第九話「一難さって…」





まだ昼前で日は高く、本来なら俺の本領を発揮するような時間じゃない

だが夜まで待っていたれないという理由もあった

ここは街外れの倉庫街

こんなところに何の用があるのかって?俺だってできればこんな寂れたところには来たくはないものだ

だがこの手の連中はこうゆう所に身を寄せるというのはもはや当然のことなのだろうか?

俺は静かに倉庫の扉を開いて中へと入っていく

中は真っ暗で何も見えない

夜の俺だったらこの程度の暗さはなんともないのであろうが昼間の俺はそこらの普通の人間と変わらない

故に俺の身体機能は今や常人そのものなのだ


「……来たぜ」


俺は見えない闇の奥に向かって一言告げる

すると奥から一筋の光が俺の顔に降り注ぎ、俺は一瞬目をそむけ、手でその光を遮る


「ちゃんと来るとは感心じゃないか…てっきり逃げ出すかと思ったけどな」


奥から声が聞こえてくる

なんとも感じの悪い男の声が…


「俺はどっかのお坊ちゃんと違ってパパに泣きついたりはしないんだよ」


俺は皮肉をこめて言う。相手が誰だかわかっているからこその発言だ

そして相手は俺のその言葉にしばらく沈黙で応える


「おもしろいことを言うじゃないか」

「そんなことより葉月は無事なんだろうな?」

「ああ無事さ!あそこを見てみろ!!」


あそこと言われてもこう真っ暗だと見えたものじゃない

だが再びスポットライトが俺の右側に当てられ闇の中に光が出現する

その光の中に天井から縄で吊るされている人物がいた


「グギャゴモ、ゴモモ!!」


そしてその人物は何事か叫んでいるが口にはガムテープが貼られているため言葉にできないようだ

そしてその口に出せない分は身体で表現しようとでも言うのかしきりに足をバタバタと動かしもがく

それでもなにかと悪態をついていることはわかった

こんな人物は確かに俺の知る限りでは葉月ぐらいしかいない


「よぉー、元気そうじゃないか!」


俺は葉月に向かってそう言うと、やっと葉月のほうも俺のほうに気付いたらしく何事か言っているが口を塞がれているために何を言っているのかわからない

しかし悪態をついているのだろうとは想像できる

まったく………俺はこうなってしまった経緯を思い返す……―






…………………………………………………………………




「ここだな」


俺がたどり着いた場所、そこは神奈川県、横須賀市

海沿いの国道134号を使ってやってきた

そして俺の目の前にはボロボロのアパートが一軒建っている

大地震でもくれば真っ先に潰れそうなアパートだ


「ここか。 ……さんざん探させやがって」


……ここに俺の今回の依頼目的大槻雄一がいるとの情報をつかんだのは今朝だった

情報元はこないだ会った例のbarのバーテンからの情報だ

大槻雄一が昨夜ふらりと現れたらしい

まったく自分の身がやばいって言うのにあんなマークされているところへ出向くとは無茶苦茶な奴だ

だがよっぽど轢き逃げを犯した犯人の証拠を掴みたかったと見える

まぁおかげでこうして早くもあいつの足取りが掴めたわけだが


「そっれにしても……」


俺は頭を抱えバックミラーに映っている後部座席の人物のほうに視線を向ける

そこには何故か葉月がいた


「おい、なんでおまえがここにいるんだ」

「水無月の行動を監視するため」

「なぜ?」

「変な虫がつかないようにするため」

「変な虫って……?」


う”っ、どうやらその言い方は葉月の勘に触ったようだ


「ずいぶんと親しいようで…」


葉月のその口調には更なる怒気が含まれている

こ、ここはとりあえず…別の話で…


「大学は?」

「自主休講」

「みかんは?」

「餌は置いてきたわよ」


……すべてあっさりと返されてしまった…


「さ、さっさとここにいる大槻雄一とやらを連れ出して依頼人に渡して早く帰りましょうよ」


グッ、「お前さえいなけりゃとっくにそうしてるよ」と喉の奥まで出かかるが口には出さない

まぁ依頼を果たすのは当然のことだし行くことに変わりはない


「お前はここで待ってろ!」

「……なんでよ」

「小僧一人連れてくるのにそんな長い時間かかるか!」

「ちぇっ〜…」

「いいな!」

「はいはい」

「返事は一回で結構」

「はいはいはいはいはい!!」

「……じゃあちゃんとおとなしく待ってろよ」


俺はそう言い残すとまだ不機嫌そうな葉月を残してアパートの階段を昇る

手すりのところどころが錆付いており、造り自体はそう古そうには見えない分潮風によって錆付いたのだろうかとふと考えてしまう

その階段を1段ずつ昇り、あと少しで昇り終えるという所まで来たときチラリと葉月の方を見ると確かにちゃんと葉月は下で待っていた

そして俺の視線に気がつくと葉月は「やっほ〜」と手を振ってくる。先ほどまでの不機嫌さはどこへやら、まったくまったく女というものは理解しがたいと思った

その時ふと俺たちがやってきた方に何気なく視線を移すと、一台の黒いバンが停まっていた

俺たちがさっきそこを通ったときには停まっていなかった車である。しかもエンジンを切ってもいないので駐車しているとも思われないし、窓の中はこの位置からではよく見えなかった

