第十一話「Midnight Bloody Shymphony」
「じゃあな」
藤堂はそう告げ引き金を引く
俺は薄れ行く意識の中でその声を聞き、そして銃声も耳に届いた
「………」
俺の時間はその時止まっていた
目の前に映っている光景は現実ではなく悪い夢なのだとも思った…
いや、そう思いたかった
目の前には何故か葉月がおり、ゆっくりとまるでスローモーションのように崩れてゆくのが俺の眼に映る
そして葉月が崩れたその先にはまだ煙を上げた銃を構えている藤堂がいた
藤堂のその手は心なしかかすかに震えているようにも見えた
「は…ははは……… 馬鹿が、殺す順番が違っちまった…」
その言葉には何の罪悪感も感じ取れない
だが俺にはそんな藤堂を憎むよりも葉月の方が心配だった
意識の薄れもその一瞬の出来事でクリア(鮮明)になり、俺は堅い地面を這って葉月の元へと近寄る
「は、葉月っ!」
俺は必死に声を出す。俺の声に葉月はなんとか視線だけ向けるが、その息はすでに荒く、腹部から大量の出血をしている
葉月は俺の姿に気付くと精一杯の笑みを向け、
「あ、水無月……ど…どうした…の………そんなに慌てちゃ…って…」
「馬鹿、喋るな!」
俺はなんとか出血を止めようと腹部を抑えようとするが、葉月は「うっ」とうめき声をもらす
「へへっ… やっぱ私は人間だから……かな…… 水無月みたいに不死身にはなれないみたい……」
「ばか、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」
「ひど…… 水無月に……馬鹿なんて言われてるようじゃ…… うっ」
葉月は精一杯平気な振りをしてみせるが、逆にその姿は痛々しいまでに感じられる
俺は必死になんとか血を止めようとするが、一向に出血は止まらない
…このままではと思うと同時に俺は自分の無力を感じてしまう
例え吸血鬼の血を引いていても……探偵なんていう仕事をしていたって自分の側にいる一人の女を助けることもできない
そんな俺の様子を見て取ってか、葉月は言葉を続ける
「ねぇー水無月……最後に一つ聞いてもいい?」
「馬鹿、最後なんて言うな!!」
「へへっ……馬鹿馬鹿言わないでよ ………でも聞きたいの」
「…なんだ?」
「どうして水無月今は不死身じゃ…ないの……いつもは人間…以上なのに………」
「……」
俺は葉月のその質問に応えるべきかどうか迷った
こんなことを言ってしまえば言い訳になるが、葉月に知られたくなかったなんてことじゃない
ただ今まで葉月に真相、俺が人間と吸血鬼の混血であることを告げなかったことを今更ながらに後悔しているからだ
だからこそ今ここで言うことさえ躊躇われる。それはまったく卑怯かもしれない
だけれど葉月の必死の表情を見ているとそんな俺の迷いなんか小さいのかもしれない
「…今まで……今まで隠していて済まなかった…教える必要もないと思ってたんだ…」
俺は自然と口が開くのが自分でも不思議な感じだ
「俺は…」
俺は言いながら意を決す
「俺は確かに吸血鬼だ…だがな、俺の母親は普通の人間だったんだ!」
「人……間……?」
「ああ、だから俺は人間と吸血鬼のハーフ……そのせいで確かに夜はお前も見たとおりに不死身の能力を発揮できる…… だけどな、昼間はこうして並の人間並になっちまうのさ……おかげでこの有様さ」
「……そっか…私はまだ水無月のこと全部知ってたんじゃ…ないんだね」
「すまなかったな今まで隠していて…でもな葉月おれは……!!」
言いかけた俺の言葉が止まる
葉月の目から涙があふれてくる
哀しみの涙? だが口元は笑っている
「…いいよ、別に… でもこれで…水無月のこと前よりも知ることができたね…私もね…水無月に謝ることがあったんだ…」
「?」
「私ね……」
「馬鹿、本当にもう喋るなっ!」
俺は少しでも葉月に生きていて欲しいと今この瞬間心の底から願っている
だが葉月はかまわずに喋りだす。いや、言っておかないと後悔するかもしれないと思っているのかもしれない
「私さ……もうあの写真のネガ………処分しちゃったんだよ…」
「!?」
「ただ、水無月のところに居たかったんだ私……ホントはネガバラ巻くつもりなんかなかったの…ただ水無月の所にいたかっただけ」
「馬鹿!ここから生きて帰れりゃお前の気の済むまで居ていいんだ!!」
