはでき過ぎだと感じた。ひょっとしたら大槻雄一は砂異徒と恋人の事故に何らかの関連があると思い至り行動に移したのではないだろうか

そして姉を危険に巻き込まないために消息を絶った……考えられることである


「私も詳しいことは分からないんです。弟に電話をしてもつながらず、アパートに行ってみたらポストには溜まってる郵便物が……」

「他に弟さんのことでなにか手がかりになるようなことは?」


俺の問に彼女は申し訳なさそうな表情で首を横に振る

だが彼女は俺の目の前にマッチ箱を置いた


「これは?」

「わかりません。弟の部屋のテーブルの上にただそれだけが乗っていたんです」

「……『Bar Bloody』……」


マッチ箱に記載されている店名を読み上げる


「ここがどんな店だかあなたは知っていますか?」


俺は彼女に問うと、彼女は再び首を横に振るのみであった

俺はとりあえずの手がかりとしてその店を訪れるしかないだろうと判断した






俺の脳裏に彼女、大槻優子のあの時の表情が焼き付いて離れなかった

俺は人通りのない暗がりの道で立ち止まって空を見上げる

空はあいにくの曇り空で、星どころか、月さえ見えなかった

だが俺はしばらく空を見上げたままでいる


「……ここなら人気もなくて絶好の場所だろ?」


俺は空を見上げながら誰にともなく言い放つ

するとジャリッという音と共に背後から人の気配がした


「………気付いていたのか?」

「まぁな。こんな商売やってると勘がするどくなってね」


俺はこう言うがもちろん嘘である

言い忘れていたが夜の俺は感覚器官もより鋭敏になる

そのために人の気配というものが分かりやすくなるのだ

俺は振り向いてその俺を尾(つ)けていた人物を確認する

鋭い狼のような目つき……どう考えてもまっとうな堅気の人間ではないことは一目瞭然であった

だがそれ以前に俺は一つ疑問に思う


「……なぁ、あんた……」

「……なんだ……」

「暑くないのか?今の季節にそんな長いコートなんか着込んで」


そう、俺の目の前の男は目つきも確かに印象深いが、それ以前に俺には男の着ているコートの方に関心がいってしまった


「……答える必要はない」


男は静かに言い放つ。どうやら必要以上のことは語らない無口なタイプのようだ

まぁ確かに俺がどう思おうがヤツの服装にいちいち言う必要はないが、とりあえず突っ込んでおかなければ気が済まなかったと言っておこう

改めて目の前の男を見ると、獲物らしき武器は所持していない

まぁあの長いコートのどこかに隠していれば話は別なのだろうが


「ひとつ聞いてもいいかい?」

「なんだ」

「何故俺を尾けた」

「……それも答える必要はない」


男は淡々の語る

だが俺も「はい、そうですか」と納得するわけにはいかない


「で、俺を尾けてどうするつもりだったんだい?」


俺は苦笑いついでに言い放つ

すると相手の男の方も口の端を歪め俺に近寄る。そして俺の手が届く範囲にまで近づく


「知りたいか?」


静かに言い放つとそのまま男の拳が俺の腹にめり込んだ


「グァッ」

俺は苦痛に歪んだ顔で腹を押さえながらそのままその場に膝をつく

そして男は今度は俺の髪を掴んでグイッと上に向け俺と目を合わせる


「……ず、ずいぶん手荒い挨拶だな」


俺は口の端を歪ませながら言う


「これが俺のやり方なんでな」


すると男はコートの内ポケットからなにやら黒いものを取り出し俺の目の前につきつける

俺はそのつきつけられた物を見た後、男に再び視線を移す


「………冗談だろ?」


俺は言うが、男は笑いながら首を横に振った

俺の前につきつけられた物、それは俺も何度か見た事のある警察手帳そのものであった







to be continued


後書き

え〜先月は旅行に忙しいというまことに私事で休載にしてしまいました(笑)
しかしこれでやっと7話目が終了!しかし何故か早くも私の頭の中では水無月の扱う次なる事件の構想が浮かんでおります(笑)まだ最初の事件も解決させていないのに、っていうかそこまで書けるのか?っていう疑問も出てくるなかでのこの無謀ともいえる行ない……結論、どうやら私は見切り発車という行為が好きなようである(by自己分析)俺の中の名言は『明日は明日の風が吹く』なのだろうとこれを書きながら思っております


さて、次回はこの警察手帳を差し出した男は一体何者なのか?そして水無月は無事に依頼人大槻優子の弟を見つけ出すことが出きるのか?そして今回出番がなかった葉月はいかに!
次回HalfVampire第八話、葉月の逆襲!おたのしみに(嘘ですよもちろん)

作成 2000年10月18日
改訂 2002年9月5日


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