俺はそのバンを不思議に思いながらも階段を昇りきり、そのフロアにある4つの扉に視線を巡らす

そして奥の扉まで歩き、聞いていた部屋と目の前の部屋とを確認する

確かにここが聞いていた大槻雄一がいる部屋に違いなかった

俺はとりあえずコンコンとノックしてみる。返事はない、が明らかに人のいる気配はあった

そして今度はさっきよりも力を込めて扉を叩く

すると中からガタッという音が聞こえてきた

その音を聞いて俺は一気にドアを乱暴に蹴破り中に入る

すると中は昼間だっていうのに夜のように真っ暗だった

おそらく全ての雨戸を塞ぎきっているのだろう

そして夜ではないため俺の吸血鬼としての血も活性化せず、まるで何も見えない

ヤレヤレと俺は懐からペンライトを取り出すと辺りを照らす

すると奥の方でなにかが光った俺はその光の方にライトを向けるとそこに一人の男が映し出される

男はガタガタと震えながら両手で胸の前に包丁を抱えて身構えている


「………大槻…雄一君……だね?」


俺が話し掛けると、その男はビクッと身体を震わせ一層身構えた

返事はないがその行動からこの男が大槻雄一だというのは一目瞭然だ

顔も写真で見た顔とは、不精髭とかなり痩せこけた頬のために違って見えるが面影は残っているので同一人物だと判断できる

「ふーーっ」と俺はため息をつき両手を雄一の目の前に掲げ何も持っていないこと、そして敵意のないことを示す


「繰り返し聞く。 お前が大槻雄一だな?」


俺は再び問う


「……そ、そうだ……けどあんたは何者だ?」


雄一は包丁だけは手放さず、俺を警戒しながら俺に問い掛ける

俺の様子から沙異徒の一員だとは思わなかったようだが、味方だとも思われなかったようだ

いや、今のこの大槻雄一の精神状態では誰もが敵に見えるのかもしれなかった

それだけこの2ヶ月の間必死だったのだろう


「俺の名前は永倉水無月…探偵だ」

「探偵?」

「そうだ…安心しろ、俺は警察や沙異徒の回し者じゃない」

「警察?」

「そうだ…俺はお前を逮捕しようなんていうつもりじゃないから…まずはその胸の前に構えてるものを下ろせよ」


俺はできるだけ相手の警戒心を解こうと努める

なにしろ夜の俺だったらまったく大丈夫なのだが、昼間の俺では常人とかわらないというのは先ほど述べた

だから包丁なんかで刺された日には出血だってするし、下手をすれば死んでしまう

そんな死に方なんて俺はまっぴらごめんだ


「け、警察がどうして俺を逮捕するんだよ!」


だが目の前の大槻雄一はその「警察」という言葉に過剰な反応を示した


「なんだ、知らなかったのか? お前は重要参考人として現在警察が捜しているんだぜ」

「重要参考人!?」


俺のその言葉に雄一は明らかに動揺していた

初めて聞いたという顔つきで、決して演技ではなさそうだが…


「本当に知らないのか?」

「し、知らない……」

「………2カ月前、江ノ島で一人の女子高生が轢き逃げに遭った…その子は重傷を負い、かろうじて命は助かった」


俺はいい掛けながら目の前の男の様子を探る

大槻雄一は目を見開きながら俺のその一言一言を聞き漏らすまいとしている


「だが依然その犯人は捕まっていない」

「!!」

「その犯人と目されたのが……―」

「違う、俺じゃない!! なんで俺が奈月をそんなに目に遭わせるんだ!!」


大槻雄一は俺のその言葉を最後まで聞かずに叫ぶ

だが俺は態度を変えずただじっと大槻雄一の目を見据える

もちろん警察が捜しているなんて言うのは……嘘ではないが本当でもない。たまたま被害者の父親が県警の刑事であるというだけだ

だが俺はそのことは逢えて言う気はない


「お前であろうとなかろうと、警察はお前を捜している。そして俺も依頼を果たすためにお前を連れてかなきゃならん」

「……ど、どこへ?」