「…ホン…ト…?」
「ああ、本当だ! だから死ぬな葉月」
「嬉…しい……帰ったらみかん…………」
その言葉を最後まで言い終えることなく葉月の瞳は静かに閉じられ、そのまま開くことはなかった
「葉月… おい、葉月冗談だろ?」
俺は揺すって起こそうとするが葉月は目を覚まさない
「おい、冗談やってるときじゃないだろ。 起きろよ葉月!」
俺は必死で葉月を起こそうとする
まだ身体は暖かく、その事実を認めることは俺はできない
「起きろ、頼むから起きてくれ!葉月っ!!」
そんな俺の悲痛な言葉の中、奥から拍手の音が響き渡る
「いや〜、おもしろい三文芝居だったぜ…素人にしちゃ上出来だ」
その言葉の主はいわずと知れた藤堂圭輔
そしていつのまにか俺と藤堂の間には藤堂の取り巻きが手に手に獲物を持って立っている
地面を這いつくばっているような俺に対してでもことさら容赦はないらしい
だがそんなことよりも俺は藤堂のその下卑た笑みが許せない
「藤堂、貴様っ」
「ハハハハ、お前も本望だろう…すぐに後を追えるんだから?」
後を追う? 俺は思わずその言葉を反芻する
確かに今の俺の状態じゃなにもできずに殺されてしまうだろ
だが、このまま藤堂になにもせずにくたばったんじゃ俺のプライド、そして葉月を殺された俺の怒りが晴らせない
『あ、そうそう。わたしの名前は葉月、櫻 葉月』
『私 葉月!水無月の恋人よ☆』
『み〜な〜づ〜き〜〜〜〜〜〜〜』
俺の脳裏に今までの葉月言葉が浮かんでくる
そしてこの時俺は自分の流れ出す血を何故か葉月の口に含ませていた
何故そんな行動に出たのかは俺にもわからない。ただ俺に流れる吸血鬼としての本能がそうさせたているのかもしれない
その瞬間、俺の中で藤堂達に湧き上がる怒り、それが最高潮に達した時俺の体の中から力が湧きあがって来るのを感じた
「うおぉぉぉぉーーっ」
俺はその怒りと共に立ち上がる、傷の痛みはどこへやら吹っ飛んでいた
「なっ!?」
さすがに地面に這いつくばっていた俺が急に立ち上がったので驚きを隠せなかったようだ
だが俺はそんなことにかまわずに男たちの元へと間合いを詰めるべく駆け寄る
何故か吸血鬼の血が活性化し、人間離れのスピードにより一瞬で男達との間合いを詰め一番手近にいた男を弾き飛ばす
弾き飛ばされた男は「ぶぎゃっ」という悲鳴をあげながら倉庫の壁に激突しそのまま意識を失った
力を入れてるのかどうか怒りでわからないが、運が良くても骨の2、3本は折れてるだろう
この時俺は体の底から溢れんばかりの力がみなぎってくるのを感じている。そうまるで夜の時のように
だが何故まだ夜ではないというのにという疑問も浮かぶが怒りに満ちている俺にはそんな疑問などすぐに忘れ次々に砂異徒の連中を殴り倒して行く
一人が鉄パイプで殴りかかるが、俺はそれをやすやすと受け止め、指先でグニャリと折り曲げる
男は「ひっ」と悲鳴をあげその場にしゃがみこんで戦意を失ってしまった
俺はそんなヤツにはかまわずに次々と砂異徒の連中を叩きのめし、ついには砂異徒のメンバーは半分にまで減らされた
残った連中も手にしていた獲物を投げ出し戦意を失い始めている
「ひぃっ、やっぱこいつはバケモンだぁー!」
そう言って叫んだやつも次の瞬間には吹っ飛んでいる
「な、なんだこいつのこの突然の変わり用は?」
藤堂も俺の変わり用、そして俺のこの力に驚愕の声をあげて後ずさる
「藤堂、貴様は許さん!」
俺は藤堂との間に塞がっていた人の壁を払うと藤堂を睨みつける
「ひっ」
俺の眼光に人間以外のものでも感じたの、藤堂は更に一層俺に恐怖する
俺は近くにあった鉄パイを拾い上げると、飴細工のように軽々と曲げて行く
「く、来るなぁー!」
藤堂は銃口を真っ直ぐに俺に向けて突き出す
だが今の俺にはそんなものは目に入らない、視界に入っているのは藤堂ただ一人だった
そして藤堂も銃を向けてもなんの怯えの色も見せない俺にさらに恐怖したのか、一回引き金を引いた後何回も引いてくる
もちろんこのもう間近の距離なので銃弾は全弾俺に命中するが、俺の歩みは止まらずに藤堂の元へと向って行く
全弾撃ちつくしても俺が倒れない俺に恐怖しながらも引き金を引き続ける。だが無機質な音を奏でるだけで何も起こりはしない
俺は拳を振り上げ殴りかかろうとしたその時だった!!
「がぁっ」
俺の身体から突如として力が抜けていくのがわかる
「なっ!?」
俺は藤堂を目の前にしてそのまま再び地面に片膝をついた
そしてそれをわけが分からないといった様子で藤堂は見下ろす
ヤツにも何が起きているのかわからないだろう。大方さっき命中させた銃弾が効いたとでも思っているのだろうが…
「ハ…ハハハハッ」
俺の予想通りのリアクション、藤堂はやっと自分が恐怖から開放されたとわかるや笑い出す
その笑いはまさに安堵の笑いだった
「び、ビビらせやがって……だがお前が化物だって言うのはあながち嘘じゃないようだな。おい、誰かアレを持って来い」
アレというのがなんだかわからないが俺は視線だけは藤堂を捉えつづける
やがて藤堂のもとに届けられたのは、軍隊が使うような重装の火器、まるでバズーカのようだった
「これはな、横須賀のアメリカ海軍から横流しされたグレネードランチャーだ。いかにお前が化物でもコイツを食らっちまえば御陀仏だろ?」
「………」
「なんだその目は…まだお前の立場がわかってないようだな」
「黙れっ!」
「!?」
「葉月は…葉月は口やかましくて、ある日突然俺のもとに転がりこんできた荷物だった……だがな…
だが今では俺の妹のような存在になってたんだよ! その妹を手にかけたお前を許すわけにはいかない!」
俺は藤堂に俺の葉月への想いを浴びせる
だが藤堂にはそんなことはどうだっていいという表情で静かにその砲口を俺に向ける
「ちょっと、誰が口やかましい荷物なのよ!」
「!?」
背後から聞こえた一言に俺はおもわず背筋がゾクッとするような感覚が走った
「て、てめぇ……」
俺は正面の藤堂の表情を見ると、その藤堂の表情も再び驚愕の色を浮かべている
俺は振り返るととそこには直立不動で立っている葉月がいた
俺は自分でも眼に映っている現実が理解できず、幻を見ているのではないかと瞬きを繰り返す
だがそれでも葉月はそこに不敵な笑みを浮かべたまま立っており、幽霊でもない証拠に足もしっかりとある
「失礼ね水無月!」
いつもの葉月の口調、間違いなく葉月本人で俺だけが幻を見ているのでない証拠に藤堂達も驚いている
「なっ…たしかにお前はさっき……」
「け、圭輔さん……やっぱこいつら怪物ですよ」
仲間の何人かはすでに顔に恐怖の色を浮かべている
「う、うるさい!これでも食らえ、この化物!」
藤堂は手に抱えていたグレネードランチャーを真っ直ぐに葉月に向けて発射する
そして砲弾は見事に葉月の腹部に命中し葉月の身体には大きな風穴が開かれた
「葉月っ!」
俺は今度こそ葉月の死を覚悟した
……だが…
「あーっ、びっくりした」
その場に状況に似遣わない言葉が発せられ、俺も撃った藤堂本人も唖然とする
葉月の身体に開けられた風穴は何事もなかったようにみるみるうちに塞がってゆく
その光景はまるで夜の俺の回復力のように
その光景を見た後砂異徒のメンバーは雲を散らしたかのように一斉に逃げ出し始めた
「お、おい!テメェーら逃げてんじゃねー!」
藤堂は仲間を逃がすまいと大声をあげるが今は藤堂よりも葉月や俺のほうに恐怖しているために聞きはしない
まぁ所詮はガキの群れなどはこんなものだろう
自分達よりもより大きな力が現れれば逃げる。もっとも正しい判断である
「ち、ちっくしょー!ヘボ探偵、お前だけでも地獄に送ってやる!!」
錯乱した藤堂はランチャーの砲口を真っ直ぐに俺に向けてきた
やばい、まだ俺には力が回復してないために動くことができない…
今度は俺は自身の死を覚悟した
だが次の瞬間にはフワッと身体が浮き出す感覚に包まれた
そしてその感覚はものすごいスピードで移動し始める