「大槻優子。お前の姉の元へだ」

「姉さん?」

「そうだ、俺の依頼人はお前の姉だ。お前を無事に姉の元へ届けるのが俺の仕事だ」


自分の知っている人物を俺の口から聞いたことで幾分か緊張が解けたのか、手に持ったナイフの力が幾分かやわらいで見える


「ね、姉さんが…… なんで姉さんが俺を探す」

「彼女は自分がちゃんとお前を観てやれなかったから沙異徒なんていう暴走族に入ったんだと思い込んでいる」

「姉さんが!? 違う、俺が入ったのは藤堂が奈月を轢き逃げしたっていう証拠を得るためだ」


俺の予想通りの答えが大槻雄一の口から発せられる


「……一人でか?」

「そうだ! 姉さんは巻き込めないし、なにより警察は当てにできない。藤堂の父親は有力な県会議員で、やつと繋がっている県警上層部は大勢いる」


その内容はこないだ神 奈月の父親である神 英明からも聴かされていた内容だ。よくもそこまでこの短い期間で調べ上げたなと俺は感心する


―藤堂慶介

この県の県会議員でかなりの実力者

息子の不始末なんかをしょっちゅうもみ消している人物

他にもヤクザと知り合いだとか、そこら中に愛人がいるとかよくない噂ばかりを耳にする

それどころか、中には兵器売買にまで関わっているなどというとんでもない噂まで耳にする



「姉さんが俺を探してるのはわかった!でもその轢き逃げ犯は俺じゃない!」

「でも、だからこうしてここに隠れていたんじゃないのか?」

「ち、違う……俺が藤堂の犯行証拠を調べているのがばれたんだ!!」

「ほ〜、それでよく今まで無事で……―!!」


言いかけたとき、外で言い争う声を耳にした

その声の主は間違いなく葉月である。またトラブルでも犯しているのかと思った瞬間、先ほど階段を昇り掛けてた時に見た黒いバンを思い出した

そしてその2つが結びついた時、俺は部屋を飛び出して階段を駆け下りていた

そう、よくよく考えればあんなエンジンも切らないで停車している黒の車など怪しい以外の何物でもない

恐らく昨夜から俺を付けていたやつでもいたのだろう。葉月の相手に夢中になって尾行への注意がおろそかになっていたようだ

そして俺が大槻雄一と接触したのなら、当然奴等は一人残った葉月に目を留めるはず。そうすると車の中の葉月が危険になる

俺は階段を降りるのももどかしいぐらいに急いで車を停めてある所まで戻る

そして車の所に戻ってみるとそこに葉月の姿は見えない


「クソッ」


俺は先ほどバンが停まっていた場所に視線を走らせるがすでにそこにはいない。辺りを見渡すが車どころか人っ子一人見えない、ただ家屋が並んでいるだけである

走って行く車の姿さえすでに見えなかった

そして俺はなにか手がかりは残っていないかと車に近づく

するとなにかがワイパーに挟まっている

なにかと拾って眺めてみるとそれはメッセージカードで、しかもご丁寧に招待状でもあった

それにはこう書かれている…


『16時に港倉庫街に大槻雄一共々来られたし』


そこにはそう書かれていた


「……まったく…楽しいパーティーになるといいがな」


俺はクシャリとその紙を握りつぶしそう呟く

同時に後手に回ってしまったことをこのとき俺は悔やんだ




to be continued


後書き

ひーほ!
なんとかギリギリで年内更新です
そしてなんと!!この『HalfVampire』は公開されてから明日1/1をもってなんと連載1周年なのです!
「はい拍手!!」
いや〜オリジナルの連載だから進む時と進まない時が両極端
しかも感想あんまり聞けないからこれを読んでくれてる人がいるのかもわからない!(笑)
でも来年度もよろしく♪

作成 2000年12月31日
改訂 2003年3月10日


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