その後先ほどまで俺のいた場所にグレネードの砲弾が炸裂する
「ふぅ〜、まさか水無月の方が先に狙われるなんて……危なかった〜」
再びその場に似遣わない言葉が耳に届く
俺を抱えていたのは葉月だった
「は、葉月…お前どうして?」
「私にもわからないのよね〜……気がついたら目が覚めてて身体から力が涌き出てくる感じだったの」
身体から力が涌き出るって、夜の俺じゃあるまいし…
「あ、あいつってば今度はこっちに砲口向け始めた」
「なに!?」
言われて藤堂のほうを見ると確かにやつは砲口をこちらに向けている
だがやつ自身の様子ももはや正気とは思えなかった
目の前の現実離れにどうやら理性を失い始めているらしい
今まで自分の思い通りになんでも事が運んでいたため、一度でも思い通りに事が運ばなかったために正気を失ったようだ
「貴様等みんなまとめて死ねぇーーー!!」
そう言って藤堂はグレネードランチャーを当たりかまわず乱射し始める
グレーネードは倉庫内の壁、床、天井とあらゆるところに炸裂する
さらには倉庫内に保存してある貨物にも炸裂しだした
「ちっ、あいつ我を失ってやがる」
「本当ね」
葉月はそう言いながらも俺を抱えながら余裕で砲弾の嵐から駆け逃げる
そのスピードは夜の俺の脚力と大差ない、一体葉月はどうやって俺と同じような力を得たのか
そんなことを考えている最中、突如そのスピードが遅くなったように感じた
いや、気のせいではなく確実にそのスピードが落ちているのが分かる
「おい、葉月どうした?」
「ちょ、ちょっと…ってアレ……?」
今度はスピードだけでなく俺を抱えている腕も次第に下がってゆく
どうやらパワーが本来の葉月、普通の女の筋力に下がっているようだ
「な…なんか力が入らないの……それにさっきまで身体の底から力が湧きあがってくるような感覚もないし」
「お、おい葉月!」
その時俺は背後に嫌なものを感じ、この倉庫を支えている支柱が砕かれ倉庫が瓦解を始めていた
「や、やばい!さっさと逃げるぞ葉月!」
「う、うん…でもなんだか身体が」
そう言って葉月はその場にうずくまる
かといって俺もまだ依然として動きが取れない。夜の時間までもう間もなくだというのに、この一瞬が数十時間にも感じられるほどもどかしい
その時俺はちらりと藤堂の方を向くと、藤堂は以前錯乱状態が続いている。だがその時俺はその藤堂の向けた砲口の先に見ないほうがよかったかもというものを見つけた
藤堂が向けたその先にはドラム缶が並べられており、それらの全てに『危険!火気厳禁』という表示が貼ってある
もし藤堂が錯乱したままあれに直撃させたらと思うと俺は冷や汗が出る
「藤堂、まっ……−!!」
「死ねぇーーーっ!!」
俺が呼び止める間もなく藤堂はグレネードをドラム缶に向けて発射した
俺も葉月も動けない、まさに絶体絶命の危機であった
to be continued
後書
はい、今までの遅れを取り戻すかのごとくこの更新スピードの早さ!さぁー、褒めて下さい(爆)
って冗談(?)はさておき、やっとこのHalf
Vampire も次回で“最終回”となります!思えば1年と3ヶ月、このオリジナル連載、執筆2ヵ月目のある読者の一言で方向性がどこか別の方向に至ってしまった感は否めません。だが水無月、葉月、みかんはすでに作者の私にとってもすでにお気に入りなキャラに定着していることは言うまでもなし。
この作品の構想段階などは次回の最終回の後書で述べたいと思います。
最終回は………ゴ、GWまでにはなんとか(^^;
作成 2001年3月29日
改訂 2003年6月18日